15話
朝起きるとやっぱり体が重い……昨日のことが心に引っかかってて重たく感じるんだろうけど、それはしかたないよね。
ゆっくりと体を起こそうとしたのだが……。
「母さんはなにしてるの?」
「おはよう、ギリス」
「おはよう、母さん。じゃなくてさ」
そりゃあ、体が重いわけだよ。
いくら軽い母さんだと言っても、寝ている上に乗られていたらそりゃあ……なぜか、母さんが目を細めていらっしゃる。
「ギリス」
「……はい」
「大丈夫?」
「うーん、まあぁ、やっぱりちょっとくるものはあるかな」
俺がそう答えるとぎゅっと抱きしめてくれた、前から母さん、追加で横からノルゥ……天国、天国なんだけど、天国ゆえに……。
「くるしぃぃぃぃぃぃ」
「大丈夫よ、ギリスには私が付いているからね」
「私も付いてます」
「……ちぬ」
楽園とはきっと苦しみの先にあるのだろう。
そんな家族のスキンシップ的ななにかの後でノルゥに手伝ってもらって着替えを済ませて食堂に行くと、ゆかいなおっちゃん先生ことユーゴス先生と、その仲間のお姉さん先生であるポーラン先生が待っていた。
というか、普通に食事をしている。
「おお、遅かったな、ギリス。朝からお楽しみか?」
「ちねばいいのに」
「ちょ、悪かったって、おはよう、ギリス」
「本当にごめんね、おはよう、ギリス」
「おはよう、ユーゴス先生、ポーラン先生。ってかさ、なんで居るの?」
「なんでって、そりゃあ」
「いつでも、そう、勉強を教えれるようによ」
ユーゴス先生が目を逸らして、ポーラン先生の頬が引きつっている。
「帰るのが面倒になったんだね」
「そうだ」
「そうね」
「……本当にこの人たちで大丈夫なのか、不安なのは俺だけ?」
「ダメだと思います。チェンジしてもらいましょう」
ノルゥがジト目でユーゴス先生たちを見るとなぜか食べるのをやめたユーゴス先生とポーラン先生が俺のところまで来た。
「捨てないでくれぇ」
「そうよ。そんなのあんまりだわ」
「あのさ、ギャンブルやりたすぎて生徒の家に泊まり込むとかもういろいろまずいと思うよ」
「お前がいけないんだぁ」
「あなたが教え込んだから責任を取りなさい」
俺の足下に縋り付く先生たちを見下ろしながら思わずため息が出る。
もうダメだな、この人たちは……まっ、おもしろいからいいけど。
「わかったから、食事して学園にいこうよ。着替えとか大丈夫?」
「捨てないか?」
「捨てないの?」
「わかったって」
「そうか、着替えは大丈夫だ」
「メイドが用意してくれたわ」
それは大丈夫じゃないんじゃないだろうか……でも、もうこの人たちはそういうの気にしない人たちなんだと割り切ろうね。
母さんを見ると優しくほほえんでいて、母さんがオランさんの方を見るとなぜかオランさんが青ざめた。
これはさすがにオランさんのせいではないと思うよ。
そんなダ……おもしろい二人の先生たちと食事をとってから馬車で学園に向かう。
先生たちは他の馬車で近くまで行ってそこから徒歩で向かうそうだ。
やっぱり一緒に行くのは問題だもんね。
「空気が悪いね」
「どうやら深夜に壊滅させられた傭兵団が話題のようですね」
「へぇ、ずいぶんと話が流れるのが早いね」
壊滅してから九時間ほどしか経っていないし、傭兵団のホームがあった屋敷の場所は貴族たちが住む王都の中心からは馬車で一時間ほどの王都にある貴族街の外れに近い場所だったし……。
「監視が付いてたのかなぁ」
「ギリス様にですか?」
「いや、傭兵団の方に」
「依頼主ならつけるかもしれませんね、そのぉ」
「依頼内容をうちに持ち込まれると困るから?」
「はい」
そういう可能性もあるのかぁ。
ということは傭兵団を壊滅させたのが俺だということを、誰かしらは知ってるってことだね。
「いい噂のない傭兵団だったらしいが……」
「一晩でみなごろしだったらしいわよ」
「ということは、傭兵団同士のトラブルか、もしくは……」
「どこかの貴族の機嫌を損ねたんだろ」
ひそひそ話していた生徒たちがなぜか俺を見たので、少し首をかしげるとサッと視線を外す。
「どうやら冒険者たちが魔王と呼んでいる噂も広がっているようですね」
「えっ?」
「すみません、うちの領にいた冒険者たちから少し広がっているようなんです」
「なんて?」
「冒険者ギルドが手を焼いていた盗賊団をスケルトンの軍勢を率いて一撫でで倒した魔王と……」
なんて噂を流すんだ、あの人たちは……でも噂話も七十五日っていうし、ほっとけばそのうちに下火になるだろうからいいか。
そんなふうに思いながら教室に入ると、「おおぉ、魔王、来たか」と声をかけられた。
「っん? ペイン?」
「お前だろ、傭兵団を潰したのは」
「うん、そうだけど、俺は魔王じゃないよ」
俺はちゃんと否定したのだがペインはクックックと笑いながらうなずいている。
だからそれは絶対にわかってないやつだよね。
「なにやらかしたんだ、やつら」
「うちの侍女を攫おうとしてたんだよ」
「マジかよ。ケッ、ゲス共ってのはどこまでもゲスだな」
「本当だよね。依頼したやつらもわかったんだけど、確証も証拠もなくてさ」
ペインがカインたちの方を見るので、もちろん俺も見る。
ハルトとゆかいな仲間たちはいつものメンバーだけどなんかギクシャクしているような感じがするし、こちらを気づいていないのか、気づいていないフリをしているのか、みんな明後日の方を見ている。
いいじゃないか、その調子、その調子。
「シラを切られたらどうにもできねぇもんな……本当に筋を通さねえやつらはどうしようもねえな」
「本当、それなんだけど、しかたないよね。さすがにバカじゃなきゃ証拠なんて残さないし」
「そうだな」
「でも、誘拐はやっぱり怖いよね」
はい、ハルト君聞こえているかね、君に言っているのだよ、君に。
「確かにな、近ごろじゃ騎士が盗賊のフリまでするらしいからうちも充分注意するとしよう」
「それがいいね。それにしても王都ってなんだか物騒だから早く領地に帰りたいよぉ」
「お前はがんばらないと帰れないんだろ?」
「うん、そうなんだけどねぇ。いいよね、ペインは。意外と記憶を無くすって厄介だよ」
悪役令息と悪役令息がそんな会話をしているとハルトたちのパーティから女の子が一人抜け出して歩いてくる。
ああぁ、俺の元婚約者だね。
なにをしに……って、急に俺の前で土下座をした。
「もう許してください、あなたですよね?」
「なんの話?」
「うちの領地に盗賊たちが集まっているんです」
「はぁ? いやいや、知らないよ、盗賊には知り合いとかいないし、恥ずかしいからうちの騎士たちには盗賊の真似事なんてさせてないし」
俺が言うと隣にいたペインがまたクックックと笑う。
「そいつらが魔王を恐れただけだな」
「恐れた?」
「そうだ、奴らにはどこの領の盗賊とかねえからな、やばいと思えば逃げて、稼げると思えば集まるそんな生き物だ」
「まあ……そっか」
そもそもちゃんと街に住んで税金を納めている人たちとは違って、勝手に住んでもちろん税金も納めていない盗賊は領民ってわけじゃないもんね。
「きっと東部辺りを縄張りにしていたような盗賊たちが、ギリスの不興を買っていると思われるポルグヤック領に逃げたってことじゃねえか」
「なんで?」
「そんなの魔王に潰されたくないからだろ?」
「ああぁ、そう見方もできるかぁ」
うなずいた俺はまだ土下座をしている女の子を見下ろす。
「かわいそうだとは思うけど、さすがに俺にはどうすることもできないよ。それに君が頼るべきなのはハルトじゃない?」
「そりゃあ、そうだな。だいたい婚約破棄を要求したのはおめぇだろうが筋は通せ」
まったく悪役令息のはずのペインがこのクラスで一番まともだよ。
たまにしたり顔でわかってないときはあるけど……。
それにしてもいつもは頼んでもいないのにしゃしゃり出てくるハルトはなにをやっているんだ?
釣った魚には餌をやらないってのは、ハーレム主人公の標準装備かなにかなのかね。
——
「お前は本当に覚えが早いな」
「そう? ほめても……マフィンでいい?」
「あのなぁ、だけど、なんで王国史と大陸地理学だけ壊滅的なんだ?」
「だって、知らないおっさんの俺ツエエエとか誰得なの?」
「おい!」
「地理もうちの領地がある北部だけわかってればよくない? 最悪ペインの東部は覚えてあげてもいいけど、公爵家のある南部とかごちゃごちゃしている西部とか行きもしない他国とかどうでもよくない?」
理由をちゃんと説明するとユーゴス先生がカッと目を見開いた。
そんなに開くんだね、それってもしかして開眼した的なやつ?
「お前は、マジか?」
「っん?」
「好き嫌いで覚えなくていいとか選ぶんじゃねえよ」
「でもさ、やっぱり好きになることが一番の近道だと思うよ」
「じゃあ、好きになれ、まあ南部はしかたないかもしれんが、とりあえず西部のやつらに謝れ」
ユーゴス先生が他の生徒たちの方を見るので、釣られた俺もそちらを見ると何人かの生徒がうつむいた。
なんか、ごめん。
「そっ、そう言われるとなんか西部を好きになってきたかも、群雄割拠的な感じでカッコいいし」
「ぜんぜんフォローになってねえんだよ。結局ごちゃごちゃをなんかそれっぽく言っただけじゃねえか」
「ユーゴス先生、ごちゃごちゃはひどいと思うよ」
「おめぇが先に言ったんじゃねえか!」
ユーゴス先生が強めのツッコミを入れると、ポーラン先生とノルゥが揃ってはぁとため息を吐いた。
「それにしても、アレはどうすんだ」
「アレって?」
「わかってんだろ?」
「ハルトがなんとかするでしょ?」
俺が首をかしげるとユーゴス先生が眉間にシワを寄せた。
「するわけねぇって」
「だろうね」
「そもそも彼女もお前の義理のアレに騙されていたみたいだぞ」
「そうなの?」
「メイドたちに見境なく手を出しているとか、孕ませたメイドを捨てたとか、子連れで戻ってきたメイドを、そのぉ」
「カインのやつ、自分のやってたことをちゃんと言ってたんだね」
俺が大きくうなずくとカインの方からチッと舌打ちが聞こえてきた気がするので、いい笑顔を向けておく。
「偉いじゃないか」
「ぼっ、僕はそんなことはしていない」
「そうなの?」
「だいたい、あなたは別館に来たことないんだからわかるわけないじゃないか」
「それもそうか。でもおかしいね。君は本館の敷地に立ち入ることも許されてないのに、なんで俺がメイドに手をつけてるなんてわかったの?」
「それは……」
カインが言い淀むとハルトと俺の元婚約者がバッとカインのことを見た。
はいはい、ハルトの中でおそらくカインの有罪がほぼ確定したね。
そんな調べればすぐにわかる嘘なんてつくからだよ。
「ギリス様がメイドに手をつけるなどあり得ませんよ」
「ノルゥ?」
「私ですら添い寝もまだなんですから」
「おう、あうち」
なんかふんふんと鼻を鳴らしながらやたらと胸を張っているけど、それは公衆の面前でドヤ顔して言っていいセリフではないんだよ。
だけど、ノルゥが、「それに」と付け加える。
「毎月本館に泣いて逃げてくるメイドたちに、リシャ様が多額の退職金をお支払いになっているそうですが?」
「それは、僕じゃない」
「ああぁ、旦那様でしたか、さすがリシャ様という素晴らしい婚約者がいるにも関わらず他所の女を孕ませるだけのことはあり……すみません、あなたがその時のお子でしたね」
「だっ、男爵令嬢風情が父さんを愚弄するなぁ!」
カインが立ち上がるとペインがいつものようにクックックと笑う。
「まだ枯れてねえとはすげぇな、さすがは夜会で数々の浮き名を流したって噂のセイジ・ベルトグラン子爵令息だな」
ペイン、ナイス。
公衆の面前で次期アズハログリージャ侯爵としてセイジ・ベルトグランをうちの婿とは認めてねえって言ってくれるとは……よし、東部にはいつかお手伝いに行こう。
俺がペインを見るとペインがしたり顔でうなずいている。
うんうん、確かに君は違いのわかる男だよ。
というか、南部はなにをやってんの?
アリアンナ公爵令嬢を見ると能面のような顔を貼り付けて、カインのことを見ている。
やっていたことに呆れているのか、面白いように馬脚を表している愚かさに呆れているのか、わかんないね。
「おい、どうするんだよ、これ?」
「なにが?」
俺が首をかしげるとユーゴス先生が頭を抱える。
「なにがじゃねえよ、お前が始めたんじゃねえか」
「えっとぉ、そうだっけ?」
「おい!」
「そもそもユーゴス先生がくだらないことを振ってきたんじゃないか」
「くだらねえって、領民は関係ねえだろ?」
「うーん、確かにそれは、そうだね」
確かにポルグヤック子爵家やあの元婚約者には思うところがあるけどぉ、ポルグヤック子爵領に住む人たちは関係ないね。
「お前ならパッと行って片付けることもできんだろ?」
「でもさ、そんなところまで行ってる暇は俺にはないよね?」
「ぐっ」
「俺にとっては夏季休暇の方が大事なんだよ。取れなかったらうちの母さんが泣くし」
うんうん、大事なのは母さん。
どっかのアバズレとそのアバズレの領地のかわいそうな領民ではない。
「それにいいの? ポーラン先生の首も飛ぶかもよ」
「確かに……」
「ユーゴス先生、同情はいいことだとは思うけど同情して手を貸したところで仇で返してくることがわかっているやつらに同情するのはやめておいた方がいいと思うよ」
俺が言うとユーゴス先生がはぁと息を吐いた。
「なんで愚かな令息のフリなんてしてたんだよ」
「いや、記憶はないけど」
「してたんだよ。じゃなきゃいろいろ説明がつかねえ。地頭も悪くねえ、固有魔法も規格外と言っていい、それにな、上部は変わっても本質ってのは変わんねえんだよ」
「なんだよ、わかってんじゃん、ユーゴス先生」
「はぁ?」
ユーゴス先生が眉間にシワを寄せるので、俺は元婚約者の彼女に視線を送る。
するとユーゴス先生が、「あっ」と小さく声を漏らした。
「どんなに殊勝な態度を取っていても、彼女の本質は変わらないよ。きっと彼女の家はずっとそうやって来たんだ」
「……」
「風を読み、いい風の吹いている方向を見定めて顔を向ける方角を決めている」
王都に近い子爵家としてそんなふうに生きないと生き残れなかったのかもしれないけど……。
「今回はいい風だと思っていた風がストームだったってだけだよ」
「……そうなのかもしんねえな」
「騙されちゃダメだよ。いつだって人は自分がかわいいんだ」
俺はハルトを見る。
「彼だってそうじゃないか、あれだけ友達のカインのことを大事だって言ってたのに今はもう声すらあげてない」
「そりゃあ、騙されていたんだ、しかたないだろ?」
「本当に?」
「えっ?」
「ちょっと騙されていたぐらいのことで終わっちゃうの?」
俺がユーゴス先生を見て首をかしげる。
カインの付いていた嘘なんて、せいぜい被害を受けるのは俺と俺の家と元婚約者と元婚約者の家だけでハルトにはなんの被害もないと思う。
つまりなんだかんだ言ってても彼もまた、風を読んで生きているってことじゃない?




