14話
午後十時四十分、パッと目を覚ますと隣の部屋にいるノルゥに気づかれないように音を立てないように注意しながらベッドを出て……。
「どこに行かれるのですか?」
「ぐっ」
なっ、なぜ気づかれた?
「ちょっとお手洗いに」
「では、私もついていきますね」
「いやぁ……」
「オランさんとなにやら悪巧みをしていらしたようですが、なぜ私が気づかないと思ったのですか?」
「えっと……」
「ギリス様はリシャ様と私がいればいいと言ってくれてたのに酷いと思います」
「ぐふぅ」
わざとらしく胸を押さえるとノルゥに抱きしめられた。
やわらかい……げふん、げふん。
「ギリス様には娼館など必要ありませんよ」
「えっ? 違うよ」
「なにが違うのか、ちゃんと説明してもらえますか?」
昨日部屋に戻る前にオランさんに相談して夜中に動くことにしたんだけど、コソコソとやっていたからノルゥに夜の店に行くと思われたらしい。
この世界の夜の店かぁ……気にならないとは言わないが、こんな美少女がいるのに行く理由が見当たらないと思う。
もちろん俺たちはまだ健全な関係だけど、こんなふうに夜中に薄着でハグしてもらったりはしているから健全ってなんなのかわからなくなってきたね。
「オランさんに繋ぎを頼んだんだ」
「繋ぎ?」
「うん、ある人たちに聞きたいことがあってね」
「どのようなことなのですか? このような時刻に行くということは表向きの話ではないのですよね?」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
「では急がないといけませんね」
なぜかそう言ったノルゥが準備を始める。
「いやいや、連れてはいけないんだけど?」
「無理です」
「危ないからさ」
「なおさら無理です。リシャ様に報告を」
「わかった、わかったから……」
しかたないかぁ、時間もないからね。
俺たちは素早く支度をした部屋を出る。
待っていたオランさんはノルゥがいることに特に驚いた様子を見せずに数人の騎士たちと確認を取り合うと素早く……。
「ギリス、あなたはなんで危ないことばかりしようとするのかしら?」
「かっ、母さん?」
「あのさ、坊ちゃん、俺たちがリシャ様に報告しないとかありえないでしょ?」
「いやいや、だけど、母さんが深夜にそんな場所に行くのはちょっとまずくない?」
「坊ちゃんも一緒ですよ」
オランさんが呆れ顔になると、母さんがはぁと息を吐いた。
「とりあえず行くわよ、先方も待ってるわ」
「ぐっ」
ということで結局母さんとノルゥとオランさんのいつものメンバーで出かけた。
馬車に乗り、夜の王都を走って一時間ほどでその場所に着いた。
「坊ちゃん、着きましたよ」
古びた洋館のような建物は確かどこかの貴族が妾のために建てた建物って設定だったと思う。
「俺が行くって話は通してあるんだよね?」
「はい、知り合いに頼んで通してはもらってますけど……」
「そうだよね」
相手はごろつきまがいの人たちだから、穏便にとはいかないと思う。
だけど、伯爵令息相手に出迎えもなしって……。
それにこちらには母さんやノルゥという美女と美少女がいるのだ。
護衛の騎士たちにもいつもより緊張感がある。
「オランさん、こういうのってさ、まずはどちらが上なのか最初にガツンとわからせた方がいいってことなんだよね?」
「まあ、それはあるでしょうけど奴らもいちおう荒事で生きていますからね、なかなか手強いと思いますよ」
「母さんたちを守りながらわからせるのは無理ってこと?」
「いや、出来なくはないと思いますけど……」
「じゃあ、しかたないね」
「えっ?」
「ライズスケルトン」
地面に無数の魔法陣が浮かび上がり、そこからズズズっとイチロー君たちがせり上がってくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと坊ちゃん?」
「イチロー君、ジロー君、サブロー君、わからせてやりなさい」
イチロー君たちが入って行ったその建物から怒号と悲鳴が聞こえて来て、しばらくして俺の前に簀巻きにされたおじさんが転がる。
「まっ、魔王様、俺たちになんの御用でございますか?」
「俺は魔王じゃないけど……ちょっと聞きたいことがあって」
「……そうなのですね」
「うん」
「では、なぜ襲撃を?」
「だって、こういうのって初めにわからせた方が話をしやすいでしょ?」
俺が首をかしげるとおじさんが、「穏便って知ってます?」と聞いてくる。
「うん、だから穏便に話をするためにまずはわからせようと思って」
「なるほどぉ」
「話は聞ける?」
「……あっ、はい」
「えっと、それじゃあ」
「ぼっ、坊ちゃん、このままで話すのですか?」
「ああぁ、そっか、じゃあ、中で話そうよ。イチロー君、お願い」
イチロー君が簀巻きになっているおじさんを肩に担いで中に入って行くので、俺たちもそれに続いて中に入った。
簀巻きにされた結構な数の男の人たちが床に転がり、テーブルや椅子があちこちに散らばっている中を歩く。
その酒場のような場所の真ん中まで来て周りを見回した。
「座れそうな場所はないね」
「あん……魔王様がそのぉ」
「えっと、イチロー君」
「まっ、待ってください。生意気なこと言ってすみませんでした」
「っん?」
イチロー君に担がれているおじさんを見ながら首をかしげると、オランさんが、「やりすぎですよ」とつぶやき、母さんが、「出迎えがないんだもの」と答えて、ノルゥが、「伯爵令息に対して舐めた態度をとったのですから当然です」と胸を張った。
「とりあえず椅子と机をお願い」
俺が言うとイチロー君たちが比較的まともそうな机と椅子を運んで来て、置いてくれるのでそこに母さんと一緒に座る。
向かいには簀巻きのままのおじさんがおか……座った。
「まっ、魔王様、出迎えもせず、申し訳ありませんでした」
「うーん、もういいか。あのさ」
「はい」
「君たちのところに仕事の依頼が来てない?」
「……仕事の依頼ですか?」
「うん、例えばうちの侍女を攫えとか」
俺が聞くとおじさんがゴクリと唾を飲む。
やっぱりね。
ここの傭兵団は俺の義弟のカインの手下ことジルの家、デスバルド子爵家と繋がりがあるんだよね。
前世のあのクソゲーの後半になってカインが敵になるころに、この傭兵団も敵として出てくる。
昨日、俺に顔を潰されたジルがあのまま引き下がるとは思えないから、なにかしてくるのではないかと思ったんだよ。
「どうする、このまま死ぬ? それとも、悔い改める?」
「くっ、悔い改めます」
「じゃあ、とりあえずデスバルドからどんな依頼を受けたのか話してくれる?」
「……はい、なんでも息子が恥をかかされたとかでば……魔王様の侍女であるノルゥって女を攫って来いって依頼でした」
「あのさ、貴族令嬢を攫うとか大丈夫なの?」
「あのぉ、おか……」
「ストップ、ストップ、ストォープ!」
俺が止めるとおじさんはチラッとノルゥを見て、「すみません」と謝る。
たぶん犯してしまえば令嬢としての価値がなくなる、もしくは、相手の貴族がバレるのを恐れて泣き寝入りするとかそんな話なんだろうけど、そんなのノルゥに聞かせられないよ。
というか、この人たちって悔い改める?
「うーん」
「魔王様?」
「母さん、これって証拠になる?」
「無理ね、どうせ現金で前払いしているだろうし、契約書なんてありはしないからシラを切られたら追求のしようがないわ」
しかもジルたちというか、カインたちのバックにはそれらを揉み消せる人たちもいるんだし、どっちにしても犯罪として立証とか出来たとしても、きっと依頼したデスバルド子爵家までは届かない。
この人たちがトカゲの尻尾みたいに切られて終わりだろうね。
「そっか、わかった、じゃあね」
俺が立ち上がると母さんもスッと立ち上がり、おじさんを見た。
「あなたたちがやって来たことの報いを受けるだけよ」
「たっ、助けてください。相手は子爵なんだ、俺たち下の者が断れるわけないでしょう」
母さんが答えずに歩き出すので俺もそれに続く、俺たちが外に出るとオランさんが、「俺がやりますか?」と聞いてくる。
「いや、俺がやるよ。と言ってもイチロー君たちが、だけどね」
「ギリス、無理はしなくていいのよ」
「うん、だけど、こういうのにももっと慣れていかないとだからね」
「……そうね」
母さんが寂しそうな顔でうなずく。
こっちの世界の貴族として生きて行くなら、こういうことにもっと慣れる必要がある。
あのゲスたちを処断するつもりなんだからこんなことぐらいで躊躇していられないよね……と頭ではわかってはいるけど、やっぱり割り切れない。
わからせてやりなさいなんて指示を出して盗賊もたくさん殺してきたってのに、まだこういうのには慣れないなぁ。
もしかしたら、やるかやられるかみたいな戦いの中で殺すのと、すでに無抵抗な相手を明確な殺意を持って殺すってのはちょっと違うのかもしれないね。
前世で殺意があるのかないのかで罪の重さが変わると聞いたときは、意味がわかんないな、殺しは結局、殺しでしょ? とか思ってたけど、明確な殺意を持って殺すってのは意外とその線を越えるのに勇気がいる気がする。
何も言わずに隣に寄り添ってくれているノルゥが、そっと手を繋いでくれる。
気を使わせるとか、本当にダメだなぁ。
「イチロー君たち、殺して」
俺の指示を受けたイチロー君たちが建物の中に入って、その建物の中から物音と悲鳴が聞こえてくる。
俺は目を逸らさずにそれを聞いていた。




