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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
反乱の狂詩曲(ラプソディー)     

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第5話 焦燥と、甘い挑発の罠

大きな、そして飾りつけのしてあるテントの中で、わたしは沢山のクッションに埋まっていた。


目の前には、こんな戦場で用意をするのは大変だろうと思わせる、豪華な料理の数々。


そしてわたしに侍っていた女性の一人が、わたしに杯を持たせて飲み物を注ごうとしている。


「ま、待ってください。すみません、お腹も空いてないし、とてもお酒も飲む気分じゃないので……」


わたしがそう手を振って言うと、女性達が皆慄いた表情を浮かべて、わたしに跪いた。


「申し訳ございません!」


「お気に召すよう、再度ご用意致しますので!!」


「どうぞ、お許しくださいませ!!」


深々と垂れる頭を呆然とわたしは見つめていた。

何だか、今にも切腹でも命じられそうな勢いで……。


そこでわたしは、はっと思い至った。


わたしは……レーリア・チュニス・エルハラード・アステリアは、皇帝陛下の娘。

それだけで、不興を買えば処罰の対象になる。


そしてましてや、レーリアは祝福の女神。

本当に、神様のような扱いをされているのだとしたら。


わたしの言葉は、彼女達の運命を決めてしまう。


まさか。


近代日本では、考えられない。


でも、ここはアステリア。

アステリアでの記憶がない今、わたしはとんでもないことを言ってしまったのだと気付いた。


お酒を飲む気分じゃない。

つまり、不興を買った。

そう、彼女達は思ったのだろう。


「あの、違うんです。わたし、ただ……」


「どうぞ、どうか!」


「ご慈悲を、レーリア様!」


彼女達は、わたしを縋るような眼差しで見つめてる。


やだ、やめて。

そんな眼で、わたしを見ないで!!


わたしは思わず頭を抱えて、蹲ってしまった。


「レーリア様、あの、ご気分が……?」


恐る恐る、女性の一人がわたしの額に触れようとした。

思わずわたしは、その手を振り払ってしまった。


「触らないで!」


「も、申し訳ございませんでした!!」


「ごめんなさい、違うの……」


わたしは自分の思わずとった行動に戸惑い、慌ててその女性の手を取ろうとしたけれど。


涙さえ零し、額を地面に擦り付けて、女性は打ち震えている。

他の女性も、怯えたような眼差しで、わたしとこの女性を見守っていた。


もう、もう何なの?


やだ。どうして、こんなことになっているの?


今まで、異世界アステリアと言っても、わたしの家族とか、城の人たちとしか会ったことないから。

この世界で、わたしの存在がどんなものなのか、思いもしなかった。


そして、わたし、由利ちゃんのことしか考えなかった。

ただ、由利ちゃんにもう一度会いたくて。会って、ちゃんと話をしたくて。

ただそれだけのために、気軽にここまで来てしまった。


アステリアの人たちは、わたしを想像もしなかったような目で見ている。


その眼差しが、重い。


わたしには、とても耐えられないほど、重たい。


「……もう、嫌だ……」


わたしは女性に伸ばした手を、力なく落とした。


助けて。

誰か、助けて。


わたしの心の叫びに応えるように、テントの幕が開いた。


ゆっくりとそちらを見ると、そこに立っていたのは、深い紺色の軍服のような服を着た……

ビターチョコレートのような色合いの髪と、澄み渡った海の色の瞳の男性だった。


ラディ……吉田くんの姿じゃない。


アステリアの、本来の姿に戻ったのね。


吉田くんの姿で、今は会いたかった。

でも、そんなのは、わたしの我がままだ。


ラディは、わたしとテントの中にいる女性達の様子を見、何かがあったことに気付いたようだった。


表情を強張らせて、わたしに駆け寄ってきた。


「あや……いや、レーリア、何があった!?」


「申し訳ございません、ラナディート様!」


「わたくし達が、行き届かなかったばかりに、レーリア様がご立腹されて……」


わたしが答えるより早く、跪いた女性達が口々に応える。


どうして!?

わたし、怒ったなんて、一言も言って無い。どうして、勝手に決め付けるの!?

違う、違うのに。


「やめて。わたし、怒ってなんかない。お腹が空いてない。ただそう言っただけよ」


思わず口にした反論は、自分でもとげとげしい声に聞こえた。

女性達が、びくりと体を震わせている。


それを見るたびに、イライラしてくる自分がいた。

やだ。もう、嫌だ。


「ラディ、少し話がしたい……」


外に、出よう。

そう言いかけたわたしの目の前に、ラディと同じ、紺色の軍服を身に纏った影が映った。


「こわぁい、祝福の女神様、怒ってらっしゃるのぉ?」


この場にそぐわないほど、間延びした呑気な声。

だけど、どこか甘えた子猫のような口調に感じる。


わたしが目線を上げると、ラディの隣にぴったりと寄り添って立つ、軍服姿は、うら若い女性だった。


「レーリア、サーシャだ。俺の部下」


ラディが紹介してくれた女性は、20歳前後くらいだろうか。

銀色に近い金髪を短くし、耳に青いピアスを填めている。

大きな栗色の瞳はくるくるとよく動き、わたしとラディを見比べていた。


「初めましてぇ、あたし、ラナディート様に、とぉーってもお世話になってますぅ」


わたしに視線を据えたサーシャは、にっこりと笑ってラディの腕にぶら下がるように掴まった。何? この子。

可愛いけど、この話し方、すごくイライラする。

何でこんな甘えたような口ぶりなの?


「ねえ、ラナディート様ぁ。この方が、祝福の女神様なんでしょぉ?」


「ああ。というか、離せ」


「やぁだぁー。じゃあ、お願いすれば、あたしにも祝福を与えて下さるのかなぁ? ラナディート様とあたしの、幸せな未来とかぁ」


「お前な、何を言ってるんだ。レーリア、無視していいから。こいつ、こんなんだけどな……」


「あっ、今、胸触ったぁ。やだー、えっち!」


「……いい加減にしろよ?」


何? このやり取り。


信じられない。


わたしがこんなに悩んでるのに。


どうしてラディ、その子を腕から引き離さないの?

それに、何でわたしがその子とラディの未来を幸せにするとか、意味分かんない話してるの?


お前とか、こいつとか。

すごい親しげな様子が、更にわたしの心を荒らしていく。

わたしはその場にいるのが辛くて、無言で立ち上がった。


「レーリア、どこに……」


ラディがわたしの腕を咄嗟に掴んだ。


わたし、そんなつもり無かったのに。


思わず、その手を叩いて振り払ってしまった。

その瞬間、後悔してしまったけれど、でも一度起きてしまった激情は、収まってくれない。


「……ごめん、一人にさせて欲しいの」


「レーリア……」


ラディの声が、悲しげにわたしを呼んでるけど。

でも、今のわたしはもう、この場から去りたい気持ちでいっぱいだった。


テントから出る瞬間、あの甘ったれた声が、わたしの背中を叩く。


「お一人になりたいのなら、ならして差し上げればいいのよぉ。女って、そういう時間も必要なのよぉ? でも、あんまり遠くに行かないでくださいねぇ? 隊長に、ご迷惑が掛かるから」


何よ、何よ!

あんたにわたしの何が分かるっていうのよ!

何でも知ってるみたいな口振りはやめて。


でも、そんなことを言い返せるはずもなく。

わたしは一人、テントの外に出た。



冷たい空気が、わたしの頬を撫でていく。

頭を冷やすには、丁度いいかも。


沢山の兵士さんが仕事をしている中、わたしはシェニムさんたちがいるテントと逆の方へ歩き出した。


あんまり遠くに行くわけにもいかない。

腹立つけど、サーシャの言うことはもっともだもの。

これ以上、ラディの足手まといになるわけにいかない。


沢山の人たちから、少し離れた場所は芝生が生えていて、わたしはそこに腰を下ろした。


わたし、何しに来たんだろう。

ああ、そうだ。由利ちゃんと、話をするために来た。


だけど、こんなすさんだ気分のまま、わたし、由利ちゃんとまともに話出来るのかな?

あれだけ、毎日吉田くんに……ラディに、話を聞いてもらったのに。

全部、無駄になっちゃう。


祝福の女神って、一体なんだろう。


本当に、他の人を幸せに出来る力なんて、あるのかな。

自分の気持ち一つ、コントロールできないくせに。


悶々と、色んな感情が駆け巡る。


……帰りたい。


何一つ自分のすべきことを果たしていないくせに、そんないけない思いが心を過ぎる。


星は、どの世界にもあるんだなぁ。

空気が澄んでるのかな。綺麗に瞬いてる。


ぼーっとその星たちを見上げていたら、頬に冷たいものが押し付けられた。


「ひゃあ!?」


思わず妙な悲鳴を上げてしまって、目線を後ろに向けると。

背後にいたのは、鉄のマグカップを手にしたラディだった。


彼は、柔らかい笑みを浮かべて、わたしにそのマグカップを手渡した。


「残念ながら、コーヒーはないけど。あまり甘くない飲み物っていったら、紅茶しか無かった」


「……ありがと」


一応、返事は言えた。

だけど、冷たい声だったかもしれない。


「サーシャは? いいの、彼女のところにいなくて」


ああ、どうしてわたし、こう余計なことを言っているのかなぁ。

自分で止められない感情が、わたしに押し寄せてくる。

ラディは驚いたようにわたしを見つめ、そして小首を傾げながらもわたしの隣に腰掛けた。


「どうして?」


「どうしてって……」


ラディは、わたしに嘘をつかない。


素直に、わたしに感情をぶつけてくれる。


だけど、今は嘘をついて欲しいな。

彼女とは、何でもないよって、言って欲しい。

あの親密さは、今までのラディからは考えられないもの。


それに、「お前」とか、「こいつ」とか。

絶対言わない言葉だと思ってたのに。

考えれば考えるほど、気持ちが昂ぶってくるのが分かって、そんなわたしが凄く嫌だった。


「一人にしてって、言ったのに……」


やっとそれだけを口にすると、ラディはふわりと微笑んで、わたしの肩に手を回そうとした。

反射的に、それを避けてしまった。


「レーリア?」


「お願い、今は、嫌なの」


そう言うと、ラディの瞳がみるみる曇っていく。


ああ、もう駄目だ。

わたしの心の堰が、外れてしまった。

わたしは、ぽろぽろと涙を零しながら、膝に顔を埋めて呟いた。


「あの女の人が触れた手で、わたしに触らないで……」


最低、わたし。

アステリアでの自分自身を受け止められないばかりか、くだらない嫉妬なんかしてる。

でも、気持ちが止まらない。


イライラしてたのは、きっとラディが傍にいなかったからだと思う。


ずっと、離れないって言ったのに。

それなのに、やっと戻ってきてくれたと思ったら、あんなに可愛い女の人を連れちゃって。

情けないわたしが、ラディを責められるはずなんてないのに。


頭では分かってるのに。部下だって言った、その言葉を信じればいいって。

でも、感情が止まらないよ。


ラディは、わたしをしばらく見つめ、わたしの手からマグカップをもぎ取った。


そして、両手で強くわたしを抱き寄せた。


「やだっ、やだってば……!」


「彩花……」


もがくわたしの耳元に、囁かれる小さい声は。

わたしの名前を、呼んでくれた。

彩花って。そう、呼んでくれた。


「聞いて、彩花。こうして名前を呼べるのは、今回は最後かもしれない。でもね。レーリアときみを呼んでも、心の中では、いつもきみを彩花と呼んでいるよ」


「ラディ……」


わたしは、涙でグチャグチャになってしまった顔を上げて、間近に寄せたラディの顔を見つめた。

あなたの瞳は、いつもまっすぐわたしを見てくれている。

見てくれているのは、きっとわたしの心もなのね……?


「彩花という名を伏せているには、きっと何か理由があるはずだ。それを、今サーシャに探らせている」


……聞きたくなかったな。

今、その名前。


わたしの表情が変わったのに気付き、ラディはくすりと笑って、軽く左右を見渡して。


誰もいないのを確かめたのかな?

そしてわたしにそっと顔を寄せた。

頬に、唇を落とすラディ。


どうして……? 誤魔化すために、キスしたの?


「彩花、妬いてくれている?」


「……」


認めたくない。口にしたくない。


だから、黙っていたのに。

ラディは顔を綻ばせて、そしてわたしを抱いた腕に力を込めた。


「嬉しいよ。嬉しい」


「……わたしは、やだ」


「ごめんな、ちゃんと言わなかった俺が悪かった。サーシャは、男なんだ」


…………。


「ええええええーーーー!?」


わたしは思わず、響き渡るほどの大きな声を上げてしまった。


だってだってだって!!


小柄で、メチャクチャ可愛くて。

声だって、うー、声ってどうだったっけ。女の子っぽかったっけ? 少しハスキーだったような……。


パニックになっているわたしの唇をそっと塞いだラディは、何度もわたしの髪を撫で、本当に嬉しそうに笑ってる。


「あいつ、彩花をからかったんだよ。でも、ちゃんと彩花を認めてるから。あいつは、『蒼の疾風』の副隊長なんだ」


「……マジですか」


「マジです。ごめんな、余計な心配を掛けてしまった。嬉しいけど」


ラディは、ギュギュー! とわたしを抱き締めて、ゆっくりと体を揺らした。

まるで、わたしをあやすかのように。


もう、もう!

本当に余計な心配をしちゃった。

でも、これでよく分かった。

わたし、ラディに依存してる。かなりラディに頼り切ってる。


これじゃ、駄目だ。

もっと、しっかりしなきゃ。

そして、現実を見つめなくちゃ。


祝福の女神としての、わたし。もっと知ろう。そこから、始めよう。


どうして彩花の名前を使っちゃいけないのか、よく分からないけど。

あの意地悪なサーシャさんが、きっと調べてきてくれるだろう。


わたしは少しだけ晴れた気分で、暖かい腕に揺らされながら、再び星を見上げた。


さっき見上げた星よりも、それはずっと輝いて見えた。

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