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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
反乱の狂詩曲(ラプソディー)     

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第2話 黒竜の、渋いお迎え

あれから、全くアステリアから連絡が来ない。


もっとも、パパさんがアステリアと地球の空間を塞いでしまったらしいから、連絡のしようもないのかもしれないけど。

でも、ティリシアへの包囲網を築いたら、わたしを呼びに来ると思っていたのに。


毎日、ポワンが外へ空間のひずみを探しに行ってくれているけれど、なかなか見つからないようだ。


それもそうだよね……でも、前に空間が開いた場所に、またひずみが起きやすいとのことで。

それでも、ポワンは諦めることなく、頑張ってくれていた。


由利ちゃんは、わたしに面会を要求するだろうと、そうシェニムさんが言ってた。


だから……ううん、だから、じゃない。


わたしも由利ちゃんと、ちゃんと話をしたい。

会って、由利ちゃんにわたしの気持ちを伝えて、そして分かってもらいたい。

由利ちゃんが抱えている悩みや重みを、わたしに話してもらいたい。


ティリシアの王女様の由利ちゃんの悩みを、わたしなんかが聞いても、理解してあげれるか分からない。

分かるって言うなんておこがましいと思うもの。


それでも、わたしはきっと、由利ちゃんと話せば分かり合えると信じてる。

毎晩、わたしは吉田くんにわたしの思いを聞いてもらっていた。

お酒でも飲まないと、こんな非現実的な話……わたしが祝福の女神としての未来のことなんか、まともに考えたり口にしたり出来ない。

だから、何だか毎晩、吉田くんと晩酌していたこの数日間。


わたしの部屋だったり、お父さん達が部屋に戻った後のリビングだったり。


二人きりで、お酒を飲む時間は、わたしにとって大切な時間になっていた。


吉田くんは、綺麗な漆黒の瞳でじっとわたしを見つめ、黙ってわたしの話を聞いてくれた。

肯定も、否定もしないで、わたしが迷い、悩みながら話す言葉を、時折瞳を閉じて聞いてくれた。


話の途中で腰を折ることもなく、きっと間違えだらけのわたしの意見を聞き続けるのって、苦痛だろうな。

そう思うことさえあった。


でも、わたしがどうしても分からない、アステリア独自の風習とか、パパさんやお兄さん達のことを聞いたりすると、ちゃんと的確に教えてくれる。


そう、吉田くんは、自分の意見を決して言わない。

意見が無い訳じゃないと思う。


だけど、わたしには言わなかった。


「吉田くんは、どう思う?」


そうわたしが聞くと、吉田くんは柔らかな笑みを浮かべてこう言った。


「彩花は、どう思うの?」


どうしてだろう。


今も、わたしと吉田くんは、珍しく彼の部屋で飲んでいる。

わたしの拙い言葉を、ただ黙って聞いてくれる吉田くん。

何だか急に申し訳なくなってしまって、わたしはグラスを握ったまま、吉田くんの端正な顔を覗き込んだ。


「あのね、ごめんね? いつもいつも、堂々巡りの話ばっかり聞かせちゃって。疲れちゃうよね、本当にごめんね?」


吉田くんは驚いたように目を見開き、そしてしばらくわたしの顔を見つめていたと思うと、


「どうして、そんな風に思うのか、分からない」


「え……?」


「俺は、彩花の気持ちを聞きたいと言った。俺に隠さないでって。だから、彩花は俺に思いを話してくれる。凄く嬉しいんだよ。俺には、話を聞くことくらいしか出来ないけど……」


そう言って、長い睫の眼を伏せた吉田くんに、今度はわたしが慌ててしまった。


どうして、そんなに悲しそうに言うの!?

わたしは、ただ……


「彩花、きみが、きみらしくいてくれれば、俺はそれでいい。彩花らしいっていうのは、凄く難しいことだと思う。だけど、素直にきみが思ったまま行動すればいいんだよ。後のことは、俺に任せてくれればいいから」


「……でも、それって責任感無さすぎじゃない?」


自分のやりたい事や、言いたいことばかり言って、後は知らん顔なんて。

そんなこと、わたしには出来ないよ。


わたしが困ったように首を傾げると、吉田くんはふわりと笑って手を伸ばした。


その大きな手が、わたしの肩に触れ、そして引き寄せられる。


吉田くんの胸に抱かれたわたしは、今もまだドキドキするけど、それよりも安心感の方が大きくなっているような気がする。

吉田くんの腕の中は、居心地がよくて、気持ちいい。

そっと目を閉じたわたしに、吉田くんの心地いい低い声が囁いた。


「俺のことは、気にしないで。彩花が思った行動を取ればいい。俺は、彩花の足枷になりたくないんだ」


……そっか。


だからなのね。


吉田くんが、自分の意見を言わない理由。

分かったよ。

だけど……足枷なんて。そんなこと、思うはずがないのに。


きっと、わたしも吉田くんも、お互いを大切に思ってる。

そして、お互いに気を遣ってる。


気を遣うのって、大事なことだと思う。

他人行儀になるのとは、違う。

お互いを思いやるからこその、気の使いようって重要だと思うの。


あまり、度が過ぎない程度に……

大切にあなたを思う気持ちのまま、そして、あなたのわたしを思ってくれる気持ちを受けながら……。

わたし、だいぶ自分の意見をまとめてこれた。


「……ありがとう、吉田くん」


胸に顔を埋めて呟くと、吉田くんはくすりと笑って、わたしの髪をそっと撫でた。


「こちらこそ。……彩花、そろそろ、期限だと思うんだ」


「そうね……」


うん、分かってる。


もう、約束の1週間は過ぎている。


わたしも、悩むだけ悩んだ。

 

いっぱい話、聞いてもらったし、後はなるようになる! そう思わなくちゃ。


「ねえ、吉田くん。わたしね、明日から有給使って会社休むよ」


「……実は、俺もそれ、考えてた」


苦笑いをした吉田くんは、手を伸ばしてパソコンのプリンターから一枚の紙を出した。


あ、本当だ。休暇届だ。


「取り合えず10日で出そうかなと思ってた。彩花、有給どれくらい残ってる?」


「ええと、どれくらいだったかな」


思い出しながらも、わたしは嬉しくて。頬が緩んで仕方が無い。


だって、吉田くんがわたしと同じ思いでいてくれたなんて。

アステリアという異世界の住人のラディには、日本の会社なんて本当はどうでもいいはずなのに。


わざわざ休暇届を出すってことは、必ずまた、地球に戻ってくるっていう意味だよね?

わたしはそういう意味を込めて、有給を使おうと思っていたの。

あなたも、そう思っていてくれたのね? 吉田くん。


わたしから離れ、わたしのためにもう一枚休暇届を印刷してくれている、頼もしい背中を見つめていたら、急に何だかその背中が愛おしくなってしまって。


どうしたんだろう、わたし。


立ち上がり、ぎゅっと吉田くんに背後から抱きついた。


「……どうした? 彩花」


吉田くんは、手を伸ばしてわたしの髪を梳くように撫で付けた。


わたしは思わず自分が起こしてしまった行動が、突然恥ずかしいということに気付いてしまって。

だけど、逃げるわけにも行かず、その先どうしていいのかも分からず。


ただ、ギューッと抱きついたままでいるしかなかった。


吉田くんは、わたしの髪をしばらく撫でたかと思うと、急に身体を回転させて、わたしを正面から抱き締めた。

強く、きつく。


「えっ……あの、吉田くん……?」


「駄目だ、彩花。……好きだよ、好きだ」


そう熱が篭ったように呟いたかと思うと、わたしの顎を捉えて上へ向かせた。


瞬きも出来ずに、驚くわたしの口が性急に塞がれた。


熱い。


いつもの、優しく包み込むようなキスじゃない。


吉田くんの、隠れた激しい思いが込められたような、そんなキス。


わたしは、応えるのが精一杯。どうしたらいいのか、分からないくらい。

頭がクラクラしてしまって、段々息も苦しくなって。

それでもわたしを抱き締めて離さない吉田くんの肩を、軽く何度も叩いた。


やっと唇を離してくれた吉田くんは、惜しむようにわたしの額や頬に唇を落とし、

その間に感情を何とか抑えているかのようだった。


そして、どうにかいつもの吉田くんに戻ったらしい彼は、困ったように微笑んだ。


「彩花、ごめんな。怖くなかった?」


ばかね、もう、どんなあなたも怖くなんかないのに。

わたしはくすりと笑って、小さく首を振った。


「ただね、びっくりした……」


びっくりしただけよ、そう言おうと思っていたのに。


部屋の扉が、ノックも無しに、突然バーン! と開いた。

それはもう、豪快に。


わたしは驚いてしまって、再び吉田くんに抱きついてしまった。


さっとわたしの前に立った吉田くんは、小さい息を吐いて、額に手を当てた。


「何だ、ポワン。驚かすな」


「ああああああありましたのよ、空間のひずみが!! 見つけました、見つけましたわ彩花様ー!!」


ポワンは二本足で立ち、前足二本を振り上げて、声高らかに叫んだ。





「前にミネリアの王子と会ったという飲み屋の前を通りかかった時のことなんですけれどね。どうもここはクサいなと思っておりましたのよ。そこで、毎日欠かさずそこだけは通っておりましたの。ええ、それはもう、毎日。幸いなことに、ここからそんなに遠くないですものねえ。この犬の身体は結構軽やかで、あまり疲れを知ることもございませんのよ? さすがレーリア様、そこも考えた上でのアタシのこの姿なのでしょうねえ!」


始まった。

ポワンの得意技、弾丸トーク。


だけど、わたしはポワンのこの技、嫌いじゃないよ。むしろ、好き。

にこにこしてわたしが聞いていると、吉田くんは呆れたようにわたしとポワンを見比べている。


「で、行けるのか、アステリアに」


「まあまあまあ、どうしてこう男って結果を急くのでしょうかねえ? 全く物事には順序ってものがあるのよ、ラディ! 女性に対してもそうでしょう、急に強引な口付けをするよりも、その前にその雰囲気を出してからじゃないと、女性が驚いて引いてしまうじゃないの。同じ原理よ、全てはね!」


言い切ったポワンに、吉田くんは気まずそうな顔をして、軽く髪を掻き揚げた。


予期せぬ、強引なキスか……ははは。


「いいから、続きは!」


「全くもう、これだから……彩花様、では、結論を申します。アステリアからの案内をお連れしました」


ポワンはそう言って、扉の向こうに一旦下がった。誰かに何か声を掛けているようだ。


わたしと吉田くんが首を傾げると、ポワンに連れられてやってきたのは、黒服の、背の高い男性だった。


短めの黒髪を緩やかに後ろで撫でつけ、目元は鋭く、ちょっと怖い感じで。

30代前半くらいの、全体的に、落ち着いた雰囲気の大人の男性。


うわぁ……あんまり、こういう人ってわたしの周りにいない。


男性は、真っ黒のスーツ姿でわたしの前に立つや、胸に手を当てて片膝をついた。


「レーリア様、お迎えに参上致しました」


凄く渋い、低い声!


吉田くんの耳に心地いい声とは全然違って、迫力ある声……という比喩が合うだろうか。


わたしがぽかんとしていると、吉田くんは軽く眉を寄せ、小さく溜息をついて。


「そういうことか」


と呟いている。


「そういうことかって、どういうこと?」


わたしが首を傾げると、ポワンがわたしのところにトコトコと歩いてきて、わたしの首に下げたものを指差した。


「彩花様、彼に2度会っておりますのよ? この姿では初めてですが」


2度?


そんでもって、ポワンが指差した、わたしの首から下げたもの……


シェニムさんから、もらった……笛?


「えええええええーーーーー!?」


思わず盛大な声を上げてしまうと、ポワンは小さな肉球のついた可愛い指で、しーっと口元に手をあて。


吉田くんは肩を竦めて、彼とわたしの休暇届をスキャンして、メールを送信している。

え、待って、もう送っちゃうの?


そして黒いスーツの渋い男の人は、わたしの手を取ってにっこりと笑った。


「今回は、乗せて差し上げられませんが、空間を広げてちゃんとアステリアまでお連れ致します。どうぞ、ご安心召されよ」


召されよって……


乗せてって言った、この人。


じゃあ、やっぱ、ホントに本当なんだ。


まさか、このダンディな男性が、……シェニムさんの黒竜だなんて。


目の前でにっこりと笑われても、信じられないわたしがいた……。

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