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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
動き出す円舞曲(ワルツ)

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第3話 悠久の抱擁、そして招かれざる旋律

気がつけば、わたしとラディは空の上。

銀色の長い毛並みの竜の背に乗っていた。


「えー……とー……」


ぽかーんとしたままのわたし。


そう言えば、旅立つ前に、サーシャが何だか目を輝かせて、わたしに絡み付いてきたっけ。


「レーリア様ぁ、ラナディート隊長と二人だけでなんて、つまらないでしょ? あたしが一緒に行ってあげるぅー!」


「はあ?」


「だってぇ、ラナディート隊長に何かエロいことされたら大変だしぃー。あんなことやこんなことー。やだぁ、ましてやそんなことまでぇー!?」


そんなとんでもないことを言い出したサーシャに、イスラン兄さんは目を吊り上げてラディの胸倉を掴み上げた。


「お前ー! オレの妹にそんなふしだらなことを!? 許さん、絶対許さんぞー!!」


「ま、待て、イスラン、落ち着け、サーシャが勝手に言っただけだから……!!」


「およしなさい、筋肉バカ……もとい兄上。サーシャも冗談が過ぎると、筋肉バカの破壊力を増させるだけなんですから、大概にしておきなさい」


フォローになってないよ、シェニム兄さん……。


やっとイスラン兄さんから解放されたラディは、わたしの腕を掴んだサーシャの頭をはたき、そしてわたしを自分の背後に回してしまった。


「サーシャ、女の振りして勝手にレーリアに触れるな」


「ふふ、やだぁー、隊長ったら焼きもち? 男の焼きもちは、みっともないんだぞっ!」


何だか本当に女の子みたいだよ、サーシャ。可愛らしさに小悪魔具合が乗っかって、更に女の子っぷりに拍車が掛かってる。

そしてその直後、一人で大爆笑してたから、きっとラディをからかって楽しんだんだ。

初めて会った時、わたしをからかったようにね。


ラディは深く溜息をついて、目を点にしたわたしをリードして、さっさと竜に乗り込んで。

そして今に至るんだけど。


それからずっと、わたしはバカみたいにぽかーんとしたまま。


そんなわたしに、ラディは可笑しそうに笑いながら、小さい玉を手渡した。

なに? この玉。


大きさは、スーパーボールくらい。

深い蒼い色をしていて、何だかキラキラして綺麗。

受け取って、不思議そうなわたしに、ラディは眼下の光景を見下ろしながら教えてくれた。


「これは、『言玉(ことだま)』。きみの父上から預かった。フォーティニアの王に渡して欲しいとね」


『言玉』。ええと、記憶の端っこにあった。

確か、手紙みたいなのだった。


うん、ちゃんと渡すよ。

でも、それよりも。


「フォーティニア王……わたしのお母様になる人だよね。全然覚えてない」


レーリアとしての記憶にも、お母様の存在は全く無い。

どうしてだろう?

アステリア城で過ごした日々、鮮明に覚えてる。

だけど、そのわたしの記憶に、わたしの母となる人の姿だけがすっぽりと抜け落ちていた。


首を傾げるわたしに、ラディは困ったような表情でわたしを見つめた。


「ちょうど、きみが地球へ渡ることになった直前だった。皇妃陛下が、フォーティニアに戻ることになったのは」


「え、戻る? 元々、フォーティニアの人だったのね?」


「そう。皇妃陛下は、当時のフォーティニア王の孫娘だった。その時の王が、危篤になり、急遽母国に戻ることになったんだ。だけど、自分の娘がすぐ後に地球へと一人旅立つことも知っていた。そして、そのことで随分と皇帝陛下と揉めたそうだ」


そうなんだ……

わたし、自分で決めたのに。

お父様のせいじゃない。わたしが、このままアステリアにいたら、戦争になる。

それが嫌で、成長するまで地球に身を潜めようと決意したのにな。


何にも知らなかった…………当時は、分かっていたのかな。

でも、覚えてないなぁ。


「皇帝陛下は、皇妃陛下がきっとすぐにアステリア国に戻るつもりだと思っていた。だけど、結果皇妃陛下は、そのままフォーティニアから戻ってくることはなかったんだ」


「そんな……じゃあ、ずっと二人は会ってなかったの?」


「うーん、どうなんだろうな。そこまでは、俺にも分からない。フォーティニアへ行くのに危険はない、ということだけは確かみたいだけどね」


うん、わたし、今変装してない。

ラディも、『蒼の疾風』の隊服のまま。


わたしとラディの他、誰もいない。

二人きり。


そして今、わたし達が乗っている竜は、わたしの使い魔のポワンだ。

艶やかな銀色の毛並みが美しい。

しなやかな身体をくねらせて漂うその姿を、ぜひ遠くから見てみたい。

「ネバーエンディングストーリー」そのままなんだろうなぁ。


『レーリア様、下をご覧下さい。ティリシア城ですわ。この先は海上になりますので、いささかつまらないかもしれないので、お目に地上を焼き付けて置いたほうがよろしいかと思いますのよ?』


頭の中にダイレクトに入ってくる言葉。

竜の姿に戻ったポワンの声だ。


でも、声質は変わらない。何だかポメラニアンになったり、人型になったり、竜になったり。

ポワンも忙しくて、ちょっと可哀想だな。


「ごめんね、ポワン。急がなくていいから。ゆっくり行こうね?」


わたしがポワンの身体を撫でて言うと、くすりと笑った声がした。


『ありがとうございます、レーリア様。アステリア広しと言えど、使い魔にそんな気を使う主はいないと思いますわ。もっとレーリア様は、アタシをこき使うことを覚えたほうがいいかもしれませんわね』


「そんなあ! ポワンをこき使うなんて、あり得ないよ!」


「口調が、すっかり彩花に戻ったね。安心した」


わたし達の会話を黙って聞いてたラディが、ふとわたしに手を伸ばした。

戸惑っているわたしを、ラディの手が包み込んで、ぎゅっと胸に抱かれる。


……何だか、久しぶり。


こうして、あなたの胸に抱かれるの。

凄い、ドキドキしてしまう。


「記憶が戻ったとき、彩花とレーリアは別人格なのかと心配したんだ。ずっと長い間封印してきた記憶だから。でも、それでも、俺は……」


ごめんね、ラディ。


色々、いっぱい。

色んなこと、ごめん。


わたしは、僅かに顔を上げてラディを見上げた。

切れ長の涼しげな目元には、汚れない海の色の瞳。

それが今、わたしを見つめている。


わたしはラディの顔にそっと手を伸ばし……頬に触れた。


「ラディ、わたしのために、地球へ来てくれてありがとう」


「レーリア……」


「たくさん努力してくれたのね。あなたの人生をわたしの犠牲にしてしまった……ごめんね、許してね……」


あんな約束しなければ、ラディはわたしのいないアステリアで、別の女の人と一緒になって、

恋をして、家庭を築いて。幸せな暮らしをすることも出来たかもしれない。


20年も待たされて、やっと会えたと思ったら、わたしはアステリアでの記憶を無くしているし。

なんてとんでもないお願いをラディに求めてしまったんだろうと思う。


「だけど、でも……わたしは、どうしてもあなたに護りに来てもらいたかったの」


まだ、5歳だったわたし。

幼いくせに、考え方だけはいっちょ前で。

わたしの未来は、あなたの隣以外、考えられなかった。


そして彩花として生きてきた20年、わたしは他の男性が怖くて仕方なくて、恋人なんて作れないように性格を作り上げてきた。

ラディが来てくれた時に、あなたを受け入れられるように。

ラディなら、わたしの心の扉を開いてくれるに違いないから。


そしてその通りになった。

わたしは、またあなたに恋をした。


優しく、包み込んでくれるあなたの愛情に溺れていたい。そう思ったのよ、ラディ。


ラディは、小さく首を振り、何度か口を動かして言葉にしようとしていたけれど。

苦しそうに、眉を寄せて、ぐっと更にわたしを引き寄せた。


「レーリア……ずっと、ずっと会いたかった」


「うん……わたしもよ。待ってた。会いたかった」


大丈夫。

素直に言える。

あなたの想いに、応えられる。


記憶が無い頃は、恥ずかしさが先に立ってしまったけれど、でも、今は……。


「きみに会える日だけを生きがいにしてきたんだ。ただ、きみに会えるのを、それだけを心の糧にして……」


「うん……」


どれだけ努力して頑張ってきたのか、伝わるよ。

あんなに泣き虫だったラディが、今や『蒼の疾風』の隊長にまでなったほど。

そして、隊のみんなが、ラディをどれだけ頼りにしているか、その強さに尊敬の念を抱いているのか、わたしは知っている。


「ありがとう、ラディ。わたしの願いは叶った。わたしの記憶が戻った時に、あなたに傍にいて欲しかったの」


「ああ……これから、ずっと」


「うん、ずっとね。ずっと……わたしの、傍にいてね」


ラディの胸に頬を寄せると、ああ、心臓の鼓動が聞こえる。

凄く早い。

眼を閉じて、その音を聞いていると、わたしの顎に指を掛けて。


ラディは、わたしを上に向かせた。

ゆっくりと目を開くと、間近にラディの端正な顔がある。


「レーリア……愛してる……」


耳に心地いい、低い声で囁かれ。

わたしはもう一度、目を閉じた。


塞がれる唇。


愛してる。わたしも。

あなただけを、これからもずっと。


暖かい抱擁と柔らかい口付けは、フォーティニアの大陸に着くまで、ずっと続いた。



ポワンは全部聞いていたのだろうけれど、それを口にしないでいてくれた。

こういう優しいところがポワンのいいところ。

普段の弾丸トークも、ちゃんと場所をわきまえているし。


そう言えば、ちゃんとティロンにお別れをしたのかしら。

アステリアに戻ったら、しばらくポワンを解放してあげよう。

ティロンとポワン、絶対何かある。二人の邪魔をする、意地悪な主にはなりたくないもの。


それにしても、ティロンの話をしたりすると気まずそうにしたり、ふいにティロンに素っ気無くなるの、なんでだろう?

今度聞いてみようかな。そういうの、聞いていいものなのかな。


そんなことをぼんやりと考えていたら、脳裏にポワンの声が聞こえてきた。


『レーリア様、ラディ。フォーティニアに着きましたわ。城へこのまま向かいます? それとも一旦ここで降ります?』


うーん、どうしたらいいかな。


「シェニム兄さん、フォーティニアに連絡してくれているのよね?」


「ああ、そう言っていたけど。でも、このまま城へっていうのはどうかな?」


ラディも首を傾げると。

目の前に、ぽん、と何かが転がった。


あれ?


それに手を伸ばすと、キラキラ光った小さな玉。


「ラディ、これ……」


お父様に託された『言玉』に良く似てる。

だけど、違うのは色。

お父様のは、深い色合いの蒼だけど、これは角度を変えると色々な色に見える。


「何だか、オパールみたいな色ね……」


わたしがそう言って、ラディに玉を渡そうとした時。


そのキラキラした玉が、まるでウルトラマンの胸のタイマーのように、ピコーンピコーンと光りだした。

思わずビクッとして取り落としそうになったのを、かろうじて防げた。

危なかった……。


ホッとした瞬間だった。『それ』が喋り出したのは。


『レーリアちゃん! お母様よー!! 記憶ないかもしれないけど、間違いなくお母様なのよー!? だってあなたを産んだとき、それはそれは大変で、三人目だから楽だと思ってたのに、どんでん返しで難産で、それはもう大変で……っていうか、生まれてきたのが女の子で、周り大騒ぎで更に大変だったのよ! だってねえ、女の子産まれたら『祝福の女神』って勝手に奉られちゃうしね、どうなのよそれってー。けどまあお母様とあなたの関係は変わらないけどね……ってあらやだ、もう時間になっちゃうわ。とにかく城にはまずは来ないで? うるさいジジー共がいるからね。あなた、狙われてるから。危ないから。だから、とりあえずは、お母様、実は密かに別荘なんて持ってたりするのよ。そこで…………』


ぶつっと、突然弾丸トークが収まった。


なに?

何が起きたの?一体。


わたしは、手にしていたその玉を呆然と眺め、そしてラディに目を向けた。


「えーっと……。今のが、お母様?」


「ああ、多分、そうだと思うけど」


ラディも困ったようにわたしの手の中にある玉を見つめている。


「別荘に来いって言ってたけど、場所分からないよね?」


「うーん……」


わたしとラディが顔を見合わせて唸っていると、またわたし達の元に、オパール色の玉が転がってきた。

一体どこから飛んで来たの!?


そしてまた、ピコーン、ピコーンと光りだす。

再び始まる、弾丸トーク。


『ごめんねえ、レーリアちゃん!! お母様、少しだけそそっかしくて、よく場の空気を読まないとか言われちゃうんだけど、でもけど、本当はそんなことないのよ。今凄く嬉しくて、ちょこっと興奮してるだけなのー! だからね、あらまあいやだ。また時間が無くなっちゃうわね。ええとね、レーリアちゃんが今いる場所から左見てみてもらうと分かるんだけど、そこに小さい島がある? あるわよね。その島の南端に、お母様の素敵な別荘が鎮座してるのよー。それはもう綺麗な別荘で……あ、でも気をつけて、別荘地だけにたくさん同じようなのが並んでるのね。お母様の別荘はね……あらやだ、また時間が……続きは第三弾の『言玉』で!! 待て次号! なんちゃって!!』


呼びつけておいて、これ!?


しかもこのけたたましい話し方……ポワンですら、口をつぐんでしまうほど。

由利ちゃんなんて、大人しく思えてしまう。

本当にこの声の主が、わたしの母なのかな……


ラディを見上げたら、彼は苦笑してノーコメントを貫いた。


お母様に会うの、少し怖くなってきた。

しかも、ジジー達がわたしを狙ってるって、そう言ったよね!?

狙ってるって、どういうこと? 『祝福の女神』として狙ってるの?

それなのに、わたしを呼びつけたの?


意味分からない!!


そして三度落ちて来る、キラキラした玉……。


何だか、すごく地球が恋しくなって来てしまった……。

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