第3話 終止符を打つための、孤独な一歩
隊員一人をその場に置き、後の処置を任せると、ラディはわたしの手を引いた。
「彩花、立ち止まっている暇は無い。急ごう」
そうだね。早く、由利ちゃんの元へ。
わたしが頷こうとしたその時、またしても耳元で、シェニムさんの声がした。
『ラナディート、ティリシア城から、下級使い魔が漏れ出しています』
漏れ出している!?
どういうこと?
わたしは近くの窓から、身体を伸ばして外を見下ろした。
今、わたしがいるのは城の二階。
階下に広がるのは、朝日が昇って輝く草原……じゃなく。
蠢くゾンビもどきの大群だった。
「ひゃぁーーーーー! 気持ち悪いぃー!」
思わず身体を引っ込めて、頭を抱えると、ラディがちらりと外を見て、小さく溜息をついた。
「力技で来たな。それにしても、ユリシーダの魔力……ここまでだとはな」
「待って、このゾンビもどき、全部由利ちゃんのなの!?」
「その通りです」
へ?
誰、応えてくれたの。
わたしがキョロキョロしてしまうと、正面の扉が開き、そこにさっきの死体の着ていたような、絹仕立ての豪華な衣装を着た男の人が立っていた。
襟首には、赤いラインが入っていて。
ティリシアのシンボルカラーが、赤なのかなあ?
そんな場違いなことを、ちらりと思った。
「あれほどまで、使い魔を進化させられるとは。ユリシーダ様のほかに、ティリシアの王に相応しい方は存在しません」
男の人は、うっとりと胸に手を当てて言うけど……あのゾンビもどきって進化してるの?
後退してるの間違いじゃなく?
「ユリシーダ様には遠く及びませんが、この先進入を許すわけには行きません。出でよ、我が使い魔!」
男の人の手が、天井に向けられると。
そこの空間が歪み、……あああ、牛鳥が出てくる。
だけど、その途端、大きな爆発音がしたかと思うと、足元がぐらりと揺らいで。
咄嗟にラディが支えてくれたけど、地震のような揺れはしばらく続いている。
『下級使い魔を攻撃すると、どうしても城に大砲が当たってしまいますねえ。困ったものです』
ちっとも困っていない様子のシェニムさんの声。
その間にも、ドッカンドッカン大砲が城を目掛けて発射されているみたいで、足元が揺れに揺れている。
「どどど、どうしよう、ラディ!」
前方の敵。後方のシェニムさん。
ああ、シェニムさんの方が何だか怖いような気がしてきた。
『とっととユリシーダ王女を捕らえなさい。こちらで援護射撃をするのにも、限界がありますよ』
そうシェニムさんは言うけど! これって援護射撃なの!?
ていうか、わたし達をピンチに陥れてくれてるんじゃない!?
ラディは眉を寄せて剣をすらりと抜くと、『蒼の疾風』隊員の人3人が、剣を抜き放ってラディに頭を深々と下げた。
「隊長、先へお進みください!」
「我らが、階下に降りて使い魔の数を減らします。このままでは、城が墜ちてしまう」
うん、そうだよね。シェニムさんの手によって。
何だかうすら笑いを浮かべている彼を思い浮かべて……ぞっとしてしまった。
「ラディ!」
「仕方ない。お前達、命を粗末にするなよ!」
そう言うや、ラディはわたしの手を取ったまま駆け出した。
しかしわたし達の前に、現れた三体の牛鳥が、行く手を遮るかのように立ち塞がる。
ラディは低く舌打ちをして、襲い掛かる斧を剣で受け流した。
ラディが身体を捻ったその隙間に、一人の隊員が滑り込む。
剣を横に構え、再び下ろされた斧を受け止めると、大きな声を上げた。
「今のうちに、早く!」
「行くぞ、ヨシダくん。進むしかねーし」
ソルトはぽんとラディの肩を叩くと、ひょいひょいと牛鳥の攻撃を避けて階段を駆け上った。
「待て、コラァ! だから何でお前が先頭なんだよー!」
サーシャも叫びながら、その後を走って追って言った。
ラディは躊躇したように階段と、すでに始まった戦闘を見つめていたけれど、目を一瞬だけ瞑ってわたしを見下ろした。
「彩花、一気に三階まで行こう。玉座は、そこにあったはずだ」
「……うん!」
ごめん、隊士さん。
お名前を聞いてなかった。
だけど、彼は牛鳥の一体に剣を振り下ろし、確実にダメージを与えてひらりと飛び退くと、わたしに笑顔を向けてくれた。
爽やかな、曇りない笑顔だった。
「アヤカ様、あなたの希望が成就されますよう!」
「必ず、戻ってくるから。だから、それまで頑張って!」
わたしが声を掛けると、
「よっし、ティリシアのボンボンになんて負けてられるか!」
「アステリアは、我らの手で守る!」
「貴族さんよう、俺達が相手だ。お前一人の相手に、『蒼の疾風』3人が相手するんだ。有難く思いな!」
そういって次々と剣を構える隊士さん達。
「お待ちなさい。その先に行かせる訳にはいきません!」
そう言ってわたしに手を向けた貴族に、隊士さんの一人が、勇ましい掛け声と共に剣を落とすや、二階は人間と牛鳥の入り乱れる戦場になってしまった。
先に上に行ってしまったサーシャと、ラディ以外の隊士さん全てが、一階と二階に残ることに……。
「ラディ、どうしよう、やだ、どうすればいいの?」
わたしは縋るような声で、走り出したラディを見上げた。
彼は、わたしと繋いだ手に、力を込めて言った。
「あんなのに、簡単にやられるようなやつらじゃない。大丈夫だ。あの使い魔、ユリシーダの使い魔よりも、数段弱い」
「本当に……?」
「行ってください、隊長、アヤカ様!!」
わたしの不安を除くかのように、隊士さんが声を張り上げる。
ああ、手を挙げたティリシアの貴族に命じられるまま、動く牛鳥を相手にして。
そして牛鳥が、一つ大きく不気味に吼えると、空間が歪み、そこから出てきたのは……
茶色い頭の持ち主……人型。
だけど、腐ってない。
無機質な動きは、まるで牛鳥のコピーみたい。
形がただ、違うだけで。
のっそりと動いて、隊士さんに襲い掛かるけれど、力もさほど強くないようで、数度隊士さんと揉みあうと、意外なほどあっさりとやられてしまった。
そして、二度と起き上がることはなかった。
その代わり、別の牛鳥が吼えれば、その分だけの茶色い土人形のような使い魔が現れる。
どういうこと?
「ティリシアの使い魔は、アタシ達と違って、術者により作られてるんですわ、彩花様」
ラディに引かれて、走り出したわたしの横で疾走しながら、ポワンが教えてくれた。
「術者の魔力で作られた使い魔ですから、数が多いほどその術者の魔力が強いことを示しますわね。今の貴族は、3体の上級使い魔を生み出しましたし、上級使い魔も下級使い魔を呼び出す力がありましたから、まあそこそこの力を持ってると言ってもいいと思いますわよ。アステリアの使い魔の足元には及びませんけれどね!」
自信ありげなポワンと、それに応えるようにキューちゃんがボッ、と小さく火を吐いた。
それを見て、わたし、何だかほっとして。
大丈夫。
ポワンもキューちゃんもいる。
それに、ラディもソルトもサーシャも。
階段を駆け上っていくと、再びわたしの足元が大きく揺れた。
その途端、身体が前後に揺れて落ちそうになる。
ラディの手から、わたしの腕がすり抜けて。
天井が、流れて見える。
落ちる!!
そう目を見開き、悲鳴の準備を無意識にしてしまった、その時。
背後で、わたしを咄嗟に抑えてくれた人がいた。
ソルトかな、サーシャかな。
「ごめん、ありがとう……」
体勢を整えつつ、お礼を言おうとしたけれど。
階段の上に、ラディと、そしてその先に、目を見開いたソルトとサーシャがいる。
あれ……?
足元には、悲鳴のような声で、
「彩花様!!」
と叫ぶポワン。
わたしの周りを、キューキューと鳴きながら飛び回っているキューちゃん。
今のわたしの傍にいる味方、全員いる……?
恐る恐る振り返ると……ずるりと剥けた皮膚。
茶色く腐った色をした肌に、濁りきった白目。
赤い瞳も淀んでいて、わたしをじっと見ている。
その手は……わたしの身体を支えてて。
その腕から、得体の知れない液が垂れていて…………
「きゃーーーー!! きゃーーーーーーー!!!」
助けてもらって何だけど、わたし、怖くて気持ち悪くて。
力の限り叫び続け、掴まれた腕を解きたくて、身体を無茶苦茶に動かした。
ボキッて音がした瞬間、ラディがわたしの身体を引いた。
そしてわたしの服を素早く払い、わたしの身体をぎゅっと腕の中に閉じ込めた。
何? 何が起きたの?
足元を見ると、……指。
腐った指先が、わたしの足元で蠢いている。
駄目だ。ごめん。もう、無理。
どうしても、このゾンビもどきには、わたし敵わない。
気を失う直前に、低い、それは地を這うような声が、わたしの意識を引き摺り戻した。
「おやおや、助けてやったのに。礼も言えないとは、何て躾のなっていない娘だろうなあ」
その声は、まるで地獄の使者のもののように、不気味でまるで、身体に纏わりつくようで。
不快極まりなくて……
そして階段の壁が、不自然に歪んで、そこから腕が、肩が、足が。
全身が現れた。
簡易な鎧を身に纏った、30歳前くらいの男の人。
闇のように真っ黒な髪、彫りの深い顔は笑み一つ浮かべていない。
笑みを浮かべないのは、シェニムさんも一緒だけど。
全く違う。
怖い。
この人から放たれる空気に、わたしは身震いをしてしまった。
ティリシアの者……しかも王族である証、
真っ赤な瞳がわたし達を撫でると、サーシャが飛ぶように階段を駆け下りてきた。
そしてわたし達の横を通り過ぎる瞬間、「早く、上へ」と、小さく囁いた。
その言葉に、素早くラディがわたしを引っ張り上げ、階段頂上まで上り詰めた。
わたしのすぐ下には、ソルトが。
「ワンコも行ったな?」
「まあ、ワンコなんて失礼ですわねっ!!」
「はは、まあそう怒んなよ。しっかりアヤカっちを護れよ、下級使い魔、役に立てよ?」
何……何を言っているの、ソルト……?
サーシャは抜き身の剣を構え、低く腰を落とした。
「『蒼の疾風』副隊長、サーシャ。お前の名は」
「……ベレス。副隊長か。まあいいだろう。すぐに斃し、隊長とその小娘を葬ってやろう」
「そうはさせるか。アヤカっちに指一本触れてみろ。全身の骨を砕いて、生きていることを後悔させてやるよ」
ソルトは低くそう言い放ち、もう一度わたし達に振り返った。
その時の彼の瞳は、それは美しい、エメラルドグリーンで……
ソルトはわたしににっこりと微笑むと、足を振り上げて階段脇の壁を蹴り飛ばした。
ガンッ! と鉄の鳴る音がした途端、わたし達の前で、ゆっくりと扉が閉じていく。
ソルトとサーシャを残したまま。
「貴様、どうしてそのカラクリに気付いた!」
ベレスと名乗った貴族が手を振りかざすと、サーシャが素早く彼の手のひらから火の玉が生まれる寸前に、懐に入り込んで鳩尾を狙って、膝蹴りを繰り出した!
ソルトも階下に駆け下り始め、わたし達の前の扉が完全に閉まろうとしていた。
「やだ、ラディ、どうしよう、どうすればいいの!!」
わたしが必死にラディの服を掴んで叫ぶと、ラディが応えるより早く、ソルトの声が流れてきた。
「ヨシダくーん、アヤカっちを頼むよー」
……呑気なその声は、きっとわたしを不安にさせないため。
それが分かったからこそ、涙が止まらなくなった。
わたしを、由利ちゃんに会わすために……わたしの願いを叶えるために、皆が命を危険に晒してくれている。
どうしよう。
皆が、もし……万が一。
そう頭に浮かんだその瞬間、わたしの肩をラディが掴んだ。
「行こう、彩花」
たった一言。
それだけを口にして、ラディはわたしの手を握り締め、歩き始め、ポワンも心配気にわたしを見上げている。
泣いちゃ、駄目だ。
きっと、皆大丈夫。
アステリアの、特攻部隊だもの。エリート集団だもの。
それに、外にはイスランさんもシェニムさんもいる。
辿り着いた、最上階。
皆の力で、ここまで来させてもらえた。
わたしは、由利ちゃんに会うために。
会って、ちゃんと話をするために。
ラディから、そっと手を離した。
一人で、歩かなくちゃ。
わたしを見下ろすラディに微笑みかけて、わたしは小さく頷いた。
始まる。
ここからが、わたしの戦いだ。
みんなを護るために。わたしの戦いが、始まった。




