第1話 喧騒の会議、小さな蓮(れん)の導き
由利ちゃんとイスラン兄さんの結婚は、あれだけスムーズにいったのに。
どうしてこんなに何度も会議を繰り広げなくちゃいけないの。
しかも、話の内容が堂々巡りで先に進まない。
そう思うと、結婚ってわたし達だけの問題じゃないんだって実感するけど、でも。
何でこう、とんとん拍子に話がいかないんだろう。
「ラナディート隊長がアステリア王室に婿入りするのには、あとどんな手続きが必要なのでしたかな?」
「婿入りの件にしても、それはそのまま受け入れていいものなのでしたかな、ええと、過去の文献を……」
老中達が、そんなことを言いながらテーブルの上に散乱した資料を引っ掻き回したり。
そんな同じことを、何度となく繰り返し。
で、結論が出ない。
それをもう、何日目? 最悪。
ああもう、歯痒いなあ。わたし、こういうの凄く苦手。
ちらりと隣を見ると、ラディも目を眇めて足を小刻みに動かしている。
あ、まずい、口出し出来ないラディがもっとモヤモヤしている。
自分の意見、言いたいけど言えないのって辛いと思う。
わたしでも、「うーっ」って唸りたい。
ラディ、爆発しちゃわないかな。
そう心配していた矢先。
「うぜえー!! もういいだろ、充分会議を繰り返した。だから、結論! ラディもレーリアも、結婚しても名を変えず! それでいいじゃねーか!」
「ふにゃぁーーーーー!!」
「あああ、悪ぃ、デカい声出してごめんな、いい子にしてろ、レン」
最初にキレたのが、イスラン兄さん。そして彼の手に抱かれ、顔を真っ赤にして泣いているのが、イスラン兄さんと由利ちゃんの子供、レン。
可愛いわたしの甥っこ。
名前を決めるとき、これがまた夫婦で揉めたみたい。
「日本風な名前がいいわ。彩花って可愛い響きよね」
「しかしユリシーダ、こいつは男だぞ」
「分かってるわよ。だから、そんな可愛い響きの名前がいいのよ」
「日本風っつったって、ここはアステリアだし、こいつは将来アステリア皇帝になるかもしんないんだぞ」
「頭悪いわね、だから日本風でアステリアでも使えるような名前がいいって言ってるんじゃないの」
「頭悪いだー!? お前ね、オレは旦那さんなんだぞ? 分かってる、その辺!」
「旦那さん? それってそんなに偉いの? 凄いわね、アステリアって男尊女卑?」
「何でそこまで飛躍するんだよ!」
……とまあこんな風な揉め具合だったそうで。
由利ちゃんもなあ、頑固だからなあ。
でもイスラン兄さんのいいところが、『オレは皇太子だぞ!』とか地位をひけらかさないこと。
もちろんそんなことを一言でも口にしたら、速攻離婚されちゃうだろうけどね……。
で、結局夫婦で顔を突き合わせ、うんうん悩んだ挙句、
『レン』
漢字で当てはめたら、蓮なんだって。うん、とてもいい名前。
「おいで、レン」
わたしは手を伸ばし、イスラン兄さんからレンを引き取った。
ほげほげ泣いてるレンを、軽く揺らしてあやしていると、老中が顔をしかめてイスラン兄さんを諌めている。
「イスラン様、ここは会議室ですぞ。なぜレン様をお連れなさった。ユリシーダ様は何をしておられる」
「あ? ああ、ユリシーダは何かティリシアで決算があるとか何とか言って、朝からいねえんだよ」
侍女にレンを預ければ済むことなのに。嫌なんだろうな、イスラン兄さん。レンが可愛くて仕方ないって分かるもの。
由利ちゃんは、皇太子妃となった今でもティリシア領主を続けている。というか、ティリシアの人たちが由利ちゃんを離さない。
それを由利ちゃんもよく分かっていて、両立って大変だろうに全力で頑張ってる。
凄いなあ。
皇太子妃。ティリシア領主。イスラン兄さんの妻。レンのママ。
それを全てこなしてる。わたしには絶対出来ないよ。尊敬しちゃうな。
ぽーっと考え事をしていると、腕の中の小さなレンが、全身を震わせのけぞった。
「うぎゃあ、うぎゃー!」
「あああ、レン、泣かないで! もう、何でこの子、わたしが抱くと泣くのかなー」
レンはわたしが嫌いみたい。わたしが抱っこするといつも泣いちゃう。
でも、わたしはレンが可愛いから、抱っこしたいのに。
困って揺らしていると、隣からラディがさっとレンを抱き上げた。
そして両手で脇の下を支えて顔を覗き込んだ。
「おーい、レン? お前男の子だろ。お腹空いたわけでもないし、おしめも濡れてないなら泣くな。まあ俺も昔泣き虫だったから、人のこと言えないけどね」
そう悪戯っぽく言うと、レンはぴたっと泣き止み……嘘でしょ。早っ!!
ラディの腕に抱きかかえられると、レンはご機嫌で手遊びなんか始めてる。
ラディは子供に好かれるみたい。うう、何だか悔しいなあ。
「ラディ、子供好き?」
「うーん、別にどっちでもないけど。でも、俺たちも早く子供欲しいね。きっと、別の感覚なんだろうな」
そうにっこりと言われると、何だか恥ずかしくなる。
ぼっと顔を赤くしたわたしを微笑して見ていたラディは、レンを抱えたまま表情を改めてパパさんに向き直った。
「皇帝陛下、俺は……いえ、私はどのような形でも構いません。レーリアと共にいられるのであれば」
そう言って頭を下げてくれたラディを、わたしは感動して見つめてしまったけど、でも慌ててわたしも頭を下げた。
「わたし、結婚ってお嫁にいくことだと思ってたけど、でもわたしの立場でそれが無理なら、皆の意見に従う。だから……」
「分かった、分かったから二人とも、頭を上げなさい」
パパさんはそう手を挙げて制し、老中達に目を向けた。
「問題は、名前の件だけか?」
「とりあえずは。婚姻の儀式は、過去の『祝福の女神』の文献によればそれぞれだったようですので、どうするのかはこれからまた、会議を重ね……」
「そうか。それでは、先のイスランの挙式を参考に、レーリア、ラナディート、二人でよく相談して決めなさい」
「え、わたし達で決めていいの?」
意外なパパさんの言葉。だって、わたし達が計画していいなんて。そんなこと、許されるの?
当然ざわめく老中達を、パパさんは鋭い一瞥で黙らせた。うう、さすが皇帝陛下。怖い。
「何か問題があるか? 自分達の式を自分達で計画する。それをイスラン達は出来なかった。お前達老中の言いなりに、定められた皇太子としての立場で式に臨んだ。イスランとしては、色々な思いもあっただろうに。それが不憫でならない。なあ、イスラン」
「え? あー、ええ、ま、そうですね。オレっていうか、ユリシーダが……まあ、言葉には何もしなかったけど」
「そこがお前、ユリシーダのいいところじゃないか。不平を言葉にしないで従って。しかし、後にイスランはジワジワと突っ込まれただろう」
「よくお分かりで。それはもう、ちくりちくりと」
「だろう? お前達、レーリアにそんなことをさせたいのか」
何の寸劇を始めているんだろう、パパさんとイスラン兄さんは。
わたしとラディは顔を見合わせ、首を傾げる。
けど、そうか。由利ちゃん、アステリア国のしきたりに合わせてくれたから、結婚もスムーズにいったんだ。
きっとティリシアのしきたりがあったはずなのに、妥協してくれたんだね。
そっか……。
改めて由利ちゃんの大きさを感じていると、老中達は、パパさん、イスラン兄さん、わたしとラディを見比べて、そして深い溜息をついた。
「分かりました。そこまで仰るのでしたら、レーリア様、ラナディート隊長。挙式の計画が練れたならば、計画書を提出して頂きたい」
「は?」
なに、その計画書って。
わたしが目を見開くと、筆頭老中が立ち上がり、自分自身に納得させるかのように頷いた。
「そうですな、こうしましょう。お二人が計画された婚姻の儀式と披露の宴の様を、書面にて提出して頂き、そこでアステリア皇室のものの儀とはかけ離れたものであれば、修正させて頂く。無論、お二人とご相談させて頂きますが、それでよろしいですかな、陛下、レーリア様」
「え、あの、わたしはもちろん、その方が嬉しい。ね、ラディ」
「レーリアがいいなら、それで」
……ラディ、もう少し自分のことなんだから、考えてくれても……。
でも、きっと二人きりになったら、一緒に考えてくれるよね。今までもそうだった。
あれ? これって、企画書考えるのに似てる。
そう言えばよく、吉田くんとうんうん唸りながら仕事したなあ。それに似てておかしい。
くすりと笑って、ラディに目を向けると、彼もおんなじことを考えていたみたい。
笑みを浮かべて顔を寄せた。
「あの頃みたいだな」
嬉しいな、思ってること、一緒で。
パパさんもイスラン兄さんも納得したようで、今日の会議は一応終了。
名前の件は、わたし達の挙式までには老中達が責任をもって調べてくれるみたい。
『祝福の女神』って少ないから、だから調べるのも大変らしい。
申し訳ないけど、でもわたし達の結婚に賛成してくれている彼らは協力的に動いてくれる。
あり難いことだなあ。
パパさんが会議室を出たのを合図に、会議は解散。
ラディはイスラン兄さんにレンを返した。その途端、レンは眠そうにあくびを一つ。
あはは、やっぱりパパの腕の中が一番いいのかな。
「レーリア、きみの部屋で話する? それとも俺の部屋へ来る?」
「たまには、ラディの部屋へお邪魔したいな」
「何もないけどね」
ふふ、知ってる。だけど、あの部屋居心地いいんだもの。
わたしとラディは腕を組んで、結婚式の計画を練ろうと会議室を出た瞬間。
「隊長! ラナディート隊長、おられますか!!」
『蒼の疾風』の隊服を着た、若い男の人が駆け込んできた。
何か、嫌な予感がする。このパターンって……何か大きなことが起きたって感じ。
隣のラディが一気に顔を引き締め、レンを抱いたイスラン兄さんも駆け寄ってきた。
幸せな時間から一転。
訪れる出来事が、惨事でありませんように。
思わずわたしは、心の中で祈った。




