第1話 再会への、蒼き特攻服
全然眠れなかった夜が明けていく。
といっても、まだまだ日は昇らない。
わたし一人だけの広いテントの入り口から、小さな声が聞こえてきた。
「……起きているか?」
ラディだ。
耳に心地いい低い声。
わたしはこんな戦地に不似合いの、ふかふかの布団から起こした。
「うん、起きてる」
その返事を合図に、ラディがそっとテントに入ってきた。
手にしていた、ほんの少しの灯りを近くに置いて、わたしに近づいた。
そしてわたしの顔を覗き込み、小さく溜息をついた。
「やっぱり、全然寝ていないな?」
寝れるわけないよ。
興奮しちゃって、無理。
4時には、ティシリア城に総攻撃を仕掛ける。
そして先陣を切るのは、ラディ率いる『蒼の疾風』部隊。
わたしは彼らに混じって、由利ちゃんを目指して駆け抜けなくちゃならない。
……うう、大丈夫かな。
何が心配て、体力が心配だったりして……。
ラディはわたしに、折りたたんだ布を差し出した。
首を傾げてそれを受け取り、広げてみると。
紺色の軍服。それに、白いスカーフもついてる。
今、ラディが着ている服とお揃いだった。
「レーリアとばれないように、俺たちに混ざってもらう。今から、きみは『彩花』に復活だよ」
「えっ……!」
わたしが目を見開くと、ラディはふわりと笑って、わたしの髪を撫でた。
「ミネリアにも、ティリシアにもレーリアがティリシア城を攻め込むことを隠すためだ。もしレーリアだとばれたら、きみは最優先で狙われて、囚われるかもしれない。ミネリアにしても、ティリシアにしても。危険は同じだからね」
そうか……そうね。
シェニムさんの策略が、意外な方向に転がった。
どう思っているのかな、参謀としては。
悔しいのかしら。それとも、こういう事態も見越していたのかな?
「アステリア軍には、きみは『蒼の疾風』のアヤカだと言い含めてある。軍の4分の1を裂いて、レーリアの影武者をさっき、アステリア国に向かわせた。最悪、ミネリア王がそちらへ兵を動かしても、こちらの優位は変わらない。だとしたら、ミネリアは動かないだろうと我らの参謀殿は読んでいるようだよ」
そっか。さすがだなあ、シェニムさん。
わたしだったら、絶対思いつかないや。
妙に関心してしまったわたしに、ラディはもう一度、強く繰り返した。
「いいね、彩花。きみは今から、俺たちの部隊の一員だ」
「……うん」
身が、引き締まる気がする。
それにしても、精鋭部隊だというラディの部隊の仲間入りさせてもらっちゃって、何だか申し訳ないなあ。
きっと憧れている人たち、たくさんいるだろうに……。
ちゃんと由利ちゃんに会って、しっかりと話をすることで許してもらうしかない。
「わたし、出来る限り足手まといにならないように、頑張るね」
わたしが、服をぎゅっと胸に抱いてラディを見上げると、彼は笑みを優しげに変えて、両手をわたしに差し出した。
そして、その胸に抱かれた。
暖かい、広い胸。
居心地のいい、わたしの大切な場所。
「彩花、何も心配しないで。きみは、必ず俺が護る。この手で護って、ユリシーダのところへ連れて行くから」
耳元で、囁かれる声はとても穏やかで。
わたし、何も心配しなくてもいいって錯覚しそうになるよ。
でも、そうは言ってられない。
ラディの優しさに、甘えてばかりじゃいけない。
そうは言っても、わたしに何が出来るのかな。剣なんて使えないし、魔法も使えない。
全くの役立たずだもん。情けない。
「今、役立たずだな、わたしって思った?」
ラディはくすりと笑って、わたしをぎゅっと抱き締めたまま更に囁いた。
えっ、どうして分かったの!?
わたしは思わず目を見開いて、ラディを見上げた。
目の前には、沖縄で見たときのような、限りなく澄んだ汚れない海の色の瞳がある。
吸い込まれそうに、綺麗な瞳。
その瞳が近づいて、思わず目を瞑ったわたしの瞼に暖かい感触が。
「きみがいてくれるだけで、俺の力になる。俺だけの、勝利の女神…………」
祝福の、女神じゃないの?
ラディにとっては、わたしは勝利の女神なの?
大変ね、たくさんの女神をしなくちゃならないのね、わたし。
くすりと笑ったわたしの唇が、塞がれて。
わたしとラディは、薄暗いテントの中で抱き合った。
わたしが着替え終わり、テントから出ると、もうそこに『蒼の疾風』の皆さんが勢ぞろいしていた。
改めて数えてみると、ラディを入れて8人いた。
ラディと、可愛らしい女の子のようなサーシャ。それに、他の人たちも皆若い。
サーシャは他の隊員の人と話をしていたけれど、わたしの姿を見るや、ツカツカとわたしに近づいた。
少しだけ、わたしよりも背が高いサーシャ。
でも、こんだけ可愛いからかな。男の人だって分かっても、全然怖くない。
「サイズ、大丈夫だったようですね」
「え、これ、もしかしてサーシャの?」
「ええ、胸元がきつかったら申し訳ないと思っていたのですけど」
そう悪戯っぽく笑ったサーシャを、思わずわたしは睨みつけた。
もう、もう! どうせわたし、胸ペタンコだもん。
だけどサーシャは「失礼しました」と頭を軽く下げるや、わたしの手を取り、左手の中指に何かを差し込んだ。
え、何?
サーシャが手を離してから、自分の手を見ると。
小さな青い石が入った指輪が。サイズもぴったり。
「サーシャ、これ……?」
「『蒼の疾風』隊員は、皆お守りとして、蒼いものを身につける風習があるんだ。俺は、これ」
代わりに応えてくれたラディの胸元のスカーフに、確かにタイピンのような青い小さな石が光ってる。
「あたしはこれよぉ。ほらね」
サーシャの短い髪の下のピアス。
うん、それ、知ってる。初めて会った時に気付いたもの。
他の隊員の人たちも、それぞれブレスレットやネックレスなどをわたしに見せてくれた。
「さあ、アヤカ様。これであなたも、あたし達の仲間入り」
悪戯っぽく笑ったサーシャは、じっとわたしを見つめ、表情を一変させた。
そして、わたしに跪き、わたしの手を取って。
彼が填めてくれた指輪に唇を寄せた。
「誓いは必ず守ります。あなたを護る、隊長を護るのが我らの役目。そして私は、あなたに命を捧げた。あなたの望みを成就させるために、命を捧げさせていただきます」
気付けば、隊員全てがわたしの前に跪いていた。
どうしよう、どうすればいいの?
わたしの隣に立つラディは、わたしの肩を抱き、そっと促した。
言葉を、掛けろと言っているのね?
……うん、ここから、始めよう。
わたしの思いを、わたしの言葉で。
「あのね、あの……皆さん、ありがとう」
わたしの言葉に、隊員の皆さんの視線が突き刺さる。
うわ、一斉に注目されると、緊張する!
だけど、言わなきゃ。
「でもね、でも、わたしに、命を捧げないで。自分の一つしかない命だもの。絶対、大事にして。わたしのために、捨てる覚悟なんてしないで。それが、わたしのあなた達への望みなの」
へん? ぬるま湯に浸かった小娘の言葉だったかな。
だけど、わたしの為に命を捧げるなんて……そんなの嫌だ。
不安になって、ラディを見上げると、彼はにっこりと笑ってわたしの言葉を継いでくれた。
「アヤカ様の思いを忘れるな。全力でアヤカ様を護り、ユリシーダとの面談を果たすのが我らの務め。だが、命を粗末にするな。それが出来る部隊だと、俺は信じている」
「はっ!!」
「では、出立!」
ラディの言葉に、少数精鋭部隊、『蒼の疾風』隊は、ティリシア城近くの森に移動した。
特攻部隊だと言っていたから、少ないとは思っていたけれど。
隊長入れて、8人しかいないなんて、思ってもみなかった。
「もうすぐだ。時間になれば、大砲がティシリア城を撃つ。それが突撃の合図だから」
「う、うん……」
わたしは、ラディとサーシャの間に座り、力ない返事をしてしまった。
だって、だって怖い!
段々恐怖心が増してくる。
精鋭部隊だっていうから、きっと皆強い。
大丈夫だと分かってるけど。でも、怪我とかするだろうな。
あのゾンビもどき、結構力強いし、牛鳥の斧だって強力だもん。
またウジャウジャ出てきて、誰かがもし、倒されてでもしたら……
そう思うと、震えが止らなくなる。
「彩花……」
ラディが気遣わしげにわたしを覗き込み、わたしの頬に手を触れようとした瞬間。
わたしの頭を、ぎゅーっと突然抱き締められた。
「ひゃぁあー!?」
「アヤカっち、みーっけ!」
呑気な、軽いその声は!
「ソルト!?」
ああ、腕、腕がわたしの目を隠してる!!
前が全然見えないよー!?
「さっすがアヤカっち! 声だけで俺が分かるなんて。それでなくちゃ、来た甲斐ないよなー」
嬉しそうに笑う声と共に、腕がようやく外されて、わたしは顔を振り向かせた。
やっぱり。
褐色の短い髪は、ツンツンと立っていて。
今は赤茶の瞳が、大きく輝いている。
「ソルト、どうしてここに……」
言いかけたわたしの声に被さるように、緊迫した抑える声が響いた。
「貴様、全く気配を感じなかった。何者だ!」
そう言って剣を構えているのは、サーシャだ。
彼は腰を低くして、今にも攻撃を辞さない構えだった。
「待って、待ってサーシャ!」
「只者じゃありません、アヤカ様。お下がりください!」
「何だよー、いきなり。怖えなあ。俺はさ、アヤカっちの友達。友達のピンチは助けなきゃでしょ?」
「……いつの間に、友達に昇格したんだ」
苦々しげなのは、ラディ。
ラディは、ソルトが嫌いなようで、会えば警戒し、冷たい眼差しを向けている。
でも、それを全く意に介さないのが、ソルトなんだよなぁ……。
「まーまー、今は戦力が一人でも多いほうがいいっしょ? 俺、そこそこは役に立つと思うよ?」
そこそこ、どころじゃない。ソルトは相当強いと思うよ。
彼の一族は、肉弾戦を得意とするらしく。魔力は全然無いんだけど、でもその代わり身のこなし方が半端じゃない。
サーシャはラディが手を挙げて制止したのを受け、だけど眉を寄せてまだソルトに警戒しているようだ。
ソルトは面白そうに、サーシャに目を向けた。
「あれ、『蒼の疾風』って、女の子もいたんだ。メチャクチャ可愛いじゃん!」
その言葉に、サーシャは眉間に皺を寄せたまま、彼の腕をむんずと掴んだ。
そしておもむろに、自分の胸へと当てさせる。
さすがに驚いた顔をしていたソルトだけれど、すぐに困ったような笑みを浮かべた。
「いやあ、参ったな。ええと、胸の大きさの感想を言ったほうがいいのかな。ねー、アヤカっち、こういう場合、女の子ってどう言えば傷つかない?」
あのねー! ソルト、どうしてそれをわたしに振るの!
「違う! 俺は、男だ!」
サーシャが憤然として声を上げると、ソルトは口元に手を当てて「静かに~」と囁いた。
もう、もう! あなたが一番うるさいのよぉ!
「しかし、そっかあ、そりゃまあ失礼しました。俺は、シオタくんでーす。よろしくね」
全く、このふざけた自己紹介。
本当に、わたしの力になってくれるつもりなの?
ソルトの真意が図れない。
そして、背後からは何か、大きな叫び声が段々近づいてくる。
「…………ルト、ソルトー! あんのクソガキャー、また勝手にどこに行きやがった!!」
「やべ、オヤジだっ!」
ソルトはわたしの背中に、身を隠した。
……ちょっと。わたしを助けに来てくれたんじゃないの?
「ソルトー! ゴルァ、見つけたらボコボコだぞ、オラァ!!」
ミネリア王も、かなり過激なお父さんだなぁ……
そんなこの場にそぐわないことを思っていたら。
ドゴーン!!
突然地響きのような音が鳴り響き、身体が揺れ動く。
「ひゃっ!!」
「彩花、合図だ。『蒼の疾風』、突撃!!」
ラディに腕を掴まれて、立たされたわたしは、突然のことで体勢も整わないうちに走らされた。
ひゃあ、足がもつれるぅ!!
「アヤカっち、今は祝福の女神とか、そんなの忘れちゃいな」
隣を走るソルトが、ふと真剣な眼差しで言った。
…………え?
「今は、自分のやりたいことだけを、考えな。それに付き合ってくれるバカが、こんなにいるんだし。まあ俺もそうだけどさー!」
そう言って、ソルトは早速先頭に向かって走るスピードを速めた。
「全くあいつは何なんだ! お前らー!! あのヘンなのに遅れを取るなー!!」
あー……サーシャはソルトに敵意をむき出しにしてるし。
始まってしまった、由利ちゃんと対面するための突撃作戦。
誰も、失いませんように。
わたしはそれだけを祈って、ラディに引かれた手のぬくもりを感じて。
ただ、走り続けた。




