26話
ポルグヤック領の盗賊たちは粗方狩り終えたので俺たちは王都に帰っているんだけど……。
「譲れません」
「なんでよ」
「ノルゥばかりずるいの」
現在目の前ではノルゥが取っておいたマフィンを巡って女の戦いが勃発している。
母さんはランスロットのせいでふにゃふにゃだし、オランさんはワタワタしているだけで使い物にならないし、コレットの侍女であるマギーさんを始めとした侍女さんたちはみんな並んではぁとため息を吐いている。
「うーん」
「ギリス」
「ちょっと分けるようにいいなさいよ」
「ギリス様……」
「クラリス、グリゼルダとラビリスを没収するよ」
「やっぱり人の物を欲しがるのは良くないの」
「そうだよなぁ」
「っん」
よし、やはりこの戦闘民族幼女は話せばわかってくれる子なんだよ。
頭をなでておこう、かわいいし。
「ちょ、なんで裏切るのよ、クラリス」
「裏切ってないの、利害が一致していただけだから」
「ぐっ、だいたい、なんであんなにたくさんあったのに私には一つもくれないのよ。町長とかには、さささっとか言って渡してたくせに」
「あのね、コレット、物事を円滑に行うためにはワイロが必要なんだよ」
そう、誰かの家に遊びに行くならご家族への菓子折りは必須だし、先生に便宜を図ってもらいないなら茶菓子の一つも持っていくのが筋なんだよ。
「相手に迷惑をかけたり、働いてもらうときにはこちらから利益も与えるのは当然でしょ?」
「私も働いているじゃない」
「確かに……しかたない」
「ギリス!」
「クラリスが暴走したときのために取っておいた」
「ダメなの!」
「……もしものために取っておいた」
「無理なの!」
俺の目の前で上目遣いになっているクラリス様が目に涙を溜めていらっしゃる。
誰だよ、泣かしたのは……ああ、俺か?
「二個あるよ」
「「ギリス!」」
あっという間にクラリス様が満面の笑みになられた。
もちろんその横にいるビッチことコレットも。
しかたないので馬車に残しておいた二つのマフィンを取りに行く。
「クラリス様、コレット様、さささっ、こちらを」
「くるしゅうないの」
「お主もわるよのぉ」
この悪そうなやり取りで幼児から幼女、幼児から少女に受け渡されているのがマフィン一個という現実。
平和だなぁ。
そして、「むふぅ」と頬に手を当てている幼女と、「これ、マジでうまいわね」ともぐもぐとしながら話す少女……もちろん並んでいる侍女たちははぁとため息を吐き。
慌てた様子のノルゥが自分の分を口に入れて、母さんが、「今日もにぎやかねぇ」とほほえむ。
これが盗賊狩りの御一行とは思えないよね。
「王都まであとどのくらい?」
「馬車でも明日中には着くと思いますよ」
「じゃあ、大丈夫だよね」
クラリスを見るが本人はマフィンに夢中なので並んでいる侍女……全員なぜかこちらを見ないようにしている。
いやいや、さすがの暴走幼女クラリスでも明日一日ぐらい我慢できるでしょ?
「坊ちゃん、俺が馬で買ってきましょうか?」
「うん、保険とは常にことが起きる前にかけておくものだからね」
「……そうですよね」
オランさんがうなずいたけど、「その必要はございませんよ」と声がかかった。
「っん?」
「念の為、お待ちしておりますので」
「ぐっ」
「ギリス様」
「ありがとう、デンマーさん」
「いえいえ、ギリス様がお元気そうでよかったです」
素敵な笑顔だけど……素敵な笑顔なんだけど……いや、普通に笑顔だね。
「悪かったわね、デンマー」
「いいえ、手紙をいただいておりましたが、念の為に確認を取りにまいりました」
「そう、ギリスも悪気はなかったのよ」
「存じております。魔力切れはもしものこともありますので、こうしてお元気なお姿が見れて安堵いたしました」
「他は?」
「みんな驚いておりましたがリシャ様やラグズリーフェルト家に恩義のある者たちばかりですからもちろん怒るような愚か者は一人もおりません。むしろギリス様に何かあったのではないかと騒ぎになりまして」
「それであなたが代表して見に来たの?」
「さようにございます」
いやいや、逆に申し訳ないんだけど?
でもなんで商人さんたちが様子見もせずにこぞってボクシングのスポンサーになってくれたのかわかったね。
もちろん商人さんたちは商売だし、宣伝効果やうちとの繋がりなんかも見込んでのことだとは思うけど、これはどこかで商人さんたちにも恩を返さないといけないなぁ。
タダ働きより高いものはないからね。
「「デンマーさん」」
いつのまにか幼女と少女二人がデンマーさんの前にきちんと列を作って並んでいる。
というか、いい笑顔でデンマーさんを見上げる幼女、ニヤニヤしている少女、恥ずかしそうにもじもじしている少女……なにをしているのかね、君たちは。
もちろん目的はわかっているけどさ。
「いま食べたばかりでしょうが」
「うまいのがいけないの」
「そっ、そうよ」
「すみません、ギリス様」
「差し上げてもよろしいですか?」
「「ギリス」」
「ああ、もうわかったよ。すみません、デンマーさん、お代はこちらで払いますのでそちらのわんぱく三人組にあげて下さい」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げたデンマーさんからマフィンを受け取る三人組、これが未来の俺の妻と侍女であるという現実。
三人が、「むふぅ」とか、「うまっ」とか、「おいしいです」とか言いながら食べ始めると母さんが、「ほほえましいわね」と言うが誰も答えない。
誰か答えてあげなよ。
オランさんは苦笑い、侍女たちはみんな見ないふり、騎士たちは笑いを堪えてる……ダメだ、神は死んだらしい。
「ギリス様」
「っん?」
「なにやら教会の方が騒がしいようです」
「えっと……それはやっぱりグリゼルダとアルテミス?」
「はい、耳の早い者たちの中ではすでに噂になってますので」
「ぐっ」
「お気をつけてください」
やっぱりどこの馬の骨とも知れぬ悪役令息ごときが聖人なんて呼ばれれば、教会の教皇とか枢機卿とかそんな感じの偉い人たちが黙ってないに決まってるよね。
なんか一気に王都に帰るのが嫌になってきたんだけど?
これって絶対に学園で聖女あたりになにか言われるじゃん。
今ですら卑怯者呼ばわりされているのに……。
——
俺たちはついに王都に帰還を果たした。
できる家令でお馴染みのルトガルさんに出迎えられたラグズリーフェルト伯爵家の屋敷の前では、先ほどからメイドや使用人たちが馬車から荷物を運び出している。
「ギリス、頼むよぉ」
「そうよ、少しだけ、少しだけでいいのぉ」
「やっぱりギリスといるとおもしろいの」
「ダメよ、クラリス、見てはダメ」
お約束みたいに待ち構えていたおっさんな先生でお馴染みのユーゴス先生とお姉さん先生ことポーラン先生が俺にしがみつき、それを見て暴走幼女のクラリスがケラケラと笑い、その目をビッチことコレットが両手で塞ぎ、ノルゥがため息を吐いている。
ちなみに二人が足下に縋り付けないのは俺がかわいい系だからだ……どうやったら背って伸びるの?
「あのさ、もう遅いし、せめて明日にしたら?」
「こっちが何日待ったと思ってんだ」
「そうよ、そうよ。あなたの帰りが遅いから奥様たちだってみんなお待ちなのよ」
「奥様たち?」
「モデルオランとモデルグリゼルダの模擬戦が貴族や商人の奥様たちのお茶会の話題に出ていて見逃した奥様たちが……」
「もしかして怒ってんの?」
「いや、怒ってはいないわよ。ただいつになったら見れるのかって」
なんかこっちはこっちで噂が一人歩きを始めている気がするけど、大丈夫なの?
「あの二人って恋人同士で家がライバル同士でもあったんでしょ?」
「っん?」
「ライバル同士の家に生まれ、家に隠れて心を通わせ合ったけど家の都合で生前結ばれることのなかった二人がスケルトンという形で蘇り、剣闘という形であったとしてもまた一緒にいられる。涙なしでは語れないわ」
「どこでどうなったらそんな話になるの?」
「えっ? 違うの、奥様たちがお茶会で話しているみたいだから結構広がっているわよ」
マジかよ、奥様たちのたくましい想像力と噂話、こわっ。
「なんか、グリフィンとグリゼルダって名で舞台化も検討されているし」
「ちょっ、なにそれ?」
というか、オランはどうした?
名前までグリフィンに変わってるんだけど?
「ギリスは悪い魔導士役らしいぜ、スケルトンとして蘇らせてやる代わりに金儲けのための剣闘を無理強いするらしい」
「……それは間違っているとも言い切れないのかもしれないけど」
「でも、なんであなたが知らないのよ。ルトガルさんやデンマーさんは知っているはずよ、脚本家とかが許可を取りにきているはずだもの」
なんだってぇ。
俺がルトガルさんやデンマーさんを見ると少し離れたところで母さんと話しながらほほえんでいた二人が、俺を見てポーラン先生を見てサッと顔を背けた。
おい! ぜったいに許可出してるじゃないか。
「おもしろいの」
「ダメよ、クラリス」
クラリスを止めるならちゃんと止めろ、クラリスはお前の指の間からちゃんと見てるし、お前もこちらをちらちら見ながらニヤニヤするんじゃない。
「またギリスが困ってるの」
「へい、ざまぁ、私に優しくしないからよ」
「黙れ、クソビッチ」
俺が言うとユーゴス先生が、「あっ」と声を出した。
「二人もいたのか?」
「なぜあなたたちがここに……」
「一緒に行ってきたの」
「それはこっちのセリフよ!」
「おまっ、コレットなのか?」
「あっ」
やったな、これは完全にやった。
「お二人がなぜこちらにいるのですか?」
「誤魔化されるか!」
「初めまして、コレットの双子の妹のソレットよ」
「雑だな」
ユーゴス先生が苦笑いを浮かべてポーラン先生が、「猫かぶってたの?」と恐る恐る聞く。
「人は誰だってなにかを演じて生きているのよ」
「……」
「ちょ、ちょっとぉ」
猫を忘れたコレットを見たポーラン先生がガッと勢いよく顔の向きを変えて俺を睨む。
「ギリス!」
「っん?」
「私のコレットを返しなさい」
「ポーラン先生、現実から目を逸らそうとしてもアレが本当のコレットなんだよ」
「そんなぁぁぁぁぁぁ」
ポーラン先生は頭を抱えたが、あんたもたいがいだから大丈夫だよ、仲良くなれるさ。
「おい、ギリス、自分は関係ねえ、みたいな顔してるけどお前も同類だからな」
「あんたが言うな、あんたが」
「そんなことよりもあの噂の本当なのか?」
「まだあるの? みんな暇なの?」
「そうだ」
「そうだ、じゃないよ」
この世界も異世界よろしく娯楽が少ないから噂話ばっかりしているね。
知らないけど侍女やメイドが働いてくれるような奥様たちってのは、商売とかでもしていない限り本当に暇なんだろうね。
「それでどんな噂なの?」
「不貞を働いたコレットがそれでも変わらない真っ直ぐなギリスの愛を受けて、真実の愛に」
「ぶっ飛ばすぞ」
俺がコレットを見るとコレットはブンブンと音が出るほど首を振るが、コレットの侍女のマギーさんを見るとマギーさんが視線を逸らした。
「マジで私は知らないけど犯人はうちのダディで間違いないわ」
「あの恩知らずのポルグヤックめ」
さすが恩知らずのポルグヤック、なにをしれっと娘の名誉を回復させようとしてんだ。
そもそも不貞を行っている時点で回復する名誉なんてものはもうないでしょうが。
「あのさ、不貞は認める形になっちゃってるけど良いの?」
「良いんじゃない、それでも受け入れてくれたギリスの愛で私は真実の愛を知ったのよ」
「マジで一発殴らせろ」
かわいそうにクラリスが必死になって自分の口を抑えて笑いを堪えてるじゃないか。
楽しそうだけども。
「ギリス、なんかごめん」
「まあ、別にいいんじゃない、どうせ噂なんてほっとけば消えるし」
「本当にいいの?」
「しつこいよ」
「よぉーし、マギー、ギリスから許可が出たからどんどん流しちゃって」
「おい!」
俺がツッコミを入れるとコレットが、「別にいいんでしょ」とニタニタ笑い、堪えきれなくなったクラリスがケラケラと笑う。
この二人が将来の俺の妻という……マジで不安になってきたよ。
「というか、君たち二人は帰らなくていいの?」
「ラビリスが泊まってけって」
「言うわけないよね?」
「泊まって行くって言ったらうなずいたの」
「アホなんだね、聞く相手から間違ってるよ、やり直し」
「ギリス、泊まってくの」
「ダメだ」
「ギリスがユーゴス先生とポーラン先生を飼い慣らしてたの」
「……よぉーし、クラリスは泊まっていこうな、客間を用意してもらおう」
「っん」
そんなこと学園で話されてみろ、間違いとか関係なくやばいことになるに決まってるよ。
喜びすぎて、王家の犬が庭駆け回るまであるかもよ。
「ギリス」
「無理」
「まだ何も言ってないわよ」
「言わなくてもわかるんだよ、帰れ」
「な・ん・で・よぉ」
だからきれいに地団駄踏むなって。
本当にこいつは元ヒロインなのか、そんなだからノルゥは呆れ顔だし、マギーさんたち……。
「マギーさんたちはなんの話をしてんの?」
「えっと、お嬢様が泊まるかもしれないとご連絡を……」
「だから泊めないって」
「えっ?」
「いやいや、なに驚いてるのさ」
「ですが、ギリス様。この流れだといつもなんとなくなし崩し的に押し切られているじゃないですか」
「うぐっ」
俺が胸を抑えるとクラリスがケラケラと笑う。
「ギリスはいつもコレットに押し切られる」
「クラリス、俺は負けているんじゃなく、しかたなく負けてやっているんだよ」
「悔しがるくせに?」
「ぐはぁ」
確かにマギーさんとクラリスの言う通りだな、いつもなんだかんだコレットのペースに持っていかれて流されている気がする……。
「よし、今日は負けないからね」
「ちょ、なにをムキになってんのよ。ギリスはいつも通りチョロ……」
「チョロ?」
「どうせあんたは、自分を頼ってくるやつを見捨てられないのよ」
ズバババァーンと効果音を言いながら指差してくるコレット。
なので、「人を指差さない」とその指をつかむ。
「まあ、いいか」
「いいの?」
「今日はもう遅いし、客間を用意させるからクラリスと一緒に泊まって行きなさい」
「どっ、どうしたの?」
「なにが?」
「私に優しいとかおかしいじゃない。熱でもあるの?」
コレットが心配そうに俺の額に手を当てる。
「マジで殴るよ」
「おおぉ、調子戻ったね」
「なに喜んでんだ、お前はいじめられる方がうれしい例のアレなのか?」
「そんなわけ、あるか!」
「本当に仲良いんだな、お前ら」
「そうね、これが真実の愛なのね」
「「そんなわけ、あるか!」」
トチ狂ったことを言っているユーゴス先生とポーラン先生に俺とコレットがツッコミを入れると、クラリスが嬉しそうにケラケラと笑う。
「よし、いい感じにまとまったみたいだし、模擬戦やろうぜ。ギリス」
「だから、やらないって明日も学園だよ。それにいい加減にしないと母さんが怒るよ」
「もうここまで来たら、あと一日二日休んでも一緒だろ?」
「マジで教師のセリフとは思えない……というかユーゴス先生は授業あるよね?」
「そこは……」
ユーゴス先生が視線を逸らす。
「えっ? もしかして、クビ?」
「ちげぇよ。ほら、俺はさ」
「アレだから?」
「アレってなんだよ。俺はお前の担当だから……」
「もしかして受け持ってる授業ないの?」
「そうなんだよ。こんなことなら一緒に行けばよかったって」
そういえば、ユーゴス先生、最近は俺と遊んでばかりだったね。
「ってか、一緒に行けたのなら暇なときに勉強教われたんじゃない?」
「だよな、そう思うだろ?」
「なんであなただけ行こうとするのよ。ずるいじゃない」
「そこはギリス担当だからな」
「私だって担任よ」
まあ暇なときはイチロー君たちを作ったりしてたから無駄にはしてないと思うんだけど……なんかもったいないことをしたような気がするね。
でも、だいたいそんなものなんだからしかたないか、都合よく、効率よくなんて生きられっこないし。
いつも通り力を抜いて、なんでもぼちぼちでいいんだ。




