第4話 居場所の在処、震える旋律
気を、失っていたらしい。
目覚めたのは、テントの中で。わたしに掛けられていたのは、ふかふかの布団。
ゆっくりと顔を動かすと、ああ、わたしに用意してくれていた、あの飾りつけがしてあるテントだ。
薄暗いここには、誰もいない。
ただ、入り口の方で声が聞こえるから、誰かが見張りに立っているのだろう。
ここへの進入を許さないためなのか、それともわたしが脱走しないためなのか……
おそらく、シェニム兄さんのことだ、両方の意味での見張りなのだろう。
わたしは思わずくすりと笑って、半身を起こした。
眩暈は……ない。大丈夫だ。
肩から胸へと流れる髪に気づき、ふと手に取ってみた。
金髪。紛れもなく金髪になっている。
完全に、封印が解けてしまった。
記憶も、幼い頃からのものも全て戻った。
わたしは、レーリア。
でも、彩花でもある。
ちゃんと、両方の記憶がわたしの中に残っている。そのことに、安堵した。
レーリアの記憶も、彩花の記憶も。
わたしにとっては、どちらもわたしの記憶だから。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、ふいにテントの入り口が開いた。
外は、もう薄暗くなっている。どれくらい、わたしは気を失っていたのだろう?
「レーリア、目が覚めましたか?」
長いハニーブロンドに、涼しげな目元は深いマリーンブルー。
「シェニム兄さん……」
わたしが呟くと、シェニム兄さんはくすりと笑ってわたしの額に手を伸ばした。
「ラナディートでなくて、悪かったですね。彼は今、レクサス捜索の指揮に当たっています。……ああ、熱もないようですね、安心しました。それにしてもレーリア、封印が解けたばかりで、あんな無茶をして」
シェニム兄さんは、少し怖い顔をして、わたしの横に座り込んだ。
ああ、やっぱり。怒られると思った。
わたしは小さく肩を竦めて、
「ごめんなさい」
そう、素直に謝った。心配してくれているのは、分かっているから。
シェニム兄さんは小さく溜息をつき、わたしに触れていた手で、ぺちんとおでこを叩いた。
「いたっ!」
「全く、謝れば許されると思っているんですから。……それから、兄上ですがね」
ああ、イスラン兄さん。そうだ、イスラン兄さんが、レクサス捜索の指揮に当たっているんじゃないんだ。
わたしが首を傾げると、シェニム兄さんは複雑気な表情を浮かべた。
珍しいな、こんなシェニム兄さんは。
「今現在、彼も戦闘中です」
「え? 何? 誰と?」
シェニム兄さんは、眉間を寄せて、ふー、と深い溜息をついた。
「ユリシーダ王女と、大喧嘩をしています。レーリア、あなたがお止めなさい。私は聞いているだけでうんざりです」
えええー!? どういうこと!?
見張りに立っていてくれたのは、ポワンとシェニム兄さんの黒竜、ティロンだった。
二人楽しげに、話をしている。
今は、二人とも、人形をしていて。
黒髪で落ち着いた印象のティロンと、スタイル抜群なポワンは、とてもお似合い。
「ポワン」
そう呼びかけると、銀色の長い髪を靡かせて、切れ長の瞳を輝かせて。
ポワンが走ってきた。
「レーリア様、お目覚めになりましたか! もうアタシ、心配で心配で仕方なかったんですのよ! でもティロンは、ただレーリア様は目覚めていきなり大きな魔力を使ったから、疲れただけだ、少しお休みになれば大丈夫だって。全く冷たいんですわ、この男! それで、レーリア様、大丈夫ですの!? もう本当にアタシ、心配で心配で……」
はは、ポワン、弾丸トーク相変わらず。
ポメラニアンの姿でも、今の姿でも。
ポワンはポワンなんだと、安心してしまう。
「落ち着け、ポワン。レーリア様、ご気分はいかがか」
「大丈夫よ、ティロン。心配かけてごめんなさい。それに、怪我は大丈夫なの?」
「とんでもござらん。レーリア様は、我が主の大事な妹君であるし、アステリアになくてなならない方でござれば。怪我も問題無いので、ご安心召されよ」
ティロンのこの変な話し方も、昔から変わらない。それにしても、怪我も良くなったのね。良かった。
ティロンが、何でこんな話し方なのかは、謎。でも、これが彼らしいんだから不思議。
わたしは何だか懐かしい気持ちで、ポワンとティロンを見つめていたら、何だか向こうの方で大きな声がする。
大喧嘩って……例えじゃなくて、本当に?
わたしの隣に立ったシェニム兄さんは、わたしを促して歩き始めた。
歩みを進めるにつれて、声が段々はっきりと聞こえてくる。
「……だから、殺せと言っているじゃないの!!」
「どうしてそう卑屈に物を考えるんだ! お前が一人死んで済む問題でもない! 馬鹿かお前は!!」
「お前お前って、馴れ馴れしいのよ! それに馬鹿って何よ! 何て失礼な男なの!?」
あー……この声は。
その怒鳴り声の応酬は、イスラン兄さんとシェニム兄さんが本営にしてたテントから聞こえてきた。
「……………私の口車に、乗せられただけよ、彼らは。だから、彼らには罪は……」
「そういう問題じゃねえ!!」
イスラン兄さんは、由利ちゃんをばっと離し、転がったテーブルを更に蹴り飛ばした。
ああ、相当怒ってる。
だけど……ここは、イスラン兄さんに任せてみよう。
わたしは黙って二人を見つめた。
「分かってるだろ、ティリシアは、お前を支持したんだ。現王である、お前の姉貴よりな! そこが重要だって言ってるんだよ!」
「だから、私の口車に……」
「ああそうかよ、ティリシアの貴族は、よっぽどバカばっか揃ってるんだな! 小娘の口先一つに踊らされて、命を張るなんてよ!」
イスラン兄さんは、口調こそ乱暴だけど、核心をついている。
ティリシアの人たちは、現王に絶望していたんだ。
だからこそ、立ち上がった由利ちゃんに希望を求めた。
じゃなければ、由利ちゃんやレクサスがどんな策を講じようとも、貴族の大半がクーデターを支持するなんて思えない。
「お前さ、行動起こしたんなら、最後まで責任取れよ! 自分だけ死ねばおしまいか? そうじゃねえだろ! 残された貴族連中は、裏切った王の下で、また生きて行かなきゃならねえんだぞ! そこを考えろ!」
「…………っ!」
由利ちゃんは、息を詰めて、目を見開いた。
「やっと分かったか、だからお前は馬鹿だって言うんだよ」
イスラン兄さんは、口調を和らげて、眼差しも和らげて。
由利ちゃんの頭に手を伸ばした。
びくりと身体を震わせた由利ちゃんの頭部を、イスラン兄さんの手がぽんぽんと撫でた。
「お前さ、自分の居場所が欲しかったんだろ?」
「え……?」
驚く由利ちゃんに、イスラン兄さんは柔かな口調で言った。
「お前の存在意義を、レーリアに求めてたんだろ。地球で、お前はレーリアに慕われてたからな。居心地良かったんだろ」
「そっ、そんなこと……!」
由利ちゃんの目が、最大限に見開き、そして戸惑ったように目線を彷徨わせる。
由利ちゃんは、わたしと目が合うと、そこから視線を動かさず。
じっと泣きそうな顔で、わたしを見つめた。
「由利ちゃん」
わたしは、静かに名を呼んだ。
ユリシーダではなく、わたしの大好きな人の名前で。
「わたしには、あなたが必要なの、由利ちゃん。これからも、わたしの背中を叩いて、わたしを励まして欲しいの。お願い、この先も、わたしの味方になって?」
レーリアの記憶が戻ったって、わたしはわたしよ。
あなたが知っている彩花なの、由利ちゃん。
あなたのことが大好きな彩花なの。
わたしは由利ちゃんに手を伸ばし、ぎゅっと身体を抱き締めた。
由利ちゃんに、何度も背中を叩かれ。抱き締めてもらってことはあるけれど。
わたしから、由利ちゃんを抱き締めたのは、初めてかもしれない。
身体を硬直させていた由利ちゃんだけれど、
「たまには、素直になれよ」
そのイスラン兄さんの言葉に、由利ちゃんは、綺麗な美貌に、涙一つを伝わせると、
わたしに手を回して、そして泣き崩れた。
誰でも、自分の居場所が欲しい。
それは、わたしも同じだよ、由利ちゃん。
そして由利ちゃんの居場所は、いつだってどこにだってあった。
それに気付かなかっただけ。
わたしは由利ちゃんを抱きとめて、今ここにいない人を思い浮かべた。
わたしの居場所は、あなたの隣。
早く、あなたに会いたい。
でも、その前にしなくちゃいけないことがある。
由利ちゃんをここまで追い詰めた、現ティリシア王。
例えクーデターを起こされたとはいえ、あっさりと妹の命を切り捨てた彼女を、わたしは許す気持ちになれなかった。




