第2話 決意の出立、暴走の予兆
「どうした、何があった?」
ラディの言葉に、『蒼の疾風』の隊員は、額の汗を腕で拭い、直立した。
「はっ! シェニム参謀から伝令です。フォーティニアで、未確認生物が現れ、使い魔が暴走しているとのことです!」
「未確認生物?」
「使い魔が、暴走?」
わたしと隣にいたイスラン兄さんは、顔を見合わせて首を傾げた。
一体、どういうことだろう。
フォーティニアの使い魔って、ええと、確か上級使い魔がティラノザウルスみたいな巨大なので、下級使い魔がウサギみたいに可愛らしいのだった。
だけど、キューちゃんみたいに、見た目可愛くても、ボーッと強力な火を吐いたりするんだったような……。
かすかな記憶を辿り、思い出していると、イスラン兄さんは腕に抱いたレンを見下ろし、しばらく逡巡していた。
その間に、ラディはサクサクと『蒼の疾風』に結集を呼びかけ、指示を次々と出していく。
そんなラディの姿が、とても素敵で見惚れてしまうけど、でも今はそれどころじゃない。
「うう、置いていっても怒られるだろうし、連れて行っても怒られる。どっちの方がましかな」
「何が?」
悩んでいるイスラン兄さんに聞くと、レンのことらしかった。
こういう場合、レンを戦場へ連れて行くのは危険だというパターンと、どうしてそういうチャンスに、レンを戦場の空気に肌を触れさせないのかと言われるパターンがあるらしい……由利ちゃんが、ね。
「今回はどっちだ、どっちなんだ」
唸るイスラン兄さんに、わたしは苦笑を浮かべるしかない。
「危ないから、置いていったほうがいいでしょ。戦乱の空気なんて、出来るだけ感じない方がいいよ」
「しかしなあ、こいつはいずれ皇帝になるだろう身だし、ユリシーダはそれを見越して……」
「あーもう、じれったい。パパさん!」
わたしはレンをイスラン兄さんから抱き上げ、その瞬間レンはほげほげと泣き出す。
ええー!? そこまでして、わたしのこと嫌い?
ちょっと悲しくなりながらも、パパさんにレンを託した。
「はい、おじいちゃま、孫の面倒をよろしく」
「え!? あ、え、ええ!?」
目を見開くパパさんにレンを渡し、大きな瞳に涙を浮かべたレンを覗き込んだ。
大海原の、深い色合いの瞳。レンは、『蒼の一族』の血の証を引き継いだ。
これで、レンは次々代皇帝になる資格を得た。大丈夫だよ、レンが皇帝になるときには、もっとアステリアは平和になっている。
ならせて、みせるよ。
ぽんぽんとレンの頭を撫で、わたしはイスラン兄さんに振り返った。
さすが司令官。子供のしがらみから離れると、一気に戦闘モードに入ったようだ。
ラディと細々したことを顔を寄せて相談している。
パパさんは、泣き出したレンに困り果て、周りの老中も微妙に視線を逸らしたのを見て。
「セリカ、セリカー!!」
と、ママさんに助けを求めるべく、レンを抱きかかえたまま走り出してしまった。
それをくすりと笑いながら見送り、わたしは表情を引き締めてラディ達の元へと歩み寄った。
心に、決意を込めて。
「ラディ、イスラン兄さん」
呼びかけると、二人はいつもと違う表情で振り返る。
いい顔してる。この国の最高権力にいる彼らの真剣な眼差しが、アステリアをどれだけ大事に思っているのかを伺えて、わたしは嬉しくなる。
だから。
わたしも、力を尽くしたい。
「わたしも、行く」
「レーリア?」
「待て、まだ状況が、全然分かってねえ。お前が来るのは……」
驚くラディと、わたしを心配してくれるイスラン兄さんに、わたしは笑って首を振った。
「わたしの力を、アステリアのために。それがわたしが『成人の儀式』で誓った言葉よ。安全な場所と分かっているところで、力を発揮したって意味なんてない。危ないところだからこそ、わたしの力は役に立つじゃない」
「だけど……」
戸惑うイスラン兄さん。ありがとう、わたしを心配してくれている。とても嬉しい。でもね。
ラディはやっぱり分かってくれている。困ったように微笑んで、わたしに近づいて、そっと髪に手を触れた。
「止めても、聞かないんだろ?」
「聞かないわよ、由利ちゃんに負けないくらい強情だもの、わたし」
そうくすりと笑うと、ラディはぎゅっとわたしを腕の中に閉じ込めてしまった。
イスラン兄さんも、老中達もいる中で。
「おま、お前ー!! オレの妹に……っ! まだ結婚前だぞおい! 恥じらいってもんがねーのか!」
なんて叫ぶ声も聞こえるけど、でもラディは知らん顔。わたしに優しい笑みを浮かべてくれていた。
「無茶だけはしないで。きみを失ったら、俺はこの世で生きていけない」
「……あなたもよ、ラディ。あなたも、無理をしないで」
「出来るだけ、俺の傍にいて。きみの体温を感じるくらい傍に」
何て無理を言うの。わたしは深まる笑みを抑えられずに、ラディにしがみついた。
無理だと分かっていての言葉だと知っているから。それだけ、わたしを心配してくれているのね。
「愛してる、ラディ」
「俺も……きみだけを」
見つめ合うわたし達の間に、「はいはいはい」と割り込んだのは……意外にもイスラン兄さんではなく、小柄な身体で、可愛らしい顔立ちのサーシャだった。
「はい、そこまで。さっさと出立しないと、鬼の参謀から絶対零度の笑みを受けますよ。怖すぎ!」
あはは、絶対零度の笑みね……うん、確かにシェニム兄さんの冷え切った微笑は怖い。
わたしは一瞬触れたラディの手の感触を頬に受け、瞳を閉じて……
大丈夫。ちゃんと、勇気もらった。
わたしは、アステリアを護るために地球から離れた。
お父さん、お母さんから離れたの。辛かった……だから、その分。アステリアに力を尽くしていきたいの。
わたしの決めた未来を、わたしの選んだ道を進んでいくために。
「行こう、レーリア」
差し伸べてくれた、愛おしい手を掴んでわたしは微笑んだ。
わたしの『祝福の微笑み』は、あなたのために。
アステリアのために。
フォーティニアへの道のりは、遠い。
使い魔が暴走したと聞き、ママさんは目を見開き、
「ええ!? じゃあ私のジョナサンちゃんも、暴走中!? どうしよ、どうすればいいの、今召還してみる? どうするハルちゃん!!」
と、まさにママさんも暴走しそうなのをパパさんが諌めて。
出立式なんて成り立つような状態じゃなくなってしまったので、適当にわたし達はそれぞれの乗り物でアステリア城を出た。
先に届けれられたシェニム兄さんの言霊の指示は、途中でティリシアとミネリアから兵を調達して来いとのことだった。
アステリアからずっと行くよりも、兵の消耗が少なくすむからとのことで。
『蒼の疾風』は、こういう突然の呼び出しに慣れているのか、全然焦った様子もない。
整然と、鮮やかな蒼い制服で騎乗する姿を見下ろすと、溜息が出るくらい綺麗。
見下ろす……そう、わたし、ずるっこ。
ポワンに乗せてもらってしまった。そしてわたしの隣には、イスラン兄さんが。
兵をアステリアから引き連れる必要がないからと、ポワンに同乗すると決めたのだった。
だけどね。
『急ぐのですよね、では揺れますのでお気を付けを』
ポワンが本領発揮して、グングンスピードを上げると、イスラン兄さんは引き攣った顔でポワンの長い銀髪を握り締めている。
「ちょちょちょ、ポ、ポワン? なにこの速さ、あり得なくねえ?」
『あら、イスラン様、この程度でビビってらっしゃるの? あらまあ、おほほ』
からかってる。ポワン、絶対からかってる!
何この状況。イスラン兄さんはカチンときたようで、体勢を立て直して顔を引き攣らせた。
「んだと、ビビるって、そんな訳あるか! 無え! 無えから、行け、一刻も早くシェニムんとこ行け! 遅れる方がどんだけ怖いか……ああ、それはマジでビビるかも」
何よイスラン兄さん、シェニム兄さんが一番怖いの?
わたしは苦笑を浮かべながら、真下を見下ろした。
かなりポワンは高く浮上したみたい。地上を走るアステリア軍が小さく見える。
その郡列の一人が、大きく手を上げた。
それを見て、わたしも手を振る。
見えるかな。
あっちで、会おうね。大丈夫、きっとあなたが着くころには、わたし達で戦況を何とかしてみる。
だから、無事に再会し、そして二人で……。
ラディの姿が見えなくなり、わたしは魔力を高めるために瞳を閉じた。
シェニム兄さん、今、どうなっているの?
未確認生物って、どんなのなの。それはちょっと怖い。
それに、使い魔の暴走って……。
何より、あのシェニム兄さんがSOSを出したって。信じられない。
わたしはぎゅんぎゅん進むポワンの背の上で、心臓の高まりを抑えることが出来なかった。




