表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
失意の独奏曲(カデンツァ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/89

第4話 残照の家族、記憶なき微笑

色づく秋が過ぎ去り、冬が始まる。


去年の今頃は、もうあなたはアステリアから地球へと来てくれていた。


男の人を怖がるわたしに、押し付けない愛情を注いでくれて。

ゆっくりと、わたしの気持ちを待ってくれた。


記憶が無かったわたしの心に、あなたの存在は確かに根付いた。

深く、強く。


あなたのいない地球は、とても寂しいけど、でもわたし、頑張ってるよ。


そして、決めた。

決めたよ、ラディ。


パパさん、兄さんたち、アステリアのみんな。


わたしに、時間をくれてありがとう。


後悔しない。……しないように出来る時間をくれて、ありがとう。



「彩花、今日は早く帰ってこれるの?」


家を出る間際に、お母さんがわたしに声を掛けた。


パンプスを履いて振り返ったわたしに、お母さんはエプロンを外しながら微笑んだ。

穏やかな笑顔。


「うん、なるべく早く、帰ってくる」


「そうね、そうして。あなたの好きな料理を作っておくから」


「お母さん、仕事は?」


わたしが残業にならない日は、うちで一番早く帰宅するのはわたしだもの。

首を傾げると、お母さんはおかしそうに笑みを深めた。


「大事な娘の誕生日くらいは、早く帰ってくるわよ。ほら、遅刻しちゃうんじゃないの?」


お母さん……。

何だか胸が熱くなる。


わたしが5歳の時、この地にやってきて、子供がいなかったお父さんとお母さんの記憶を操った。


とてもわたしを可愛がってくれた二人は、毎年わたしの誕生日には、ご馳走を作ってくれて、プレゼントを用意してくれて。

お父さんも、お母さんも、普段仕事で忙しくって、毎日帰りが遅いのに、この日だけは3人で夕食を食べる。

それが、藤森家のお約束みたいになってた。


ううん、誕生日だけじゃない。

入学式や卒業式、それに成人式。

わたしの節目には、いつも揃ってお祝いをしてくれた。


家族っていいな。あったかいな……いつも、そう思ってたのよ。


アステリアでは、経験出来なかったことを、たくさん教えてくれた。

お陰でわたし、憧れてた普通の女の子になれて、毎日楽しかった。

お父さんの休みの日には、公園に連れて行ってくれたり、野球観戦に連れて行ってくれたり。

両手をお父さんとお母さんに繋がれて、歩く道のりはとても幸せだった。


ずっと続くと思ってた、幸せな日々。


だけど……ごめんね。

ごめんなさい。


会社に、わたしは一通の届出を出した。ううん、一通じゃない。

わたしと、吉田くんの分。


課長は突然のことに驚き、引き止めてくれたけど。

でも、けじめはちゃんとつけておきたい。


わたしは深く頭を下げて、たった3年間だけど……

でも、わたしにとって、大切なことをたくさん教えてくれた、この会社を後にした。



大きなデコレーションケーキ。

そこに、太いロウソクが2本と、細いロウソクが5本。

ふーっ、と吹き消すと、お父さんとお母さんが拍手をしてくれた。


ふふ、恥ずかしい。

でも、嬉しい。


「彩花、お誕生日、おめでとう」


「おめでとう。ほら、お前、欲しがっていただろう」


お父さんがくれた包みを開くと、本当だ!

ずっと欲しかった、黒のホルターネックのシックなフォーマルワンピース。ちゃんとパシュミナのショールまでついてて。


「営業だと、結婚式とかにも呼ばれるものねえ。そういうものも必要だし、面倒ねえ」


そう笑うお母さん。


……会社のことは、言うのはやめておこう。

言う必要、ない。余計な心配、掛けたくない。


わたしが着替えて、「どお?」と一回転すると、お母さんはさらに笑った。


「胸元に、もうすこしボリュームがあればねえ」


ひどーい!

ぷう、と膨れたわたしに、お父さんは眼鏡の奥で、目を細めてわたしを見つめた。


「彩花が、こんなのを着るようになるとはなあ……」


「お父さん……?」


「小さい頃から、お前はいつかお嫁に行くんだと思うと寂しくてなあ。だけど、嫁にいかなくても、お前は突然、おれ達の前から消えてしまうんじゃないかと、そんな不安があった。どうしてだろうな?」


お父さん、何で、どうして……


立ったまま、身動きが出来なくなったわたしに、お父さんはふと微笑んで言った。


「だがな、どこへ行こうと、何をしようと。お前はおれ達の大事な娘だ。たった一人の、大切な娘だ」


どうしよう。

泣きたい。


笑って行こうと思っていたのに。


「おっ……お父さん……、おか……さん……」


お父さんとお母さんは、突然泣き出し、しゃくり上げるわたしの言葉を、黙って待っていてくれた。


「わ………たし、お父さんと…………お母さんの娘になれて……よかった……」


その先は、言葉にならなかった。

ただただ、身体を震わせて顔を両手で覆うわたしの肩に、暖かいものが触れた。

顔を上げると、お母さんが微笑してわたしの両肩に手をかけている。


「彩花、あなたは私達の、自慢の娘よ。今までも、これからも」


お母さん達が、わたしの正体を知っている訳が無い。

それなのに。


どうしてこんなに、心に沁みていくの。

決断を、鈍らせてしまいそうになる。

だけど。


わたしはぐいと涙を拭って、笑顔を浮かべた。


「今まで、本当にありがとう。わたし、幸せだった。この思い出があれば、どんなに辛いことでも、乗り越えていけるよ」


そして、目を閉じて、気持ちを集中させた。

わたしの、眉間に。


封印していた全ての力の、解放を。


ふわ、と髪が逆立っていく。

漲っていく、わたしの魔力。


薄く開けたわたしの目に、金糸が舞う。


驚いている、お父さんとお母さん。


これが、わたしの本当の姿なの。

今まで、騙していてごめんね。


手を、右に翳した。

空間が、歪んでいく。


「彩花様、いいのですか、これで、本当に……」


足元のポワンが囁いた。


いいの。いいのよ。

これで、いいの。


アステリアへの道が、繋がった。


わたしはお父さんとお母さんへと意識を向けた。

大切な二人から、わたしの記憶を消す………辛いよ。悲しいよ。


だけど、そうしないと。

お父さんとお母さんが、前に進めないから。

だから。


パチン、と静電気の弾ける様な音。


目をぱちくりとさせている、お父さんとお母さん。

もう二人からは、わたしの記憶が消えてなくなっているはず。

そして、この家から、わたしの思い出が全て消え去っている。


わたしの部屋も、わたしのお茶碗も、わたしの………全てが。


「ありがとう……ございました」


深く一礼をして、空間へと足を踏み入れたわたしに、信じられない言葉が掛けられた。


「また、いつでも遊びにいらっしゃい」


驚いて、振り返るわたしに、変わらない笑顔を向けているお母さん。

お父さんも立ち上がり、お母さんの隣に立って微笑を浮かべている。


魔法で、記憶を操作することはできる。

だけど、感情を操ることはできない。


それは、神の領域だから。


記憶を超えて。

わたしは、お父さんとお母さんの感情のどこかに存在しているのだろうか。


わたしは、幼い日から、何度も向けたように。

家族だけに見せる笑顔を浮かべて、踵を返した。


振り返らないよ。また、泣いてしまうから。

笑顔のわたしを、覚えていてもらいたいから。


ポワンがわたしの後に続くのを確認し、わたしは空間を突き抜けていった。

最初は歩いていたのに、気付いたら走り出していた。


アステリアへと到着し、深く深呼吸して、空間を閉ざした。

固く、わたし以外のものが、この道を開けないように。


俯いたまま、動かないわたしを、人形に戻ったポワンが抱きしめてくれた。

何も言わずに、ただ、ぎゅっと。


ありがとう、ポワン。


わたしは、わたしの決断を後悔したくない。

わたしの力を、必要としているのは、アステリア。

この地に、わたしの全てを捧げたい。

ポワン、あなたとラディと一緒に。


アステリアを、護っていこう。


顔を上げたわたしの目の前に、広がる空。

雲ひとつない、晴れ渡ったその空は、今のわたしの心を映しているかのようで。


「行こう、ポワン」


「はい、レーリア様」


レーリア・チュニス・エルハラード・アステリアとして。

『祝福の女神』として、生きていく。


そのための、一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ