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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
動き出す円舞曲(ワルツ)

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第1話 偽りの誘惑、真実の献身

由利ちゃんのお姉さん達が、シェニム兄さんからティリシアのアステリア属領化の説明を受けた。

シェニム兄さんは、冷静極まりない無表情で、最後はこう締めくくった。


「これは、決定した事柄です。あなた達の意見を聞くつもりも一切ありません。後は国民投票に全てをゆだねますので、そのおつもりで」


容赦なくシェニム兄さんの言葉が、現ティリシア国王とそのすぐ下の妹を鞭のように叩いた。

唇をかみ締めた二人は、由利ちゃんとよく似ていた。


だけど、由利ちゃんと違うのは、瞳に浮かんだ野心。

由利ちゃんの野心とは違う。黒い感情が渦巻いている瞳の色。


それに、侍女に対する高飛車な態度、自分を唯一絶対の存在と疑わない高慢なその振る舞いは、わたしもラディも呆れ返るしかなかった。


そして更に、この姉妹はとんでもない行動に出る。

由利ちゃんの長姉はシェニム兄さんのテントへ。次姉はイスラン兄さんのテントへそれぞれ赴いた。


姉……エミルーダは、一人テントで書き物をしていたシェニム兄さんの前で、にこりと笑って座り込んだという。


「シェニム様、あなたほど美しく、頭の切れる殿方をあたくしは存じません。あなたは、あたくしの隣に立つのに相応しい」


「へえ、そうですか」


「あたくしに、力を貸して頂けませんか? あなたとあたくしでなら、アステリアを手中に収めることなど造作ない。そのためならば、あたくしの全てを、あなたに捧げる覚悟も出来ています」


「全てを、ね。具体的に、何をしてくれるつもりなのです?」


「あたくしの全てを、あなたに。きっと満足していただけると思いますわ」


そう言って豪奢なドレスを脱ぎ始めようとした、ティリシア現国王を、シェニム兄さんは薄く笑って止めた。


「お止めくださいませんかね、私はあなたを欲しいなど、これっぽっちも思っていませんよ」


「え……?」


「何か勘違いをされておられるようだ。あなたに、私が興味を惹かれるところなど、一つもないのですが」


「あたくしを見て、美しいとは思いませんこと!? あたくしの身体を、欲しいままにしたいとは思いませんの!?」


「残念ながら、私は面食いですので。それに、実の妹の命を簡単に欲するような、そして国民から見離された滅国の王になど、興味はありませんね」


シェニム兄さんは、屈辱に震えるエミルーダに向かってにっこりと微笑して言い放ち、兵を呼んで彼女を追い出してしまった。


そして、イスラン兄さんの下を訪れた、由利ちゃんの次姉、マリニーダは。


「わたくしは、ティリシア王族の血の流れを止めたくないのです。お願いです、イスラン様。わたしくを娶り、ティリシア国の滅亡を防ぐ力をお貸しくださいませんか?」


そうしなだれかかるマリニーダに、ため息をついて肩を押すイスラン兄さん。


「あのな……さっきシェニムも言っただろう、これは決定したことだ。もうミネリア王の承認も得ている。俺もアステリア国王代理として、印を押した。フォーティニアも時間の問題だ。そんなことよりもな」


イスラン兄さんの目が、鋭くマリニーダを貫く。


「お前、いくらクーデターを起こしたからといって、妹の首を欲した姉をどう思う?」


「当然の命令だったと思いますわ。ユリシーダは、わたくし達を狙った。その見返りはあってしかるべきです」


「へえ、そうかよ。だがユリシーダ王女は、お前達を捕らえても殺さなかったよな?」


「それこそ、時間の問題だったでしょう。少なくとも、わたくしだったら捕らえた時点で殺していた」


「…………」


「ユリシーダに、王になる資質があるとは思えません」


「オレは、お前みたいなのが王族にいるということが信じられねえよ」


イスラン兄さんは立ち上がり、テントの入り口を指し示した。


「出て行ってくれ。もうお前と話すことはない」


「待って、待って下さいませ! イスラン様、お願いします、このままだとわたくしが王になるチャンスが、全く無くなってしまう……!」


「お前さ……少しは、妹を見習ったら? まあ、あいつも褒められた行動じゃねえけど。今のお前よりは、遥かにマシだ」


「は……?」


「少なくとも、あいつは自分の力で動いた。だが、お前はどうだ。その醜いツラを、鏡で見てから出直せ」


「み、醜い!? わたくしを、醜いと仰るの!!」


「ま、いいよ、何を言ってもきっと分からねえだろうし。いいから出てってくんねえかな」


イスラン兄さんはそう言って、自らマリニーダを追い出してしまったという。




「全く、とんだ姉妹ですね。国民から見離されたと思ったら、今度は色仕掛けですからね。堪りません」


「あー、まー、今までそうやって生きて来たんだろうしな。もう変えられないんだろ」


朝食を採りながら、そう話すわたしのお兄さん達の顔は、揃ってうんざりとしていて。

わたしは肩を竦めて、パンを口に運んだ。


国民投票になったら、自分達に勝機がないと分かったのだろう、由利ちゃんのお姉さん達は。

それにしても、だからってイスラン兄さん達を身体を張って自分の力にさせようだなんて……。


でも、さすが兄さん達。二人とも、色仕掛けを物ともせずに追い出したなんて。


「夕べの悪夢は忘れることにしましょう。さて、問題のユリシーダ王女の件なのですが。私に策があると言いましたね」


うん、言ってた。

イスラン兄さんは、紅茶を飲みながら。

わたしはパンを食べていた手を止めて。

わたしの隣にいたラディも、わずかに佇まいを直した。


「もうすぐ、こちらへ来るはずなのですが…………ああ、来ました」


シェニム兄さんの声に被せるように、テントの入り口が開く。


「ああもう、疲れたねえ」


「本当に。突然呼び出されて、何て仕事をさせるんだかねえ」


「全く、報酬はきっちり貰わないと。何割か増しでもいいくらいだねえ」


その声は!!


テントから現れた、黄色、赤色、青色の原色の髪。

同じ顔立ちの女性三人は、揃って垂れた目をしていて。


魔女の館の魔女三人だ!!


黄色い魔女は、わたしに目を向けると、僅かに口元を上げた。


「おや、レーリア様。せっかく掛けた再封印の魔法、解けてしまったんだねえ」


「本当だ。美しい金髪に戻ったねえ。この前の髪の色は、いただけなかったものねえ。薄汚くて」


「本当だねえ。間抜け面も、少しはマシになったねえ」


赤い魔女と青い魔女も続けて口々に言う。

相変わらず、本人の目の前でもその毒舌。

わたしは苦笑するしかない。


魔女の目線が、わたしからラディに向けられて。

三人の眼差しが、キラリと光ったような気がした。


「おいしそうな男!! この間は、よくも騙してくれたね!」


「そうだそうだ。イマイチだったと思ったのは、あんたの一番が報酬じゃなかったからなんだ!」


「今度こそ、あんたの一番を貰うよ、おいしそうな男!!」


手を一斉に伸ばし、ラディに掴みかかろうとする。

ラディはひらりとそれを交わし、唇の端を上げた。


「騙しただなんて、失礼な。俺はちゃんと、『レーリア様への忠誠心』と伝えたはずだ。それをお前達も了承したじゃないか」


「そんな、ずるいよ!! あんなやり方、卑怯だよ!」


「そうだよ、私達は、あんたの一番が欲しいんだ!」


「まあ、お待ちなさい。それで、首尾はどうでしたか?」


さりげなく間に入ったシェニム兄さんに、魔女達は口を閉ざした。

三人で目配せし、話し始めたのはやっぱり黄色い魔女。長女なのかな?


「死に掛けてたから、大変だったけどねえ。でもまあ、『魔女の館』の長だしねえ」


「そうだねえ、面目もあるしねえ。頑張ったよねえ」


「頑張ったねえ、だから、ほら」


赤い魔女の手が、入り口を指し示すと。


わたしとラディの目が見開いた。

そんな、まさか。信じられない。


そこに立っていたのは、二人の男性の姿だった。



由利ちゃんのいるテントには、『蒼の疾風』隊の護衛がついていた。

護衛っていうのか、見張りっていうのか。

ラディの姿に気付き、敬礼をする隊員の人に軽く手を挙げ、ラディが先にテントに入った。


それに続いて、イスラン兄さん、シェニム兄さん、わたしの順に入っていく。

中にいた由利ちゃんは、疲れているのか少し顔色が悪い。

だけど、わたしを見て、僅かに笑みを浮かべてくれた。


「彩花……」


「由利ちゃん、大丈夫? ちゃんとご飯、食べてる?」


由利ちゃんの前に跪いて聞くと、由利ちゃんは目を伏せてうつむいてしまった。

それを見て、イスラン兄さんがどかんと彼女の横に座った。


「何だよ、夕べも食ってねえんだろ? ぶっ倒れるぞ。棒みたいな身体しやがって、更に痩せてどうするつもりだよ!」


「ちょっと! 棒ってどういう表現よ、失礼ね!!」


「ヒョロヒョロしてるからさ。悔しかったら食って太れ。倒れる暇なんぞねえぞ。夕べ教えてやったろ、国民投票の話」


あれ?

あれあれ?


夕べ、イスラン兄さん、ここに来たの?

もしかして、一人で?


あれぇー?


わたしは何だかニマニマしてしまったようで。

イスラン兄さんは、わたしの視線に気付いて慌てて手を振った。


「ちょ、ま、違う、レーリア、違う! 夕べ、シェニムに追い出されて、暇だったから! だから……」


「暇だったから? へえ、そうなの。暇潰しの相手をさせられたら堪らないわね、いい迷惑よ!」


「違うって、だから……」


「いい加減になさい、二人とも」


シェニム兄さんに一喝されて、黙りこくったイスラン兄さんと由利ちゃん。

そしてシェニム兄さんは、テントへあの二人の男性を招きいれた。


入ってきたのは、ティリシア城で由利ちゃんを護るために、わたし達と戦った人達…………


闇のように黒い髪に、真紅の瞳を持ったベレスと。

灰色の長い髪のアーネストだった。


「そんな、嘘…………!!」


由利ちゃんは手を口に当て、最大限に目を見開いた。

その赤い瞳が潤み、涙が頬をゆっくりと伝った。


ベレスとアーネストは、由利ちゃんの前に跪き、深く頭を下げた。


「ユリシーダ様、ご無事で何よりです」


「最後まで、お守り出来ず申し訳ございませんでした」


二人の男性を交互に見比べて、由利ちゃんは呆然としたように彼らからわたし達へと目線を移した。


「彩花、これって、ねえ、これって夢? だって、ベレスもアーネストも……」


「夢じゃないですよ、ユリシーダ王女。他の者は無理でしたが、虫の息だったこの二人は回収出来ました」


回収って……シェニム兄さん、言い方冷たいなあ。

笑み一つ浮かべず、シェニム兄さんは淡々と続ける。


「すぐにわが国有数の魔女を呼びつけ、回復魔法を掛け続けました。やっと、ここまで治癒できたのです」


凄い、シェニム兄さん。


あの混乱の中、敵なのにちゃんと生きていると分かったら、治療をしてあげていたなんて。


それで呼び出された、『魔女の館』の長達……疲れるのも、無理はない。


「ほんとに……? 夢じゃないのね。ベレス、アーネスト……」


由利ちゃんが、感極まったように手を二人に伸ばす。

ベレスもアーネストも、暖かい笑みを浮かべて、由利ちゃんの細い手を取った。


ああ、本当に由利ちゃん、慕われているんだ。

こんなに強い二人が、由利ちゃんを護りたいって思ってるのが伝わってくる。


「ずっと、お傍にいさせてください、ユリシーダ様」


ベレスはもう一度、深く頭を下げた。

アーネストは、腰に履いていた剣を、由利ちゃんに差し出した。


「国民投票の件を聞きました。ユリシーダ様であれば、きっと勝利は間違いないでしょう。その勝利に、少しでも貢献させて頂ければ」


「でも、私は……」


由利ちゃんの表情が曇り、目線はイスラン兄さんとシェニム兄さんに向けられる。


「さて、『魔女の館』の長。入りなさい。報酬です」


シェニム兄さんの声に、あのザ・原色三人組がテントに入ってくる。

魔女達の眼差しが、すぐに由利ちゃんに刺すように向けられた。


そしてその表情が、歓喜に変わる。……笑みが、怖いっ!


「何て……何ておいしそうな女!」


「本当だねえ、凄い魔力だねえ、おいしそうだねえ!」


「器が魔力に追いついてないねえ、棒みたいだものねえ」


ま、また棒って……失礼だなあ、女の子に向かって、棒みたいって。

それに由利ちゃんは、わたしと違ってボン・キュ・ボン! な身体なのに!


由利ちゃんが棒みたいだったら、わたしなんて……枯れ枝?

自分で思って、凄くショックに陥ってしまった。


がっくりとしているわたしをよそに、魔女たちが由利ちゃんを取り囲んだ。

アーネストとベレスは、魔女に圧倒されて座り込んでしまっている。


それほど、魔女達は目をギラギラとさせて、嬉しそうだ。


「おやおや、魔力を使いすぎたのかねえ、本当に器がぼろぼろだ」


「そうだねえ、もったいないねえ、もう魔力使えないねえ」


「死ぬ覚悟なら、もう一回くらいはいけるかもしれないけどねえ」


口々に言う魔女達に、腕を組んでいたシェニム兄さんが声を掛ける。


「報酬は、その女性の魔力です。二度と魔力を使えないよう、全て報酬として捧げますよ」


人の魔力だと思って、また簡単に言うんだから、シェニム兄さん!


だけど、それを聞いて驚いたのは、ベレスとアーネストだ。


「待て…いや、お待ちください! 我らの命と引き換えに、ユリシーダ様の魔力を!?」


「そんな、滅相もない! 私の魔力を捧げますから、ユリシーダ様には手出しをしないで頂きたい!!」


必死になってシェニム兄さんに取りすがる、ベレス達。

だけど、当のシェニム兄さんは、涼しげな顔のままだ。


「しかし、ユリシーダ王女の魔力は、どっちにしても封印させていただきますよ。そういう約束ですから」


「いや、そうだとしても!」


「ベレス、アーネスト」


由利ちゃんは、魔女達の間から声を上げた。

魔女の隙間から、由利ちゃんが見える。

涙はすっかりと消え、微笑さえ浮かべている。


そっくりだなあと思っていた、由利ちゃんのお姉さん達。

やっぱり、似てない。


由利ちゃんの笑顔は、綺麗だもの。

きらきら輝いて、眩しいもの。

わたし、由利ちゃんのこの笑顔が大好きだった。


今も、そう。

今も、大好きだよ。


「いいの。あなた達の命を救ってくれたお礼。私にさせて? させて欲しいのよ。こんな混乱に巻き込んだお詫びになどならないけれど」


「そんな、ユリシーダ様!」


「好きで、あなたの身を護ると誓ったのですから!!」


必死で言うベレスとアーネストに首を振り、由利ちゃんは魔女達に向き直った。


「ありがとう、私の大切な人達を救ってくれて。私の魔力でいいのなら、全て吸い尽くしてください」


「吸うなんて、人を蚊みたいなことを言うんだねえ」


「本当だねえ、お馬鹿さんだけど、でもおいしそうだからいいか」


「頂くよ、遠慮なく」


取り囲む魔女達の手が、由利ちゃんに伸ばされる。



由利ちゃん。


あなたは、やっぱりクーデターなんて起こさなくても、別の方法で王になれたよ。

大切な部下のために、ためらうことなく魔力を捧げるなんて。


見て。

アーネストも、ベレスも。

由利ちゃんに向ける眼差しが、変わってきている。


今までもきっと持っていた、あなたへの忠誠心。

ますます、深く強くなっていったに違いない。


由利ちゃんへ向ける眼差しが、今までよりも深くなった人がもう一人いたけれど。


この時のわたしは、それに気付かなかった。

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