17話
母さんとノルゥがメイドさんたちと準備を始めたので、ひま……手持ち無沙汰になった俺がオランさんと一緒に訓練所を覗きに行くとイチロー君たちの模擬戦を観戦している人たちがなんか増えていた。
というか、屋台みたいなものまであるんだけど?
「あのさ、オランさん、俺ちょっと疲れているみたいで、屋台が出ているように見えているんだけど?」
「デンマーさんがボクシングの予行演習とかなんとか言って、リシャ様より許可をいただいたらしいんですよ」
「そっ、そうなんだ」
ここはラグズリーフェルト伯爵家の騎士たちが訓練などを行う訓練所のはずなのになぜか屋台が並び、お高めの観客席っぽい物まで用意されていて、ゴージャスに着飾ったセレブっぽい人たちがお酒を片手にゆうが……。
「いけ、ガンマぁぁぁ」
「くぅるぁ、そのぐらい避けろやぁ」
「死に晒せぇぇぇ」
拳を突き上げながらこれらの怒号をあげているのがセクシーなドレスを身に纏った美女という現実。
「よし、いいぞ」
「そうだ、お前さんはやれる漢だ」
「くぅぅぅ、今のは相手がうまかったな」
その美女たちの隣に座るゴールドのチェーンがよく似合うようなおっさんたちの方が大人しい。
「なっ、なんかすごいことになってるね」
「そうなんですよ。高い酒がバンバン売れているらしくて、デンマーさんとこの従業員がホクホク顔で追加の酒を取りに行きましたよ」
「そうなんだ……」
俺のつぶやきに答えてくれたのはオランさんではなく、アルファとベータの模擬戦でガッツポーズを決めていたメイドさん。
この子はこんなとこで油を売ってていいのかなっと思って接客しているメイドさんたちを見ると、ギギギっとみんな彼女を見ながら歯噛みしているので、たぶん接客がめんどくさくなって俺に説明をしているていでサボりに来たんだね……間違いないよ。
だけど、お金持ちのお客さんたちは非現実を体験して楽しい、デンマーさんたちは酒がたくさん売れてうれしい、そこから伯爵家にもいくらか回って来るんだろうし、売り子のメイドさんたちにも警備をしている騎士たちにもお小遣い的なものは出るんだろうから、誰も損してないし、いいか。
「というかさ、またイチロー君たちの動きが良くなってない?」
「そうですね、ギリス様の見立て通りどうやら個人として経験を蓄積しているみたいです」
「ってことはたまに模擬戦に出すメンバーを入れ替えた方が……」
隙を見てはクリエイトスケルトンで作成を繰り返してチタン合金製のスケルトンを増やしているから、倉庫の中にいる新しいイチロー君たちと訓練所でよく模擬戦をしているベータやガンマなどと仮で名前をつけられているイチロー君たちの力の差が大きくなってきている気がする。
基本のスペックは全く同じでも、やっぱり経験値の違いでかなり動きが変わるらしい。
まあ人間でも格闘技などの経験がある人とない人ではやっぱり動きが違うもんね。
ふむふむと顎に手を当てながら頷いているとオランさんに、「坊ちゃん」と呼びかけられたので、「なに?」と答える。
「デルタは残してください」
「どんだけ、デルタが好きなんだよ」
「いや、違うんですよ。デルタは相手の力をうまく引き出すというか……」
「煽るからいい感じに盛り上がるんですよ」
「あのさ、それってクソ舐めた態度をとって相手を挑発するってこと?」
「「……」」
「おい!」
うちの真面目でしっかり者の長男ことイチロー君がグレた件。
でもそれって個体差とかの領域を超えている気がするんだけど……。
ああ、そうか。
ボクシングをするカーボン製のスケルトンことヨウコー君たちを作るときにそのボクサーの動きをイメージしながら作っているんだから、もしかしたらイチロー君たちを作っているときの俺の感情とかも影響するのかもしれないね。
っん?
「ちょっとさ、オランさんの動きを見せてもらえる?」
「動きですか?」
「そうそう、オランさんの動きをイメージしながらイチロー君を作れば」
「もしかして俺をモデルにしたイチロー君が作れるってことですか?」
「いや、やってみないとわかんないけど……」
「じゃあ、やりましょう!」
ということでなぜかノリノリになったオランさんの戦っているときなどの動きを見せてもらい、イチロー君モデルオランを作ることになった。
——
「クックック、勝ったな」
「なにそれ?」
「坊ちゃん、モデルオランの無双が始まりますよ」
「騎士団長をモデルにしたイチロー君なんてずるくないですか?」
「っん? 騎士団長?」
メイドさんの言葉に俺は首をかしげたんだけど、モデルオランに夢中でまったくこちらを見ていないオランさんが胸を逸らしながらカッカッカと高笑いを始めた。
「オランさんって騎士団長なの?」
「えっ? 知らなかったんですか、ギリス様。オランさんがラグズリーフェルト伯爵騎士団の騎士団長ですよ」
「オランさんが、あのギャンブル狂いの?」
「坊ちゃん、ギャンブル狂いは関係ないでしょうが!」
「いやいや、そこはギャンブル狂い扱いを否定しなよ」
本当にこの人がうちの家の騎士団長とかで大丈夫なのか心配になるんだけど……。
「とりあえずエキシビジョンマッチ的に他のイチロー君たちと対戦させてみる?」
「坊ちゃん、エキシビジョンマッチってなんですか?」
「うーん、簡単に言うと見せるための試合かな、お披露目みたいなやつ」
「おおぉ、いいですね、それやってみましょうよ。まあどうせモデルオランの無双でしょうがね」
オランさんがいい笑顔でめっちゃドヤ顔してくるのがなんかむかつくね。
かと言ってこんだけ自信があるんだからきっとオランさんのくせにつよいんだろうし、となるといくら模擬戦を繰り返して経験を積んだといっても既存の無垢なイチロー君たちでは太刀打ちできないかもしれない。
だけど……動画で動きを見まくったボクシングと違って前世の剣豪とかって名前は知ってるけどどんな動きをしていたかなんて知らないし、今世の騎士の動きもほとんど見たことないからなぁ。
「ギリス様?」
「ああ、坊ちゃんは考えごとをし始めると話しかけても無駄なんだ」
「いやいや、これって考えごとってレベルなんですか?」
「俺も驚いたけど、そこは坊ちゃんが天才ってことなんじゃねぇか?」
俺が真似てイメージできるとしたらやっぱりゲームのキャラとかかな。
剣と盾で戦うキャラもなんちゃら伝説的なやつで耳が尖った金髪青目の緑のとんがり帽子さんの動きならイメージできる。
あれはかなりやり込んだからねぇ。
オープンワールドで景色とかもきれいで没入感があるからのめり込んでやっていて、睡眠時間を除くとどちらで生きているのかわからないぐらいに……しかたないんだよ、アレは。
「クリエイトスケルトン」
地面に描かれた魔法陣からズズズっと俺がイメージしたスケルトンがせり上がってくると、オランさんが、「ちょっ」とか声を漏らしたけどもう遅い。
イチロー君モデルオランに対抗する新たなスケルトンがここに爆誕したのだから……。
「坊ちゃん、こいつは?」
「イチロー君モデルグリゼルダだよ」
「グリゼルダ……」
「うん、灰色の戦いって意味らしいんだけどね」
「だけど、ギリス様。イチロー君にしては小柄だし、なんていうかぁ」
「そうそう、女の人なんだよ、グリゼルダには試練に耐える女性って解釈があるらしくてさ」
「試練に耐える……」
「なるほどモデルオランと戦わせるのにふさわしいな」
「ほほぉ、自信があるのかね。ならば戦争だ、俺のグリゼルダの力、とくと見るがいい」
そんな感じでイチロー君モデルグリゼルダとモデルオランのエキシビジョンマッチが開催されたのだが……。
「オランさんって強いんだね」
「そりゃあ、オランさんもいちおう伯爵家が持つ騎士団の団長ですので」
「だけど、グリゼルダもたいがいですよ、坊ちゃん」
ちょっと今までの無垢なイチロー君たちと比べるとレベルが違いすぎた。
その二人の戦いを観戦している人たちも……。
「モデルグリゼルダ、なんて素晴らしいの」
「やっぱりオランさんって強いよなぁ、普段はアレなのに……」
「ってか、ご本人はこんなもんじゃないぜ」
「うっそ、今の見たかよ、剣先だけで相手の剣の軌道を変えたぞ」
「グリゼルダ、グリゼルダ、グリゼルダ」
「オッラァン、オッラァン、オッラァン」
なんか賭けとかそっちのけで楽しんでくれている気がするな。
もちろんモデルグリゼルダやモデルオランの動きは、本家のとんがり帽子さんやオランさんと比べると三分の一以下とかなんだと思うし、スケルトンだから魔法やスキルが使えないのでオランさんをまったく再現はできていない。
これはやっぱり俺のイメージ不足だったり、スケルトンたちの経験不足的なものだろうからしかたないね。
「ギリスぅぅぅ」
「あっ」
肩に手を置かれた俺が振り返ると素敵な笑顔の母さんがいた。
隣には同じく素敵な笑顔のデンマーさん。
「あなたたちはなにをやっているのかしら?」
「えっと……」
「リシャ様……」
「エキシビジョンマッチだそうです。オランさんをモデルにしたイチロー君と神の与えし試練に耐える女性ことグリゼルダさんをモデルにしたイチロー君らしくて、二人ともアルファとかベータよりもすごく強いんですよ」
俺とオランさんが視線を逸らすと興奮したようすのメイドさんがちゃんと母さんの質問に答えた。
いや、だけど、そこは素直に答えてはダメだったと思うんだよ。
「あら、ずいぶんと楽しそうなことをしているわね、ギリスにオラン」
「確かに素晴らしい動きですね、ギリス様とオラン様」
「だけど、あなたたちはわかっているのよね?」
「これからボクシングを広めていかれるのではなかったのですか?」
「「……申し訳ありませんでした」」
俺とオランさんが並んで土下座をする。
そうリア充直伝の土下座である。
家庭円満のためにはダメなことをしたら速やかにきちんと謝罪が正解だって前世の妻子持ちが言ってたし……。
もちろんそれを見てメイドさんが、「ギリス様は惨めな姿も素敵ですね」とつぶやき、ノルゥが盛大にはぁと息を吐いたけど、そういうのはまるっと気にしたら負けなんだ。
「どうされますか、リシャ様」
「そうね、今日は特別ということにして、節目とかでエキシビジなんたらをやればいいんじゃないかしら」
「なるほど、開催を絞れば特別感も出ますし、今日観戦なさった方々も優越感を得られるので悪くない判断かもしれませんね」
できる男ことデンマーさんがほめると母さんが胸を張りながらふんふんと鼻を鳴らした。
とりあえずご機嫌は直ったのかもしれない。
さすがはできる男、やはり妻子持ちは伊達ではないらしい。
だけど母さんの横でメイドさんも胸を張っているんだけど、それにはなんか意味があるのか?
「それにしても、困ったわ」
「どうなされたのですか?」
「うちのギリスはちょっと目を離すとすぐにわけの……すぐに楽しそうなことを始めるのよ」
「それは確かに困りますね」
「そうよね、やっぱり首輪でもつけておこうかしら」
「手元のボタンを押すとすぐに巻き取れるリードなんかもございますよ」
「いいわねぇ」
首輪にリードって……それって完全に母さんことリシャ・ラグズリーフェルトの犬ってことか?
だがしかし、それも悪くない。
母さんに呼ばれればワンと吠え、お手と言われれば手を差し出し、待てと言われればちゃんと座って待ち続ける。
これからは俺のことを忠犬ギリ公と呼んでくれたまえ。
だから、メイドさんが、「またろくでもないことを考えてますね」とつぶやいても、ノルゥがそれに、「ギリス様は天才ですので、きっとしかたのないことなのですよ」と答えたとしても気にしたら……少しは気にした方がいいのか?




