表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
番外編:祝福への受難曲(カンタータ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/89

第9話 愛の旋律、永遠に響く組曲

片膝をつき、地面に細かい文様を描いた魔法陣を作成し続けるシェニムに向かい、黒光りした大量の昆虫が襲い掛かる。


あの骨だけの魔物の身体から、生み出された昆虫。サイズは小さいが、量が半端ではない。


俺は剣を一閃して薙ぎ払うが、増え続ける昆虫は、俺に向かっても群れを成して飛び掛ってきた。


一匹が、俺の手の甲に止まったと思った瞬間、激しい痛みが襲う。手を振り、払い落とすと赤い血が滴った。

鋭い牙を持っているようだ。毒を持たれているのが怖くて、えぐれた手の甲に唇をつけて血を吸出し、その血を吐き捨てた。


シェニムは真っ青な顔のまま、一心不乱に魔法陣を描き続ける。

シェニムを襲わせる訳にはいかない。

だが、俺の方が魔力が弱いから、シェニムへ結界を張ることが出来ない。


どうする。


『つまらぬ……つまらぬな。もっと楽しませて貰えると思ったが』


静かな魔物の声が脳裏に響く。


ポワンの雷もティロンの炎も、『蒼の疾風』の剣も通じない。

何というものを呼び出したんだ、シーガル……!!


「シェニム、まだか!」


剣に魔力を込め、俺は剣を横に一閃させた。


眩い光が昆虫を包み込み、ポトポトと虫たちが地上に落ちる。

これは多少、効き目があるようだ。


俺は魔力を剣に注ぎ続けながら、僅かにシェニムへ振り返ると、彼は土に描いていた文様の最後の一文字を書ききったようで、

ゆっくりと立ち上がって口元に笑みを浮かべた。


俺ですら、ぞくりとするような凄惨な笑み。


そして低い声で呟いた。


「シーガルに見せたかったものですね。本当の魔物召還を」


「魔物召還……!?」


まさか。


シェニム、何をしようとしているんだ。


「くっ……! シェニム様、もう、限界です、吸い取られ尽くしてしまう……!!」


シェニムに魔力を提供していた兵士達が、次々と倒れていく。

どれだけの魔力を使っているのか、俺にはもう想像出来ない。


シェニムは、ちらりとそちらへ目を向け、瞳を細めた。


「申し訳ありませんが、もう少し……」


そう小さな声で呟いたその唇に、シェニムは自らの指先を整った唇に当て、僅かに眉を寄せた。


指先の皮膚を食いちぎり、滴る血を、魔法陣の中央にぽたりと落とした。

その瞬間、魔法陣から大きく強い光が立ち上がる。


「古より、禁断とされていた術です。高い魔力と強い精神力がなくては、操れませんからね、魔物を。半端な魔力の者がこの術を使えば、シーガルのようになる。ゆえに、この術は封印されてきました」


目を閉じ、光に手を翳していたシェニムが淡々とした口調で俺に教えてくれた。

静かな分、ぞくりとするほどの静かな怒りを感じる。


「シェニム、お前、まさか……」


「禁断を破るのは気分がいいものではありませんが、仕方が無い。これ以上、フォーティニアを破壊させるわけにはいきません。……呼び出します、ラナディート、お下がりなさい」


シェニムの言葉に、俺は魔法陣から離れ、出来る限りの大声を発した。


「ポワン、ティロン、『蒼の疾風』退避!! 危険だ、そこから離れろ!」


何が起きようとしているのか、分からないまま俺は叫ぶような声を出していた。

俺の本能が教えてくれる。


危ない、このままでは……!


シェニムの両手が、魔法陣から放たれた光に翳された瞬間、小さなか細い声が聞こえた。


「駄目、シェニム兄さん。それは駄目よ……!」


はっとして振り返ると、三人の原色の髪の魔女に囲まれたレーリアが、まだ青い顔色で半身を起していた。

腹部に生々しい血の跡が残っている。


「レーリア!」


俺は叫んで彼女のところに駆け寄る。


怪我は、どうなんだ。大丈夫なのだろうか。

心配で、胸が張り裂けそうになる。


レーリアの眼差しは、真っ直ぐシェニムと光り輝く魔法陣へと向けられていた。

その瞳の色は、段々力強さを増し、知力に満ちていく。


大丈夫だ、きっと。

俺は誰に言い聞かせるでもなく、心で呟いた。







ちくりとした痛みに、落ちていた意識が浮上した。


薄く瞳を開くと、同じ顔をした三人の女性が、わたしを覗き込んでいる。


「おや、目を開けたよ」


「意識を取り戻したなら、ひとまず安心だねえ」


「本当だねえ、これで私たちの首も繋がったねえ」


そう口々に呟く魔女達を、呆然と見上げていたわたしは、強い魔力を感じて顔を横に向けた。

そこに、光に向けて手を翳すシェニム兄さんの後姿があった。


ラディが大声を上げて、ポワン達に注意を呼びかけている。


何があったの。何が起きたの。


わたしは瞳を空へと向けた。限りなく地上に近い場所で、『蒼の疾風』の皆が剣を恐竜の化石もどきに剣を奮っていた。


そうだ、わたしはあいつをどうにかしなくちゃと思っていて、それで……その後、お腹に弓矢が突き刺さって。


そこから、記憶がない。

わたしは、どうしたんだろう。


お腹に手をやると、ぬるりとした感触はあるけど、でももう傷は塞がっているみたいだった。


ニヤニヤと笑っている魔女達によって、助けてもらったみたい。どうしてこうなったのか分からないけど、わたしは軽く頭を下げた。


「すみません、ありがとうございました」


「お礼は後でゆっくり聞くよ」


「そうだねえ、今はそれどころじゃないかもねえ」


「何だか面倒なことになっているしねえ。ほらほら、レーリア様の兄上、禁断の術を発動させようとしているねえ。生きている間に見ることが出来るなんて、私たち、貴重な体験をしているようだよ」


そう青い魔女が言う。


禁断の魔術……!?


あの光輝く魔法陣は、まさか魔物召還!?


思わず、脳で何も考えずにわたしは声を発していた。


「駄目、シェニム兄さん。それは駄目よ……!」


どうして、シェニム兄さん。魔物召還なんて危険な術を使うの。

高い魔力を誇るシェニム兄さんでも、何が起こるか分からない。最悪、召還した魔物に取り込まれてしまうかもしれないのに!


焦るわたしの前に、滑り込むようにラディが駆け寄ってきた。


「レーリア、身体は……」


心配してくれる彼に取り縋り、わたしは『蒼の疾風』の隊服を掴んだ。


「大丈夫、わたしは! それよりもラディ、魔物召還て!?」


「あ、ああ、あの骨、あいつは妖魔じゃなく、シーガルが召還した魔物だったそうだ。だが、シーガルは操ることが出来ず、あいつに食われてしまった」


「うそ……」


「本当だ。それに対抗すべく、シェニムがああして……」


「駄目よ、絶対駄目! 危険過ぎる。魔物を魔物で対峙させるなんて、シェニム兄さんが危なすぎる!」


わたしはラディに取り縋ったまま、重い身体を起した。ラディがさっと支えてくれて、わたしを次の瞬間には抱き上げてくれた。


間近でわたしを見下ろす澄み渡った海の色の瞳は、限りなくわたしを心配してくれているけど。

でもその奥に、決意も感じることが出来た。


「レーリア、どうすればいいか、きみに思いつく策がある?」


このままでは、シェニム兄さんだけじゃない。


万が一、魔物召還に成功したとはいえ、二匹の魔物によってフォーティニアだけじゃない。

アステリアが破滅させられてしまうかもしれない。


わたしの脳裏で、様々な文献が広げられた。

幼い頃から、読み漁っていた本のどこかに、何かヒントを得られるようなものがあったに違いない。


探せ、考えるのよ、レーリア。


一瞬目を閉じたわたしは、すぐに一つの可能性を思いついた。

成功するかどうか分からない。だけど、シェニム兄さんに魔物召還をさせるより、きっと……


「ラディ、わたしを兄さんのところへ連れて行って」


ラディは小さく頷き、わたしを抱いたまま走り出した。


「シェニム、待て、待つんだ!」


そう叫びながら。


高まる魔力の坩堝と化している、その魔法陣の元にわたしを降ろしたラディは、剣を抜いてわたし達の前に立ち構えた。

ラディが、わたしを護ってくれる。いつもそう。


何度、このたくましい後姿を見つめたことだろう。


だからわたしは、そのあなたを護るわ。


ラディと、シェニム兄さんと、そしてアステリアを。



「シェニム兄さん、わたしがやるわ」


「レーリア……」


魔力を使い尽くし、憔悴しきった表情のシェニム兄さんににこりと微笑みかけ、わたしは彼が描いた魔法陣を眺めた。


過去の文献と、確かに同じもの。一字一句間違えていない。

恐らく、魔物召還は成功するだろう。だけど、この地に魔物を呼び出すのは危険だとわたしは思う。


その先に、何が起きるのか。対処しきれるのか不安が残る。


ならば。


わたしは、その魔法陣の一部を消し、新たな文様を書き足した。

それを素早く繰り返すと、魔法陣から放たれる光が輝く白から、淡い水色へと変わった。


そして強く大きな光が天まで立ち上がる。


「出来た……! ラディ、この中央に立って!」


「レーリア、何を……」


「そうか、その手がありましたね。ラナディート、早くこちらへ! 『蒼の疾風』、何とか魔物をこちらまで呼び寄せるのです!」


呆然とするラディの手を引き、すぐにわたしの意図を察してくれたシェニム兄さんが、号令を掛ける。


『蒼の疾風』が、魔物に苦戦しているのを知るや、向こうで下級使い魔を追い回していたイスラン兄さん達にもこちらを手助けするように命じた。


さすがにこれだけの数の兵を相手にし、更にはポワンとティロンのダブル攻撃を食らい、恐竜の化石もどきは徐々にこちらへと引き寄せられた。


『うぬ……小癪な。これでも食らうがいい』


ぞっとするような、低い声が脳に届く。


これが、魔物の声なの!?


怖い。


だけど、ここでひるんじゃ駄目だ。


わたしはシェニム兄さんを見上げた。


「あの魔物の名前は!?」


「確か……」


細い指先を顎に当てたシェニム兄さんに、剣を構えたラディが僅かに振り返った。


「ルクク……何とかと言っていなかったか」


「ああ、そうでした。ルククルスフィリアノス、そう、間違いない。ルククルスフィリアノスとシーガルが呼んでいました」


魔物の名前を聞くのはとても重要なこと。


わたしは魔法陣の片隅に、その名前を古代文字で描いた。


これで、完成した。あとは、魔物がこの淡い水色の光の中に来るのを待つだけ。


そしてイスラン兄さん率いる兵士達も頑張ってくれて、魔物の目から放たれるビームを何とか避けつつ。

魔物は、私の魔法陣の真上まで追い込まれた。


『ぐあああああ!? なんだこれは。動きが……動きが取れない……!』


魔物は水色の光に閉じ込められ、もがいている。


「レーリア、あれは……!?」


イスラン兄さんが、こちらへ駆け寄りながら空を見上げる。

わたしの代わりに、シェニム兄さんが同じように空で苦しむ魔物を見上げて答えてくれた。


「『縛』です」


「ばく?」


「ええ。固有名詞には、そのものの魂を閉じ込める役割があります。レーリアの作った魔法陣は、あの魔物の名前を利用して、身動きを封じたのです」


「ふうん……?」


分かったのか分からないのか、首を傾げたイスラン兄さんに目を向けていたラディは、わたしを見下ろした。


わたしの言葉を、待っている。


いつも、ごめんね、ラディ。大変な仕事ばかりさせてしまっている。


だけど、わたしの力はあなたに。あなたに託したいの。

わたしの我がままを、許してね。


頭上の魔物は、雁字搦めに動きを封じられ、段々力が弱ってきた。

これならば、いけるかもしれない。


「ラディ、わたしの力を、あなたの剣で」


たったそれだけを言っただけなのに、ラディは全てを了承して頷いてくれた。


わたしは、イスラン兄さんの手を借りて、情けなくよたよたと立ち上がった。


「ごめん、お願い、わたしを支えていて」


そうイスラン兄さんに頼み、わたしの腰を抑えてもらった。

足に、ぐっと力を入れて、両手をラディに突き出した。


目を閉じて、想うのはあなたのこと。


優しいあなたと、大切な家族と。そしてアステリアの生きとし生けるものを、護りたい。


わたしの想い、受け止めて……愛してる、ラディ。


わたしの祝福の力が、輝く光の束になり、ラディの剣に吸い込まれていく。


「す……げえ、力……っ!!」


間近でわたしの魔力を感じたイスラン兄さんは、苦しげに呟いた。

魔力の低いイスラン兄さんには、きついかもしれない。ごめんね、でも、もう少し……!


ラディは、剣を両手で握り締めてわたしを感じてくれていた。


わたしの力を、受け止めてくれている。


「レーリア……暖かい……」


「うん、うん……!」


「俺も、愛してる。きみの大切なものを、俺がこの手で護る」


ラディはそう小さく、だけど強く呟いて。


そして光に包まれた剣を大きく振りかざし、そして気合一閃。


「やあああああああぁぁぁ!!!」


振り下ろされた剣から、膨大な光が魔物を襲った。


『ぎゃああああああああ!!』


耳を覆いたくなるような悲鳴が鳴り響き、魔物を包んでいた光が凝縮し。


激しい爆発音と共に、魔物はこの地上から姿を消した。






知らせがなかなか来ないので、焦れたママさんは自らフォーティニアまでやってきてしまった。


まだ、あの魔物の残骸を処理しつつ、下級使い魔たちを追い掛け回している頃。


「あらまあまあまあ!! 何てこと、あの美しいフォーティニアが……」


そう呆然としていたママさんだけど、それもつかの間。

シェニム兄さんに、使い魔の里への入り口を開かせて、自らそこへと入っていってしまった。


そして間もなく出てきた時、ママさんは巨大なティラノザウルスみたいなのに乗っかっていた。


「見てぇ、レーリアちゃん。この子がジョナサンちゃんよ。可愛いでしょ?」


そう頬を染めてママさんは言うけど。


ガバッと開けたジョナサンちゃんの口の中には、鋭い牙が並んでいて、瞳は何だか爬虫類みたいだし……。


「か、可愛い……かな……」


そう呟くのが精一杯。


でもママさんは、久し振りにジョナサンちゃんに会えて上機嫌。


「さあーて、ジョナサンちゃん、他の使い魔に命じて、下級使い魔を回収するのよー! フォーティニアの使い魔のリーダーとして、輝ける仕事っぷりをみんなに見せるのよ。頑張りましょうねぇー!」


「がああああ!」


そう気合の入った返事をしたジョナサンちゃんとママさんは、イスラン兄さんの下へと走っていった。

それを見送ったわたしは、苦笑するしかないけど、でもこれで一安心、かな。


「シェニム兄さん、これから大変だね」


そうハニーブロンドを靡かせているシェニム兄さんを見上げると、彼はわたしを見下ろし、唇の端を上げる笑みを浮かべた。


……我が兄ながら、怖い笑みを浮かべるなあ、この人は……。


「再建というのは、楽しいものですよ。一から築き上げ、以前よりも素晴らしい領地にしてみせましょう。害虫もついでに駆除出来たことですしね。私も仕事がしやすくなったというものです」


害虫って、シーガルのこと!? ひえー、凄い言いっぷり。

そのシーガルに、わたし、殺されかけたんだよね……そっか……。


やっぱ、皇帝の座を狙っていたのかな、シーガル。

結婚を断ったわたしを、ずっと恨んでいたのかな。


何か、悲しいな……。


思わず沈み込んだわたしは、ふと足元が宙に浮き……うそ!?


間近に、微笑したラディがいた。


「後は他の連中に任せて、少しあちらで休もう」


わたし達を見やり、肩を竦めたシェニム兄さんに軽く挨拶をしたラディは、どんどんと歩き始める。


「あの、ラディ? えと、わたしだけ休む訳には……」


そう言うのに、ラディは真っ直ぐ前を向いたまま、返事をしてくれない。

そんなわたし達の横を、原色の髪を持つ魔女が通り過ぎていった。


「仕事を果たしたし、森へ戻るねえ」


「怖いから、参謀閣下に会わずに行くよ」


「レーリア様から、よろしく伝えておくれ。もうしばらく会いたくないねえ、あの人には」


「本当だねえ」


そんなことを言いながら。


思わず苦笑してしまうけど、でもラディのこめかみがぴくりと動いたのを見てしまった。

何か……怒ってる? どうして……?


ラディはわたしを抱いたまま、森を抜けて真っ白な砂浜へと足を踏み入れた。


さっきまでの騒動が、何も無かったかのように海は穏やかで、空も抜けるような青空だった。


「……綺麗ね」


思わず呟いたわたしから手を離すことなく、ラディはその場に腰を下ろした。


「あの、ラディ、わたし一人で座れる……」


そうおずおずと声を掛けると、ラディは顔をわたしに向けて、やっとわたしを見てくれた。


だけどその表情に、息を呑んでしまう。

だって……今にも泣き出しそうで。


「レーリア……!」


ラディはわたしを両手で抱きしめて、そしてわたしの髪に顔を埋めた。


「レーリア、レーリア! 本当に、心臓が止まりそうなくらい心配だった。きみの身体に、矢が刺さって……顔色はどんどん悪くなっていくし、俺にはどうしようもなくて、それで……」


ラディの声、震えている。


心配、たくさん掛けてしまった。


ごめん、ごめんね。


わたしは手を伸ばし、さらさらの前髪を撫でた。

ゆっくり、感触を味わうように。


そして囁いた。あの日のように。


泣き虫だったラディを、慰めるように。


「もう、泣かないで……?」


はっと顔を上げたラディは、一瞬泣き笑いのような表情を浮かべたけど、また眉をきゅっと寄せてわたしを胸に閉じ込めてしまった。


「ごめんね、ありがとう、ラディ……」


「俺を一人にしないって、約束して……」


初めてだった。


地球でわたしの記憶が封じられた時からずっと、ラディはわたしに押し付けない愛情を注いでくれていた。


そんなラディからのそんな言葉……でも、その切なそうな声に、わたしは胸がきゅんとなってしまって。

どうしてだろう。涙が零れた。


言葉にならなくて、何度も頷くわたしの髪に、額にラディの唇が触れる。

そしてキスは瞼に、頬に下りてきて。


わたしの唇を、そっと塞いだ。


ただ、柔らかく啄ばむだけのキスを繰り返し、ラディはわたしを抱き締めたまま、何度も何度も、


「愛してる」


って囁いた。


嬉しい。わたしもね、愛してる。これからも、ずっと、永遠に愛しているわ。


だから、わたしの傍にいて。わたしの想い、受け止めてね。


「ラディ、ずっと一緒よ。ずっと……」


そう囁いたわたしの唇は、すぐにラディに塞がれてしまうんだけど。

でもいいの。幸せだから。うん、幸せ……。


ラディに出会えて、よかった。


選んでもらえて、よかった。


待っててもらえて……本当によかった。



地球での日々が脳裏を過ぎり、その思い出を胸に抱いて。


わたしはもうこの人がいなくては、わたしではないことを知った。






真っ白のドレスに身を包んだわたしを、パパさんがエスコートしてくれて。

アステリアでの結婚の儀式とは別に、地球風の結婚式を挙げてもらった。


だってわたしにとっての結婚式は、やっぱりこれだもの。

小さい頃から、憧れていたんだもの。


純白のドレスに、華やかなブーケ。


パパさんと歩くバージンロードを囲んでくれるのは、わたしの大切な家族。


ママさん、イスラン兄さん、シェニム兄さんにポワンとティロン。それに、なぜか泣いている由利ちゃん。

『蒼の疾風』の皆。アステリア城の皆。


ソルトパパの隣で、かっこいいスーツでお洒落をしてくれたソルトが微笑んでわたしを見つめている。


ソルトがいない間に起きた出来事を話したら、それはもう地団駄を踏むように悔しがっていた。


「何でアヤカっちのピンチに俺がいないんだ! 有り得ねえ! くそー、マジでごめん。本気でごめんな?」


そう謝ってくれたけど、でもいいの。そう言ってくれるだけで、わたしは充分嬉しいの。


ソルトは、地球に『修行』に行っていたそうだ。何の修行なんだろう? 今度ゆっくりと聞こう。


「ラディ、私の大切な宝物を託すのだから、覚悟は出来ているのだろうね?」


そうパパさんは怖いことを言って、わたしの手をラディへと。


正面の壇上で、白のタキシードを着て、……ドキドキするくらい、カッコいい。

暖かい微笑を浮かべたラディは、そっとわたしの手を取り、パパさんに頭を下げた。


「お任せを。俺の全てを掛けて、レーリアを幸せにしていきます」


まずい。早くも泣きそうになる。


でも、そんな時に限ってラディはわたしの手をきゅっと握ってくれて。


見上げれば、微笑むあなたがいる。


この先ずっと。あなたの隣に、わたし、立っていてもいいんだよね。


それがとても嬉しいよ。



幼い頃……地球へ一人で旅立つことを決めたわたしの望みはね、ラディ。

あなたのお嫁さんになることだった。


その望みが叶って、わたしは本当に幸せで。


わたしのこの気持ちを、次の誰が繋げてくれるのかしら。


「行くよー!」


そう声を上げて、ブーケを投げたら。


「ええええええええ!?」


盛大な声が上がる。


見れば、シェニム兄さんがブーケを手にして複雑そうな表情を浮かべている。

それに、わたしとラディは思わず噴出してしまった。


「新婚旅行、楽しみだな。まずはどこへ行こうか?」


そう囁いたラディの言葉に、わたしの想いは地球へ馳せる。


二つの世界を故郷に持てるなんて、わたしは本当に幸せ者ね。


そのわたしの気持ちを汲み取ってくれる、優しいあなたと二人で歩いていこう。


まだまだこれから長く続く、アステリアの物語を。





END

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


絶望の火の海から始まったこの番外編ですが、最後はラディとレーリア(彩花)の、最高に幸せな笑顔で幕を閉じることができました。

「受難曲」というタイトルの通り、二人の絆が試される過酷な試練が続きましたが、それを乗り越えたからこその、あの純白のバージンロードの輝きを感じていただけたら嬉しいです。


アステリアでの新しい生活、そして地球での思い出。

二つの世界を愛する彼女たちの物語は、これからも続いていきます。

二人を、そしてアステリアの仲間たちを温かく見守ってくださった読者の皆様に、心からの「祝福」を込めて。


また次の物語で、皆様とお会いできるのを楽しみにしています!


*-*-*-*-*-*-


実は明日から、ラディの独り言が4話あります。アステリア、最後の更新です。

少し切ないラディの想い、お楽しみください!


皆様本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ