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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
番外編:祝福への受難曲(カンタータ)

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第7話 絶対零度の軍師と、魔女の円陣

レーリア様が意識を失い、力を失ったことによって結界が完全に崩れ落ちた。


激しい雨が、俺たちの身体を容赦なく叩く。


俺は、隊長の隣に立ち、シーガルと呼ばれた憎むべき男を見据えた。まだやつは、狂ったように笑い続けている。


「さて、どうやって殺そうか、『蒼の疾風』の隊長、どう殺してもらいたい?  恋人と同じように、腹を串刺しか。それもまたいいかもしれないな!!」


すぐにでも駆け出し、この剣の錆にしてやりたい。


だけど隊長自身が耐えているんだ。俺が暴走するわけにはいかない。


耐えている……のか?


隣に立ち、剣を持つ手は僅かに震え、背後でレーリア様の使い魔とシェニム様が話しているのをじっと聞いている。


「ポワン、どうです、レーリアはあなたの血を口にしましたか!?」


「少し、少しだけ……でもどうでしょうか、効くかどうか、アタシにも自信がないんです! 初めてだし、……レーリア様、レーリア様!! しっかりなさって、やだ、やだ! アタシを置いていかないで!!」


悲痛な叫び声。耳を塞いで蹲りたい。


だって、信じたくない。あの光景を、消し去りたいのに、俺の瞼の裏に焼きついている。


背後から飛んできた矢が、片手を上げたレーリア様の背中に突き刺さり、そして『祝福の女神』は崩れ落ちた……。

信じたくない!!


「ははは、『祝福の女神』、即死じゃなかったんだな。それは悪いことをした。苦しみを与えてしまったなあ。だけど俺の抱いた苦しみは、お前の……」


「………まれ」


「は? 『蒼の疾風』の隊長、死ぬ前に何か言いたいのか? くっくっ……」


「黙れと、言っている。すぐに永遠に口を開けなくしてやる。その時間が延びるのを感謝しろ」


そう冷たく……冷え切った口調で言った隊長は、睨みつけるでもなく、感情を全て失ったような眼差しでシーガルを見上げた。

それはある意味、とてつもなく恐ろしい雰囲気で。


隊長は、普段あまり他人に興味が無い。というか、レーリア様にしか興味を示さない。

それでも、ここまで対人間として底冷えの対応をしているのは始めて見た。


「サーシャ」


その隊長が、隣に立つ俺を呼ぶ。

内心、心臓が止まりそうになった。


だけど俺は、剣を僅かに握りなおして目線だけを隊長に向けた。


涼やかな細めの目元は、限界まで眇めて俺を横目で見ていた。


「あの男から、目を離すな」


そう短く俺に命じ、隊長は踵を返してレーリア様のところへ向かった。

シェニム様と、ポワンに抱かれた蒼白な……隊長の全てだと言い切った、最愛の女性の下へ。


隊長、あんただけじゃないよ。


レーリア様は、アステリアを照らす太陽だ。


こんなところで、あんなチンケな詐欺師に殺されて生を終えるような方じゃない。


それに、ずっとあんた、待っていたじゃないか。どんな魅力的な求婚も求愛も断って、ただ一人、レーリア様だけを愛し続けていたじゃないか。

そんなあんただから、俺たちは着いて来れたんだ。


隊長は、もう俺には声しか聞こえないけど、でもレーリア様を呼ぶ声は僅かに震えていて……抑えている。

だけどそれも、一瞬だけのことだった。


すぐに俺たちの元へと戻ってきた隊長は、顔色が青ざめていたけれど、でも頼りがいのある、いつもの俺たちの隊長だった。


「サーシャ」


「うぃっす」


そう、わざと崩して答えた。じゃないと、精神がもたない。怒りで壊れそうになる。


「もし、俺がシーガルを殺しそうになったら止めてくれ」


「え……?」


「参謀の命令だ。やつを、生きたまま捉えろと。アステリアの世界に準じた法で裁くと。そう言った」


怖ええな。シェニム参謀の静かな怒りが伝わってくる。


俺は軽く肩を竦め、そして隊の連中に目を向けた。皆、一様に想いは同じだ。


そして、隊長に言った。


「ここで、指示を出してください。いつ、あの妖魔みたいなのが襲ってくるか分からない。隊長は客観的に見ていてくれた方がいい」


「だが……」


「敵は、とりあえずあの狂ったお坊ちゃんただ一人だ。俺たちだけで大丈夫ですよ」


そう俺が口元の端を上げると、隊長は俺から空へと澄んだ海の色の眼差しを移して、そして俺に戻して。

静かに頷いた。


それを見て、隊員連中がほっと溜息をついたのが分かった。


だよな、隊長には、レーリア様の傍にいてもらいたいもんな。俺、いい仕事してんだろ?


レーリア様、あんたがどれだけ人心を掴んでいるか、今すぐ教えてやりたいよ。

だって皆ほら、こんなにも怒りに満ちている。


膨れ上がった感情を、抑えて俺は軽く手を上げた。

そして、隊長の合図を待つ。


「命を粗末にするな。決して油断をするな。……行け!」


小さな声が、合図となり、俺の手が振り下ろされて。


『蒼の疾風』は、まっすぐレーリア様暗殺を企てた憎むべき男に向かって駆け出した。


死んだ方が楽だ。そう思えるような刑罰が下るに違いない。だが、お前はそれに相当する罪を犯した。


俺たちは、決してお前を許さない。






本当はね、レーリア。

きみの顔を見ないでシーガルを討つつもりだった。


だけど、どうしても……きみに触れたかった。軟弱な俺を許して。


サーシャにシーガルを見張るように命じ、俺はふらつく脚を叱咤して、シェニムに抱かれるレーリアの傍まで近づいて、膝を落とした。


何て顔色なんだ。唇なんて、紫色になっている。硬く閉じた瞼に俺は震える手で触れ、そして……名前を呼んだはずなのに。

全く俺の耳にその声が届かなかった。


どうして……そうか。震えすぎて、声にならなかったのか。


だってレーリア……レーリア……。


泣き出しそうになるのを、必死で堪えた。


『ラディはすぐ泣くから、だからからかわれるのよ? 強くならなくちゃ。意思を強く持たなくちゃ駄目よ?』


幼い日、きみにそう諭されたね。


だから俺は、辛いけどでも、一瞬きみから離れて隊員たちを送り出した。

きっと、大丈夫。俺の部下は、優秀だよ。

きみも良く、知っているだろう?


サーシャが気を回してくれた。だから、傍にいれる。もう少しだけ、傍にいたいよ。許して、レーリア。


俺よりも小さいきみに、どれだけ励まされたか分からない。


泣いてばかりの俺を、辛抱強く。きみは、当時から俺の中で確かに『女神』だった。


祝福の女神なんて大層な名前なんていらない。俺にとってはただ、優しく暖かい女神だったんだ。


いつもいつも、俺を元気付けてくれた俺に、ただ一言きみが俺に望んだ言葉。


『チキュウへ、迎えにきてね』


その言葉を糧に俺は今まで生きてきた。そしてこれからも生きていくには……レーリア、きみがいないと意味が無いんだ。


「レーリア……目を、開けて。俺を、見て……」


だがその言葉も空しく、レーリアは全てを拒否したかのように、可愛らしい顔を蒼白に変えて。

ただ、目を閉じていた。


ポワンが自らの血をレーリアに与えようとしていたが、それも上手く叶わないようだ。

シェニムは深く眉を寄せ、左手を真っ直ぐ横に伸ばした。瞬間、その先の空間が歪む。

一体どこへ繋げたんだ。


「聞こえますか、『魔女の館』の長ども。今すぐ、3秒以内にここへ来るのです。1、2……」


勝手にカウントダウンを始めたシェニムの声は、それはもう今まで聞いたことのないくらい、冷え切った氷のようなもので。


3と告げる前に、空間から、青、赤、黄のド派手な髪をした女性が転がり出てきた。


「全く余裕が無いねえ!!」


「本当だねえ、これって依頼なのかねえ、だとしたら何て横暴な!」


「ていうか……あれ、レーリア様の魔力が消えているねえ」


魔女達はわらわらとレーリアを取り囲み、腕を取ったり頭に触れたりして物色し始めた。

シェニムは立ち上がり、腕を組み目を細め、魔女達を冷え切った眼差しで見下ろした。


「この先、アステリアで今まで同様の生業をしていきたいのなら、レーリアを救うのです」


「……随分と上から目線だねえ」


「本当だねえ、ものを頼むという立場とは思えないねえ」


そう言う魔女達に、シェニムは口元を上げて……悪魔のような美しい危険な笑みを浮かべた。


「ものを頼む? 勘違いしては困りますね。これは命令です。アステリアの参謀としての命令ですよ、『魔女の館』の長」


今や一つの世界になったアステリア。

そのNO.3が、絶対零度の微笑を浮かべて言った。


「レーリアのアステリアにおける影響力を知らぬはずがないでしょう。もしここで、妹を死なせる事態になったら、私は全権力、全魔力を使ってでも『魔女の館』を滅ぼします」


そう冷ややかに告げると、原色の魔女達はピンク色の唇を全開に広げ、顔を青ざめさせた。


「な、なんてこと!!」


「絶体絶命の大ピンチだねえ!!」


「レーリア様、死んじゃ駄目なんだねえ、だって私たちの命に関わるし!!」


必死になった、アステリア最大の魔力を誇る『魔女の館』の長に関われば、きっとレーリアも大丈夫だろう。

だって、黄色の魔女が、真剣な顔でレーリアの身体に手を翳し、呟いた。


「あ、賢いねえ、レーリア様。ご自身で仮死状態になさっているよ」


「それだったら、我らの力も届くねえ」


「そうだねえ、思ったよりもラクにいけるかも」


そう言うや、三人はレーリアを中心にして円陣を組み、何か呪文を唱えながら回り始めた。


この連中が大丈夫だと言うのだから、きっと、きっと大丈夫だ。


まだなお、真っ青になって横たわるレーリアに近づいて、その手を取った。左手の薬指に、俺が贈った指輪が嵌められていた。


蒼、紅、碧、虹色。そして限りなく透明の石。


それに唇を寄せ、レーリアの冷たい頬にも唇を落とした。


必ず、戻ってきて、レーリア。待っている。そして、きみが目覚めた時には全てが終わっていますように。


俺は立ち上がり、剣を握り締めた。


サーシャ達に合流すべく駆け出した時、魔術を駆使してまだ、俺の隊と張り合っていたシーガルが、甲高い声で叫んだ。


「ルククルスフィリアノス!!! そこにいる『蒼の疾風』隊長、ラナディート・エルハラードを斃せ!!」


るくく……? 首を一瞬傾げてしまった俺の背後で、シェニムが小さく息を呑んだ。


「やはり……! あの男、禁断の魔術を使ったようです……!」


「禁断?」


いぶかしむ俺に、シェニムは空とシーガルを見比べながら叫んだ。


「逃げなさい、全力で逃げるのです、ラナディート! 召還魔術で呼ばれた魔物です、あれは!!」


魔物……? 妖魔じゃなく?


呆然としてしまった俺に、空でティロンと戦っていた骨格の姿をした異形が襲ってきた。


凄いスピードで、降ってくる。


どうする。


暗い窪んだ眼窩から、光が溜め込め始めた。



逃げても逃げ切れない。



「隊長!!」


悲痛な声が聞こえるが、俺は走る足を滑りながらも止めて振り返った。もう、間近に迫る異形。

剣を持ち直し、迎え撃つ。


レーリア、俺に力を。

大丈夫、きっと心の中にきみがいれば。


俺は、負けない。

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