第5話 再会の譜面、城へ響く足音
フォーティニア。
海に囲まれた、島国。
豊かな自然と、豊かな自然と、娯楽施設が充実したアステリア随一の商業国家になっている。
王族は、見る角度により色を変える不思議な瞳を持つ、『虹の一族』。
その一族が持つ商才が、フォーティニアの経済を支えていた。
そして現在の国王は、アステリア皇妃であり、アステリア軍司令官、参謀、『祝福の女神』の実母。
わたしの目の前で、わんわんと泣き崩れている、金髪のこの女性……らしい。
「あのね、レーリアちゃんが生まれる前から、フォーティニアの私の次の王は私の子供だと決まってたのよ。だけど、私の旦那様はほら、アステリアの皇帝陛下でしょ? その子供っていったら、皇子じゃない。最初に生まれたイスランは、まず次期皇帝候補なわけだし、軍の司令官になっちゃうし。次に生まれたシェニムはしれっと参謀になっちゃうし。そんでもって、次に生まれたのは、それはもう可愛らしい女の子でしょ? もう私ね、嬉しくて嬉しくて。やっぱり、母親としたら男の子もそりゃあ可愛いけど、でも女の子欲しいのよぉ? 着飾ってあげたいし、一緒にお買い物とかして楽しみたいじゃない?」
「皇妃陛下、話が脱線しそうになっています」
静かにラディが釘を刺した。
やっと家に入れてもらった、わたしとラディとポワンは、居間のソファへと案内された。
この家には、ママさんとお手伝いの女性数名しかいないみたい。
わたしの前に、コーヒーを差し出してくれた女性は、わたしを感慨深げに見つめている。
「ありがとうございます。……あの……?」
視線が気になって、わたしが首を傾げると、女性は慌てて頭を下げた。
「申し訳ございません! 『祝福の女神』様は、セリカ様によく似ておいでだなと思いまして……」
セリカ様?
ああ、ママさんのことか。
そう言えば、前にお父様が、わたしを抱きしめて、
「セリカに良く似てきた」
と言ってたっけ。
そのセリカことママさんは、ハンカチを握り締めて話し続けていた。
「それでね、生まれたレーリアちゃんを、未来のフォーティニア国王にって思ったのよ。だけど、レーリアちゃんは、『祝福の女神』でしょ? アステリア国の老中達が、そんなことは許しませんって。そう言うのよ? それに、勝手にハルちゃんは、レーリアちゃんの地球行きを決めちゃうし。ずるいじゃない、私に相談もなしに。そっちがそうするんだったら、私にも考えがあるわよ。レーリアちゃんの旦那様に、フォーティニアを任せようと、そう決めたのよ!!」
知らない、わたし、納得なんて出来ない!
わたしは、家へ上げてもらってから、すぐに記憶の封印を解いた。
流れてくる、ママさんの記憶。
あの頃から、弾丸トークは変わらないけど、うん。本当のわたしの母の記憶は繋がった。
ママさんは、フォーティニア国王の直系だから、彼女の祖父が亡くなった時に、
跡を継ぐのは仕方ないとしても。
その次の代にわたしの旦那様に……なんて。
「あのね、ママさん。わたしはまだ……」
記憶戻ったばかりだし、結婚なんて考えていないし。
ていうか、今それどころじゃないのよ。
そう言おうと思ったのに。
ママさんはハンカチを握り締めて、ラディに身を乗り出した。
「ねえ、ラディ。あなた、フォーティニアの国王にならない? いいところでしょ、フォーティニア。財政も潤ってるし、とても過ごしやすいのよ?」
「え、いや、皇妃陛下、俺は……」
「だってラディ、あなたレーリアちゃんを追っかけて、地球に行っちゃうくらい、レーリアちゃんのこと好きなんでしょ? だったら結婚して、私の跡を継いで、その次は、あなた達の子供に王になってもらって。何も問題ないじゃない!」
「問題あります、皇妃陛下。俺の望みは、レーリアの傍で、彼女を護るということなんです。俺がここの国王になってしまったら、レーリアをこの手で護ることが出来なくなる」
ラディ……!
わたしは、真剣な眼差しでママさんに言い切ったラディを、感動して見つめてしまった。
だって、嬉しい。
いつも、ラディが言ってくれているけど。
きみは、俺が護る……。その、言葉。
これほど、感動した瞬間はなかったかもしれない。
だけど、ママさんも簡単には引き下がらない。
「でもね、レーリアちゃんの旦那様が、フォーティニア王になるということは、もうすでに決まっているの。あなたがなってくれないのなら、うちのジジー共が用意した男の人と、レーリアちゃんが結婚させられてしまうのよ!」
ラディは僅かに目を見開き、わたしとママさんを交互に見つめてる。
わたしは、かーっと頭に血が上ってしまって。
だって、どうして!?
何でそんな大事なことを、わたし抜きで簡単に決めてしまうの?
わたしの未来は、わたしが決めたい。
ううん、決めていいはずよ。
そのための、成人の儀じゃないの!
「ママさん、聞いて。わたしはまだ、結婚するつもりなんてないし、やりたいこともたくさんあるの!」
「レーリアちゃん、私はね、アステリア国へ戻りたいのよ……」
ぽたりと、ママさんの頬に涙が伝った。
え?
アステリアに、戻りたい?
「20年前、フォーティニアの国王にされてから、ハルちゃんとたまにしか会えない。寂しくて、悲しくて……会いたいの。ハルちゃんの傍にいたいの……」
「ママさん……」
ポタポタと涙を流すママさんに、わたしとラディは困ったように顔を見合わせてしまった。
どういうことなの?
「ハルちゃん、アステリアにとって大切な身体だから。簡単に国を離れるわけにはいかない。寂しくて泣いてばかりの私のために、『魔女の館』の力を借りて、毎日10分だけ、魂だけになって会いに来てくれるけど。でも、ハルちゃんのぬくもりを感じられない。もっと、触れたい。傍に、いたい……」
パパさん、『魔女の館』で魔女の力を借りたのは、ママさんのためだったんだ。
皇帝と、王。
そう簡単に会えなくなってしまった妻のために、一番大切なものを失ってまでも、魔女に力を借りて。
毎日魂だけになって、会いに来てただなんて。
凄い愛情。
……一番大切なものっていうのが、性欲だというのは微妙だけど……。
「レーリアちゃん、あなたの立場だったら、フォーティニアで旦那様と過ごすことも出来るでしょう? 私には出来ないことが、あなただったら可能なのよ。だから、レーリアちゃん……」
待って。
違うよ、ママさん。
それは違う。
「気持ちは、よく分かった。だけど、ママさん。わたしには………」
わたしが言いかけた、その時。
お手伝いの女性の一人が、血相を変えて居間に飛び込んできた。
「セリカ様、大変です!! 大臣が、軍を引き連れて別荘を端から捜索しています!」
「何ですって!? どうしてここがバレたの!?」
真っ赤になった目を大きく見開き、ママさんは立ち上がって窓へと駆け寄った。
わたし達も、ママさんの隣で窓の外を覗くと。
あああ、本当だ! 20人ほどの軍人を連れた、立派な衣装を着た壮年の男性が、別荘を一軒一軒回ってる。
ここに来るのも、時間の問題だ。
「どうする、レーリア。俺が外で、時間を稼ぐか?」
ラディはそう言ってくれたけど、でも……
「ううん、逃げても仕方ないと思う。ママさん、わたしは自分の未来は、自分で決めたい」
「レーリアちゃん……でも、そうしたらフォーティニアは……」
うん。
フォーティニアを、このままにするわけにはいかない。
アステリア国に帰りたいと泣いたママさんのためにも。
ずっと、20年も離れ離れになってしまった両親のために、わたしが出来る事。
一つずつ、やっていかなくてはいけないことを、片付けていこう。
「ポワン、あの人たちをここへ呼んで来て」
「よろしいのですか? もしなんでしたら、アタシとラディであの人たちを追い払いましてよ?」
そう頼もしいことを言ってくれたポワンに、わたしはにこりと笑って首を振った。
「ううん、大丈夫。手荒なことはしなくても、大丈夫よ」
心配そうな顔で、それでもポワンは別荘を出て行った。
「レーリアちゃん、どうするつもり?」
不安げに、ママさんがわたしを見詰めている。
わたしはラディから、あの書簡を受け取った。
アステリア皇帝陛下の書簡。
そこには、アステリア王代理としてのイスラン兄さんのサイン、そしてミネリア王のサインが入ってる。
「陛下、陛下ー!? どこにおわす!!」
男の人の声が鳴り響いた。
やがてすぐに、大勢の人たちが、この居間に雪崩れ込んできた。
先陣を切って入ってきたのは、壮年の男性。
彼は、ママさんの姿を認めると、明らかにほっとしたような顔になった。
「お、おお、ここにおられたのか。黙って城を抜け出すだなど……どれほど我らが心配したとお思いか!」
「…………」
ママさんは、あの弾丸トークがウソのように、ぴたりと黙りこくってしまった。
大臣は、そんなママさんから、ふとわたしに視線を向けた。
ママさんそっくりだと言われているわたし。
きっとわたしが、レーリアだとすぐに分かったのだろう。
「こ、これは…………!! 祝福の女神、レーリア様! どうしてこちらに!!」
「初めまして。今日は、皇帝陛下の使者として参りました」
短く、そう告げると、ママさんは僅かに目を見開き、息を呑んでわたしを見つめている。
大丈夫だよ、ママさん。
皆が、幸せになれる方法、見つけた。
それが一番なのかは分からないけど。
でも、きっと大丈夫。
そしてその前に、ママさんのサインを貰わなくちゃ。
「さあ、城へ案内してください」
にこりと笑ったわたしに、皆が戸惑ったような眼差しを向けている。
そして見上げれば、わたしの隣にはラディ、あなたがいる。
それが、わたしの力になるから。
だから、ずっとわたしを見守っていて。
決意を固めたレーリアは、凛とした表情だった。
そうだ。
この強い意思を持った眼差し。
これが、レーリアだ。
俺たちと同じ、蒼の一族で唯一、澄み切った空の色の瞳を持つレーリア。
その瞳の先には、フォーティニア大臣と、彼女の母親の姿がある。
「城へ、案内してください」
そう微笑んで言ったレーリアの言葉に、大臣と軍人達はざわめいた。
まさか、祝福の女神自らがフォーティニアへ乗り込んでくるとは思っても見なかったのだろう。
これが狙いか、シェニム。
アステリア軍を出してしまえば、フォーティニアの警戒心を強めるだけ。
レーリアは、祝福の女神である以前に、フォーティニア国王の娘。
無闇に手出しなど出来ない。
奇策を弄したシェニムの奏が立ち、フォーティニアの大臣たちは体勢を整えぬまま、アステリアからの使者を受け入れざるを得ない。
「そ……それではこちらへ……」
言いかけた大臣の前に、一つの影が進み出た。
すらりと背の高い、俺と年齢はさほど変わらない男。
ハシバミ色の髪は長く、後ろで緩やかに結ってある。
そしてにこりと笑った瞳の色は、見る角度によって異なる虹彩を放っていて。
彼は数歩レーリアに近づいた。
さっと俺は彼女の前に立ち塞がった。
ハシバミ色の髪の男は、俺を見て、僅かに目を細めた。
着ている服は豪奢だが、明らかに軍人とは違う。
だが、纏っている雰囲気は柔らかいが、貴族らしかぬ鋭いものを秘めていた。
彼はじっと俺を見据えていた。
俺は右手を左の腰に当てる。
大丈夫だ。
剣を、履いている。
俺の後ろで、俺の気配を察知したポワンが、自らの剣を鳴らした音が聞こえた。
ハシバミ色の髪の男は、ポワンに目を向けた。
そして、彼女がなめし皮の鎧を身に纏い、そして剣を装備していることに気付いたのだろう、
俺たちをもう一度見比べて、そしてレーリアを見下ろした。
その時には、彼の眼差しは穏やかなものに変わっている。
「レーリア様、ようこそフォーティニアへ。どうぞ、私がご案内致しましょう」
差し出された手を、じっと見つめたレーリアは、一瞬俺を見上げた。
その空色の瞳は、俺に対する信頼が込められていて。
胸が、熱くなる。
約束を守る。
これからも、ずっと護り続ける。
レーリア、きみがどんな選択肢を選ぼうとも。
俺はきみと共にある。
だから、きみの思うままに。
再び向けられた、ハシバミ色の男の目線。
挑戦的なその眼差しを受け、俺は改めて胸中の想いを強めた。




