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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
未来への鎮魂歌(レクイエム)

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第2話 羨望の毒、献身の抱擁

ラディの顔を、邪悪に歪ませて笑うレクサス。


どうして。


分からない。どうしてそこまでして、力が欲しいの。


「ティリシアを、崩壊させただけでは、足りないの?」


わたしはレクサスをまっすぐに見据えて聞いた。

レクサスは、くっと喉の奥で笑いながら肩を竦める。


「ティリシア? あんなものは、足がかりでしかない。いや……足がかりにすら、ならなかったな」


「由利ちゃんを、利用して……あなたは何をしようとしていたの?」


由利ちゃんの、辛くて切ない思いを、この男は利用した。

それがわたしは許せなくて……


今、由利ちゃんはティリシアの領主となり、全力でティリシアのために頑張ってる。

アステリア国の領地に成り下がろうとも、ティリシアの名を残し、そして世界に誇れる地となるよう、民が苦しまずに生活できる領地であるよう、由利ちゃんは頑張ってるんだ。


きっと、ティリシアが国として残され、国王になったとしても。

由利ちゃんに任せれば、きっといい国になるだろうと思う。


そんな由利ちゃんを己の欲望で利用した、レクサス。

何が目的なのか……ただ、世界を手に入れたいだけなの?


「ユリシーダ様を、利用した?」


レクサスは意外そうに目を見開いた。

そしてその直後、目を眇めてわたしを睨みつけてくる。


「心外だな。少なくともクーデターを計画していた頃は、本心でユリシーダ様にこの世界を治めて頂くつもりだった」


「え……?」


てっきり、由利ちゃんをティリシア王に、そしていずれアステリア皇帝に据えたら、

自分がとって成り代わるつもりだとばかり思っていた。


戸惑うわたしを見据えたまま、レクサスは続けた。


「ユリシーダ様と私は、似ている」


似ている……?


「私は『紅の一族』に属しているというのに、排除された人生を送っていた。当時の王は、自分が一番大事で、他の『紅の一族』など邪魔な存在でしかなかった。だから、一族の末席に与している私など、虫けら同然の扱いだった」


そんな……自分と同じ同属なのに。


由利ちゃんのお姉さん、どこまで自分勝手な王様だったんだろう。

その頃のティリシアの人たちが、苦しみ耐える姿が、想像に難くなかった。


もっと早く、気付いてあげていれば。

これは、アステリアの世界共通の罪だ。


特に、わが国アステリアは。皇帝の膝元だから、他の国にもきちんと目を配っていなくてはならなかったのに。

口出しを出来る隙間を、作っていかなくてはならなかったのに。


だからシェニム兄さんや老中達は、ティリシアを手に入れようと躍起になっていたのかもしれない。

そうすれば、彼らの手で、ティリシアにメスを入れることも可能になる。


それは、他の国にも共通のこと。


「でも、でも…………」


わたしは大きく首を振った。


「あなたは最後の瞬間、あのティリシア城が墜ちた瞬間。由利ちゃんを冒涜したわ」


「ああ……あの時のユリシーダ様は、私の望んだ彼女ではなくなってしまっていた。というよりも、地球から戻ってきたユリシーダ様には、もはや以前の面影はなくなっていた」


どういうこと……?


由利ちゃんは、わたしをティリシアへ導き、力を得るためにわたしに近づいた。

悲しいけれど、それが現実。


口ごもったわたしに、レクサスは皮肉な笑みを浮かべていた。


「ユリシーダ様は、私と似ていた。王族に生まれながら、姉達から排除され、孤独な日々を送っていた。そんな彼女に、私は共通のものを感じ、そして彼女なら私の思いを政策へと反映させてくれると信じていた。ティリシアを、アステリアの中心とする。この手で、世界を動かす。ユリシーダ様に、私の思いを実現して欲しかった。それが出来る同志だと信じていた。なのに……彼女は変わってしまった。原因はお前だ、『祝福の女神』」


レクサスの眼差しは、毒意に満ちていて……

それがラディの顔、目……そう思うと切なく辛かった。


お願い。

そんな目で見ないで。

あなたのその澄み切った、汚れない海の色の瞳で、そんな眼差しをわたしに向けないで。


「地球でお前に出会い、ユリシーダ様は知ってしまった。護る心を。お前を護りたいと、そう思い始めてしまった。利用するはずのお前を護りたいなど、馬鹿な考えを抱いてしまった。全く、愚かな」


「由利ちゃんが、わたしを……?」


「そうだ、『祝福の女神』。お前に接しているうちに、ユリシーダ様から憎しみの心が薄れていった。だから、最後の詰めが甘くなってしまった。あのままクーデターを決行していれば、今頃はティリシアはアステリアの中心となっていたはずなのに。全く馬鹿な女だ。感情など、もう私たちには不要なものだと、どうして気付かない!」


レクサスは、テーブルを強く手のひらで叩いた。


何て可哀想な人なの。

感情が、不要?


そんなの、あり得ないのに。


人は人と繋がり、お互いを思う心を大切にして。


そして、絆を深めていく。


レクサス、あなたに大切な人はいなかったの?


…………きっと作らなかったのね。


気付けなかったのね。


人として、何が一番大切なのかを。


「レクサス、由利ちゃんは気付いていたわ、きっと以前から。だって、その証拠に彼女の周りにはたくさんの人がいた」


だからあのクーデターに、たくさんの人が賛同した。

もちろん、酷い国政に反発した者が中心だったろう。

それでも、由利ちゃんだったらきっと、何とかしてもらえると、貴族や民衆は信じたんだ。


だからこそ、由利ちゃんは、当時の参謀だったかもしれないレクサスがいなくても、

ちゃんと国民投票で領主の地位を得た。

それが、民意。


「あなたの望む形じゃないかもしれない。だけど、ティリシアは未来へと歩き始めたわ。あなたも認めた由利ちゃんが、きっとティリシアを…………」


言いかけたわたしに、レクサスは歩み寄り、わたしの腕を捉えた。

そして顔を近づけ、唇の端を上げた。


「勘違いしては困るな、『祝福の女神』。私は、アステリア領土に成り下がったティリシアなど、もはやどうでもいい」


「ならば、何を求めているの」


腕をよじって離させようとしたけれど、レクサスの力は強く鋭く。

わたしは身動き出来なくなってしまった。


レクサスは、唇が触れ合いそうになるまで顔を近づけ、わたしの目を見据え続けた。


「この身体の持ち主は、幸福だな。『蒼の一族』として、認められた役職にもついている。『蒼の疾風』だったか? アステリア軍の精鋭部隊だったな。その隊長に就き、さらにお前の心も掴んで。さぞ輝く未来が待っていることだろう。生まれた国が違うと、どうしてこうも処遇が異なるのか」


憎々しげに、レクサスはまるで自嘲を込めたような口振りで言った。


どうして。

違う。


わたしは大きく首を振った。

違う、それは違う。


「レクサス、ラディは実力で、今の地位を手に入れたのよ。どれほど大変な思いをしたか、分からない。ラディは、わたしとの約束を叶えるために、想像もつかないほどの努力を重ねて、その結果が今に至るのよ」


そうだ。


ラディは、あんなに泣き虫で……なのに、わたしが望んだから。


地球へ、わたしを護りに来てね。


そのために、ラディは頑張ってくれた。

そして、約束を守ってくれた。


涙が零れそうになる。


わたしのせいで、ラディが一番犠牲になってしまった。


最初から、レクサスはラディの身体を目的にしていたんだろう。

同じ、王の一族でありながら、光の世界を歩くラディ。闇の世界でしか生きられなかったレクサス。


羨望が憎しみとなり…………それは悲劇しか生み出さないのに。


「レクサス」


わたしは間近のラディの姿をした、レクサスを見上げた。


負けない。

絶対、負けられない。


取り返すんだ、ラディを。


わたしの全てを賭けても。


「由利ちゃんは、自分の力で領主の座を勝ち取った。ラディも自分の力で、『蒼の疾風』の隊長の座まで上り詰めた。あなたは? レクサス。何を自分でしたというの?」


「…………」


眼差しを鋭く変えたレクサスに、わたしは畳み掛けるように続けた。


黙っているつもりなんてない。

容赦ないかもしれないけど、この自分勝手でそこはかとなく狡猾な男を、許すつもりはなかった。


「結局は、由利ちゃんを利用してたことには変わらない。それに、今はラディを利用している。最後には、わたしの力を使おうとしている。あなたの存在意義が、どこにあるというの?」


「……黙れ」


「黙らないわ。レクサス、あなたは自分自身を哀れんでいる。悲劇のヒーローになりたいだけよ。あなたの実力は、どこにも反映されていない。そんなあなたが、アステリアを掌握できるはずなんてないじゃないの」


「黙れと言っている!!」


レクサスの手が、わたしの肩を突き飛ばした。

思わずよろめいたわたしは、背後の壁に背中を強かに打ちつけた。


わたしの頭部の両脇に手を伸ばし、レクサスは燃えるような瞳でわたしを睨みつけている。


「お前、忘れていないか。この身体は……ラナディート・エルハラードの身体を支配しているのは、この私だ。ここで今、この肉体の生命の動きを止めても構わないんだぞ」


「そう。できるものなら、すれば? そしてあなたの魂は、今度はどこへ逃げようとするの? ここには、あなたとわたししかいない。あなたは、わたしに憑依出来ない。逃げ場はないわね」


わたしは出来るだけ虚勢を張って、唇の端で笑みを作った。


怖い。

もし、剣でラディの胸を突いたら………


だけど、させない。


「……結界を解け、『祝福の女神』。言っただろう、お前の前にいる間は、ラナディート・エルハラードのように振舞ってやる。お前の望むように、優しい恋人になりきってやる。だから、子を産め。そうしたら、この身体を解放してやる」


「……冗談じゃないわ。そんな条件、飲めるとでも思っているの?」


「飲まざるを得ないだろう。お前はこの身体の持ち主を攻撃出来ない。無論、他の者もそうだろう。私を斃すなら、この身体に私がいる間に、身体を滅ぼすしかない」


「……本当に、卑怯ね。自分の力を使うことも知らないで」


「言うがいい。なんとでも。それでも私は、この世界を手に入れてやる」


もう、何を言っても無駄だ。


切ない。

辛い。

苦しい。


だけど、……わたしはラディを護りたい。


許してね。


パパさん、ママさん、イスラン兄さん、シェニム兄さん。


由利ちゃん、



ラディ。



ごめん。怒られるかもしれない。だけど、この選択をしたわたしを、許して欲しいの。


わたしは、覚悟をさらに固め、レクサスに手を伸ばした。

レクサスは、受諾の意思だと勘違いしているかもしれない。


わたしの持てる魔力を全て賭けて。


わたしはラディの姿をしたレクサスに、身体を預けた。

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