第6話 帰還と、不敵な副隊長
「ラナディート隊長、よろしいでしょうか」
突然、小さな声がする。
ラディの腕の中にいたわたしは、びくりと体を震わせてしまった。
あれから、わたしとラディはテントに戻った。
段々寒くなって、身体が冷えてしまうからと、ラディに言われちゃったから。
人払いをした彼は、クッションに再び埋もれたわたしを後ろからギューッと抱き締めて、そのまま二人、ずっと無言で身体を寄せ合ってた。
こんな時間、結構大事だし、好き。
居心地のいい場所で、色んなことを考えられるから。
ラディが促すと、中に入ってきたのはサーシャだった。
小柄だと思っていたけど、それは男の人で、だということだったみたい。わたしと同じくらい。
でも、可愛いのは変わらない。
本当に、男の人なのかな? 大きな栗色の瞳が、悪戯っぽい色に変えて、わたし達を見比べてる。
ラディはその眼差しに軽く舌打ちをし、わたしから離れて立ち上がった。
サーシャはおもむろに悲しげな表情を浮かべて、ラディの腕に縋りつく。
「ラナディート様ぁ、ひどぉーい! あたしってものがありながら!」
「うっとおしい、離せ。で、首尾はどうだ?」
「あたしより仕事を取るのぉ!?」
……大丈夫だもん。サーシャは男の人だもん。
だけど、複雑だなあ。本当に可愛らしいから、サーシャ。
わたしが微妙な顔をしているのが分かったラディは、深い溜息をついて、軽くサーシャの頭をはたいた。
「いい加減にしろ。レーリアはもう、お前が男だって知ってるぞ」
「えー? 何だよ、もうバラしたの? つまんねぇな」
え!? 何その変貌っぷり!
サーシャは軽く肩を竦め、わたしに大きな瞳を向けた。
くるくるとよく動く栗色の瞳は、まだ少女のような輝きで。えーと、男の人だけど。
うう、こんなに可愛い男の人、初めて見る。どうしていいか分からない。
サーシャは突然わたしに跪き、そして深く頭を下げた。
「祝福の女神、レーリア様。数々の暴挙をお許しください。それもみな、あなたの為を思ってこそ」
「……え?」
驚くわたしに顔を上げたサーシャは、にやりと笑った。
「こう見えてもね、隊長は結構モテるんですよ。お気をつけください」
「余計なお世話だ! 俺には、レーリアの他に、誰も必要ではない。だからレーリアも何も気に病むことはないんだ!」
「はいはい、今までそれでかわして来ましたけどね、数々の求婚を」
「だから、余計なことを言うなと……」
球根、じゃなくて求婚……ぽかんとしてしまったわたしは、ラディとサーシャのやりとりをただ見ていた。
そっか……そうだよね。カッコいいもんね、吉田くんのあなたも、ラディとしてのあなたも。
モテるの、分かるよ。でも求婚かぁ、そっか……
「レーリア、気にしないで。それよりも、サーシャ、報告を」
「へいへい。結構いいネタが入りましたよ。レーリア様、あなたの兄上、ありゃあ相当の狐ですね」
サーシャは身体を崩すことなく、跪いた体勢のまま、口調だけを崩して報告を始めた。
「ミネリアの領土からティリシア城への包囲を固めるのに、ミネリア王といくつか取り決めがあったようです」
「取り決め?」
ラディは眉を潜め、わたしの隣に座った。
「ええ。ミネリアの王も野心がありますからねえ。絶好の好機でしょ、アステリア国へ要望をするにはね」
「まあな……こちらが下手に出なくてはならない事態だからな」
「その条件までは分かりませんが、まあレーリア様が絡んでるのは確かですね。だからあなたをすぐにこちらへ召還しなかったんでしょう」
そっか……賭けの対象になってしまったようで、すごく居心地が悪いけど。
でも、わたしも知らん顔出来ることじゃないもの。
わたしは緊張した面持ちのまま、僅かに姿勢を正した。
「でも、ポワンがここへの道を見つけて、ちゃんとシェニム兄さんはわたしを招き寄せてくれたよ」
「そうですね、あなたは、アステリアへの道を見つけた。シェニム参謀にしたら、誤算だったかもしれない。しかし、ならば、祝福の女神という名を利用するまで。そうシェニム参謀はお考えのようです」
利用……シェニムさんが?
わたし、利用されるの?
身体が震えてくる。そのわたしの手を、ぎゅっと大きな手が包み込んだ。
見上げれば、ラディが真っ直ぐにサーシャを見つめながら、わたしを握り締めてくれた。
暖かい体温が、わたしに流れてくる。
ありがとう、ラディ。うん。大丈夫。
あなたが、いるもの。
「……シェニム参謀は、祝福の女神の帰還を公表した上で、ミネリアへの牽制にしようと目論んでいるようです。これだけ兵を集結させてしまったアステリア国本土は、もぬけの殻に近い。ミネリアが、ティリシアと手を組んでアステリア国を乗っ取ろうとする好機ですからね。今だって、ティリシアとミネリアの挟み撃ちにされてしまってはこちらは相当の痛手だ」
「まあな……だが、ミネリアとティリシアの関係は、あまり良くないと聞いていたが」
「情勢は、日々変化するもんですよ、隊長。昨日は仲が悪くても、明日はどうなるのか、誰にも分からない。そしてそれを阻止するには、祝福の女神の名を使えば簡単だ」
「簡単……どうして?」
わたしの質問に、サーシャではなくラディが答えてくれた。
「そうか……求めているのは、やはりレーリアか」
深く考え込んでいたラディが顔を上げ、わたしに繋いでいた手に力を込めた。
「ミネリア王は、この領土にアステリア軍を入れる代わりに、レーリアを要望したんだろう。恐らくは、ミネリア王の子の嫁として」
ミネリア王の子……って、ソルト!?
えええー!?
「アステリアの皇女とミネリアの王子。バランスとしては丁度いいし。両国の関係を良好にする、いい縁談だよな」
ニヤニヤ笑ったサーシャの頭をまたしても叩いたラディは、座りなおして、
「だが、シェニムのことだ。簡単に了承なんてするもんか。目の前に人参をぶら下げて、ミネリアを利用する魂胆なんだろう。そうか、だからか。彩花の名を封印したのは」
えー? どうして、全然話が見えない。
わたしって相当のバカなのかな。
『蒼の疾風』の隊長と副隊長が話し合っている内容が、全然分からないよ。
わたしのことなのに、どうしよう。
「ですね、まあ、悪いようにはしないでしょ。あの狐参謀も、相当のシスコンだし。だから、逃げ道として地球名を明かさないでおいているんでしょ。ミネリアの連中はレーリア様の姿を知らない。最悪、レーリア様が拉致られても、『彼女は地球から紛れ込んだ者だ』って言えば済むことだからねえ」
そっか……わたし、こっちに戻ってきたほうが、危ないんだった。
すっかり忘れてた。いけない。
でも、そこまで考えてくれてたんだ。シェニムさん……。
「だが、シェニムはそれを俺達に隠している。それが気に食わない」
ラディは再び思案に沈み、サーシャは面白そうにそれを眺めている。
不思議だな……凄く、信頼し合っているのが分かる。
こんなに短い間なのに、ラディとサーシャの二人の関係が深いことを感じた。
でも、もうあの黒い感情は沸かない。
それよりも、サーシャが心強くさえ感じるなんて。
わたしって、現金。
「よし。シェニムが何を考えているのかは分からないけど、レーリアが何をしたいか、それが一番大事だ。レーリア、きみの一番の要望は?」
ラディがわたしの手を繋いだまま、わたしに身体を向きなおした。
わたしの望み。
一つしか、ない。
わたしは小さく深呼吸して、ラディの澄んだ海の色の瞳を見上げた。
決意を、揺るがさないように、意思を込めて。
「由利ちゃんと……ううん。ティリシア第三王女、ユリシーダとの一対一の面談を望みたい」
シェニムさん、怒るだろうな。
一対一でなんて言ったら。
でも、由利ちゃんと話し合うのに、兵士に囲まれてなんて嫌だ。
形は、どうでもいい。
アステリア皇女レーリアと、ティリシア王女ユリシーダでいい。
でも、わたしの心では、藤森彩花と、宮下由利として会いたいの。
だから、兵士なんて必要ない。
ラディはわたしを見つめ、そして空いている手でわたしの頬をそっと撫でた。
「サーシャ、しばらく向こうを向いていろ」
「げ、マジで。やってらんねえなあ」
サーシャは顔に似合わない言葉遣いをしながらも、立ち上がってテントの端に行った。
何? 何が始まるの?
ラディは左手をわたしの手に、右手をわたしの頬に当てたまま、じっとわたしを見下ろしている。
眼差しが、暖かい色に変わった。
わたしのことだけを、思いやってくれているのが分かる。
「レーリア……そう呼んでも、俺の心では、違う名がある。分かってくれている?」
「うん。分かってる。大丈夫よ」
「そうか。良かった……」
ラディは嬉しそうに微笑んで、顔を寄せて、わたしの額、瞼、そして頬に唇を落とした。
くすぐったい。でも、あなたの愛情が、あったかい。
ちゅっと音を立てて、わたしの唇をそっと塞ぐと、ラディは間近でわたしの瞳を覗き込んだ。
「常に、きみの傍にいる。俺が、きみを護るから。だから、しっかりと思いを伝えておいで。そのことを、明日シェニムに言おう。やつの思い通りにさせたら、きっとユリシーダと話し合うことは出来ない」
「うん……」
シェニムさんは、前地球に来たときには、由利ちゃんがわたしを望むだろうからと言っていた。
だけど、状況が変わってしまったのなら。
最優先で、わたしの安全の確保に入るだろう。
でも、わたしは身の安全よりも、由利ちゃんと話し合うことを優先したい。
「ごめんね、ラディ。わたし、我がままだよね」
あなたを、振り回してばかり。
あなたの優しさに、甘えてばっかり。
そんなわたしに、ラディは微笑んでくれた。
「きみの望みを叶えるのが、俺の喜びだから。気にしないで」
「そしてぇ、隊長の望みを叶えるために、『蒼の疾風』はあるんだよ」
突然の声に、わたしとラディは思わず寄せていた身体を離した。
テントの端に行っていたサーシャが、すぐ傍に来て、頭の後ろで手を組んで、わたし達を呆れたように見ている。
「全くデレデレしやがって。聞いてらんないよ。いいか、隊長。あんたの身を護るために、俺がいるんだ。伊達にあんたのいなくなった隊を預かってたわけじゃない。そこんとこ、忘れないで下さいよ。俺はただ、預かってただけだ」
「サーシャ……」
「一人で突っ走んないで下さいよ。レーリア様。あなたもね」
え? まさかここで、わたしに振られるとは思わなくて。
わたしは驚いて、きょとんとしてサーシャの可愛らしい顔を見上げた。
彼は、にっこりと笑って、胸に手を当てて頭を下げた。
「あなたは、一人じゃない。隊長と、二人きりでもない。やっと戻ってきた祝福の女神。全力で、護らせていただきます」
サーシャ……!
わたしはその言葉に、何て答えればいいのか分からなくて。
そして、彼が告げた次の言葉に、泣き崩れてしまった。
「お帰りなさい、アステリアへ。一時帰還が、永遠の帰還になるのを心待ちにしてますよ。ですが今は、再び地球へお戻りになるまでは、護らせていただきます。隊長と共にね」
わたし、勘違いしてた。
皆、わたしを神様みたいな目で見て、崇めていた目線が、すごく怖くて、居心地悪かった。
でも、違うのね。
待っていてくれたのね。
わたしを変わらずに暖かい腕が、抱きとめてくれる。
アステリアが、遠い異世界だと思っていたけれど。
わたしの居場所があるんだ。
ここに、わたし、いてもいいんだ。
そう思ったら、また涙が止まらなくなってしまった。




