第1話 静寂の決別、戦火への秒読み
ティリシアが、アステリア領になった。
それを、オヤジから聞いて、「ふーん」と興味なさそうな反応を返したが。
内心は、心臓バクバクだった。
俺の心の内が、全て曝け出されたような気すらした。
ミネリアは、国として存在することにこだわるべきじゃない。
俺はアヤカっちに会って、彼女が「祝福の女神」だと知ってから、ずっとそう思ってきた。
オヤジがやたら、俺に婚姻を勧めて来てからは、特に。
知っていたから。
オヤジの狙いが、「祝福の女神」の力と地位だということを。
そして、俺は知っていた。
アヤカっちが、どんな思いでいるのか。
彼女の心に、誰が住んでいるのか。
そして誰が、彼女を救えるのか。
残念ながら、俺じゃない。
初めて出会った時に、俺に助けを求めてくれたあのアヤカっちの必死な顔が、忘れられない。
自分の為じゃなく、大切な人の為に、浮かべた表情だった。
だから、協力したいと思ったんだ。
力ずくで、彼女が組み立ててきたものを崩すのは、嫌だった。
これも、一種の愛情なのかもしれない。
だけど、俺は…………
「ソヴァーディガルド」
滅多にそう呼ばないオヤジが、開口一番でそう言った。
「……なんだよ」
俺は、オヤジの眼差しが気になった。
いつもと違う。
虎視眈々と、アステリア内でのミネリアの力を上げていこうと狙っているオヤジだが、こんな厭らしい目つきを見たのは初めてだった。
手のひらに、知らないうちに汗が吹き出る。
だが、オヤジに気付かせないよう、俺はいつもと変わらずフンと鼻を鳴らした。
オヤジは、俺をじっと見据えて、口元を曲げた。
「お前、祝福の女神を手に入れることは出来ないようだな?」
「……前にも言っただろ。俺は、地球に想いを寄せる女がいるって。それに……」
「情けない」
俺の言葉を中断させ、オヤジは顎を上げて俺を見下したように言った。
「お前が無理ならば、俺が手に入れてやろう」
何を、言った?
オヤジの言葉が、理解出来なかった。
「な……にを……」
「ソヴァーディガルド。挙兵の準備だ。『祝福の女神』を我が妻にするための挙兵の準備をしろ」
待て。
何を言っているのか、分かっているのか、オヤジは。
「アヤ……レーリア様と、オヤジ、いくつ年が離れてると思ってんだよ! 親子じゃねえか!」
「そんなことは、何の問題にもならん」
オヤジは、口元を曲げたまま、尊大に首を上げた。
何だよ……どうしたんだよ、オヤジ。
何があったんだよ。急に、こんな……
「『祝福の女神』の成人の儀が近い。出来ればその前に、身柄をこちらの手の内に入れたいものだな」
クックッと、喉を鳴らして笑うオヤジに、俺は鳥肌が立つのを抑えられなかった。
その部屋を、逃げるように飛び出した俺は、心許せる者を呼び出した。
何を考えているのか、分からないけれど、オヤジはもう止められない。
ならば……
お願いだ、アヤカっち。
せめて、あんただけは、自分の思いのままに生きてくれ。
俺のように、血で決められた道じゃなく。
俺は、側近に手短に書いた手紙を託した。
それを、アステリア国へ届けてもらうように。
間に合ってくれ。
大丈夫だ、間に合うはずだ。
祈るように見上げた夜空は、今にも泣き出しそうな重たい雲が立ち込めていた。
それはまるで、俺の心を映しているかのようだった。
久し振りに帰ってきたアステリア城は、わたしの成人の儀のための準備で慌しかった。
ポワンとわたしは、まずパパさんの私室へ向かい、過剰な愛情をたくさん受けて。
嬉しい。でも、苦しいー!
ギュウギュウと抱きしめられたわたしは、ほうほうの態で逃げ出し、イスラン兄さんの部屋へと向かった。
「おー、無事戻ってきたか! どうだった、地球で、ちゃんとしっかりやってたか?」
あはは、いつまでもわたしは子供扱いなのね。
わたしは苦笑して、イスラン兄さんのベッドに腰掛けた。
「わたしは、大丈夫よ。それより、由利ちゃんはどうだった?」
それが一番気になったから、イスラン兄さんの部屋に来たんだもの。
由利ちゃんは、ティリシアの領主を決めるための国民投票に出馬したはず。
ちゃんと領主になれたのかな。
ていうか、由利ちゃん以外の人、考えられない。
イスラン兄さんは、ポリポリと首筋をかき、そして視線を僅かに彷徨わせて。
「あー……ああ、ダントツで票を獲得した」
「え、じゃあ、由利ちゃんが領主になったのね、ティリシアの!!」
「あー……まあ、そうだな」
何でそんな、ぶっきらぼうなのよ!!
わたしはじれったくて、立ち上がってイスラン兄さんの肩をガクガクと揺らした。
「ちょっと! ちゃんと由利ちゃんにお祝い言ってあげた!? 二人で頑張っていこうねって誓い合ったの!?」
「はあー!? 何で誓い合わなきゃなんねーんだ。お前、思考がぶっとんでんぞ?」
「え? 待って、ちょっと待って。……大きい兄様、一つ聞いてもいい?」
わたしが改めて言うと、イスラン兄さんはびくりと身体を固まらせた。
奥手にも、程がある。
由利ちゃん、ずっと言ってたもの。
男は、見た目で判断しちゃだめ。
気持ちが一番大事なのよ。
そう、言ってたもの。
だから、態度で表さないと、由利ちゃんのハートはゲットできないのにー!
「ちゃんと、由利ちゃんに告白したの?」
そうわたしが聞くと、イスラン兄さんは、ボッ! って音が立つくらいな勢いで、顔を赤くさせた。
……分かりやすいなあ。
「こここここ、告白ー!? 誰が。オレが!? まさかー、そんな何で、あはははははは!!」
あー……してないのね。
両手両足を同時に出して、ロボットのような動きで、イスラン兄さんは部屋から出て行ってしまった。
うーん、一体わたしがいない間、どこまで進展したんだろうなあ、二人。
お似合いだと思うんだけどなあ。
そう思ったわたしに、シェニム兄さんがこっそりと教えてくれた。
由利ちゃんが、当選した後にこの城に挨拶に来て、そしてイスラン兄さんと夜通し酒を酌み交わしてたんだって。
次の日、けろりとして帰っていった由利ちゃんとは対照的に、二日酔いでイスラン兄さんは、由利ちゃんのお見送りにすら来れなかったそうだ。
……それはかなり、マイナスポイントね。
けど、でも。
イスラン兄さんは、あの反応からしても本気みたいだから。
ゆっくりと見守っていけるだろう。
そしてわたしは、おずおずとシェニム兄さんに聞いてみた。
「あの……ラディは、まだ帰ってないの……?」
「ああ、レクサスの行方が、全く掴めないでいるのです。おかしい話ですね。アステリア全土に捜査網を張り巡らせているのですが。ですが、あなたの成人の儀の場での警備も固めなくてはならないので、『青の疾風』はもう帰還するはずです」
レクサス、まだ掴まってないんだ……
たった一人の人を探すのって、意外に大変なのかも。
整形したり、変装したりされたら、見失ってしまうものなのかな。
でも、あの人は、危険だ。
何をしでかすか分からない。
目的は、アステリア皇帝の座。
そして、わたしの力。
レクサスの野望を早く打ち砕くためにも、わたしは早く、成人の儀を済ませなくちゃならない。
面倒なことばかりだけど、自分で決めたことだもの。
わたしは、その日久し振りに自分の部屋でのベッドに横になった。
目を閉じれば、地球の家族の姿が目に浮かぶ。
そして、涙がじわりと漏れてしまう。
だめだ。
こんなんじゃ、駄目。
もっとわたし、しっかりしなきゃ。
決めたんでしょ、レーリア。
アステリアで、生きていくって。
そして、成人の儀で、言うべきことも決めたはずなのに。
こんな時、ラディ、あなたが傍にいてくれたら。
どんなに心強いか分からない。
頼ってばかりでは駄目だと分かってはいるけれど、でも。
会いたい……。
次の朝、早朝。
わたしはシェニム兄さんに叩き起こされた。
「フジモリ・アヤカ様。親展と、そう手紙に書いてあります」
ふじもり……あやか?
アステリアで、その名を知っている人は、限りなく少ない。
わたしはまだ半分眠っている目を擦りながら、封筒を開けた。
読み勧めていくうちに、目が覚めた。
うそ…………嘘!!
わたしは立ち上がりながら、その手紙をシェニム兄さんに押し付けて、着替えるべくクローゼットを慌しく開いた。
ラディ、早く。
早く、帰ってきて。
アステリア国と、ミネリア国が…………
嫌だ。
戦争は、嫌だ。
どうすれば、わたしはわたしらしく生きていけるのだろう。
わたしの選択は、間違っていたのだろうか。
誰か、教えて。




