2話
翌日、目覚めるとまた同じベッドだった。
ってか、まだ終わらないのかこの夢は?
リシャさんはベッド脇に置いてある椅子にちょこんと座って俺を見ている。
「疲れてない?」
「おはよう、ギリス、さっき来たばかりだから大丈夫よ」
ぜったい嘘だね、目の下にくっきりとクマが出来てるし。
「そっか、おはよう、母さん」
二人で挨拶を交わし合って、軽く朝食を済ませる。
「口に合った?」
「うん、おいしかったよ」
「そう、それならよかったわ」
「っん? もしかしてギリスって好き嫌いが多い?」
「そうね、少し苦手な物が多かったわね」
「結構文句を言ってたんだね」
「……そうだったかしら」
リシャさんはコテンとかわいく首をかしげたが、悪役令息って料理とかにも文句をつけていそうなイメージあるからギリスはちゃんと悪役令息やってたんだね。
「ギリスって母さんに迷惑ばかりかけてたの?」
「うふふ、ギリスがそんなことを言うとなんだかおかしいわね」
「確かに、おかしいね」
俺たちが笑い合っていると、昨日の医師が来て俺の診察を始めた。
「記憶はどう?」
「戻ってないよ」
「そうかぁ、他に気持ち悪いとか異常はあるかい?」
「いや、特にないと思うけど?」
「頭も痛くない?」
「まったく」
「困ったなぁ」
医師がガシガシと頭を掻いたんだけど……異常がないのになんで困ってんだ?
「異常がないのに記憶が戻らないってことは、やっぱり心的な物だと思うんだ」
「つまり?」
「戻らないかもね」
「ああ」
「もちろんなにかのきっかけで戻ることもあるとは思うけど……」
いや、きっと戻ることはないと思うよ。
「でも、記憶以外は問題なさそうだね」
「帰っていいってこと?」
「そうだね、いいよ」
「ありがとう、先生」
医師が少し驚いてから、「どういたしまして」とほほえむ。
ギリスは先生たちにも感謝は言ってなかったということだね。
安定して悪役令息やってるねぇ。
「ギリス!」
「ぐうっ」
大人しく話を聞いていたリシャさんが俺に抱きついてくるので、俺は小さな体でリシャさんを受け止める。
「心配かけてごめんね、母さん」
「大丈夫よ。それに小さい頃のギリスに戻ったみたいで少しうれしいの」
むむっ。
「ごめんね、母さん。俺が母さんにどんな感じで接していたのかも覚えてないんだ」
「いいのよ、これから少しずつまた関係を築いていきましょう」
「ありがとう、母さん」
リシャさんが俺を抱きしめている腕にギュッと力を入れてくれるから、少し震えているリシャさんのその小さな背中をなでる。
「ギリスはいつもハグしてくれた後に頬にキスをしてくれていたわよ」
「えっと……」
いやいや、ジャパニーズゲームのくせに挨拶がハグの後にキスとか西洋かぶれしすぎだろうが。
どうすんの、これ、知らないよ、西洋風の挨拶なんて……。
俺が戸惑うと医師が、「うううん」とわざとらしく咳払いをした。
だよねぇ、ギリスは思春期なんだし、確かに舞台は中世ヨーロッパ風だけどジャパニーズゲームキャラクターなんだし、そんなことはしないだろうね。
焦ったぁ、勘弁してよ、リシャさん。
意外とおちゃめさんなんだね。
「リシャ様」
「そっ、そうよね、帰っていいと言われているんだし、いつまでもここに居たら迷惑よね」
慌てた様子で俺の手を引きながら部屋を出るリシャさんに続いて部屋から出て、部屋の外で待っていた護衛の騎士たちと一緒に廊下を歩いていると俺を見て生徒たちがヒソヒソと話をする。
「マジでボコボコにやられてたな」
「いつも偉そうなくせによ」
「まったく婚約者奪われるとか、マジで」
「だな」
えっと……内容はよく聞こえないけど話しているのは決闘のことなんだと思うよ。
うん、ぜんぜんまったく、偉そうにしてたくせにボコボコにされてて笑えるとか聞こえてないよ。
俺がそんな風に思っていたらリシャさんが、「黙らせなさい」と指示を出して、騎士たちが俺を見てヒソヒソと話していた生徒たちのところに行って黙らせた。
「次期伯爵であるギリス様に舐めた口をきいていいと思ってるのか?」
「笑えるなら自分の名前を言ってみろ」
「どうした? なんとか言ったらどうだ?」
「それともヒソヒソと囀ることしかできないのか?」
騎士たちがその生徒たちになにを言ったのかは聞こえな……聞こえてたけどさぁ。
ヒソヒソと話をしていた生徒たちがみんな俺と言うかリシャさんを見ながら青い顔をしてサッと顔を伏せる。
いらないことを言っちゃうから恥をかくことになるんだよ、勉強になったね。
校舎を出て馬車に乗り込むと、ふかふかの座席に座ったリシャさんが、「まったく、潰されないとわからないのかしら」と呟いたような気がしたのだが俺には声が小さ過ぎて聞こえなかった。
うん、「潰す」とか何も聞こえていないよ。
「ギリス」
「どうしたの、母さん?」
「学園に通いたくなければ行かなくてもいいわよ」
「えっと……本当に?」
俺が聞くと扉を閉めかけていた御者さんが「それはダメなんじゃないですか?」と聞く。
「ギリス様が伯爵家の跡取りとなる為には三年間きちんと学園に通う必要がありますよね?」
「そうなんだけどね」
「では、まずいですよ」
「そんなことわかっているわよ、だけど今回の件を持ち出して大臣に圧力……お願いすればなんとでもなるわ」
リシャさんがなんかとんでもないことをさらっと言おうとしたような気がしないでもないけど……。
「リシャ様」
「わかっているわよ。そんなことをしてあとで苦労するのはギリスだものね」
リシャさんが口をつぼめる。
自分の息子が針の筵状態の学園に通うのが心配なんだよね、わかるよ。
だけどさ……。
「母さんが俺のことを大事に思ってくれるのはすごくうれしいんだけど、俺も母さんのことが大事だから無理して欲しくないよ」
「ギリス」
「陰口なんて無視すればいいし、俺は大丈夫だよ」
「わかったわ、じゃあ、私も一緒に」
「「それはダメでしょう」」
俺と御者さんがシンクロすると、母さんが、「むぅ」とむくれた。
母親同伴で学園になんて通ったらそれこそみんなからすごい目で見られるし、陰口もとんでもないことになると思うよ。
「辛いことがあったらいつでも言うのよ」
「わかったよ、母さん」
俺が笑顔で答えると隣に座っていた母さんが横からギュッと抱きしめてくれる。
そして、「私のギリスをいじめる奴らは、みんなお母さんが潰してあげるからね」とはっきりと言った気がするのだが……気のせいだ、気のせいのはずだ。
こんなにもかわいくて優しいリシャさんがそんなこと言う……うん、言ったね、間違いないよ。
屋敷について馬車から降りると屋敷のエントランスで、「おかえりなさいませ」と出迎えてくれた男の人が、「ギリス様、大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。
「うん、大丈夫だよ、記憶は全然ないんだけどね」
「それは大丈夫じゃないのではないですか?」
「医師の見立てだと、記憶がないこと以外は問題ないって」
「そうですか」
男の人がうなずいて、「それで」と聞いてくる。
「私のことも覚えておられないのですか?」
「そうなんだ、なんかごめんね」
俺が頭を下げて謝ると男の人が、「なっ」と目を見開いて、それからリシャさんのことを見る。
「リシャ様、本当に大丈夫なのですか、これでは、そのぉ、まるで……」
「ルトガル、言いたいことはわかるわ。だけどギリスは記憶を失ったことで本来の優しい性格を取り戻しただけなのよ」
「そっ、そうなのですか?」
「だって五歳ぐらいまではこんな感じだったじゃない」
リシャさんはドヤ顔で俺を見たが、どうやらギリスは六歳で大きな反抗期がきたらしい。
一般的に小学生ぐらいからと言われる第二反抗期がその頃なので、時期的には間違いってわけでもないのかもしれないけど……。
「確かにそうだったかもしれませんね」
「どちらにしてもギリスがギリスであることに変わりはないし、細かい違いはこの際どうでもいいじゃない」
リシャさんが言うとルトガルさんが、「細かいでしょうか?」と苦笑いになった。
うーん、たぶん細かくはないね。
だけど記憶がないのに性格が変わらないってのもおかしいと思うし、俺は横柄な態度とかとったことがないからいきなり傲慢な伯爵令息をやれと言われてもできるわけないよ。
やっぱりああいうのは小さい頃からの積み重ねがあってこそだよね。
「あのさ、慣れないとは思うけど思い出したら戻ると思うから今は大目に見てくれないかな?」
「ギリス様」
「頼むよ」
俺がお願いするとルトガルさんが、「かしこまりました」と深々と頭を下げる。
「思い出せなくても、全力でお仕えいたします」
「ありがとう、助かるよ」
俺がほほえむと顔を上げたルトガルさんが、「失礼ながら申し上げますと、無理に思い出されなくてもよろしいのではないですか?」と言って、リシャさんが、「そうよね」と答えたような気もするのだが……いくらなんでもさすがにそんな馬鹿なことがあるはずないよ。
「ギリス、できるならそのままいい子でいてね」
「……はい」
そんなやり取りの後で俺は自分の部屋に案内されたのだが、玄関ホールも、階段も、廊下も、どこもかしこも豪華。
小説や漫画やゲームなんかでよく伯爵家とか伯爵令息とか伯爵令嬢とか出てきていたからなんとなく知ってるような気になっていたんだけど、実際に見ると半端ない。
でかいし、すごいし、きれいだし、ちょっとやそっとの財力じゃないって感じだよ。
「おかえりなさいませ、ギリス様」
「えっと、ただいま」
「えっ?」
俺たちが通ると使用人たちはみんなやっていた作業の手を止めて、こちらを見て挨拶しながら深々と頭を下げて、俺の返事を聞いておどろいて顔をあげる。
「ギリス様?」
「どうかしたの?」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
挨拶を返しただけで驚かれるとかどうなってんのさ、貴族令息。
「ギリスは挨拶とかしてなかったわね」
「そうなんだ、意味わかんないね」
「えっと……」
「挨拶はすべての基本だもんね」
「そうね」
リシャさんがキラキラとした目で見てくるけど、たぶんそれは今までのギリスが酷すぎて少しのことがよく見えるってやつだと思うよ。
「というか人が多いね」
「うちには親戚に当たる貴族家も騎士家の数も多いからね」
「なるほど、その人たちが働いてくれてるってこと?」
「そうよ。貴族の使用人は代々仕えてくれている者たちの親族か、寄子で親戚筋の貴族からしか採用しないの」
「そうなんだぁ」
自分の部屋に着いてリシャさんに促されてソファに座ると、すぐに紅茶とクッキーが運ばれてきた。
美しい陶器のティーセットを運んできてくれたメイドがなめらかな動きで紅茶をカップに注いで俺の前にそっと置く。
俺が、「ありがとう」とほほえんでお礼を言うと、メイドが目をこれでもかと大きく見開いて俺を見た。
「ギリス様?」
「どうかした?」
「そのぉ……」
言い淀んだメイドが、「申し訳ありません」と慌てて頭を下げる。
「謝らなくて大丈夫だよ。なんか怖がらせてしまってごめんね」
俺が言うと顔を上げたメイドが目にうるうると涙を溜めた。
「っん?」
「ギリス様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「辛かったらなんでもおっしゃってくださいね」
「ありがとう」
メイドが俺を見つめたままで頬を赤くしながらモジモジする。
「あのさ、よかったら、これみんなで食べて」
俺が自分の分のクッキーが乗った皿をメイドの方に差し出すと、メイドが、「よろしいのですか?」と俺の顔を覗き込む。
かなり近いんだけど、あなたもかなり美人だから俺の心臓が……。
「うん、だからこれからも俺と仲良くしてくれるとうれしいな」
「かしこまりました。お任せください」
胸を張って答えてくれたメイドがクッキーを持って部屋から出ていく。
ふむふむ、この夢がどこまで続くのかわからないけど、気持ちよく接してもらうためにはやはりワイロが大事だよ。
俺がうなずきながらメイドのお尻を見ているとリシャさんが、「うううん」とわざとらしく咳払いをする……本当にごめん。
「彼女のようなタイプが好みなのかしら?」
「えっと……この屋敷のメイドさんたちはみんなきれいだとは思うけど?」
「そうなの?」
「母さんが一番美人だけどね」
俺がニコリと笑うとリシャさんが頬を赤くした。
よし、うまく話を逸らせたね。
危なかったぁ、確かにさっきのメイドの女の子もすごくきれいだとは思うけど好みかって聞かれたらよくわからないし、だからと言って好みじゃないなんて言うわけにもいかないもんね。
そんなことを言ったことが彼女の耳に入ればやっぱりいい気はしないだろうし、もちろんリシャさんがそんなことでクビにしたりはしないと思うけど、もし万が一ってこともあるし……。
「母さん、教えて欲しいことがあるんだけど」
「なにかしら?」
「魔法ってどうやって使うの?」
「そうね、普通の魔法は難しいけど、ギリスの固有魔法なら両足を肩はより少し大きく開いて、両手をこんな感じで突き出して、それからスケルトンをイメージしてクリエイトスケルトンと唱えるとスケルトンが作れると言ってたわよ」
「そうなんだ、他には?」
「あとは、スケルトンを倉庫に入れておくにはストレージスケルトン、そこから出すにはライズスケルトンと唱えるらしいわ」
「なるほど」
うなずいて俺が足を開くとリシャさんが、「ちょっ」と俺を止める。
「いきなりここ試すの?」
「ダメ?」
「別に調度品とかは壊れてもいいけど、とりあえず訓練所でやってみた方がいいんじゃないかしら」
「そうだね、失敗したら怖いもんね。じゃあ、訓練所に案内してくれる?」
「わかったわ」
ということで、リシャさんの案内で訓練所に行ってみることにした。
せっかくのファンタジー世界なんだからやっぱり魔法を使ってみたいもんね。




