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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
動乱の聖譚曲(オラトリオ)

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第2話 偽装の恋文、決意の兵装

シェニム兄さんが、じっと手紙を見つめている。

わたしの部屋で、立ち尽くしたまま。


わたしは、シェニム兄さんの存在を忘れたかのように、寝着を脱ぎ捨てて、クローゼットに入っている服に着替えた。

気にしている暇などない。


気を使って、成長したわたしのサイズに合う服を取り揃えてくれていた侍女達に感謝した。

スラックスに、伸縮性のあるシャツ。

これで、充分。

動きやすい服がいい。


着替え終わる頃に、シェニム兄さんは顔を上げ、ドレッサーに向かっているわたしに目を向けた。


その眼差しは、いつも至極冷静だけど。

鏡越しのその深いマリーンブルーは、とても痛いほどきつい。


「レーリア、どうするつもりですか」


「……逃げるわけにはいかない。わたしが行く場所に、きっと被害が及ぶから」


「……そうですか」


シェニム兄さんは、短く返答して、手紙を折り畳んでわたしに返した。


髪を梳かす手を止めて、その手紙を受け取る。

固く封されたその手紙は、「フジモリ・アヤカ」宛てになっていた。

アステリアで、その名を知るものは限りなく少ない。


そして、手紙の送り主は、ミネリア国王子、ソヴァーディガルド…………ソルトからだった。





フジモリ・アヤカ殿


火急の件。


地球で出会って、そしてアステリアに来たばかりのきみに、こんなことを言うのは心苦しい。

だけれど、どうか言うことを聞いて欲しい。


すぐに、安全な場所に逃げてくれ。

アステリア国と、ミネリア国の間で戦争が起きる。

僕の父が、今、きみを託している『蒼の疾風』隊長、ラナディートの大切な人のレーリア様を狙っている。

そのために、きみが巻き添えになるかもしれない。

それだけは、避けたい。


きみは、何も知らない。

こんな世界に、無理矢理連れて来てすまない。

だが、きみを手離したくなかった。僕は今度いつ、また地球にいけるか分からない。


もしかしたら、もう、行けないかもしれない。

それが、怖かった。


愛してる。

必ず、迎えにいくから。それまで、どうか無事で。


ソルト



ソルトからの手紙を、一度ざっと読んで、首を傾げた。

何を、言いたいんだろう……


だけど、二度目に読んだ時に、わたしは立ち上がり、着替え始めた。

これは、ソルトからの信号だ。

ミネリア国王子のソルトが、わたしのために作ってくれた防壁。


前に、ミネリア国王がわたしを所望した時、ソルトは言っていた。

地球で、心惹かれる女性がいると。

それは恋か分からないけれど、でも、大切にしたい。


そう、言ったソルトの言葉が頭を過ぎった。

このことまでも、予測しての言葉だったの? ソルト。


藤森彩花のわたし。

レーリアのわたし。


どちらも、わたしだけど、ソルトが父王に伝えたのは、全く異なる現実だった。


藤森彩花は、ソルトの気になる地球の女性。

レーリアは、祝福の女神であり、ラディの大切な人。


こうして、上手くわたしを分類していた。


それが今、効を奏している。

この手紙が、もしミネリアで、誰かの手に渡ったとしても、わたしが藤森彩花だとは気付かれないだろう。

あまりにも、レーリアの名が轟きすぎているから。


それにしても、愛してるは余計じゃないの?

思わず場違いに苦笑しながら、わたしは立ち上がり、きゅっと髪を高く結いつけた。


ありがとう、ソルト。

あなたの優しさ、全部受け止めた。


教えてくれて、ありがとう。

だから……わたし、逃げない。


「行こう、シェニム兄さん」


「レーリア、あなたは行くべきではない」


長い広い廊下を歩きながら、シェニム兄さんはわたしを見下ろした。


「え…待って。だって、わたし……わたしのために、戦争が……」


強いシェニム兄さんの言葉に、わたしは動揺してしまった。


わたし、ミネリア国王に再び会って、きちんと話し合うつもりだった。

わたしは、自分の未来を自分で決めると。

わたしの未来には、ミネリアでソルトの妻になることはないということを。

はっきりと、わたしの口から伝える心積もりだったのに。


そうシェニム兄さんに言うと、彼はゆっくりと首を振った。


「無駄です。兵を立ち上げたミネリア王に、あなたの言葉が届くとは思えません。ミネリア王は、存外頭が悪いようだ。これで、正面切ってアステリア皇帝を敵に回した。ミネリアは、第二のティリシアとなるほか、もう道は残されていません」


いつもだったら、揶揄するような口ぶりになるだろうシェニム兄さんの口元は、どこか残念そうだった。


アステリア国の老中達は、こぞって張り切って、ミネリアをアステリア領土にするために尽力するだろう。

シェニム兄さんも、それを望んでいるのかと思っていた。


「……ティリシアは、落ちるところまで落ちていた。あの無能な前王のお蔭で。ですが、ミネリアは違う。そう思っていたのですが……」


その口ぶりから、シェニム兄さんは意外にソルトに期待を掛けていたのかとも思う。


あの日、あの夜。

シェニム兄さんが、ミネリア王に、ティリシアをアステリア国の属領にすることを決断するよう迫った夜。


兄さんは、ソルトに気づいていた。

会ってるはずだもの。ティリシア城攻略の時に。

そしてその前には、わたしがソルトと初めて出会ったあの日、ソルトはアステリア軍事会議に参加していた。


そこで、ミネリア代表としてシェニム兄さんと会っているはずだった。

迂闊だったな。今の今まで、気付かなかった。


それでも、シェニム兄さんは、ソルトを何の咎めだてもしなかった。

それは、きっと期待していたから。


将来のミネリア王としての、ソルトの器量を。

アステリア国と、共存出来る国になっていることを。


それを全て、父王が今、壊してしまった。


シェニム兄さんは、ふと歩みを止めて目を閉じた。

すると、わたしの脳裏に、シェニム兄さんの言葉が響いてくる。


『アステリア城全ての者に告げます。ミネリアが、アステリア国に宣戦布告をしました。追って、詳しい指示を出します。それまで、出兵の準備をしておくように』


たった短い、それだけの伝達。

なのに、あっという間にアステリア城は大きくざわめき立っていた。


早い。

きっと、いつでもこんなことが起きても対処出来るよう、訓練していた成果だ。

わたしとシェニム兄さんが会議室に入ると、そこにはすでに、イスラン兄さんが剣を履いて待っていた。


「シェニム、どういうことだ」


険しい顔のイスラン兄さんに、わたしはソルトからの手紙を見せた。

低く一つ唸った後、イスラン兄さんはわたしに手紙を返しながら、


「悪い、レーリア。一つ頼まれてくれないか」


「何?」


「ティリシアに、『言玉』を送りたい。今から伝令を出すより早いだろう」


ああ、そうね。


『言玉』だったら、あっという間に相手に届けられるもの。


イスラン兄さん、由利ちゃんが心配だよね。

でも、イスラン兄さんは、あんまり魔力強くないから、『言玉』作れない。


わたしが作った『言玉』に、イスラン兄さんからの言葉を封じ込めた。


「……こういうことになってしまったの、由利ちゃん。イスラン兄さんが、ティリシアも巻き込まれてしまうかもしれないから、守りを固めておけって。心配してるって」


「おいー!? 心配してるなんて、誰が言った!?」


慌てふためくイスラン兄さんを無視し、わたしはその『言玉』を、宙へ放った。

それがふと消える。

もう、ティリシアの由利ちゃんの元へと届いただろう。


「ティロン」


シェニム兄さんが呼ぶと、すぐに黒い短い髪の、ダンディな男性が現れた。

兄さんの使い魔、黒竜ティロンだ。


「は、お呼びでしょうか、我が主」


「ミネリア軍が、どこまで進駐しているかを調べてくるのです。接触する必要はありません。レーリア、ポワンを」


「うん、ポワン!」


「はいっ、レーリア様!!」


革鎧を身にまとった、スタイル抜群の銀髪の美女。

彼女は、わたしの使い魔。信頼する、大切な仲間。


彼女に、シェニム兄さんは命じた。


「ポワン、あなたはすぐに、『蒼の疾風』を探し出しなさい。こちらに向かっているのは確実です。見つけ次第、ミネリアへ向かわせなさい。いいですね」


「お願いよ、ポワン」


わたしも重ねて言うと、ポワンはティロンと目配せし、大きく頷いた。


「アタシがラディ達を見つけて、ティロンからミネリア軍の場所を教えてもらって、それをラディに伝えればいいんですね?」


さすが、ポワン!! 悟りがいい。

シェニム兄さんも、満足そうに頷いた。


「その通りです。使い魔同士の通信力を、最大限に発揮しておいでなさい。さあ、急いで!」


ポワンとティロンは、優雅な竜の姿になり、青い空へと飛んで行った。

あの二人なら、大丈夫。


そう思いながらも、ラディ達『蒼の疾風』が、やはり先陣を切ることになると分かると、胸が痛い。

精鋭部隊だから、仕方ないとは思う。

だけど、一番危険な任務にばかり……しかも、わたしのせいで。


それなのに、その場に行けない、何の手助けも出来ない自分が、何て役立たずなんだろうって思ってしまう…………。


落ち込み始めたわたしの前に、紅く光る玉が落ちてきた。

床に落ちる前に、素早く掬いあげた。


これって…………この色って……


手のひらに載せた玉が、ピコーンピコーンとフラッシュしだす。

まるで、ウルトラマンのカラータイマーのように。


そして流れ出す、男性の声。



『レーリア様、ティリシアのアーネストでございます。『言玉』、確かに受け取りました。我が領主、ユリシーダの言葉をお伝えいたします。

『ミネリア軍出兵とのこと。我が軍も起ち、ミネリア国との国境沿いに兵を配す。司令官殿のご命令を待つ』

いつでも、ミネリアを撃つ用意は出来ている、そう申しております』


え……由利ちゃん!?

どうして、何で!?


「あの……馬鹿!」


イスラン兄さんは、椅子を思い切り蹴り飛ばした。

転がる椅子を見やりながら、シェニム兄さんは深い溜息をついた。


「やはり、領主になったと言っても、じゃじゃ馬はじゃじゃ馬ですね。大人しく守りを固めていればよいものを……」


「くそっ! シェニム、先に軍を出立させるぞ。ミネリアとティリシア、双方に兵を向けさせる」


「分かりました。私もすぐに後を追います。その間に、策を練りますから」


イスラン兄さんは、乱暴に上着を手にして部屋を出て行ってしまった。


怒ってる……?

ううん、心配してる。


由利ちゃんの性格を、段々分かってきたみたいな、イスラン兄さんは、由利ちゃんが無理をしないか、それを心配してるんだ。

由利ちゃんもまた、イスラン兄さんの力になりたくて、きっと決意を固めたに違いない。

ティリシア領主の、名にかけて。


でも…………


想いを、行動に移せる由利ちゃんが、今は羨ましい。


悔しい。

何も出来ないわたし。


どうして、『祝福の女神』になんて生まれたんだろう。

こんな強い魔力なんて、あっても無駄なだけなのに。


ずーんと落ち込んでいくわたしの肩に、そっと手が置かれた。

はっと見上げると、ハニーブロンドを緩く結ったシェニム兄さんが、僅かに微笑をしている。


「あなたは、大人しく待っておいでなさい、レーリア」


「でも……」


「あなたが無事でいるのを、誰よりもラナディートが望んでいます。それに、決意したのでしょう? あなたの力の使い道を」


「シェニム兄さん……」


どうしよう。

泣きそうになる。

何でシェニム兄さんは、わたしの心を読んでしまうんだろう。


ぽんぽんと頭を撫でられ、シェニム兄さんはくすりと笑った。


「すぐに、終わらせます。アステリアとミネリアの兵力の差を見せ付けてきますよ。あなたに、一つ仕事を与えます。大切で、重要な仕事です。心してお聞きなさい」


「え……何?」


戸惑うわたしに、シェニム兄さんは、それは穏やかな笑みを浮かべた。

こんな微笑を浮かべるシェニム兄さんは、本当に珍しい。


「あなたの成人の儀の準備を、整えておきなさい。父上の、指示を仰いで。いいですね」


「シェニム兄さん……」


「一日遅れましたが、誕生日おめでとう、レーリア。本格的に祝いをするのは、私たちが帰城してからになりますけれどね。他国に恥じぬよう、盛大な祝典を準備するのですよ?」


シェニム兄さんに、わたしは掛ける言葉が見つからなくて。

もう一度、頭を軽くぽんぽんと叩いて、部屋を出て行ったシェニム兄さんを、ただ見送った。


そうだね。

わたしは、わたしのやれることを。


浮かんだ涙を、ぐいと拭って、わたしも会議室を後にした。


きっと、すぐに帰ってくる。

元気な笑顔で、皆揃って。


わたしは祈ろう。

皆の無事を。


ソルトの、無事を。


ミネリアで、一体何が起きたのか分からないけれど。


わたしはただ、祈ることしか出来なかった。

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