第1話 覚醒の女神、白き閃光の旋律
「レーリア……」
ラディは、柔らかな眼差しで、わたしを見つめている。
あなたの胸に、飛び込みたい。
ずっと、待たせてごめんね、ラディ。
待っていてくれて、ありがとう。
その間、わたしを「彩花」と呼び続けてくれて、ありがとう。
あなたはきっと、わたしを「レーリア」と呼びたかったに違いない。
だけど、わたしの気持ちを一番に考えてくれていた。
記憶を封じたわたしは、その名を呼ばれるのが怖かった。
まるで、別人のように感じていたから。
でも、もう、大丈夫。
もう少しだけ、待っていて。
わたしには、やるべきことがある。
わたしは、わたしの首筋に剣を突きつけている男に目線を向けた。
男は、わたしを見つめているが、その色は先ほどのようにわたしをあざ笑うようなものではなかった。
僅かに見える、恐怖心。
「しゅ……祝福の、女神…………」
震える声で、そう小さく呟いた。
わたしはくすりと笑って、男の……レクサスの手に触れた。
びくりと、剣を握る手が震える。
「どうしたの? 顔色が、真っ青よ。先ほどまでの勢いは、どうしたの?」
「は、離せ……」
「わたしを亡き者にするのではなかったの?」
わたしは目を細め、指先に念を込めた。
少しだけ魔力を送り込むと、レクサスは弾かれたように身体を跳ねさせ、そしてわたしから飛びすさった。
わたしの指先が触れた、彼の手首が真っ赤に膨れ上がっている。
中度の火傷、といったところだろうか。
「こ、この……!」
レクサスは赤い瞳を燃えるような色に変え、わたしを睨みつけている。
でも、全然怖くなど無い。
「ラディ、その者を捕らえて。ユリシーダを言葉巧みに操り、クーデターを起こさせた首謀者よ」
わたしの言葉に、ラディも由利ちゃんも目を見開いた。
そうよね、驚くだろう。
だけど、わたしはレクサスの手に触れた瞬間、全てを悟った。
忌まわしい、祝福の女神の力。
触れて望めば、相手の心を読み取ることなんて、造作もない。
「レクサス、あなたは始めから、ユリシーダを利用するつもりで近づいたわね?」
わたしの言葉に、レクサスは目を細めて、唇の端を上げた。
「何を言うかと思えば、そんな世迷言を……」
「世迷言? それはあなたがユリシーダに囁いた言葉ではないの?」
『あなたの魔力を持ってすれば、ティリシアを手中に入れることは容易い。微力ながら、わたくしが力添えいたします』
「そう言って、あなたはティリシア城で孤独だったユリシーダに近づいた。ユリシーダの信頼を手に入れたあなたは、地球にいたわたしに気付き、ユリシーダをわたしに近づかせた」
わたしが由利ちゃんに目を向けると、彼女は白い顔を更に青ざめさせて、わたしとレクサスを交互に見つめている。
あなたの心を、傷つけることになってしまう。
だけど、まだ、間に合うから。だから…………
「レクサス、あなたは自らの野心のために、ユリシーダを利用した。それを認めなさい!」
わたしの言葉に、レクサスは身体を震わせた。
先ほどとは、違う雰囲気を感じ、……強い、強い悪意、害意。
渦巻く黒の感情を受け、わたしは足元にいたポワンに手を翳した。
「ポワン、元の姿に」
「畏まりました、レーリア様」
ポワンが跪き、彼女の頭に小さく触れると。
ポメラニアンの姿だったポワンが、影を薄めて再び色濃くした時には。
眩い長い銀髪を背中に垂らした、革鎧を身に纏った美しい女性の姿になった。
髪と同じ、銀色の瞳をわたしに向け、ポワンは命令を待っている。
懐かしい。そうだ。ポワンは、銀竜。
アステリアの使い魔、竜は主人を選ぶ。
そして竜族の長の娘、ポワンはわたしを選んでくれた。永遠に、わたしに仕えると。
わたしはポワンの髪に手を触れ、小さく囁いた。
「由利ちゃんを、護って」
「ご命令、確かに」
ポワンは切れ長の目を細め、立ち上がり腰に履いていた細剣を抜いて、戸惑う由利ちゃんの前に立った。
わたしと、ポワンと、ラディ。
三人に囲まれても、レクサスは肩の震えを止めなかった。
「…………くっくっ……あはははははははは!!!」
気が狂ったように笑い出すレクサス。
ラディは指先を額に当て、念を込めるとそれを剣に触れさせて。
ラディの剣が、火に包まれた。
「やあああぁーーーー!」
気合一閃。
ラディの剣が、レクサスを襲う。
短いレクサスの黒髪の一部が舞い散る。僅かに身をよじり、彼は大笑いをしながら、由利ちゃんを指差した。
「馬鹿な女だ、己の力の限界を知らず、魔力を使うだけ使って。あれだけの使い魔を作り出せば、己の命を削ることを知らず」
「何!?」
ラディは目を見開きながらも、レクサスに畳み掛けるように剣を振るい続ける。
レクサスもまた、自分の剣で対抗しているけれど、剣の技量ではラディの方が圧倒的に上なのが分かる。
だけど……どうして、そんなに余裕なのか。
それが、不気味で仕方が無い。
「命をとは、どういう意味だ!」
ラディが突く。レクサスが払う。
このレクサス、剣の腕前はたいしたことが無いくせに、のらりくらりとまるで煙のように動くものだから、ラディも攻め悩んでいるようだった。
「聞きたいか? 聞かない方がいいかもしれんがな。…………ティリシアの使い魔は、己の魔力を持って、使い魔を生み出す。その女は、生まれ持った強い魔力を最大限に使い魔製造に費やしたのよ!」
「待って、じゃあ、由利ちゃんは!」
思わず身を乗り出したわたしをちらりと見、レクサスはにやりと笑った。
そして、由利ちゃんに向かって一礼をする。
「残念ですな、ユリシーダ様。この城外に放った使い魔が、あなたの魔力最後の力でしょう。そしてあなたの命の灯火もね」
何て…………何ていうことを!!
それを分かっていて、この男は……由利ちゃんに使い魔を。
しかも、人型から崩し、力だけを増強させた、あのゾンビもどきを作らせていたの!?
許せない…………!!
「あなたが死ぬ前に、ぜひとも祝福の女神を手の内に入れて貰いたかったのですがね。最後の最後まで、あなたは本当に役立たずだった」
レクサスはそう笑い、ふとラディに指を向けた。
円を描き、すらすらと文字を空中に描いていく。
まずい、魔法陣!!
わたしは手をラディに翳し、障壁を張った。
とん、と空中の魔法陣をレクサスの手が押すと、そこから凄まじい勢いの炎が噴出す。
それが、真っ直ぐにラディに向かってくる。
だけど、直前でわたしの張った障壁に阻まれ、炎はラディに届かず四散した。
レクサスは、面白そうにわたしに目を向けた。
「……ほう、女神の名は、伊達じゃないようだ」
さっきまで、震えていたレクサスの姿はない。
あれも、演技だったのだろうか。
今まで、サーシャ、ソルト、それに『蒼の疾風』の皆が対峙した貴族と、格が違う。
だけど、負けられない。
負けるわけには、いかない。
わたしは、封印を解いたばかりで、力がどれだけ出せるか自信がないし、まだ心の奥底では戸惑っている。
だけど。
かちゃり、とラディが剣を持ち直した。
「ご命令です。あなたは、アタシが護ります」
そう、由利ちゃんに言うポワンの声も聞こえる。
わたしは、一人じゃない。
由利ちゃん、あなたも一人じゃないんだよ。
今まで、由利ちゃんはわたしを地球で助けてきてくれた。
今度は、わたしの番だ。
全力で、あなたを護る。
ティリシアのために。
アステリアのために。
誰より、由利ちゃん、あなたのために。
戦いが、始まった。




