4話
翌朝、涙目になりながら俺を止めるリシャさんを説得して学園に行くことにした。
もちろん俺もできることなら行きたくはないんだけど……。
固有魔法であるイチロー君たちがいればお金を稼ぐだけならわけないとは思うんだけど、やっぱり爵位なしと爵位持ちなら爵位持ちの方がなにかといいはずだよね。
それなのに普通にやっていれば継承できる爵位をドブに捨てるのはバカのすることだと思う。
それにもちろん、リシャさんの期待にも応えたいからね。
「もう少し休んでからでもいいんじゃないかしら?」
「う〜ん、あんまり休みすぎると本当に行きたくなくなっちゃうからね」
俺が答えると馬車の中で隣に座っているリシャさんが、「そうよねぇ」とうつむく。
「母さん」
「わかってるわ、わかっているのよ。だけどまたいじめられるんじゃないかって心配なの」
「その人たちとは関わらないようにするよ」
「でも、向こうから絡んでくるかもしれないじゃない?」
「相手にしなければきっと大丈夫だよ」
「そうかしら」
「うん、相手方には王女殿下や聖女、公爵令嬢もいるんだよね?」
「そう聞いているわ」
「そのような高貴な人たちが大人しくしている伯爵令息に絡んでくるわけないよ」
ほほえみながら言うとリシャさんは、「そうかしらねぇ」と首をかしげてまた、「もう少し休んでも……」と最初に戻る。
馬車の中でリシャさんとそんなやり取りを繰り返しながら学園に来たのだが——
「なぜダメなのですか?」
「だからさ、記憶のない俺でもわかるよ。君を弟と認めるわけにはいかないってね」
その子を庇うようにもう一人が俺の前に立つ。
「君には血も涙もないの? 君たちは血を分けた兄弟じゃないか」
「あのさ、部外者は黙っててくれる?」
「なっ」
主人公ことハルトが目を見開いた。
「僕は友達のカインがひどい扱いを受けていることを見過ごせないだけだよ」
「ひどい?」
「だって、ひどいじゃないか、カインはただ兄さんと呼びたいだけなのに……」
こいつはなにを言ってるんだ?
教室までの廊下を普通に歩いていたら男の子たちに声をかけられて道を塞がれて、今に至るのだが……リシャさんが心配した通りになったね。
俺は、「う〜ん」とうなる。
「君も貴族の端くれならそれがまずいってわかった方がいいと思うよ」
「また貴族、貴族がなんだって言うんだよ」
「王家を支える支配階級だね」
俺が答えるとハルトが、「そんなものが血を分けた兄弟より大事だと言うの?」と一歩前に出たのだが、カインがハルトを止める。
「廊下での暴力沙汰はまずいですよ」
「じゃあ、決闘をしよう」
「決闘?」
「そう、僕が勝ったらハルトが君のことを兄と呼ぶことを許してもらう」
「あのさ、この前とは違って婚約破棄程度で済む話じゃないんだから軽々しく受けるわけにはいかないんだよ」
「あら、この前ハルトにやられたから戦う前から逃げるということかしら?」
なんで俺が廊下を歩いているだけでこうもワラワラと湧いて出てくるんだ、こいつらは……主人公で男爵令息のハルトに、ギリス君の義弟のカイン、それからヒロインの一人の公爵令嬢のアリアンナ……だけじゃなかった……王女殿下のエリシアと聖女のセイラもアリアンナの後ろからこちらを見ている。
「まあいいか、放っておいてまた絡まれるのも困るからね」
ということでその五人に連れられて学園にある武術の修練などに使われる訓練室に移動した。
雰囲気的には学校の端とかにある剣道場みたいなやつだね。
もちろん床は板張りじゃないけど。
「僕が勝ったらカインが君のことを兄と呼ぶことを許してもらう」
「俺が勝ったら?」
「カインには君のことを兄と呼ぶことを諦めてもらう」
ハルトが言うと審判を務めるカインが少し顔をしかめた。
だよねぇ、君はただ俺のことを兄と慕いたくて言ってるわけじないんだし、勝手に決められたら困るもんね。
それでも言葉にしないのはハルトが負けるわけがないと思っているからなんだろうけど……この前、ギリスこと俺が手も足も出せずにボコボコにされているところを見ているんだから誰だってそう思うと思うよ。
「前と同じで魔法やスキルもありでいいの?」
「もちろんだよ」
「わかったよぉ」
俺とハルトが構えるとカインが「では決闘を開始します」と俺たちを交互に見る。
「どうぞ」
「うん、いいよ」
「……始め!」
「ライズスケルトン」
「「えっ?」」
俺の前の床に魔法陣が浮かび上がって、そこからズズズっとイチロー君とジロー君とサブロー君の三兄弟がせり上がってくる。
「なっ、卑怯だよ」
「卑怯?」
「そうさ!」
「俺の魔法なのに?」
首をかしげるとハルトが、「くっ」と声を漏らした。
それから剣を握り直すとイチロー君に向かって走ってきて剣を振ったがイチロー君に軽々と盾で受け止められて、ジロー君の横凪で吹っ飛ばされた。
「まだまだぁぁぁ」
何度も斬り込んでくるが避けられ、受けられ、いなされて、そこからカウンターのイチロー君のシールドバッシュやジロー君の横凪の繰り返し……ハルトが吹き飛んで訓練所の壁にぶち当たって転がるたびにイチロー君たちが顎をカタカタと鳴らすので、完全に俺たちが悪役に見えるね……というか、俺は噛ませ犬の悪役令息だったや。
「ハルト、立ちなさい、あなたは王国騎士団長になるのではなくて?」
「そうです、ハルトさんあのような卑怯者に負けてはダメです」
「そうよ、ハルト、あなたならできるわ」
「……僕は負けるわけにはいかないんだぁぁぁ」
うーん、なんだろうか……勝手に人の家の事情に首を突っ込んできて怒って、交換条件をつけた決闘を申し込んできたのはあっちだったよね?
なんであいつは押し付けられる理不尽に立ち向かう主人公的な立ち位置にいるつもりになってんの?
なんかイラっとするのは俺だけなんだろうか……まあいいか。
遠距離で詠唱を始めればサブロー君の矢でキャンセルされ、近づけばイチロー君とジロー君にボコボコにされる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ」
「「ハルト!」」
ハルトがズタボロになって立ち上がれなくなっても審判をしているカインは止めない……というか止められないんだよね?
この決闘には君の人生がかかってるし。
「もうやめて」
「そうですわ、あなたには血も涙もないんですの?」
「そうですよ、この卑怯者」
「あのさ、君たちがそれを言うの、前回の決闘では俺がボロボロになってもまったく止めなかったよね?」
呆れてものが言えないというのはこういうことを言うのではないのだろうか……ギリス君は死んだんだよ。
君たちの勝手な正義と自己満足によって……。
「だいたいカインが俺を勝者と認めれば終わるんじゃない? いちおう決闘なんだし」
「「カイン!」」
「できるわけないよね? 君は俺を慕って兄と呼びたいわけじゃないから」
「なっ、なにを言っているのですか?」
「ラグズリーフェルト伯爵家の子供として認めさせたいだけだもんね」
俺が言うとカインが顔をしかめた。
「カインにはラグズリーフェルト家の血が流れていない、王家に押し付けられて婿に迎えた男とその愛人の子だから」
「かっ、母さんを侮辱するな!」
「侮辱なんてしてないよ。嫌ならあの男がうちの母さんからの離縁を受け入れるように説得すればいいよ」
「それは……」
カインが言い淀むので王女殿下を見る。
「王家主導で伯爵家の乗っ取りなんて、王家に忠義を尽くしている貴族家に対してひどいんじゃないの?」
「……私はそんなつもりじゃ」
そんなつもりじゃなくても結果的に加担させられているんだよ。
と言ってもまだ十代の蝶よ花よと育てられた王女殿下にはわからないのかもしれないけど。
「どうするの? カイン」
「……しょっ、しょ」
「しょ?」
「……勝者ギリス」
「はい、お疲れさん、もう俺のことを兄とは呼ばないでね」
俺が言うとカインがぎゅっと顔をしかめて親の仇でも見るような目で見てくるが……まあ親の敵ではあるね。
「そんなに貴族令息を名乗りたいのなら、あのログでなしの家の子爵家を名乗るか、母親の男爵家を名乗りなよ」
「ぎぎぎぃ」
「歯軋りすると歯が痛むよ」
煽っても本音は言わないか……さすがは腹黒。
お前も俺のことを許さないとか思ってるかもしれないけど、俺はもっと思っているからね。
せいぜい謀をめぐらせて足掻くといいよ。
俺があのゲームでリシャさんたちにひどいことをしたお前たちを許すことはないから。
「まったく、廊下を普通に歩いているだけで決闘をふっかけられるとか、ずいぶんと平和な学園だね」
黙ってしまった四人と床に転がる一人をその場に置いて訓練室を出たのだが……もう噛ませ犬のお役目が終わっている悪役令息に転生したはずなんだから、ハーレムごっこは他所でやって欲しいよね。
そう、俺は脳死したと思われるギリスの体に俺の意識が入るという形の異世界転生を認めたよ。
なんでこんなことになったのかは全然わからないんだけど、これは夢じゃないね。
だっていつまでも目覚めないし……きっと前世のあのクソゲームと主人公たちに憤っていたからなんだろうけど。
序盤の噛ませ犬ことギリスとしての使命はすでに終わっているし、俺がこの世界に転生してきた使命はきっと母さんことリシャさんを幸せにすることなんだと思う。
ついでに俺も転生したならリシャさんと幸せになりたいからね。
野次馬をしに来ていた生徒たちに遠巻きにされながら廊下を進むと、「ギリス様」と後ろから声をかけられたので僕たちは振り返る。
白銀の髪に白い肌、赤い瞳、さすがゲームの世界だね。
この子も前世のゲームのヒロインではないはずなのにとんでもない美少女。
しかも視線を少し下げれば、あるのは……これはこれで趣があって、結構なお手前で。
女の子が少し顔を赤くして胸を隠す。
えっと……ごめん。
「誰だっけ?」
「ラグズリーフェルト伯爵家の寄子の男爵令嬢でノルゥです」
「そうなんだぁ、えっと初めましてじゃないんだろうけど、改めてよろしくね」
「はい、よろしくお願いします、ギリス様」
ノルゥが俺を見てほほえむので少しだけ後ろめたい気持ちになった。
彼女のことは前世のあのゲームを通して知ってたからね。
「それで先ほどのスケルトンたちはギリス様の魔法なのですか?」
「うん、そうだよ」
「そうなのですね……ですがどうして先日の決闘ではお使いになられなかったのでしょうか?」
「記憶がないからわからないよ」
俺はそう答えてから、「でも」と続ける。
「意地かもね」
「意地ですか?」
「うん、男の子ってそういう夢みがちなところあるでしょ?」
ノルゥが、「そうですね」とうなずいてふふっと笑う。
「教室までご一緒してもよろしいですか?」
「もちろんいいよ」
二人並んで教室まで歩き出すとノルゥが、「先ほどのスケルトンはどのぐらい出せるのでしょうか?」と聞いてきた。
「う〜ん、やってみないとわからないよ」
「場を設ければやっていただけますか?」
「それって個人的な興味?」
「……いいえ、違います」
「じゃあ、母さんを通してくれる? ノルゥ個人のお願いならやってもいいけど、政治的な話とかは俺にはわからないから」
ノルゥがパッと俺を見た。
「個人のお願いなら聞いてくださるということですか?」
「うん、友達だからね」
「そのぉ、領地に強い盗賊が住みついてしまって領民たちが困っているのです」
「えっと、それは……ノルゥの家の騎士や兵士たちは街の守りで動かせないからその盗賊を狩るのに俺のスケルトンを使いたいってこと?」
「そうなんです」
ノルゥが眉頭を寄せてうなずく。
「街や村の人たちが……」
「領地までは馬車で何日ぐらいかかる?」
「三日です」
「そう、じゃあ、行こうか?」
「えっ?! だけど……今から行くのですか?」
「うん、だって街や村の人たちが困っているんでしょ?」
「それは……」
言い淀むノルゥの背中を押して玄関に向かう。
イチロー君たちの戦力を確認しておきたかったからちょうどいいし、賊を倒せば街や村の人たちも、ノルゥもうれしいんだから誰も損しないよね。
「ギリス様、本当に行くのですか?」
「うん、ちゃっちゃっと終わらせて来ようよ」
そうして俺たちは馬車に乗りノルゥの実家が治める領地に向かった。
俺がリシャさんと一緒に助けたいと思っていた女の子がまさにノルゥだったからね。




