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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
再会の夜想曲(ノクターン)

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第2話 覚悟の、茨の道を切り拓け

わたしは、走って走って、走り続けた。


城に入る直前に、わんさかと牛鳥が現れて、それを先頭切って走るソルトが飛び蹴りを食らわせ、サーシャが剣で薙ぎ倒してる。


他の隊員たちも、それぞれ剣を手にして、羽ばたく牛鳥達に苦戦しながらも戦っていた。

わたしの手を引いたラディも、剣を横に縦に薙ぎ、道を切り開いていった。


「彩花、突っ込むぞ」


「うん!」


ラディの言葉に、わたしは大きく頷いた。


先頭のソルトとサーシャは、もう城に入ってる。


「何でお前が先頭なんだよ!」


「うるせえなあ、カッコいい助っ人が目立っても、別にいいじゃん」


「カッコいいって、普通自分で言うか!?」


「だって誰も言ってくんねーんだもん」


ギャイギャイ言い合いながら、そして襲い掛かる牛鳥を蹴散らしながら。

凄いスピードで走っていってしまった。


意外にあの二人、いいコンビかもね……そう言ったら、きっとサーシャは目を見開いて怒るだろうけれど。


「とにかく、ユリシーダを目指そう」


走りながら、ラディはわたしに言った。

前の隊員さんたちが、バンバンと牛鳥をやっつけてくれるから、あんまり最後尾のわたし達のところには襲い掛かって来ない牛鳥。


まだ……ゾンビもどきが来ない。それが、ちょっと不気味だ。


「全部の使い魔を斃す必要はない。俺達は、特攻部隊だ。目的のために突き進むのみ」


「うん……」


「ユリシーダは、恐らく玉座にいるだろう。確かティリシアの玉座は……」


言いかけたラディに、強い声が掛かる。


「隊長!」


サーシャだ。


わたしとラディは、顔を見合わせて、そして城の中へと急いだ。


サーシャとソルトが、一箇所で立ち尽くしている。

その周囲には、牛鳥の姿は無かった。


その傍に行くと、彼らの前に……うそ、死体!?


中年の男の人が、口から血を流して倒れている。


「ラディ……!」


わたし、死体なんて初めて見た。


身体が震えて、止まらない。思わず、ラディの腕に抱きついた。

ラディは、わたしの頭を自らの胸にぐっと寄せ、そして低く呟いた。


「貴族だな。着ている物が豪奢だ」


「だな。絹かな。自殺か?」


「まさか……」


ラディとソルト、それにサーシャが顔を合わせて首を傾げていると、耳元で男性と女性の声が重なって聞こえた。


『アヤカ』


『彩花』


同じ言葉を、違う声で。


え、どういうこと!?


声が聞こえたのは、わたしだけじゃなかったみたいで。


その場にいた全員が、きょろきょろと辺りを見渡している。


『ユリシーダ王女、ですね』


もう一度、男の人の声。

これ、シェニムさんだ!


それに応えるように、女性の声が聞こえる。

これは……きっと由利ちゃんだ。


懐かしい。何だか、涙が出そうになった。


でも。


『そういうあなたは、アステリア国の性悪次男坊ね?』


『珍しいですね、そのような言われ方は。新鮮でいいですねえ。褒め称えられることに慣れていましたから』


『ふっ、噂通りね。これが彩花の兄だなんて。彼女が地球で育ったことは正解ね。大事な成長期に、あなたのような男が傍にいなかったことに、心底感謝するわ』


『何を仰います。せっかく社会人として働き出したアヤカの傍にいたあなたは、少なからず彼女に悪影響を与えてくださいましたね。いつか、その御礼をしなくてはと思っていたのですよ』


……舌戦?


耳元で、辛らつな言葉の戦いが始まってるの?

しかもわたし絡み!?


ラディは額に手を当て、


「シェニム……兄だと認めたら、レーリアをアヤカだと言い張る意味が無くなる……」


と呟いた。


それはそう。だけど、城内からざわめく声も聞こえないし。

もしかしたら、この二人の会話は、ここにいるわたし達だけにしか聞こえないのかも。


魔力の強いシェニムさんだったら、調整できそうだもんね。

てか、それどころじゃない。


「あの、シェニム兄さん、由利ちゃん……」


『あなたとは、正面から戦いたいわ』


『望むところです、と言いたいところですが、それは叶わないでしょうね。今からあなたは、我が軍に斃される運命ですから』


『あら、そうは簡単にいかないわよ? 私には、やるべきことがある』


『へえ、そうですか。まあ私には興味ありません。あるのは、あなたの泣いて謝る姿を見ることくらいですね』


「ちょっと、聞いて、シェニム兄さん、由利ちゃん!!」


わたしは更に声を張り上げたけど、それをラディが止めた。

振り返ると、彼は小さく首を振った。


「こちらの声は、聞こえていない。前もそうだっただろう? ユリシーダとシェニムほどの魔力の持ち主だからこその会話だ」


えー!?


二人の喧嘩を、ただ聞いているだけなの?

そんなぁ。


『さて、ユリシーダ王女。アヤカへの報告だったのですが、ついでにあなたにも教えてあげましょう』


シェニムさんは、いつもと変わらない、冷静至極な声で言った。

何? 何の報告なの?


『先程、あなたの長姉であるティリシア王と次姉の身柄を保護いたしました。あなたの城下にいる部下は、全員我が軍の捕虜となりました』


ティリシア王は、由利ちゃんのお姉さんだったのか…………


そうか、ティリシア城下にいるって言っていたもんね。よかった、無事だったのね。

ほっとしたわたしに、シェニムさんの声が続く。

冷静な、まま。


『ティリシア王からの声明です。

反逆者、ユリシーダ・エミル・ディナ・ティリシアを討ち、我が前に首を晒せ』


う……嘘。


いくら、いくら由利ちゃんがクーデターを起こしたと言っても。

本当の、姉妹でしょ?

由利ちゃんは、少なくともお姉さん達を殺さなかった。


なのに、討て? 首を、晒せ?


そんな…………


わたしは呆然として立ち尽くしてしまった。

わたしの様子に気付いたラディが、わたしを覗き込んで。


「彩花、真っ青だ。ちょっと、こちらへ」


そうわたしの手を引いて、部屋の端へと連れて行ってくれたけど、耳元の声が止むわけじゃない。


由利ちゃんは、くすりと笑って呟いた。


『そう、まあ当然よね。でも、末子の私に捕らえられるほどの弱いあの女が統べるこの国など、じきに滅びてしまうのに。どうしてそれに気付かないのかしらね?』


『あなた方の事情など、どうでもいいのです』


ぴしゃりと突き放すように、シェニムさんは応えた。


『私が今大切なのは、ティリシア王の声明でも、あなたの言い分でもない。アヤカが……我が妹が望むことが今は全てです』


『大したシスコンね。そう、彩花が望むこと。それは何かしら?』


『あなたとの、二人だけの面談ですよ、ユリシーダ王女』


シェニムさんの言葉に、由利ちゃんは一瞬押し黙った。


由利ちゃん。

わたしは、あなたと二人きりで、ちゃんと話し合いたい。


もちろん、ティリシア王のお姉さんの言うことなんて、わたし聞かないから。

由利ちゃんの言い分を、ちゃんと聞くから。

理由が、絶対あるはずだよね?


由利ちゃんのやってしまったことは、不問に付すことはできないかもしれないけど。


でも、首を晒せなんて、わたしに出来るはずが無い。


ちゃんと、話そうよ、由利ちゃん。


わたしは言葉を紡いでも、由利ちゃんに届かないから、胸の前で手を組んで、必死に祈ってた。

少しでも、気持ちが届きますように。


『……彩花、聞こえる?』


「由利ちゃん!」


こちらの声は聞こえないと分かっていても、つい声を上げてしまう。


『彩花の目の前に、きっと一人の男が死んでいるわね。その男は、私の意志に賛同した貴族よ』


ああ……やっぱり。


さっきの牛鳥を操っていた貴族だったのか。


『あなた達を、城内へ入れないというのがこの男の役目だった。だけど、果たせなかったから自害したのよ』


「え…………」


『これから、あなた達を迎え撃つのは、そういった覚悟の出来た者ばかりよ。あなた達を阻止出来なければ、自ら命を絶つ。それでも、あなたは私に会いに来れるかしら?』


そんな……


わたしが、由利ちゃんに会おうとする度に、誰かが、死んでいく。


うそ。嘘だよね?


『覚悟っていうのは、そういうものよ。この先どうするか、彩花の選ぶ道をここで拝見させていただくわ』


由利ちゃんは、そう一方的に言うや、それから一言も言葉を発さなくなった。


どうしよう。

頭が、凄く痛い。

目の前も、クラクラする。


わたしの思いで、誰かが犠牲になる。

それが、許されるの? 許されるわけなんてない。


人の命なんて、そんなに軽いものじゃない。


「彩花……」


ラディが気遣わしげに、わたしを覗き込んだその時。


ばーん! とわたしの背中を誰かが叩いた。

まるで、地球で由利ちゃんに、毎朝されたように。


振り返ると、にんまりと笑ったソルトがいた。


「なーに深刻になってんだよ、アヤカっちらしくねーぞ!」


「だって…………だって、ソルト……」


「言っただろ? アヤカっちは、自分の思う道を行けって。それがどんな道でも、たとえ後悔することになっても。今引き下がって俯くよりは、ずっといい結果になると思うよ」


わたしが、選ぶ道……。


奇しくも、由利ちゃんも同じ事を言った。


わたし、人の人生を左右できるほど、立派な人間じゃない。


それでも。


「ラディ」


ラディは、わたしの手をぎゅっと握ってくれた。

それが、わたしの力になる。


「わたし、由利ちゃんに会いたい。だけど、この先犠牲も出したくない」


どんなに我がままなことを言っているのか、分かっているつもり。


だけど、ここはラディに縋るしかない。


道を、切り拓いて。

その先に待ち受ける、由利ちゃんの手の者たちの命を守りながら。


ラディは小さく頷いて、サーシャに目を向けた。

サーシャは肩を竦め、わたしに近づき、わたしのおでこを指で軽く弾いた。


「いたっ!」


思わず声を上げると、サーシャは悪戯っぽく笑って胸に手を当てた。


「これくらいは、お許しを。大変なご命令を下したんですから」


大変……そうだよね。わたし、とんでもないことをお願いしてる。


戦いながら、敵の命を守れなんて。

だけどサーシャは、隊員達を集めて、


「よっし! お前ら、アヤカ様のお言葉通りだ。作戦練り直すぞ!」


「おう!!!」


サーシャ……


「俺も一応、その作戦聞いとこーっと」


軽々とサーシャ達の下へ駆けていくソルト。



ごめんね……。ソルト、他の国の王子様なのに。

面倒なことに巻き込んで、本当にごめん。


そして。


「ラディ……」


言いかけたわたしを、ラディはにこりと笑って止めた。


「彩花、一言だけ、…………言って?」


「……何を?」


「俺に、言って欲しい。『わたしを護って』って……」


ラディの眼差しは、真剣で。

何かを決意したような、その眼差しから、目が離せない。


わたしは、自分の意識外で、呟いていた。


「わたしを……護って……」


「彩花……!」


ラディは、ぎゅっとわたしを抱き締めて、首筋に顔を埋めて、呟いた。


「護る。俺の全てをかけて。きみを必ず、ユリシーダと再会させる」


そのラディの言葉で、意識を戻したわたしの手が、ラディの背中に回った。

今度は、ちゃんと。

わたしの言葉で。


「わたしも、あなたを……あなた達を、護りたい。皆で、笑って戻ろう?」


力なんてないけど。


でも、気持ちは護られるだけじゃ嫌なの。


ラディは、何度も頷いて、わたしの髪を撫で、顔を上げたときには、穏やかなわたしの知っている彼じゃなかった。

わたしから離れ、サーシャ達の下へ歩み寄ったラディは、もう『蒼の疾風』の隊長の姿だった。


動き出した。

わたしの知らないところでは、すでに動き始めていたものが、わたしの目の前でも動き始めた。


もう、引き返せない。


何としてでも、由利ちゃんに会う。


わたしは決意を新たに、ラディ達の元へと駆け出した。

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