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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
動き出す円舞曲(ワルツ)

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第7話 愛の言玉、そして始まりへの帰還

わたしの未来には、あなたが隣に。

それは、もうわたしの心には決めていたこと。

そしてあなたは、わたしの望みを叶えてくれている。


わたしはもう、揺るがない。


「フォーティニア国王様に、お礼を申し上げます。これでティリシアは、正しく政権を決する選挙を行使することが出来ます」


深く頭を下げたわたしに、ママさんは軽く頷いた。


「ご苦労様でした。アステリア国使者としての勤めは、もう終わりですね、レーリア?」


ママさんの口調が変わった。今は、母としてではなく、国王として私に対峙している。

そして、わたしもそれを望んでいる。今は。


「ええ。この書簡をアステリアに戻します。ポワン」


呼んだポワンは、すぐにわたしの隣に跪いた。

長い銀色の髪を垂れて。上げた彼女の目元は細く、清らかだ。

わたしを信頼してくれている、その真っ直ぐな眼差しを見ていると、心が暖かくなる。


「これを、皇帝陛下に届けて。少しでも早く、ティリシアを安定させなくてはならないから」


「はい。すぐに届けて参ります。ですが、レーリア様……」


ポワンは気遣わしげに、わたしとフォーティニア面々に目配せをした。

今、この状況でわたしから離れるのが心配なのだろう。

フォーティニア国王は、わたしの母とはいえ、わたしを狙ってる。


でも、わたしはポワンを安心させるかのように笑みを浮かべて、彼女の手を取った。

そして、その手に書簡を託した。


「大丈夫よ、ラディがいてくれるから。ポワン、これをお父様に渡したら、戻ってきてね?」


「はい。すぐに戻ります。ラディ」


ポワンがわたしの隣にいたラディに目をむけ、ラディがそれに応えて頷くと、ポワンは立ち上がり、フォーティニアの重鎮達に、優雅に一礼をした。


そして外へ軽やかに出ると、彼女の身体は人型から竜と化し、ふわりと宙へと舞った。

銀色の毛をなびかせて、発っていくその姿は美しく、もっとゆっくりと見ていたいけれど、今はそんな暇はない。


「さて、レーリア。今度はこちらの話を聞いてもらいます。もう何のことかは分かっていますね。フォーティニア次期国王を決める、大事な話です」


来た。


わたしは僅かに佇まいを直し、そっと深呼吸をした。

ラディが気遣わしげにわたしを見下ろしているのが分かる。


大丈夫よ。

大丈夫。


自分に言い聞かせるように、わたしは心の中で何度も呟いた。


「あなたの結婚相手を、フォーティニアの次期国王として据える。これはこの国の民意として決議しています。王族、それも王直系の子孫は、私の他に私の子であるあなた達しか存在しません。ゆえに、次代の王にあなたの結婚相手になってもらい、そしてあなた方の子をその次の代の王に据える。こうして、フォーティニア王族の血を守っていくのです」


「無論、あなたが王になってくださるのが一番良いのですよ、レーリア様。ですが、あなたは『祝福の女神』。あなたをフォーティニア王とするのは、アステリア国側の大変な反対にあいますので、そこは断念しました」


フォーティニア王の言葉を継いで、わたしにそう言った大臣。

わたしが黙って聞いていると、彼は振り返り合図を送った。


それに応えて前に進み出たのは、わたしをこの城まで案内してくれた、あのハシバミ色の髪の青年、シーガルだった。

軽く一礼をした彼の背に手を当て、大臣は続ける。


「失礼ながら、レーリア様のお相手が決まっていないことを想定し、こちらでお相手を厳選させて頂きました。このシーガルは、『虹の一族』の者の中で、一番魔力が強く、見目もレーリア様に相応しいと思われます」


「レーリア様のお相手には力不足かもしれませんが、あなたの代理としてこの国を力の限り治めて参りたいと思う所存です」


シーガルは、にこりと笑ってわたしの手を取った。

そしてわたしの手の甲に唇を落とす。

それをわたしは、冷ややかな眼差しで見ていた。


そのわたしの身体が、ぐいと後ろへ引かれた。はっとして見上げると、ラディが眼差し鋭くシーガルに対峙している。


「今の話には、レーリア様の意思が一つも入っていない。そちらの勝手な都合で、レーリア様の未来を決めてもらっては困るな」


ラディがわたしとシーガルの間に割り込み、それを面白そうに見ていたシーガルは、軽く肩を竦めた。


「きみは何者だ? たかが護衛が口を挟む問題でもないのだが」


「俺は……」


言いかけたラディを止めたのは、フォーティニア王である、わたしの母だった。


「彼は、ラナディート・エルハラードです。アステリア国の『蒼の一族』の一人で、あなた達も聞いたことがあるでしょう、『蒼の疾風』の隊長です。そして、私が育てた子供の一人でもある」


意外な言葉だった。

私が育てた……ママさんの口から、そんな言葉が聞けるなんて。

ラディも驚いたようで、僅かに眼を見開いていたけれど、ママさんはそんなラディをまっすぐに見つめた。


「私達の話が気に食わない? ラディ。ならば、さっき言ったように、あなたがレーリアと結ばれて、この国の王になればいい」


ママさんの口調から、それを一番に望んでいることが見て取れた。


大臣達は、もちろん『虹の一族』からわたしの相手を選びたいだろう。

よその国の血を入れるよりも、フォーティニアから選出したほうがいいに決まってる。


だけど、ママさんは自分の子供のように育てたラディが選ばれるのなら。

わたしが選んだ人ならば、それが一番いいと思っているらしかった。


「陛下、失礼ながら、彼はフォーティニアのことを何も知りません。王になるのに相応しいとは思えません」


ラディのことを、全く知らなかったらしい、シーガルは。

少し焦った感じで割り込んできた。


ううん、シーガルだけじゃない。大臣達も、ママさんがラディを推しているのを感じて、ざわめき始めた。


ママさん、きっと王を辞めたいと、言い出したばかりなんだろうな。

そして、王位をわたしの相手に譲るというのも、きっと決まったばかりなんだろう。

そんな話が出て、わたしのことを調べる間もなく、わたしが突然フォーティニアに来てしまった。


まさに、混乱状態になってしまっている。


「フォーティニアを何も知らない彼が、フォーティニアを治めることなど、出来るはずもありません!」


声を荒げたシーガルに、ラディは腕を組んで目を眇めて見据えた。

そして対照的に、低く静かに唇を開く。


「俺は、フォーティニア王の地位など興味はない。だが、そちらがそう言うならあえて言わせてもらおう。俺は、フォーティニアを知らない。だが、レーリアの夫にと望むあなたは、レーリアをどれだけ知っている?」


ぐっと詰まったシーガルに、ラディは見下すでもなく、だけど強い眼差しで続けた。


「繰り返すが、俺は王という地位に興味はない。だが、レーリアを想う気持ちは、誰にも負けないつもりだ。だから、ただ王になりたいが為にレーリアを欲するあなたに、彼女を譲ることは出来ない」


ラディ……!!


いつも、優しく穏やかにわたしを見つめてくれていたあなたの言葉が、わたしの心に染みていく。


「レーリアの心の葛藤も、苦しみも、一つも理解していないあなたに、レーリアを護ることなど出来ない。俺は、俺の全てを彼女に捧げた。今までも、これからも。レーリアが望まないことを押し付けられようとしているのを、黙って見過ごすことなど出来ない。もし、力ずくでレーリアを奪おうとするならば、レーリアの望む未来に立ち塞がるのなら。俺は全てを捨てても彼女を護る」


こんなに、熱く激しい想いを抱いてくれていたなんて。

わたしは、嬉しくて、シーガルを見据えるラディの腕に抱きついた。


ざわめく大臣達。そんなこと、全く気にならなかった。

ただ、わたしのことをこれだけ大事にしてくれる、ラディの気持ちが嬉しかったから。


「ラディ、ラディ……」


気持ちが高ぶってしまったのかな。

ただ、名前を呼ぶことしか出来なかったわたしの髪をそっと撫でたラディは、わたしにふわりと微笑を向けてくれた。


「大丈夫だよ、レーリア。心配しないで」


「っ!! 離れろ、陛下の御前だぞ! それにな、レーリア様の未来は、母親である陛下が決める! そう決議されているんだ!」


シーガルのその言葉に、わたしは頭に血が上ってしまった。


わたしの未来を、ママさんが決める?

決議された?


何それ!!


どうしてわたしの知らないところで、わたしのことが勝手に決められているの! あり得ない!


わたしはかっとなって、ママさんを睨みつけてしまった。


「わたしの未来は、『成人の儀』でわたし自身で決めることが出来るはずよ! どうしてそんな勝手なことをするの!」


「だって、そうでもしないと私はアステリア国に戻れないんだもの」


しれっとしたママさんの言葉に、わたしは愕然としてしまった。


どうして、何で。

どうすれば、ここまで自分勝手な行動に出れるのか、理解出来ない。


わたしと同様に、言葉を失ってしまったラディを見上げ、勝ち誇ったようなシーガルを見つめて……。



分かった。


ママさん、ずっとずっと、我慢し続けてきたのね。

そして、限界に達してしまった。

ママさんから零れ落ちた感情の欠片が、どこかへ消えてなくなってしまった。


理解なんて、出来ない。

だけど、フォーティニア王に無理矢理奉られてしまったママさんは、間違いなく被害者だったんだ。


「……ママさん、ずっと、傍にパパさんがいたの、気付かなかった?」


わたしは何だか泣けてきてしまって。

泣くつもりなんて無かったのに、ぽたぽたと涙がこぼれるのが止まらない。


「レーリア……」


「レーリアちゃん? だって、ハルちゃんと私は……」


戸惑ったような、ラディとママさん。

そのママさんに、わたしは胸から小さな玉を取り出した。

それを、ママさんに差し出した。


「これは?」


きょとんとしたママさんに、わたしはぐいと涙を拭って、彼女の手にその玉を握らせた。

蒼い、綺麗なスーパーボールのような玉。

これに、きっと答えがある。


「パパさんから。預かってきたの」


「ハルちゃんから!? そんな、だって。一度だって、『言玉』なんてくれなかったのに……」


きっと、恥ずかしかったんだよ。

パパさん、ああ見えて照れ屋さんなんだね。


ママさんは、恐る恐る、光る玉を翳した。

すると、その『言玉』が、ピコーン、ピコーンとフラッシュしだした。



『セリカ、こうして私の声を伝えるのは、どれくらい振りになるだろう。魂だけで会いに行けるようになっても、きっとお前に寂しい想いをさせているのは変わらないだろう。だが、私は常にお前と共にあるつもりでいる。いつか、必ず、お前が私の元へと戻ってきてくれる日を信じて。きっとその方法があるはずだ。一人で抱え込むな。一緒に、考えていこう。愛してる。この先も、お前だけだ』



凄い。

娘に託した言葉が、これほどだとは。


ママさんは、蒼い玉を抱きしめて、泣き崩れた。

それを、大臣達が支えている。


わたしは、シーガルに目線を向けた。


「シーガル様。それに、皆さん。わたしはこの国の王になるつもりはありません。結婚し、その夫を王に据えるつもりも。シーガル様は、わたしを妻に娶り、王の地位を手に入れ、さらに『祝福の女神』の力を望んでいるのでしょうが、わたしの意志は、あなたを望みません」


「レーリア様!?」


「ママさん、わたしにはわたしの人生がある。だからあなたの望みどおりには出来ない。だけど」


わたしは、そっとママさんの手を包み込んだ。


お願い。

わたしの気持ち、伝わって……。


「ママさんの望むことを叶えるお手伝いは、出来るかもしれない。ティリシアの今後を、見ていて。国民選挙で選ばれた、領主が治めるティリシアを。その先に、答えが見出せると思うの」


「ティリシアの……」


呆然としたようなママさんに微笑みかけると、大臣達は目を見開いた。


「待ちなされ、フォーティニアをアステリアの属領にするおつもりか!?」


「まさか、伝統あるフォーティニアを! そんなことは許されませんぞ!!」


反対に合うことは、分かってる。


だけど、きっと。

ママさんが行動に出たら、きっと望み通りになるよ。

バイタリティ溢れる人だもの。


「レーリア様、陛下に何てことを吹き込むのです! 許されることじゃありませんよ」


ぎりっと歯軋りをしたシーガルが、わたしを熱線でも出そうなきつい眼差しで睨みつけてきた。

ぱっとわたしを庇ったラディの背中越しに、わたしは思わず笑い出してしまった。


「あなたに言われたくないわね。フォーティニアだけでなく、アステリア全土をわたしの力を利用して手に入れようとした人に」


わたしの言葉に、その場にいた全員がシーガルに注目した。

当の本人は、顔を赤黒くして、口をパクパクしている。


わたしは笑みを収め、シーガルを真っ直ぐに見据えた。


「わたしに触れた瞬間、あなたの野望は全部わたしに筒抜けだったのよ。あなた、レクサスと通じたわね」


「レクサス!?」


ラディは目を見開いて、わたしを見下ろした。

大臣達も、ざわめいて、震えるシーガルに詰め寄っている。


わたしはラディに軽く頷いて、シーガルから伝わったことを言った。


シーガルは、レクサスに囁かれた。


あなたは、フォーティニア王たるだけではなく、アステリア皇帝になるのに相応しい器量と度量を備えている。

『祝福の女神』を手に入れ、その力を存分に発揮するべきだと。


甘い囁き。


シーガルは、由利ちゃんと同じ。

レクサスの、駒にされた。


ただ一つ、シーガルはわたしの力を甘く見ていた。

心を読まれることを、知らなかった。

わたしだって、読みたくなんてない。だけど、黒い感情渦巻く彼に、ただ、騙されるつもりもない。


シーガルの野望を知った大臣達は、彼を取り押さえた。

まだ、未然だったからそんなに深い罪にはならないかもしれない。

だけど、それはわたし達が関知することじゃない。


蒼い光だけを放つ玉を抱きしめたママさんに、わたしはただ一言、


「また、会いに来るから」


そう告げると、ママさんは何度も頷いて涙を拭った。


「見てるわ、レーリアちゃん。ティリシアの今後を。そうしたら、きっと……」


うん。きっと。



わたしとラディは、港を一望出来る丘の上にいた。

二人で芝生の上に座り込んで、ぼーっと行き来する船を見つめてた。


「ねえ、ラディ」


大きな観光船を見つめながら声を掛けると、ラディは軽く首を傾げたようだった。


「あのね、あの……ありがとう」


「何が?」


うー、少し恥ずかしいな。

だけど、言わなきゃ。


わたしは熱くなる頬を叱咤して、ラディを見上げた。

ビターチョコレート色の髪が、風に靡いてる。

澄み渡った海の色の瞳は、穏やかにわたしを見下ろしていて。


相変わらず、他人に興味のないラディ。

そんなあなたが、言ってくれた言葉。


「シーガルに、言ってくれたでしょ。その、あの、色々」


レーリアの望む未来に、立ち塞がるのなら。俺は全てを捨てて、彼女を護る。


その言葉に、わたしは胸が熱くなって、何だか泣きたくなるほど嬉しくて。

だから、お礼を言わなきゃって思ってた。

ラディは不思議そうにわたしを見つめ、そしてくすりと笑った。


「いつも、思ってることを口にしただけだよ。レーリアは、自分の思う道に進んでいけばいい。そのために、俺がいるんだから」


「うん……」


頷いたわたしを、ラディは軽く引き寄せた。

ふと捉えられた顎。

目の前には、綺麗な瞳がわたしを映してる。


「まずは、どうしたい?」


段々近づいてくる。


綺麗な瞳も、形のいい唇も……。

頭がぼやけてくるよ。


「地球に、帰りたい……」


いいのかな。

まだ、全部中途半端だけど。

ティリシアのことも、フォーティニアのことも。

レクサスのことも、気になるけど。


でも、一度地球に帰りたい。


ラディは目を細めて微笑んで、わたしの瞼に唇を落とした。


「レーリアから彩花に呼び名を変えないとな」


ちゅ、ちゅっと音を立てて、わたしの顔中にキスをしてくれる。

くすぐったいのと気持ちいいのと、半々。


「ラディから吉田くんに、わたしも変えないとね」


「そうだな……」


くすりと笑って、ラディはわたしの唇を塞いだ。


まるで羽毛のように、ふわりとわたしに触れるあなたの感触。

優しいその口付けは、まるであなたの心みたい。


わたしを包み込んでくれる、あなたの。


やがて離れたわたし達の上に広がる青空に、銀色の影が見えてきた。

ポワンだ。戻ってきてくれた。


アステリアで、色々なことがあったけど。

だけど、わたしはわたしらしく出来たかな。


わたしの誕生日、成人の儀まで、あともう少し。

それまで、地球でゆっくりと考えたい。


わたしは立ち上がり、両手を大きく振った。


「ポワーン!! こっち、ここよ!!」


大きな声を上げると、銀色の影が、段々こちらに近づいてくる。


一緒に、帰ろう。

わたしの横に立ったラディと、ポワンと。


ずっと一緒にいよう。一緒にいてね。


始まりが、終わった気がした。 

「愛してる。この先も、お前だけだ」


蒼き言玉に託された皇帝の真実。それは、二十年の孤独に耐え忍んだ女王の心を溶かし、離れ離れだった家族の絆を再び繋ぎ止める福音となった。


私利私欲にまみれた虹の野望を挫き、自らの意志で「自分らしくあること」を選び取ったレーリア。

その隣に立つ騎士の誓いは、かつての幼き約束を超え、揺るぎない愛の盾となって彼女を包み込む。


だが、感動の幕引きは、残酷な旋律の始まりでもあった。


承認されたティリシアの属領化。


暗躍を止めぬ影、レクサスの囁き。


そして、運命の「成人の儀」を前に、彼女が選んだのは――懐かしき安らぎの地、地球への一時的な帰還。


「動き出す円舞曲ワルツ」編、完結。

次回、新章「失意の独奏曲カデンツァ」開幕。


独り、異界の空の下へ。

鳴り響くのは、愛する者たちと切り離された、孤独で悲痛な独奏曲ソロ


その旋律が導くのは、救済か、それとも破滅か。

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