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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
番外編:祝福への受難曲(カンタータ)

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第6話 復讐の狂気と、騎士の黒き誓い

シェニム兄さんは、無言でティラノザウルスもどきをポンポンと異空間へと飛ばす作業を繰り返していた。

ある意味、地味な作業をずっと続けている。


結界を張りながら、わたしは少しシェニム兄さんを勘違いしていたのかもと思い始めていた。


姿もそうだけど、何をしてもやることが目立つシェニム兄さん。

アステリアの参謀として、華やかな道を歩いているけど、でも本当の彼の仕事って地道で努力を積み重ねていることなのかも。


そしてそれを、文句一つ……ってことはないけど、でもちゃんとこなしていっている。


凄いな。やっぱり。


そしてその作業のお陰で、大分ティラノザウスルもどきの姿が減ってきた。


でも、あの下級使い魔のウサギみたいなのを何とかしないと。火を吹きまくっていて、わたしがもたらした雨でも追いつかない。

数が凄いんだもの。困ったな……。


結界は、大分わたしの色になってきた。うん、これならわたしの力で何とか出来る。


天に掲げた手を下ろし、わたしの意識の一部を結界に留めたまま、空を見上げた。


ポワンとティロンに囲まれてもなお、恐竜の骨みたいな妖魔……なのかなあ……は力を衰えようとはしない。

空虚な目から、鋭いビームを放ち、それをかろうじて避けるポワンとティロン。


それぞれが反撃しているけど、でもそれもまた避けられてしまう。骨のくせに、何て身軽なの。


あいつがフォーティニアの使い魔を操ったのだったら、あいつをやっつけなくちゃ。


わたしの結界だったら、わたしの魔力を通過させることが出来るだろう。

だから、わたしは眉を寄せて両手をプテラノドンの骨もどきに向けた。


「ポワン、ティロン、離れて!!」


そう声を上げ、魔力を手のひらに集中させる。


わたしの力は、護る力。


だから、本来ならば攻撃系の魔力はあまり得意じゃない。

だけど、そうは言っていられない。これ以上、美しいフォーティニアが壊されるのを、黙ってみていられないもの。


高まっていく魔力の塊。卵色の光の玉が、わたしの手のひらに集まってくる。


祝福の力で、この地を護る。


そう、これもわたしの護る力なんだ。そう、心に言い聞かせながら。


これ以上無理というところまで、魔力を集約させた光を、プテラノドンもどきに向かって放った。


ドウ、と大きな音を立てて、その魂はまっすぐに空飛ぶ骨に向かっていく。

そして、激しい音と共に、わたしの魔力の玉が、プテラノドンもどきに激突した!!


『凄いですわ、レーリア様!! これだったら、さすがのコイツもきっと……』


ポワンの興奮したような声が脳裏を掛ける。


いけたかな。やっつけられたかな。

不安いっぱいで空を見上げていると、プテラノドンもどきを包む煙が段々消えていった。

そして、バサリと羽音が聞こえる。


嘘、嘘でしょ。


羽ばたき一閃で、わたしの魔力の塊と、それを包んだ煙を飛ばしたプテラノドンもどきは、前と全く変わらない姿でそこにいた。


全然、効かなかったなんて。わたしは呆然と立ち尽くしてしまった。


『レーリア様の魔力も通じないとなると、これはいささか厄介でござるな』


『どうする、ティロン! アタシの雷も、あんたの炎も効かない。レーリア様、どうしたらよろしいんでしょう!?』


アステリアの使い魔でも、最強の部類に入るだろう二人の声が聞こえてくるけど、でも、でも。


わたしにも、これ以上どうしたらいいか分からないよ!!


「レーリア」


ふと、シェニム兄さんがわたしに声を掛けてきた。


そちらを見ると、凄い! 全てのティラノザウルスもどきを、異空間へと飛ばしてしまったようだった。

異空間といっても、確か使い魔の里って言ってたよね。

そこに戻せば、彼らの混乱した意識も戻るかな。そうだといいけど……。


額に汗を滲ませたシェニム兄さんは、わたしの隣に立ち、再び始まった竜と恐竜もどきの戦いを見上げた。


「あれだけ強い妖魔など、聞いたことがありません。それに、あんな姿など。初めてです。もしかしたら……」


シェニム兄さんが言いかけたそのとき、小さなわたしを呼ぶ声が聞こえた。


顔をそちらに動かすと、遠くで………ああ!!


ラディ率いる『蒼の疾風』が到着したようだった。


そうか、わたしの結界で入れないのね。あまりに強く結界を張っているものだから。


ティラノザウルスもどきがいない今、少し緩めて中に入ってもらって。そして、ラディ達なら、あのウサギもどきを何とかしてもらえるかも!


「何だか様子がおかしいですね。あちらに行ってみます。ついでに結界を相殺しますから、魔力を弱めておいてください」


シェニム兄さんは、ラディのところへ歩き始めた。


確かに。様子、へん?


必死になって、わたしに声を掛けてくれているみたい。そして手を大きく振っている。

こんな場面を見て、心配してくれているのかな。嬉しいけど、でも少しばかり違うような……?


わたしは何だか心がもやもやしながらも、シェニム兄さんの魔力に合わせて結界の力を緩めようと、手を再び天に掲げた。


そして瞳を閉じて、集中する。




どくん。




灼熱の痛みが、わたしの腹部を襲った。


え……なに? なにが起きたの。




ゆっくりと目線を下に降ろすと、わたしのお腹に、弓の鏃が突き出ている。


なあに、これ。



「レーリア!!」


ラディ達のところへ行きかかったシェニム兄さんが、真っ青になって戻ってくる。


まずい。結界が緩んでいく。

わたしは立っていることが出来ずに、膝を落とした。


熱い。痛い。


「レーリア、レーリア!!」


シェニム兄さんに抱きかかえられたわたしは、必死で目を動かした。

どこ、どこにいるの……


『レーリア様!? 嘘、やだ、嘘!!』


空にいるポワンもわたしに気付いたようで、ティロンと恐竜の化石もどきを置いてこちらへ飛んでくる。


だめだよ、ポワン……ティロン一人になっちゃうよ……。


そう心で呟きながらも、わたしはまだ目線で捜し求めていた。


わたしの大切な、あの人の姿を。


「レーリア、しっかりしろ、俺をみて!」


ああ、ラディ。どこにいるの。


声が聞こえるのに、姿が見えないよ。

もう、何も見えない。真っ暗で……怖いよ。


震えるわたしの上げた手を、誰かが握り締めてくれた。

この感触、間違いなくラディ。傍にいて、怖い、怖い。


「レーリア、駄目だ、ちゃんと俺を見て!! くそ、シェニム……!」


「……駄目です。レーリアよりも、私の方が魔力が弱い。私の力は……」


声まで聞こえなくなっていく。深い闇に、突き落とされていく。




ラディ、ずっと待っていてくれたのに。

あなたの、お嫁さんになれなくなっちゃった……ごめんなさい……。






嘘だ、どうして。


フォーティニアに着いた俺たち『蒼の疾風』は、結界に阻まれてしまった。


すぐ目の前にレーリアがいる。すぐにでも傍に行きたいのに。


ここから、俺の声が届くだろうか。声を何度上げても、彼女は俺に気付かない。


どうするか……。


思案した俺を、サーシャが強く引っ張った。


「隊長、隊長!! あそこ!!」


切羽詰ったような声を上げるサーシャに、訝しげな目を向けた。

そしてサーシャの指差すところを見上げた。


そこは、小高い丘の上。草原の上…………あそこは、レーリアと海を見下ろした場所だ。


そこに、弓を構えた男が立っていた。そしてその矢の向ける方向は。


まさか、レーリア!?


「レーリア、レーリア!! 気付いてくれ! 危ない、そこをどくんだ!! 後ろに気付いて!」


「レーリア様、どうか声を聞いてください! 結界を緩めてください!」


俺と共に、隊員達も必死になって叫んでいる。


その効が奏したか、ゆっくりとレーリアはこちらを見た。


そして、嬉しそうに微笑む。


気付いて、背後に!! シェニム、危ないんだ、レーリアが!!


だけどシェニムは、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。来るな、こちらに。

護ってくれ、レーリアを!


悔しい、魔力の低い自分自身が。どうしてこの結界をぶち破ることが出来ないんだ。


ただ、見ていることしか出来ないのか。どうすればいい……!


レーリアは、俺たちを中へと招くために、天に手を掲げた。


そして……やめろ、やめてくれ!!!


草原にいた男の弓が、限界まで引かれ、そして、矢が放たれた。


それはまるでスローモーションのように。


レーリアの背中から、腹部に突き刺さった。


「あああ!! レーリア様!」



サーシャがドン、と結界を拳で叩き、膝を落とした。

俺は震える身体を何とか支えて、立っているのがやっとで。


「シェニム、レーリアが!」


俺の声に、やっと気付いたシェニムが振り返り、そして一目散にレーリアへと駆け出した。

その瞬間、結界が音を立てて消えていく。


俺は全力で走り出し、シェニムに僅かに遅れてレーリアの元へと辿り着いた。


レーリアは、まだ意識があった。


震える手を上げている。俺を求めてくれている。

その小さな手を、両手で握り締めた。


「レーリア、俺はここにいる、だから俺を見て!」


だけどレーリアは、一度も俺を見ることなく。


真っ青な顔で、空のような色の瞳を閉じた。



嘘だ。何で、どうして。


呆然とした俺に、あざ笑うかのような声が聞こえた。


「ふはははは、やった、やったぞ! この手で『祝福の女神』を殺した! ざまあみろ、復讐は叶ったぞ!」


その声は、残酷に響き渡る。

ゆっくりと振り返ると、ハシバミ色の髪をした男が、弓を掲げて邪悪に顔を歪めて哄笑していた。


あの男は、あいつは……!


フォーティニア前王、皇后陛下の父上の縁者で、レーリアの婚姻相手として用意された男。

だが、レーリアはそれを拒み、さらにやつの黒い野望を見破った。


やつの名は、シーガル。


「『祝福の女神』が俺を拒否しなければ、俺はフォーティニアの王になれたんだ、それを………! 俺は俺の邪魔をするやつを全て殺してやる!」


狂っている。


そう思わせるほど、やつの目はもはや、人間らしい色を湛えていなかった。


「シーガル、ですか。確か屋敷に軟禁されていたはずでは」


「ああ、レクサスと通じたことを、レーリアに見破られて。だけどこの動乱の隙に逃げ出したんだ。くそっ…!」


立ち上がった俺と入れ替わるように、人の形に戻ったポワンが指先を噛み切り、赤い雫をレーリアの真っ青になった唇に擦り付けていた。

銀色の長い髪が震え、血を垂らす指先も……。



「レーリア様、レーリア様、いやだ、お願い、舐めてください。死んじゃやだぁ!」


竜の血は、万病に効く薬草に匹敵すると聞いたことがある。


頼む、ポワン。レーリアを。


俺は、あいつを許せない。レーリアをこんな目に合わせたあいつを……

黒い感情が俺の中で強く渦巻き、俺は目を眇めて立ち上がった。

そして、剣を無言のまま抜き払った。


シーガルは、俺を見てさらに笑みを深める。そして、空にいる……なんだあの異形は。


骨? それに向かって手を掲げた。


「『蒼の疾風』の隊長。次はお前の番だ! あの世で『祝福の女神』と再会するがいい!!」


俺の隣に、サーシャが。そして他の隊員達が、無言で立ち並んだ。


思いは一緒だ。


シーガル、お前だけは、絶対に許さない。

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