13話
「おい、ギリス、お前は世界でも取るつもりなのか?」
「いや、そんなつもりはないよ」
母さんに頼まれたさまざまなボクシングスタイルのヨウコー君を十人用意したら、エグいことになった。
もちろんどのモデルも本家には全然及ばないんだけど、基本スペックが同じカーボン製のスケルトンに世界を取ったボクサーのスタイルを真似させて対戦させるとか夢すぎた。
「おいおい、なんなんだよモデルタカシは、相手が殴ろうとするのに合わせて出鼻挫くとかエグすぎだろうが」
「いやいや、驚くべきはモデルトシアキ君のステップでしょ?」
「確かにアレの間合い管理もエグい……」
「ギリス様、私はモデルジョウイチロー君がいいと思います、イチロー君ですし」
これは間違いなく夢だな、夢なのに夢じゃなかったは……確かに存在した……。
ちなみに現在、俺たちから少し離れたところで母さんとオランさんが商人たちに説明しているんだけど、商人たちから、「魔王」とか、「屍術王」とか、「死霊王」とかなんか変な単語が聞こえてくるのだが……なんでそんな不穏そうな単語が出てきているの?
今はボクシングの話でしょうが……大丈夫かな。
「やっぱり俺が説明した方がいいんじゃない?」
「いや、お前はやめとけ」
「そうよ、落ち着いて」
「ギリス様が出るまでもないですよ。これを見てヨウコー君たちの素晴らしさがわからないような者たちに、ギリス様がわざわざ説明してやる必要などありません」
「そうかなぁ」
「だいたいギリス様が一緒にやろうと言ってくれているのに、有無を言わせずに飛びつかないなどあり得ません」
「お前はそうだろうな」
「ノルゥならそうでしょうね」
「当然です」
ノルゥが自慢げに胸を張ったので……。
「うううん」
ごめんなさい……なぜかポーラン先生がユーゴス先生の頭をバシッと叩いた。
いやいや、えっ?
そして、なぜかポーラン先生も胸を張る。
えっと……俺がユーゴス先生を見るとユーゴス先生がぽりぽりと頬を掻いた。
なるほど、なるほど。
「少しお話を聞いてもよろしいですか?」
「っん?」
「私は商人のデンマーと申します」
「ああ、デンマーさんだね、俺はギリス・ラグズリーフェルト。初めまして」
「これはこれはご丁寧にありがとうございます」
手を差し出すとデンマーさんが俺の手を握る。
「それで聞きたいことってのはなに?」
「リシャ様から運営を任せられまして、運営するにあたってギリス様から話を聞くようにと」
運営かぁ……ざっくりとしたイベントの流れとか、どんなスタッフが働いていたのかとかはなんとなくわかるけど、階級制が根付いているこの世界に前世のそれらが当てはまるのかなんて俺にはわからないし、実際に運営に携わったことがあるわけじゃないからわかんないよねぇ。
ああいうのってさ、表から見るのと裏側では違うでしょ?
「えっと、俺からは特にこうして欲しいとかはないよ」
「そうなのですか?」
「うん、こういうのは素人が口を出さない方がいいでしょ?」
首をかしげるとデンマーさんが目を細めてふふっと笑う。
「では、ボクシングという物のことについて教えていただけますか?」
「うん、いいよ」
そこから俺が覚えている範囲でボクシングについてデンマーさんに説明する。
競技としてのルールや試合の流れ、ラウンド制とかそういうのだね。
だけど別に前世と同じようにやらなきゃいけないわけじゃないし、この世界で行うボクシングはこの世界のボクシングでいいんだと思う。
「大事なのは愛ですか?」
「うん、ルールを守るって競技を尊重するみたいなことでしょ?」
「それは……そうかもしれませんね。敬意がなければズルもすると思います」
「うん、だからボクシングを好きになってもらえるように運営してくれる?」
まずは好きになってもらう。
好きこそものの上手なれだよね?
熱中してもらえばもっとこうしたいとか、こうすれば良くなるんじゃないかとかそういうのが出てくるんじゃないかな。
そうやってこの世界でボクシングを好きになってくれた人たちがこの世界のボクシングを作っていけばいいんだよ。
もしかしたらキックボクシングとか総合みたいなものになっちゃうかもしれないけど、それはそれでまた面白いよね?
「わかりました、愛を持ってですね」
「うん」
「ギリス様、素晴らしいお考えですね」
「そうです、ギリス様は素晴らしいんです」
待ち構えていたのかと思うぐらいにノルゥが胸を張ってそう言うから、もちろん俺とデンマーさんの目線が……げふんげふん。
ノルゥがはぁと息を吐いた。
「まあ、師匠からの受け売りなんだけどね」
「師匠……」
「うん、師いわく愛がなければボクシングはただの暴力に成り下がってしまうんだってさ」
「なるほど、確かにそのような側面もあるかもしれませんね」
相手や競技、応援してくれる人たちに敬意を払い、愛を持ってボクシングをしろって耳が痛くなるほど聞かされたよ。
でも、僕もそうだと思う。
「今回はヨウコー君たちだから死者が出るようなことにはならないけど、そのうちに人同士の競技になれば、罷り間違えると死者が出るかもしれない」
「だからこそ、愛が大事というわけですね」
「そうそう」
「わかりました、そのことを踏まえて運営させていただきます」
「うん、よろしく頼むよ」
俺がまた手を差し出すとデンマーさんが握ってくれる。
学園での授業もあるし、夏季休暇になれば母さんと領地に行って酸を吐くという魔物を倒すために鉱山にも行くし、あんまりボクシングのことに関わっている暇はないからね。
だから実際に見るのはかなり先になってしまうかもしれないけど、この世界のボクシングがどんなものになるのか、今から楽しみだね。
——
商人さんたちにボクシングを見てもらって夕食をいただいてから自室に戻ろうとしていたら、二人組に行く手を阻まれた。
「ギリス、なにか大事なことを忘れているんじゃないかしら?」
「ああ、ユーゴス先生、ポーラン先生、おやすみ、また明日ね」
「違うよな?」
「なんのために私たちが来たと思ってんのよ」
「えっとぉ、謝罪のためだよね?」
「そうよ、もちろんそうなんだけどね」
ポーラン先生が顎でクイクイと促してユーゴス先生に言わせようとするとユーゴス先生が、「もう」と声を漏らしてから、「うううん」と咳払いをする。
「ギリス、スケルトンを出してくれ、ここまで来てギャンブルしないで帰るとか意味わかんねえだろ?」
「わかったよ。でも徹夜とかダメだからね。二人は明日も学園があるんだし、うちの使用人たちも今朝怒られたばかりだからね」
「わかっている、徹夜はしない」
ユーゴス先生は神妙な顔で大きくうなずいたけど心配だね。
「朝方までやってて、少し寝たから徹夜じゃないとか無しだよ」
「ばっ、バカ、そんなことするか!」
「ほ・ん・と・にぃ?」
「本当だ、これでもいちおう教師だからな、生徒との約束は守る」
「わかったよ、じゃあ、出すね、ライズスケルトン」
魔法陣からズズズっと十人のイチロー君たちがせり上がって来ると、ユーゴス先生とポーラン先生が、「おおぉ」と声を上げた。
「何度見てもとんでもない魔法だな」
「そう?」
「あのなぁ、単純に戦力が一人から一瞬で十人に増えたと考えろ」
「まあそうなんだけどスケルトンだからスキルとか魔法とか使えないよ」
「だからどうした? 数は単純に力なんだよ」
確かにそうだね。
前世のゲーム主人公でありギリスをボコボコにしたハルトも三人で完封できたし、盗賊討伐でもイチロー君たちは無類の強さを示してくれた。
「でも一人の強者に無双されて負けることもあるよね?」
「もちろんだ。なんだよ、ここのところ勝ちまくってるから慢心してるかと思ったけど大丈夫そうだな」
「うん、負けたら死ぬんだし、やっぱり死にたくないからね」
「わかってるならいいんだ」
ユーゴス先生はうなずくとポーラン先生とオランさんたちと一緒に……。
「オランさん」
「どうかしたのですか?」
「あのさ、お願いがあるんだけど」
「なんです?」
手招きしてオランさんにしゃがんでもらい、その耳元に口を寄せる。
「母さんには内緒で十一時ごろに連れて行ってほしいところがあるんだよ」
「なっ」
目を見開いたオランさんにお願いごとをして、部屋に戻る。
いつものようにふかふかのソファに沈み込むとやっぱり少し疲れているみたいでふわぁとあくびが出た。
ちなみに母さんとうちのできる家令ことルトガルさんは商人さんたちとまだ話があるみたいで応接間で話をしているみたいだし……。
「本当にあの二人は明日も授業があるってわかってるのかなぁ」
「わかっていないと思います」
「そうだよねぇ」
これからは二人は放課後もうちに来て個人的に教えてくれると言っていたけど、どう考えても目的が違うと思う。
お話し合いの末、じゃんけんで負けた方が俺の授業をするということになったらしいから大丈夫だと信じたいんだけど、俺の授業が普通に罰ゲームになっているという現実……まあいいか。
「ギリス様」
「なに?」
「お疲れのようですので早めにお休みになられた方がよろしいかと」
「そうだね」
ということで、お風呂に入ってからその日は早めに寝た。




