16話
「このじいちゃんはだれ?」
「おまっ、学園長だろうが」
「えっと、そうなの?」
なるほど、この人があの悪名高い学園長か。
「それで、王家の犬が俺になんのよう?」
「おい!」
ユーゴス先生は怒ったがじいちゃんはほっほっほと笑っている。
「王家のために決闘の詳細も知らずに勝手に無効にする人を他になんて呼ぶの? 能無しとか?」
「おまっ、マジか」
「怒らせようとしても無駄じゃよ、ギリス」
「話しかけんな、クソじじい」
「ほっほっほ」
「ぐぬぬ」
わざわざ学園長みずから俺に会いに来たってことは絶対に厄介事だから怒らせてうやむやにしようと思ったのに、このじいちゃん、伊達に長いこと生きてないってことか……。
「ポルグヤックの盗賊の件なのじゃが」
「断る」
「まあ、最後まで」
「断る」
「お前さんに夏季休暇をやろう」
「……お引き受けいたします、学園長」
俺がきれいに頭を下げるとユーゴス先生が、「手のひら返しがすぎるだろうが」とかつぶやいたが華麗にスルーだね。
そりゃあ、手のひらでもなんでも返してやるさ。
「引き受けてくれるのかのぅ?」
「うん、盗賊を掃除してくればいいんでしょ?」
「そうじゃ」
「いいよ」
「なんでだよ、あれだけ嫌がってたじゃねえか」
「っん? だって俺にちゃんと利益があるじゃないか、利益があるなら仕事をする当然のことだよね?」
そうそう、夏季休暇さえ手に入るのならよろこんで盗賊でもなんでも掃除してくるさ。
母さんもよろこぶだろうし、学園長も満足、俺もうれしいんだから誰も損しないよね。
「でもよ、いいのかよ。あいつらを助けるような」
「助けにならないでしょ?」
「はぁ?」
「よく考えてみて、例えばユーゴス先生の奥さんが若い男と不倫したとするじゃん」
「なっ、そんなことするか!」
「例えばだよ、例えば」
まったく、あんまり怒ると本当に不倫しそうなのかとこっちが不安になるよ。
「そんで、ユーゴス先生が怒って離縁する。すると奥さんは若い男に走ったけど捨てられて、さらにはユーゴス先生に忖度した奥さんの実家のお店の取引先が揃ってお店との取引を中止したとするでしょ?」
「おう、まあ、例えは悪いが理解した」
「そしたら、お店の人たちがユーゴス先生に泣きついて、同情したユーゴス先生が得意先を説得、お店との取引を再開したとする。この場合、お店の人たちはどう思う?」
「どう思うって、そりゃあ」
「お店が元通りになってよかったね。とはならないよね?」
「……そうだな」
そうなんだよ、人には感情があるからね。
たとえ後で何事もなかったみたいに元に戻ったとしても、大抵はいらないことをしてその原因を作ったやつを恨む。
「今回は特に財産だけでなく、命も脅かされているんだよ」
「領民はポルグヤック子爵家を恨むってことか?」
「うーん、まあ、恨まなかったとしても呆れるか、バカにはすると思うよ。殺そうとしてまで婚約破棄をした男に助けられるとはどんだけのアバズレなんだとね」
「そうなるじゃろうな」
「学園長?」
「じいちゃんも別にポルグヤックがどうなろうとどうでもいいんだよ。王家からの依頼で俺に話を持って来ているだけだから」
「そうじゃな」
「ほら、王家の犬じゃないか」
「ほっほっほ」
ユーゴス先生は、「マジか」と頭を抱えたが、マジなんだよ。
「ユーゴス先生、人は自分の利益のために働くんだよ」
「そりゃあ、そうかもしれないけどよぉ」
「だからユーゴス先生も人に何かを頼むときは少しでも相手に利益を与えた方がいいよ。タダより高いものは無いは、物を受け取る側の話ではなく、仕事を与える側の話だから」
「はぁ?」
「タダ働きの先にあるのは信頼関係の崩壊だけだよ」
「御恩と奉公じゃな」
「そうそう、それ」
俺がうなずくとユーゴス先生が、「えっと、どう言うことですか?」と学園長に聞く。
「まだまだじゃな、ユーゴス先生」
「……すみません」
「して、いつから行けるかのぉ」
「明日から行ってくるよ」
「ほお、迅速果断こそ猛将の証というからのぉ」
「それ、ほめてないよね?」
俺が聞くとじいちゃんがほっほっほとまた笑い、ユーゴス先生が、「どういうことだ?」と聞いてくる。
「このじいちゃんは即断即決するなんて、よく考えずに突っ込んでいく猪みたいな騎士のようだなって言ってるんだよ」
「ほめておるのだよ。普通の人間は躊躇する、二の足を踏んで好機を逃すこともある、迷わず死地に踏み込んでこそ得られる物もあるのじゃ」
「言い方をそれっぽく変えただけじゃないか、クソじじい」
「ほっほっほ」
笑いながら踵を返したじいちゃんが少し歩いてから振り返る。
「気をつけていくのじゃぞ、クソガキ」
「余計なお世話だよ、クソじじい」
「おっと、そうじゃ、夏季休暇の後に地獄が待っておらんといいのぉ」
「うぐっ」
くそぉ、狸め。
いや、細いから狐か?
あのじいちゃんが寝てる間に足を攣ったりしますように。
そんなふうに神に祈っていたら、自分の席についていたノルゥが立ち上がって歩いて来る。
「ギリス様」
「どうしたの、ノルゥ?」
「ちゃんとリシャ様に確認を取られてから返事をされた方がよかったのではないですか?」
「なんで?」
俺が首をかしげるとノルゥが、「もしかしてお忘れですか?」と眉間にシワを寄せた。
「えっと……俺って明日からなんかあったっけ?」
「いいえ、ですが、明日からポルグヤック領に行くとなるとリシャ様はいけない可能性もあるのではないかと思いますが……」
「っん?」
俺が首をかしげるとノルゥがはぁと息を吐く。
「……ボクシング」
「あっ」
「商人たちとの調整があるのではないですか?」
まずいぞ、それは……間違いなくまずい。
「なにを青くなってんだ、ギリス」
「ペイン……いやぁ、安請け合いしちゃったんだけどさ、母さんに相談もせずに決めちゃったのはまずかったかなって」
「ああぁ、お前のところのお袋さんはあの決闘以来ずいぶんと神経質になってるって噂だからな」
「そうなの? あの優しい母さんが?」
俺が聞くとペインが呆れ顔になる。
「息子が殺されかけたんだ。誰だって神経質にもなるだろ?」
「そりゃあ、そうか」
「で、どうすんだ?」
「どうしよう」
俺が言うとペインはいつも通りにクックックと笑うけど、笑いごとじゃないんだよ。
「しかし、お前はつくづく大変だな。結局、元婚約者たちの尻拭いまでさせられることになるなんてよ」
「本当だよね。まあ、おかげで夏季休暇をもらえる目処が立ったから別にいいけど」
「盗賊ぐらい楽勝ってことか?」
「やってみないとわからないけど、少しまた改良したからね、前回よりは楽になるんじゃないかと思うよ」
「そうか、どちらにしても侮れない奴もいるかもしれないからな、気をつけて行けよ」
「うん、ありがとう、ペイン」
やっぱり悪役令息のはずのペインがこのクラスのクラスメイトの中で一番まともという現実……ルートによってはこのペインがラスボスになって最終的には殺されるっていうんだから、あのクソゲーは本当にどうかしているな。
まあ、正義ってのは見る方向によって決まるってことなのかもしれないけど……できる限り気のいいこのクラスメイトが、殺されてしまうような未来にはならないように動こう。
——
今、俺の目の前にはきれいでかわいいことでお馴染みのうちの母さんがいて、とてもニコニコとしている。
目も笑っているということは、怒っているというわけではないのか?
……おかしい。
「明日からポルグヤック領に行くのね」
「……うん」
「あら、なんで元気がないのかしら、ギリス」
「そのぉ」
「その?」
「ボクシングが……」
カーボン製のスケルトンことヨウコー君たちにやってもらうボクシングイベントのことなどすっかり忘れて、学園長からボルグヤック子爵領に集まっているという盗賊を掃除する依頼を安請け合いしてしまった。
前世のボクサーのボクシングスタイルを真似た十種類のヨウコー君たちを作り戦わせるのを見てもらうイベントで、その子たちそれぞれに応援料的な名目で資金提供してもらう代わりに、兜や胴当てにお金を出してくれた商会名をいれる前世のスポンサードという方法に似せたやり方で稼ぐつもりだし、さらにそれぞれのヨウコー君に名前をつける権利を買ってもらう命名権的な方法でも……。
ぐふっ、どう考えてもまずい、母さんは昨日から家令のルトガルさんと一緒に商人たちとそれらの交渉や調整をしているのだから、決闘があった日から離れ離れになることを極端に嫌っている母さんに相談もせずに明日から学園を休んでポルグヤック領に行くなんて簡単に決めてはいけなかったよね。
ほうれん草……違った、報告、連絡、相談は社会人の基本だもんね。
「ああ、それなら大丈夫よ」
「えっ?」
「大枠は決まったし、後のことはルトガルとデンマーたち商人に任せておけば大丈夫だから」
なっ、なんだって!
でもまあ、そうか。
スポンサーの選定と同時に飲食物の販売に関することなんかはすでに決まったみたいだったし、出場する選手ことカーボンスケルトンのヨウコー君たちもモデルごとに赤、青、黄色、緑、紫、オレンジ……十色に色分けして用意もした。
それに会場の場所も設営する大工たちも運営するスタッフと警備する冒険者の手配も……商人さんたちなら朝飯前だもんね。
大枠の調整つまりどの商会にどこを任せるのかさえ決まってしまえば、相談窓口として家令のルトガルさんさえいれば、後のことはデンマーさんたち商人に任せておけばいい。
「ってことは母さんも一緒に行けるの?」
「ギリス」
「……はい」
「もしかして、だけど」
「はい」
「私がいけないかもしれないことを考えずに安請け合いとかしたんじゃないわよね?」
「そんなこと、あるわけないよぉ」
俺はほほえみながら言ったのに、母さんは御者として学園まで付いてきてくれているオランさんとノルゥを見た。
「オラン」
「さすがにギリス様もそこまで考えなしってことはないですよ」
「ノルゥ」
「忘れていたみたいでした。私が指摘したところ青くなっていましたので」
「ギリス」
「申し訳ございませんでした」
俺は素早く土下座をする。
ダメなことをしてしまったときにはすぐにちゃんと謝る。
これが家庭円満の秘訣なのだと前世のころの妻子持ちの同僚が言っていた。
童貞にそんなことを教えてどうするつもりだったのか、いま思うとおかしいので二時間ぐらい問い詰めたい。
二度と会うことはないのだろうが……せっかくの教えなので今世で活かそうと思う。
「まあいいわ。ルトガルやデンマーたちに感謝するのよ」
「うん」
できる男たちなんだな、ルトガルさんやデンマーさんたち商人は……きっとみんな妻子持ちなのだろう。
くっそぉ、やっぱりどこの世界でもできる男がモテるのか……まあ今世は母さんとノルゥに囲まれている時点で勝ち組である。
この人たちに愛想を尽かされないように気をつけないとね。
「それでなんだけどさ、噂を流せる?」
「どんな噂」
「どうやらラグズリーフェルト家のギリスはデスバルド家のジルと仲が悪いらしいって」
「それで、今度は盗賊たちをデスバルドに行かせるってことかしら?」
「そうそう、端から掃除をしているうちにどうせ逃げるだろうし、それなら逃げる先も用意してあげようかと」
いい感じにカインのメッキは剥がれてきていると思うし、ジルの家がノルゥの家のルオディアン男爵領に盗賊のフリをした騎士たちを入れていたという疑惑の信憑性も増してきていると思う。
たとえそれらがまだまだだとしても、ハルトたちの中では大きくなってきているだろうし、ハルトを支援し後ろ盾となっているアリアンナ公爵令嬢のハウゼンベルク公爵家や少しハルトたちから距離を取り始めているエリシア王女殿下の王家がそのジルの家を助けるためだけにさらに依頼をしてくる可能性は低いと思う。
それにもし仮に頼んできたとしても、俺たちに利益が無ければ断ればいいだけだもんね。
「わかったわ、流しておくわね」
「ありがとう、母さん」
「でも、どうせ噂を流すならギリスが王家の命令で行くということも流した方がいいかしら?」
「確かに俺があの子爵令嬢に未練たらたらとか思われるのは癪だね」
「そうよね」
「そうですね……」
「ノルゥ?」
「いえ、なんでもありません」
少しうつむいていたノルゥが俺を見て力なくほほえむ。
「うーん、じゃあ、両方とも流そうかしら」
「「両方とも?」」
俺とノルゥが首をかしげると母さんがニヤリと笑う。
「ギリスが王家の命令でしかたなく行くらしいという噂と不貞を働いた令嬢に未練たらたらで自主的に行くらしいという噂よ」
「なるほど二つの相対する噂を意図的に流すことで、そのことについて議論させるってこと?」
「そうよ、そうすれば噂の信憑性も増すし、注目を集めることができるはずよ」
「さらに、あの子爵令嬢が不貞を働いたということを前提条件とすることで、やはり不貞を働いたのではないかと信じる者たちを増やす狙いもあるんだね」
「そうなのよ、そもそもその前提がなければどちらの噂も成立しないからね」
母さんと俺がうなずき合いながらニヤニヤしているんだけど、どう見ても悪役の……ああ、俺たちは悪役サイドだったや。
「じゃあ、準備しちゃわないとね」
「はい」
母さんとノルゥが壁際に控えていた母さんの侍女さんとメイドさんたちを見ると、みんながはぁと息を吐き出す。
そうだよね。
女性の準備には時間がかかるものだもんね。
あの人たちにもあとでなにか差し入れをしておこう。
俺の考えなしな決断のせいで余計な手間が増えたんだし、タダより高いものはないからね。




