第3話 不屈の疾風、誓いの咆哮
おかしい。
どうしてだ。
どうして、これだけ捜索網を広げても、レクサスが見つからない。
今や、アステリア全土にまで広がった、ティリシアクーデターの真犯人、レクサスを捕縛すべく敷かれた捜査網。
なのに、彼の所在が、塵ほども見つからない。
「おかしいな、もしかして、アステリアにいないのでしょうかね?」
隣に馬を寄せたサーシャが首を傾げる。
俺は眉を寄せ、肩を小さく竦めた。
「それはない。レーリアが地球へ行った後、すぐに地球への空間は全て閉ざされた。その前にもし、レクサスが地球へ逃げたのであれば、レーリアかシェニムがそれに気付くはずだ」
「そうですかぁ……俺はあんま、魔力ないですから、その辺のことは分かりませんけど」
サーシャの言葉に、俺はくすりと笑った。
俺もだ、サーシャ。
魔力は、高いほうじゃない。
だから、本来なら魔力を駆使してレクサスを捜査したいが、それは出来ない。
彼と打ち合った時、俺よりも彼の方が魔力が高いことに気付いた。
きっと、魔力だけで戦えば、俺は敗れるだろう。
だが、俺には剣がある。
白兵戦であれば、やつに負ける気はしない。
結局、レクサスが見つかることもなく、アステリアは何の混乱も見せないまま。
レーリアの誕生日を迎えてしまった。
間に合わなかった。
彼女の誕生日には、戻ってくる。
愛しい、レーリア。
それまでに、彼女を狙うやつを、捕らえておきたかった。
ぎり、と歯軋りをしてしまったようだ。
俺の愛馬、ティナが、俺に僅かに振り返る。
俺は彼女の首筋を軽く叩き、大丈夫だと心の中で呟いた。
それだけで、ペガサスたる彼女には伝わるはずだから。
「それにしても、隊長。もう、レーリア様は帰還なさってるはずですよね」
「ああ、そうだな」
「なら、急がないと。『成人の儀』の警護も、きっと我らの仕事ですからね。ていうか……」
言葉を止めた、サーシャを俺は訝しげに目を向けた。
可愛らしい女の子のような風貌のサーシャは、ニヤニヤと笑って、俺を横目で見ていた。
「早く会いたいっしょ? 大好きなレーリア様に」
その言葉の途端、周りの『蒼の疾風』隊の連中の視線が、一気に俺に集まるのを感じた。
全く、どうして隊長の俺が、からかわれる対象になってるんだ?
「あのな、サーシャ……」
「あーもー、全部言わないでいいっすよ。うちの隊ほっぽって、地球まで追いかけるくらいに大好きなんですもんねー。力ずくでモノにしちゃえば良かったのに、それもしないで、ただ記憶が戻るまでじっと愛情注いだくらい、愛してるんですもんねー」
「サーシャ!?」
「やべ、隊長怒っちゃ、いやーん!」
ゲラゲラと笑いながら、サーシャは逃げるように馬を走らせた。
「おいおい、言い逃げかよ、副隊長!」
「後の始末をどうつけるつもりだー!?」
揶揄するような声が、とっとと走り出すサーシャの背中に向けられた。
はぁ、全く。
しかし、長い間、レクサス捜索という困難な任務にあたっていたんだ。
毎晩、野宿は当たり前で。
常に緊張感と戦ってきた
今、アステリア城へと向かっている彼らの心が緩んでしまっていても、咎めることなど出来ないだろう。
それに、実際、俺自身すら。
会いたい、レーリア。
会って、抱きしめたい。
その思いを抑えるので必死だった。
先に馬を走らせたサーシャに、注意の声を掛けようとした、その時。
サーシャの前に、銀色の風が吹き靡いた。
いや、風じゃない。
艶やかな美しい、眩いその毛並みは、竜族の長のもの。
降り立った竜は、すぐに人形となり、見慣れた姿と化身した。
「ラディ!!」
そう高らかに俺の名を呼び、駆け寄ってくる革鎧姿の女性。
レーリアの使い魔、ポワンだった。
「どうした、ポワン。レーリアの傍にいなくていいのか?」
俺はティナから降り、ポワンを出迎えた。
ポワンは、ごくり、と一回喉を慣らし、そして。
「レーリア様は、地球でお父上とお母上に、それはそれは立派な別れを告げられて、アステリアへと戻ってきたの。もう涙なくしては見られない光景だったわ! あ、てか、それはまた後日ゆっくりと教えてあげるわね。それどころじゃなくなったのよ。大変な、もうすんごい大変なことになってしまったの! 落ち着いて、落ち着いて聞いてね、ラディ!!」
「ポワン、お前がまずは落ち着け」
興奮気味のポワンに、俺は苦笑して諌めると、ポワンは小さく何度も呼吸をして。
そして、真っ直ぐに銀色の瞳で俺を見つめた。
その唇から放たれた言葉は。
ミネリア王、アステリア国に挙兵。
「本当か、それは!?」
「ええ、残念ながら。ソヴァーディガルド王子が、手紙で教えてくれたの。アステリア軍ももう城を出立しているかもしれない。あなた達を探し出し、ミネリア国軍との先鋒戦として向かうように、シェニム様に指示があったわ」
「それで、ミネリア国軍は、今どこにいるんだ?」
俺の傍に戻ってきたサーシャが言う。
俺とポワンを中心にして、『蒼の疾風』が円を描いた。
頼もしい、俺の仲間。
ミネリア国軍は、魔力を使えない。
だが、その体術は、恐るべきほど強い。
ソヴァーディガルド王子の強さを思えば、軍隊としての破壊力は目に見えている。
あいつが、敵に回るのか……
何となく、苦い思いが俺の中を駆け巡った。
レーリアを、「アヤカっち」と呼び、親しげに懐いていたあの王子と、戦うことになるとは。
もっとも、彼の入れ知恵ではないだろう。
危機を、レーリアに伝えたのは、彼自身だそうだから。
父王が、暴走したか。
レーリアを、手に入れたいがために。
あの時に、諦めたとばかり思っていたのに。
俺は一人、小さく舌打ちをした。
「……ロン、ティロン。聞こえる? ラディ達を見つけたわ」
ポワンは、空へと向かって声を上げた。
ティロン……シェニムの使い魔か。
ポワンは空へと顔を向けたまま、何度も頷いていた。
「ええ……ええ、そっちね。分かったわ。目印は? ……了解。気付かれてないわね?」
「隊長、あれ、何です?」
独り言を呟くようなポワンを、薄気味悪そうに見たサーシャが訊ねてきた。
確かにな。傍目から見たら、おかしな光景だろう。
「使い魔同士で、通信しているんだよ。彼らのこの力は、魔力じゃない。竜族だけに伝わる力だ」
「へぇー……便利なんすね」
「そうだな。魔力と違うから、他の者に気付かれることもない……」
「分かったわ、ラディ」
言いかけた俺に被せるように、ポワンが俺に振り返って言った。
そして、眉をきゅっと寄せ、
「まだ、アステリア領には入っていない。だけど、ミネリア軍の背後に、ティリシア軍が迫っているそうよ」
「な……ティリシア、ユリシーダか!」
「ええ。二つの軍が接触するのも、時間の問題よ。ラディ、レーリア様が悲しむようなことになる前に、急いで!」
風の噂で、ユリシーダが無事、ティリシアの領主になったことは聞いていた。
今回のこのミネリア国の挙兵で、ティリシアが動いたのは、ユリシーダのレーリアへの思い……イスランへの思いだろう。
だが、戦争はそんな感情だけで何とかなるものじゃない。
ましてや、もし、ユリシーダ自らが参加していたとしたら。
俺は一つ頭を振り、仲間達を見渡した。
「そういうことだ。疲れているのは、重々承知だが、もう少し頑張ってくれるか?」
もうすぐ、アステリア城に着く。
そうしたら、それぞれ鎧を解き、家族の下で僅かかもしれないが、休息が取れたのに。
まだ若い、俺の隊の隊員達。
恋人もいるだろう。妻子がいる者もいる。
申し訳なく思う俺に、隊員達は、明るい声を返してきた。
「なぁにを言ってるんですか、隊長!」
「こんなの、いつものことじゃないですか!」
「ていうか、隊長、今までいなかったんだから。身体がなまって一番辛いの、隊長なんじゃないすか?」
「……お前達…………」
情けないことに、その瞬間、俺は言葉が出なかった。
半年以上、アステリア城から離れてしまっていたのに。
見渡せば、頼もしい笑顔が並んでいる。
そして俺の肩が叩かれ、はっと俺はその方を見下ろした。
サーシャが、片手を腰に当て、そしてもう片手を俺の肩に掛けて。
そして、口元の端を上げて、にやりと笑っていた。
「隊長、レーリア様に早く会って、男らしいとこを一発見せるためにも、とっとと終わらせちゃいましょう」
「サーシャ……」
「さあ、ご命令を」
『蒼の疾風』は、アステリア国軍の精鋭だけで作られた、先鋒隊。
技量は、超一級の者ばかり。
そして……最高のやつらばかりで集められて、作られた隊だ。
俺は、この隊の隊長であることを、誇りに思う。
そっと、心の中で呟いた。
そうさせてくれたのは……俺を、ここまでの地位に上げてくれたのは、誰でもない。
レーリア、きみなんだよ。
きみを護るために、俺は強くなりたかった。
心も、剣の腕も。
魔力は、残念ながら、あのレベルで留まってしまったが。
だが、他の二つは、誰にも負けない。
だから、レーリア。
もう少し、再会の時間を延ばして欲しい。
きみを護れる。俺と、俺の隊で。
帰還したら、まずはきみを労わろう。
地球で、よく頑張ったねと。
そして、きみに労わってもらおう。
言葉は、いらない。きみのぬくもりだけで、ただそれだけでいい。
この手で、抱きしめさせて。
「行くぞ」
短く、決起の声を上げた。
それが合図となり、俺たちは馬首を巡らせた。
向かうは、ミネリア。
敵は、ミネリア国王。
レーリアを狙うなど、絶対に許さない。それが誰であろうとも。
ソヴァーディガルド王子。
何を思って、父王を裏切り、レーリアに危機を教えたのか分からない。
だが。
分からない今、俺はお前をも捕らえるだろう。あるいは、剣で撃ち捨てるかもしれない。
……俺は鬼になってでも、レーリアを護る。
それが俺の立てた誓いだから。
真っ青な、雲一つない青空の下。
俺たち『蒼の疾風』は、その名の通り、風のごとく走り出した。




