第4話 虹の瞳のママさんと、封印された記憶の真相
『第三弾の『言玉』よー!! お母様的にも、こんなに連発『言玉』は初めてよっ、これって魔力使うから、一度にあんまりたくさん送ると疲れちゃうんだけど、でもけど、そんなの関係ナッシングよっ! だってもうお母様、いつもよりもちょこっとだけテンション上がっちゃって、あらやだどうしよー! 何だか興奮してきたわっ!! 早くこっちに来てちょうだい! ポワン、真下の森に降りてね! 目立つから。そんでもって、南の海岸線を歩くと、白い壁の家が立ち並んでて、三角の赤い屋根の家があるのねー? そこの玄関に、黄色いハンカチぶら下げておいてあるから、そこが……』
ぶちっと、三度、『言玉』が切れた。
弾丸トークが流れている間、まるでウルトラマンの胸のタイマーのように、ピコーン、ピコーンと光っていた球体は、キラキラしてはいるものの、何事もなかったかのように、静かなものだった。
わたしは玉からラディに目線を移し、やっとの思いで言葉を紡いだ。
「何だか……会うのが怖いけど、場所は一応教えてくれた……のかなあ」
「そうだね……ポワン、森に降りろ、だそうだ」
『え、ええ……じゃあ、降りますわね、レーリア様、しっかりお掴まりくださいませ』
皆が皆、戸惑いを隠せない。
わたしのアステリアの家族って、それぞれみんな、何ていうか、こう……
ええと。
個性的? そうそう、個性的だけど。
でも極めたっ! って感じ。これがわたしのお母様?
地球でのお母さんは、仕事バリバリのどちらかというとクールな人だったから、何となくそんなイメージがあったんだけどな。
ていうか、こんなに激しい人だったら、記憶に残っているはずなのに。
「相変わらずだなあ……いや、さらにパワーが増したかな……」
森にポワンが降り立ち、ラディが先に軽々とその背から飛び降りると、独り言を呟きながらわたしに手を伸ばしてくれた。
わたしが身体を寄せると、わたしを支えて下ろしてくれる。
わたしが降りたのを確認すると、ポワンはシュン、と空気の抜けたような音を発しながら、人形に戻った。
銀色の長い髪に、なめし皮で出来たような簡易な鎧を身にまとっている。
「皇妃陛下が仰った場所は、こちらです。参りましょうか」
あああ! ポワンがすごく大人しく感じる!!
わたしは先頭を歩くポワンに続いて、ラディと並んで森の中を歩いた。
薄日が差した森を抜けると、眩しいばかりの日が差し込んだ。
目の前には、美しい海岸線。
真っ白な砂浜に、澄んだ海の色のコントラストが美しい。
しばらくわたし達は、その海を眺めていた。
「ねえ、ラディ。あの海の色、あなたの瞳の色みたい」
わたしが穏やかな波を見つめながら、ラディに言うと。
彼は嬉しそうに微笑んで、わたしの手を握り締めた。
「本当? レーリア、きみの瞳は……あの空みたいだよ」
そら?
ああ、雲ひとつ無いいい天気。
あんなに綺麗な色をしている? わたしの瞳。
鏡を見ていないから、わたしの今の瞳の色って分からないけど。
『蒼の一族』は、濃い目の蒼だけど、わたしは水色。
子供の頃、みんなと違う色合いが、少しだけ悲しかったこともあったけど、でも今は。
あの澄み切った空と同じ色だと言われれば、素直に嬉しいと思える。
「ありがとう、ラディ」
緩やかな風が、わたしの髪を揺らす。
それを抑えながら微笑みかけると、ラディは一瞬眩しそうに目を細めた。
そして、わたしに握った手に、僅かに力を込めて。
「行こうか、母上がお待ちだ」
うん、行こう。
わたしの記憶に、なぜか消えてしまったお母様。
だけど、間違いなくわたしの母。
会えば、何か思い出すかも。
それに、わたしにはやるべきことがある。
お父様から預かった書簡に、フォーティニア王の承認を得て、ティリシアをアステリアの領地にして。
由利ちゃんに領主になってもらう準備をしなくちゃ。
わたしの中では、ティリシアの領主は由利ちゃんしかいない。
いや、それはティリシアの人達の大半がそう思っているはず。
そう、信じてる。
わたし達は、海岸線に沿って歩き始めた。
この小さな島は、別荘地なようで、たくさんの可愛らしい綺麗な家が立ち並んでいる。
確かに、白亜の家もとても多かったけれど、赤い屋根というのは少なかった。
「確か、黄色いハンカチと仰ってましたわね……あ、あれではありませんか? レーリア様」
ポワンの指差した家の玄関に、確かに黄色い布がはためいているけど………
ハンカチじゃないよね、あれ。
すごく大きくて……風呂敷みたい。
巨大な布が、バッサバッサと風に揺れてはためいている。
その音が、少し離れた場所に立ったわたし達にまで聞こえてきて。さぞ近所迷惑なことだろう。
「…………」
わたし達は、一瞬押し黙ってしまったけれど、ラディが場を取り成すかのようにわたしの手を引いた。
「きっと、レーリアが気付かないといけないから、あんな印をつけたんだよ」
「でも、ハンカチって確かに……」
「レーリア様、あまり気になさらない方がいいですわ。皇妃陛下は、大らかな方ですのよ。それは昔から変わりません」
大らか、ね。
わたしは肩を竦め、ラディに引かれるまま、その家に向かった。
玄関先で見るその黄色い布は、本当に大きくて。
うかつに風下に立ってしまったわたしの顔を、ばしっ! と強打した。
「ひゃぁ!!」
思わず悲鳴を上げると、ラディは慌ててその布を一まとめにしてくれた。
もう、もう!!
痛む頬を撫でていると、玄関が盛大に開き、そして中から金髪の女性が飛び出してきた。
金髪だ、と思った瞬間、わたしの身体がぎゅーっと抱きしめられる。
「レーリアちゃん、レーリアちゃんね!? まあ、何て久しぶりなの!? 生で見るのは本当に久しぶり! ああ、こんなに大きくなっちゃって。その過程を間近で見られなかったのは残念で仕方ないけど、過ぎ去ったことをいつまでもクヨクヨ悔やんでも仕方ないわね!! それにしてもまあ、私によく似てきたわねっ!! 絶世の美女って言われない? 言われない、……あらそう。あらあら、私ったら自分の顔を美女だと思って言ったわけじゃないのよ? そんなに悪くはないかなーなんて思うけど、でも、割とありがちな顔だと言われたらそれまでだしねっ、でも女は顔じゃなくてハートよね!!」
耳元で、畳み掛けられたわたしは、ぽかーんと棒のように立ち尽くしたまま。
わたしをギューギュー抱きしめてくれるから、苦しくて仕方ないけど、ビックリしすぎて言葉にならない。
「あら? あらあらあら、ラディじゃないの!! あなたも生で見るのは久しぶりだわあー!! 本当にあらあら、いい男に育っちゃって! 女の子達が放っておかないんじゃなのー? このこのぉー。憎いねえー! で、どうなのラディ。レーリアをゲットしたの? 記憶のないレーリアを、ストーカーのごとく追いかけて行ったんでしょ?」
「え、あの、ご無沙汰してます、皇妃陛下。俺が地球に行ったのは、ストーカーじゃなく、レーリアとの約束を守るためで……」
「まあー!! ポワン! 小さい頃のあなたもキュートだったけど、凄いわねえ、スタイル抜群じゃないの! あなたは竜になっても美しかったけれど、その姿最高よ? 何てまあアステリア国の使い魔ってこうも美形揃いなのかしらねえ! シェニムの使い魔知ってるわよね? 彼もまたいい男で、私の好みでねー? ねえポワン、彼どう? 何ならお見合い、セッティングしちゃうぞ?」
ポワンもラディも、この止まることを知らないトークに圧倒されている。
そうよね……なんか、無敵って感じ。
こちらが口を挟む暇を与えないっていうか。
疲れないのかな……。
「あの、お母様……」
言い掛けたわたしを止め、お母様は身体を離してくれた。
ふー、苦しかった。
改めて、お母様の姿をまじまじと見つめる。
輝く金髪に、大きな瞳は、キラキラと光って……ううん、例えじゃない。
本当に、見る角度によって、色が異なる珍しい瞳。
そうだ。
思い出した。
フォーティニアの王族は、その稀有な瞳の色になぞらえて、『虹の一族』と呼ばれているんだった。
お母様は、その一族なんだから、この瞳も当たり前。
でも、不思議な色合い。とても、綺麗。
ぽけーっとしそうになったわたしは、ふと我に返って首を振ると、わたしを感極まったかのように見つめていたお母様は、盛大に首を大きく振った。
結わいていない金髪が、豪快に揺れる。
「いやーん!! あなたにお母様って言われるの、20年ぶりねえ!! 感動的だけど、でもけど、ほら、ああ言って欲しいのよー!」
ああって?
わたしが小首を傾げると、お母様は胸に手を当てて、身を揺らした。
うーん、わたしの母ということは、少なくとも40歳半ばは過ぎているかと思うんだけど。
見た目も若々しいし、仕草がわたしなんかよりも可愛らしいのは、どういうこと?
「ほらあ、ハルちゃんに言ってたみたいにぃ!!」
ハルちゃん?
誰、それ。
眉を寄せたわたしに、ラディがこっそりと耳打ちをしてくれた。
「きみの父上のことだ。『ハルバーシュタット・カーロス・ロベール・エルハラード・アステリア』だから、ハルちゃん」
何それ!!
何だか気が遠くなりそうなわたしに、お母様はさらに身をくねらせて、わたしの額を人差し指で突いた。
「ハルちゃんのこと、パパさんって呼んでたでしょ? もーあれ、マジ可愛いー! 私にも、ママさんて呼んで!! ハルちゃんとお揃いの方が、両親って感じじゃないー! ね、ね?」
両親、ですか。
可愛いですか?
どう対応していいのか分からないわたしに、更にお母様……ではなく、ママさんが畳み掛ける。
「で、レーリアちゃん、ラディとどこまで進んだの? 結婚の約束は? あなた、地球へ旅立つことになった前に、私と契約したじゃないの。覚えてる? 覚えてるわよね?」
契約ー!?
わたしは慌ててラディを見上げると、ラディも知らないようで、肩を竦めて首を振る。
わたしがきょとんとしているのを見て、ママさんは目を見開いた。
「うそ、本当に!? だって契約したじゃない! あなたがアステリアに戻ってきたら、あなたの旦那様をフォーティニアの次期国王にするから、必ずお相手を見つけなさいって。その時点での最有力候補だったのは、ラディだから、ラディと結婚しときなさいよって。そしたら、あなたったら『そんな馬鹿なことを仰るなら、お母様の記憶を全て抹消しますから』なんて可愛くないことを言って……えっ、本当に、私の記憶、無いの? 冗談よね? うそでしょ、レーリアちゃん!!」
そうか。
そういうことか。
わたしは自ら、この母の呪縛から逃れるために、記憶を封じたのね。
そしてそれは今でも続く。
身と精神を守るために。
「うっそぉー!! だって私、あなたの母よぉー? ダメ、レーリアちゃん! 思い出して? 思い出すのよぉー!!」
肩を掴まれ、グラグラと揺らされるわたし。
は、ははは……何だか笑うしかない。
理由が分かれば、記憶の封印を解くのは簡単だけど。
でも、何だか封印解きたくないなー……。
「早く思い出して、そしてラディとくっついて!? じゃないと、レーリアちゃん、適当な男と結婚させられちゃうのよー!」
「はあ!?」
わたしとラディが同時に声を上げると、ママさんはわあー!! と派手に泣き出した。
ええー!? どういうことなのよー!!
泣かないで!! 泣く前に説明をして!!
「ジジー共に、レーリアちゃんが狙われているのよー! だから早く記憶戻して、ラディと結婚しちゃってぇ!!」
何を無茶なことを……
わたし、記憶戻ったばかりなのに。
まだ、混乱してるのに。
ラディと今すぐ結婚!?
そんなの、ありえない!
わたしとラディは、困ったように顔を見合わせ、深く溜息をついた。
事情を、詳しく聞かないと話にならない。
とにかく、わたしのママさんの記憶も戻さなくちゃ。
それにしても、派手に泣き崩れてるママさん、わたし達、まだ玄関先なんです。
家に取り合えず、入れて貰えないかなぁ……。
何だかわたし達は、フォーティニアに上陸してすぐにも関わらず、すでに疲れきってしまった。




