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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
失意の独奏曲(カデンツァ)

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第2話 最果ての口付け、蒼き誓約

「レーリア、大丈夫ですか」


ふいに、シェニム兄さんの声がする。


どれくらい、わたしは放心していたんだろう。

幸い、老中達は今後の方針の話で夢中になっていて、わたしの様子に気付かなかったようだ。

だけど、家族とラディはそうはいかない。

皆、心配そうにわたしに目を向けていた。


駄目だ、そんな顔をさせては。

わたしを一人、地球へやることに心を痛めているのは、彼らのはずだ。


それに、大変なことが待ち受けていて、それを処理していかなくちゃいけないのは、彼らなのに。

わたしはのほほんと、来るべきその日まで、地球で暮らしていけばいいだけなのに。


そのわたしが、心配かけるなんて。


最低だ、わたし。


一つ首を振って、わたしはにこりと笑顔を作った。


「イスラン兄さん、いつティリシアへ行くの?」


急に話を振られたイスラン兄さんは、少し慌てたように目を見開いた。


「お? お、おお。そうだな、今回の遠征で疲れた軍が、落ち着いたら、かな」


「そう。気をつけてね。それから、由利ちゃんによろしくね。頼むね、由利ちゃんのこと」


わたしが笑みを深めて言うと、イスラン兄さんは、顔を真っ赤にして手を振った。


「ななななな、何でユリシーダ王女限定なんだよ。オレは、ティリシア担当として……!!」


「あはは、うんうん、分かった。ただ、由利ちゃんに会うことがあったらね、よろしくって」


顔を真っ赤にしたまま、イスラン兄さんはうー、と一つ唸り、太い腕を組んでそっぽを向いてしまった。

あらら、拗ねてしまったかしら。からかいすぎたかな?


イスラン兄さんは、今時珍しいくらい純朴。でも、そんな兄さんが選んだひと。間違いないと思うよ。


想いが、届けばいいね。

ううん、届くよ、きっと。


「してレーリア、ポワンはあの姿のまま連れていくのかね?」


ふとパパさんがわたしに尋ねる。


ああ、そっか。

ポワン、地球ではわたしのペットだったから。

地球のお父さん、お母さんの記憶を操ればいいんだけど、でもなるべく地球の両親に魔法を掛けたくない。

それに、『彩花』に戻ったら、魔力は封印するつもりだから。


「ポワンは、地球に馴染むように犬の姿になってもらう。悪いけど……」


「そうか。まあそれがいいだろう。ポワンの力が失われても、使い魔がおることだしな」


うんうん、そうよ。

あの可愛いキューちゃんは、強力なんだから。


頼もしいポワンとキューちゃんがいれば、大丈夫。きっと、大丈夫……。


何でだろう。


目線が、段々テーブルに向かってしまう。

駄目。

上を向かなくちゃ。

みんなに、笑顔を向けなくちゃ。


わたしは、祝福の女神なんだから。


背後にいるラディから、視線を感じる。

わたしを、見守っていてくれている。

これから、レクサス捜索の指揮官という、大変な仕事が待っているあなたに、心配かけないように。


わたしは振り返ってにっこりと笑った。


「ラディ、本当に気をつけてね? 無茶しないで、レクサスを見つけたら、きっと応援を呼んでね?」


ラディは何かを言おうとしたんだろう、口を僅かに開けて、だがそのまま閉じて、微笑を浮かべただけだった。

何を、言おうとしたの?

訊ねようとしたわたしに、シェニム兄さんが立ち上がって、わたしに目を向けた。


澄んだマリーンブルーのその瞳に、迷いはない。

そう、いつだって、シェニム兄さんは迷わない。


間違えた判断を下してしまったとしても、最後は必ず成功に強引にでも持っていく。

それも作戦の一つだったと思わせる、シェニム兄さんの勝気な策略、わたしは好きよ。


「では、レーリア。送って行きます、行きましょうか」


……もう、行くの? 早いのね。


わたしはきゅっと唇をかみ締めて、だけどゆっくりと立ち上がった。

そして、こちらに目を向ける老中達に、頭を下げた。


「半年ほど、留守にします。後のこと、よろしく頼みます」


「おお、レーリア様!」


「そんなこと、なさらずとも!!」


「我らに、お任せあれ。きっと無事に、成人の儀を迎えられるよう、手筈を整えておきますゆえ」


口々に言う老中達に、もう一度頭を下げて、わたしはシェニム兄さんに向き直った。


「ごめんね、よろしくお願いします」


頷いたシェニム兄さんと共に、歩き出そうとした、その時。


わたしの腕が、ふいに取られた。

優しく、触れるように。


振り返ると、真剣な眼差しのラディが、真っ直ぐにわたしを見つめていた。

そしてラディは、わたしを見つめたまま、さほど大きくもない声で言った。


「シェニム、少しだけ時間をくれ。ほんの少しでいい。レーリアとの時間が欲しい」


「あああー!! てめ、また人の妹に勝手に触れやがって!」


「ラディ、離しなさいっ! レーリア、パパのところへ逃げておいでー!?」


イスラン兄さんとパパさんが喚いているけれど、シェニム兄さんはただ、ラディを見つめていた。

見据えた、と言った方がいい眼差しだったかもしれない。

その眇めた目を、ラディも正面から受け止める。


僅かな、沈黙。


それを破ったのは、シェニム兄さんだった。


「……いいでしょう。レーリア、先に裏庭へ行っています。準備が済み次第、おいでなさい」


「ありがとう、シェニム。レーリア、こっちへ」


そうラディはわたしの腕を取ったまま、ずんずんと歩き出した。

後ろでパパさんとイスラン兄さんが怒鳴り散らしているけれど、ラディは完全無視。

ちらりと見た横顔は、何だか怒ってるみたい。


だけど……。

ありがとう、シェニム兄さん。

わたしは密かに振り返り、去っていく後姿に感謝した。


だって、話したかった。

もっと、ラディとゆっくり、話をしたい。

わたしの記憶が戻ってから、二人きりになれた時間が、あまりにも少なくて。

それなのに、わたしはまた、地球へ戻ることになってしまった。

ラディのいない地球で、半年も過ごすことになるなんて。


ラディは、わたしを一つの部屋へ連れてきた。

あ……ここ、ラディの部屋だ。

久し振り、ここに入るの。


ベッドと小さな机と小さな本棚と。

それに、簡易な作りの椅子が一つある。


懐かしいな。

指先で、わたしとラディが描いた、机の端のいたずら書きを、そっとなぞった。


よくここで、こっそりお泊りさせてもらったりしたっけ。

夜中まで二人でおしゃべりして、気付いたら二人で寝てて。

翌朝、パパさんや兄さん達に見つかっては、怒られた。


お前達は、男の子と女の子なんだからって。


部屋をわたしが見渡している間に、ラディは扉を閉めて、わたしを背後からぎゅっと抱きしめた。


暖かい。


このぬくもりを、僅かの間でも手離すなんて。


嫌だ。

嫌だよ、ラディ。


でも、言えない。言葉にしてしまったら、ラディが悲しむもの。

だから……


「よく、頑張ったな、レーリア」


ラディはわたしをくるりと振り向かせ、そして今度は正面から抱きしめてくれた。


頑張った?

わたし、何もしてないよ……?


「みんなの前で、よく泣かないで頑張った。もういいよ。泣いてもいい」


ラディには、お見通しだった。


そう、わたし……わたしは……

ずっと、泣きたかったの。


泣きたかった。


「……っ、うっ、うっ…………」


耐えてきたものが、わたしの中から溢れ出す。


どうしよう、止められない。

止めたいのに。ラディが困るのに。


なのに、止まらない。


「レーリア、今までずっと地球で、よく頑張ったね。それから、アステリアに戻ってきても、記憶を無くしたままで、不安だったよな。記憶が戻っても、色々なことが次から次へ起って。落ち着く暇も無かったな」


「ふぅぇ……うぇ……」


耳元で囁くラディの声が、あまりにも穏やかで、優しくて。

わたしはまるで、子供のように、ラディの胸にしがみついて泣いてしまった。


ラディは、わたしの髪を撫で、ああきっと、唇を寄せてる。髪に、キスしながら囁き続けた。


「本当は、俺も一緒に地球へ行きたい。きみの意思で、未来を決めるその日まで、傍にいたかった。だけど……ごめんな、俺はアステリアで、レクサスを捜索し、捕らえる。これが、俺がきみを護れる方法だと思うから」


「……っひっく……う、うん……」


やっとの思いで頷くと、ラディは身体を僅かに離して、わたしを覗き込んだ。


間近にある、汚れない海の色の瞳。

しばらく、この瞳にも、あの烏の濡れ羽のような漆黒の瞳にも会えない。

目に、焼き付けておきたかった。


「レーリア、じきだよ、半年なんて。もう少しだ。地球で、ゆっくり考えて。きみはこの先、どうしたいのか。どこで生きていきたいのか。俺は、きみの思いを尊重するから」


「うん……うん……」


「きみが嫌だと言っても、俺は一生、きみについて行くから。覚悟しておいて?」


ラディ…………!


わたしは嬉しくて、また涙が溢れてきてしまう。

それからひとしきり、またわんわんと泣いてしまい、何だか段々恥ずかしくなってきてしまった。


中腰になって、ずっとわたしを見つめているラディに、


「やだ……あんまり、見ちゃ駄目……」


「どうして?」


「だって……グチャグチャで、ブサイクだもの」


恥ずかしさのあまり、顔を背けたわたしの頬に、大きな手を当てて。

ラディはゆっくりと顔を寄せた。


「可愛いよ、レーリア。本当に、可愛い……」


そして、塞がれた唇。

あなたとのキスは、どうしてこんなに甘いんだろう。

不思議ね。


永遠に、こうしていたい。

だけど、だけど…………


そっと唇を離したラディに、わたしは両手を伸ばして抱きついた。


首筋から香る、スパイシーシトラス。

その匂いを忘れないように。

ラディの感触を、忘れないように。


「ラディ、お願いよ、無茶はしないで」


「ああ、分かった」


「なるべく、他の人と一緒に行動してね?」


「うん、大丈夫だよ」


「甘いものばかり食べちゃ駄目よ? 野菜もちゃんと食べてね?」


まるで母親みたいにうるさいわたしに、ラディはくすりと笑って、わたしの頬に唇を落とした。


「うん。レーリアも、身体に気をつけて。地球で、男と二人きりにならないようにね」


今度はわたしがくすくすと笑う番。

そしてまた、唇が重なり合った。

まるで、じゃれ合うかのように。


そっと唇をわたしから離し………ああ、駄目。

泣かない。お願い、涙、出ないでいて。


「愛してるわ、ラディ」


流れてしまった、一雫。

ラディはぎゅっと力強く、わたしを両手に閉じ込めた。


「愛してる、レーリア。きみだけを、永遠に」


最後に交わした口付けは、今までで一番深く、熱く。


ラディとわたしの強い想いが、たくさん、たくさん込められていた。

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