第7話 決意と、命を捧げる誓い
わたしの思いを、わたしの言葉で。
その日遅く、わたしとラディはシェニムさんと別れた、あのテントに向かった。
どうやらあそこが本営ならしくて。
「お邪魔しますー……」
そう言いながらテントに入ると、イスランさんもいて、わたしに気付くと手にした杯を掲げて、嬉しそうに笑った。
「おう、レーリア! どうだ、ちゃんと飯食ったか!?」
「ええと……」
「何だ何だ、しっかり食えよ? 明日はまた面倒なことになるからなあ。だけどお前は一足先に、アステリア城にちゃんと戻すから。だから、何も心配すんな!」
え?
アステリア城に?
わたしがその言葉に驚いていると、シェニムさんは背中を向けていたけれど、こちらに振り返って立ち上がった。
「状況が、変わりました。あなたは、とにかく明日早く、夜が明けたらアステリア城へすぐに出立なさい」
「ちょ、ちょっと待って、シェニム兄さん。わたし、由利ちゃん……じゃなく、ユリシーダ王女と話を……」
言いかけたわたしを止めたラディが、涼しげな目元を軽く眇め、一歩前に歩み出た。
その身体から、言い得ぬ緊張感を感じる。
どうして? 何が、あったの?
「シェニム、言え。何を隠している?」
口調も厳しく、イスランさんも目を見開いている。
シェニムさんは変わらず無表情で、彼もまた一歩こちらに歩を進めた。
間近で向かい合う、ラディとシェニムさん。
二人の間に見えない火花が散っているようで、怖い。
「ここでは、ちゃんと参謀という敬称をつけなさい、ラナディート隊長」
「黙れ。俺は、何を隠しているのかを聞いている」
ラディ、怒ってる。
きっと、わたしや彼に隠して、事を進めようとしていることに怒ってるんだ。
今回の由利ちゃんのクーデターに関しては、一番の当事者が、わたし。
分かってる。
だから、由利ちゃんとちゃんと話し合えるように、ずっとわたし、悩んできた。
それを、ラディも知ってる。
ずっと、わたしの話を聞いてくれていたから。
だから、今、わたしを外して話を進めようとしているシェニムさんの策に怒りを覚えてるんだ。
シェニムさんは、ふう、と息をつくと、さっき座っていたテーブルに戻った。
そしてテントの中にいた女性達に手を振って退出させると、わたし達を手招いた。
「お掛けなさい。全くレーリア、早く寝なさいと言ったのに。肌が荒れますよ」
そんなこと言ったって。どっちにしろ、こんな状況で寝れる訳無いよ。
それに、肌荒れを気にするほどの美貌なんて持って無いもん。
思わずぷう、と膨れてしまったけれど、ラディがわたしの腰に手を当ててくれたので、二人でテーブルについた。
簡素なテントの中だけど、飲み物と食べ物が並んでる。
「今、夕食なの?」
「ええ。先ほどまで、ミネリア王と王子が来られていましたからね」
「えっ……」
危なかった。ミネリア王と、その息子のソルトと鉢合わせするところだったのね。
わたしとラディは顔を合わせて、ほっと溜息をついた。
今、ソルトに会うのはまずい。さすがにそれはわたしにも分かる。
「ミネリア王が、要求したのは何だ。レーリアだろう」
直球勝負!?
ラディがそう切り出すと、イスランさんはそわそわと目線をさ迷わせ、シェニムさんは軽く肩を竦ませた。
何て分かりやすい反応!
「そうか、そうなんだな。だからシェニム、お前はレーリアを……」
「いいですか。ラナディート、レーリア」
シェニムさんはわたし達に身体を向け直して言った。
わたしの身体が、びくりと震える。
シェニムさんの声が、深くて重くて。
だけど、隣にはラディがいる。
それに、目の前にいるのは、わたしのお兄さん……絶対、大丈夫。
気合の入ったわたしの耳に、次に入ったのは深い深い溜息だった。
シェニムさんでも、ラディでもない。
ええ?
「こうなったら、暴露しちまえよ、シェニム」
そう言って、テーブルの上のつまみを手づかみで取り、ムシャムシャと食べたイスランさんは、わたしに目線を向けた。
「オレはな、面倒な駆け引きとか嫌なんだよ。おう、ミネリアがレーリアを所望した? 正解だよ。ミネリア王は、お前を欲しいとほざきやがった」
イスランさんは、もぐもぐとつまみを食べ続け、ついでにお酒を蒼って。
そしてにやりと笑った。
「ご丁寧に、王子まで連れて来たけどな。だけど渡すか? 可愛い妹を。オレがどれだけ、妹を愛してるか、あいつらは分かっちゃいねえ!」
……ごめんなさい、わたしも、分かっちゃいないです。
「シェニムも同じ考えだよ。だから、お前に地球名を封印させた。お前、ミネリア王に会ってんだろ? 地球名で。だったら、逃げ道が作れる。だけどなあ、レーリアを逃がして、武力だけでティリシアぶっ潰して、それで終われるか?」
「何を仰るんです、筋肉バカが……失礼、兄上」
「お前、さりげなく失礼だな!!」
「失礼、失礼。これでよろしいですか?」
「全くムカツクな! レーリア、こいつ鍋焼きにして食ってもいい?」
聞かれてもねえ……わたしはラディに困った目線を向けると、彼もうんざりした顔で首を振って、そして小さく言葉を紡いだ。
「俺たちは、ミネリアの要求を呑むわけにはいかない。そして、シェニム、お前の策に乗るつもりもない」
「何を言うんです」
「シェニム、お前替え玉使って、ユリシーダ王女の間近まで接近しようと思ってただろう?」
そっか。
ティリシアの人たちは、わたしを知らない。
だけど、由利ちゃんは、わたしを知ってる。由利ちゃんだけが、知ってるんだ。
そこを突こうと思ってたのね。
「だが、レーリアの望みは違う。聞け、レーリアは……」
ラディが言いかけた瞬間、地面が大きく揺れた。
何!? 地震??
倒れそうになる身体を必死に堪える。
ラディの手が、わたしの腰を捉えて抑えてくれた。
「ご、ごめ……ありがと!」
「これは……人為的だな……」
ラディの声のすぐ後に、わたしの足元から茶色い丸いものがせり出てきた。
うわー! 気持ち悪いー!!
ずずず……と上がってくるのは、あの、あの、ゾンビもどき!!
首だけを地面から生やして、口には何か紙切れが挟んである。
それをシェニムさんが取り上げると、またもやずずず……とゾンビもどきは地面に帰っていった。
ううう、やだよ、気持ち悪いよー!!
紙を見ていたシェニムさんは、小さく溜息をついて、それをイスランさんに渡そうとした瞬間。
さっとラディがそれを奪った。
「お前なあ! 一応オレ、司令官なんだぜ?」
「あーもう、口頭で私が伝えますから…………」
そんなやり取りをしている、わたしのお兄さん達。
ラディは小さな紙切れを眺めて、そしてわたしに眼を向けた。
いつもの、暖かい眼差しじゃない。
「レーリア。これ、よく読んで。結論は、きみが決める。だけど……」
言い淀むラディの手から、その紙を受け取った。
『祝福の女神、レーリア様。
あなたと、会談を所望します。それが叶うならば、この城など開城してしまっても構いません。
城下に捕捉した、私の身内をどうなさろうとあなたのご自由に。
ただ、あなたと二人で、今後のことを話し合いたい。
私に、会いにお越しください。あなたの力で。
ユリシーダ・エミル・ディナ・ティリシア』
ただ、これだけの、短い文面。
だけど…………だけど。
由利ちゃんは、わたしを求めてくれた。
「イスラン兄さん、シェニム兄さん」
わたしは背筋を伸ばし、二人の兄を見つめた。
イスランさんは、ラディから受け取った手紙を眺めながら、眉間に深い皺を寄せて。
シェニムさんは、腕を組んで、変わらない無表情で、わたしの言葉を待っていてくれた。
心配してくれているのは、分かる。
だけど、だけどね。
由利ちゃんが、わたしと話したい。そう言ってくれた。その言葉に、わたしは乗りたい。
「わたし、由利ちゃんに会いに行く」
ただ短く、そう伝えた。
シェニムさんは片方の眉を上げ、
「今のあなたには、魔力の欠片も使えませんよ?」
そうね。
多分、由利ちゃんがスムーズにわたしを彼女の場所へ案内してくれるとは思えない。
きっと、敵が立ち塞がる。
だけど、わたしには味方がいる。
「ポワン!」
わたしが呼ぶと、長い毛のポメラニアンがテントに入ってきた。
「はい、レーリア様、お傍に!」
「ポワン、戦闘準備よ。力ずくで、由利ちゃんに会いに行く!」
「かしこまりました。出でよ、使い魔!」
ポワンの声に、空間が歪み、そこから現れたのは、あの可愛らしい姿。
「キュー!」
ああ、キューちゃん!!
わたしに向かって、パタパタと飛んでくるその姿。
何て懐かしく、頼もしいんだろう!
「アタシは役に立ちませんけど、でもキューは結構強力ですわよ?」
「……『蒼の疾風』、ここに」
聞いたハスキーな声がしたかと思うと、ラディは弾かれたように立ち上がり、そしてテントの入り口の布を開いた。
その前には、10人にも満たないほどの人々が畏まっている。
先頭で跪いているのは、あのサーシャだった。
「ラナディート隊長、ご命令を」
「……お前たち……」
どういうこと?
全然、展開が見えない。
何で、ラディの隊がここで現れるの?
わたしが混乱していると、サーシャは顔を上げて、にやりと笑った。
……ああ、やっぱ男の人なんだなって思うような笑み。
「レーリア様。俺たちは、特攻部隊です。あなたの行く道を切り開くためにある。そうでしょ、隊長」
わたしの、行く道…………
わたしの肩を抱いたラディは、小さく頷いて、そして突然シェニムさんに跪いた。
ええ、何? どうしよ、わたし、ついていってない!
「シェニム参謀、『蒼の疾風』を、レーリア様の護衛としてお認めください」
頭を下げたラディ。
それを見下ろしているシェニムさん。
そして、腕を組んで、面白そうに見ているイスランさん。
何が何だか分からない。
「参謀、どうぞ許可を」
ご命令を、ではない。
許可を。
そう言った。
わたしをじっと見つめたシェニムさんは、ふう、と溜息をついて、背中を向けた。
「知りません。兄上、レーリアについて、何かご存知か」
「へ? あ、ああ、レーリアなあ、何だか胡散臭い男と一緒にいたぞ?」
「そうですか。ではその者を捕らえなくては。ああ、ついでにティリシアの雑兵を邪魔ですから捉えましょう。明朝4時などいかがです? 奇襲するにはいい時間と思いますが」
「おー! さすが我が弟よ、賢いな。明け方とは、奴らも気を緩んでるだろう」
「そこに思い至らないあたりが、あなたの脳が筋肉で出来ているというのです!」
あれ、あれあれ?
何でかな、こんな話に?
首を傾げるわたしの腕を取ったラディが立ち上がり、にこりと笑ってテントから出た。
そこには、さっき見た『蒼の疾風』の皆さんがいて……
皆さん、跪いたままで固まってる。
ラディが、
「直ってよし」
そう言うと、一斉にわたしを見つめた。こわっ!!
だけど、わたしの様子を見たサーシャが立ち上がり、つかつかとわたしに近づいて、そしてわたしの顎に手をかけた。
うぇ、可愛い顔が、間近に迫る。
「レーリア様?」
わ、わたしのことよね?
「ふぁい!」
あ、緊張のあまり、変な声が出てしまった。
だけど、サーシャは笑うことなく、わたしの目を真っ直ぐに見つめた。
「目的は、ユリシーダ王女との会談ですね?」
「え、はい…………」
それ以上、言葉に出来ない。
目線が、わたしに突き刺さってるし。怖いー!
サーシャはニッコリと笑うや、わたしの頭を掴んで、ええそう、ガッシリと掴まれたのよ!
そして、唇を寄せた。
額に、キスを……ええー!?
唇を離したサーシャは、わたしと、隣で腕を組んでいたラディに目を向け、もう一度跪いた。
「この命、祝福の女神様に」
後ほど聞いた話では、誓いを告げる相手の額に口付けることが、命を捧げる儀式なんだそうだ。
サーシャは、この瞬間、わたしに命を捧げてくれることになった……って、ええー!?
「レーリア、明日、夜明けに突入する。それまで、寝ていて?」
そう言われて、寝れる人っている!?
ラディの優しい言葉に甘えられず、わたしは悶々と与えられたテントの中で、眠れない夜を過ごした。
寝ておけば、良かったな。
そう思うけど、後の祭り。
でも、どっちに転んでも、わたしは寝れなかっただろう。
由利ちゃん。
アステリアの家族…………パパさん、イスランさん、シェニムさん、
それに……ラディ。
みんな、みんな。
全員、幸せになれる方法って、ないのかな。
ないのかな…………。
「神聖な偶像」という名の檻。
崇拝の眼差しに射すくめられ、孤独に震えていた彼女の手を取ったのは、変わらぬ愛を捧げる騎士と、命を懸けると誓った新たな仲間たちだった。
「由利ちゃんに、会いに行く」
与えられる宿命を受け入れるのではなく、一人の女性として、自らの足で運命を切り拓くための決意。
額に刻まれた誓いの口づけは、孤独だった女神が手に入れた、何より心強い「居場所」の証となる。
「反乱の狂詩曲」編、完結。
次回、新章「再会の夜想曲」開幕。
突撃の合図と共に、夜明けの戦場を駆け抜ける。
かつての親友と、再びその瞳が重なる時。
奏でられる調べは、果たして。




