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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
反乱の狂詩曲(ラプソディー)     

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第1話 ずる休みの、甘いプロデュース

ソルトがアステリアに帰った日から……


わたしが、吉田くんに、気持ちを伝えた日から。

何だかわたしは、全然眠れなくなってしまっていた。


といっても、まだ三日目。


目の下にクマが出来ているけど、化粧で充分隠しきれていると思ってた。


朝ご飯のロールパンを、何とかコーヒーで流し込もうとしていたわたしをじっと見つめていた吉田くんは、ふと手を伸ばして、わたしの額に触れた。


大きな手。

冷たく感じるのは、きっと驚いたわたしの顔が、真っ赤になってしまっているからだろう。


「熱は、無いな……」


呟いた吉田くんは、それでも軽く首を振って、テーブルに置いたわたしのスマホを指差した。


「彩花、会社に休むって連絡して」


「へ……?」


間抜けな返事をしてしまったわたしに、吉田くんは端正な顔を寄せた。


「顔色が悪い。目も真っ赤だよ」


「あ……」


顔色の悪さも、バレてしまっていた。それに目の充血は、隠しようがない。


「お父さん、いいですよね、彩花を休ませても」


吉田くんの声に、お父さんは新聞からちらりと目を離して、わたしを見て。

そして小さく頷いた。


自分のコーヒーカップを持ったお母さんは、呆れたようにわたしを見下ろしている。


「なあに、あんた、自分の身体の管理も出来ないの?」


「うう、違うもん。たまたま、寝れなかっただけだもん」


わたしが思わずふて腐れて、唇を尖らすと、吉田くんはくすりと笑ってわたしの頭をぽんぽんと撫でた。


そして、立ち上がって台所で何かやっているなと思ったら、マグカップを手にしていた。

差し出されたそれを覗き込むと、ホカホカのホットミルクが入ってる。


「蜂蜜入りだから、身体に優しいよ。さあ、これを飲んで、少しでもいいから寝て?」


「うん、でも……」


「一日、俺が傍にいるから。だから、安心して」


吉田くんはにっこりと笑って言ってくれたけど、お母さんは目を軽く見開いて、わたしに責めるような眼差しを向けた。


「いいのよ、拓哉くん! 子供じゃないんだから、睡眠不足だったら、一日放っておけばいいのよ!」


キャリアウーマンのお母さんからしたら、こんな理由で仕事を休むなんて信じられないんだろう。

わたしだって、まさか寝れなくなるほどの精神ダメージを受けているなんて、思ってもいなかった。


でも、でも……


由利ちゃんが、ティリシアでクーデターを起こしたって。


そして、わたしをきっと迎えに来ようとするだろう。ううん、すでにもう、一回牛鳥達はやってきた。

吉田くんとソルトがやっつけてくれたけど、いつまた来るか、分からない。


アステリアのパパさんが、地球とアステリアの間の空間を塞ぐのは、一週間くらいの間だって言ってた。

その間に、ティリシアに包囲網を敷くって。

きっとそうなったら、わたしは再びアステリアに行くことになるんだろう。


由利ちゃんに、会いに。


地球から、あの由利ちゃんの使い魔に拉致されて行くよりは、ずっといい。

立場が対等ならば、わたしも由利ちゃんに聞きたいことや言いたいことを言えるもの。


でも、だけど……怖い。


吉田くんの剣に斃された由利ちゃんに、会うの怖い。


わたしの力が、吉田くんの剣に宿って、それで由利ちゃんを傷つけた。

いくら仕方ないとはいえ、わたし、大切な人を傷つけた。


由利ちゃんの本当の気持ちも、よく分からない。


わたしと過ごした2年間、由利ちゃんは嘘をついていたように思えないんだもの。


考えれば考えるほど、恐怖心が沸いてきて、わたし、どうしていいのか分からなくて。


シェニムさんは、わたしの思いをわたしの言葉で伝えればいいって言ってくれたけど、それって本当に難しいことなんだって思い始めてる。


「……彩花が休むなら、俺も仕事へ行ってもやることないんですよ。だから、俺はずる休みなんです」


吉田くんの声が、深い思案の底に沈んでいたわたしの意識に入ってくる。


ふと顔を上げると、吉田くんがお母さんを説得しているところだった。


ああ、駄目だ。

わたし、吉田くんに心配かけてばっかり。

どうして、わたしってこうなんだろう。

もう少し、わたし、しっかりしてるって思ってた。


だけど、全然駄目だ。

駄目だ、駄目だと思うと、ずーんと更に落ち込んでいく。


やがて、お父さんとお母さんが仕事に出掛けてしまい、わたしと吉田くん二人きりになった。

あ、ううん。ポワンがいる。

彼女、心配そうにわたしを見上げてて……ごめんね、ポワン。


「ごめんね、吉田くん。仕事、行って? わたしは一人で大丈夫だから」


ぎこちない笑みを浮かべると、吉田くんは困ったように眉を寄せて、少しの間考えて、わたしに手を伸ばした。


「彩花、スマホ貸して」


首を傾げて、すぐ傍にあったわたしのスマホを吉田くんに差し出すと、彼はわたしの隣に来て、わたしの手越しにスマホを握った。


ぎゅっと包まれる、大きな手。

未だに、どきどきするよ……。


「心の中で、会社の連中の顔を思い浮かべて?」


何だろう、何をしようとしているの?


わたしは戸惑いながらも、言われた通りに色んな人の顔を思い浮かべた。


庶務の渡辺さん。同僚の高橋くん、佐伯さん……課長の顔に、部長の顔。


その瞬間、パチン、と静電気のような音がした。

あっ、この音って……!


「吉田くん、何を……」


「彩花と俺は、今日はリフレッシュ休暇を取ることにしていた。前から予定されていたことで、俺たちが休んでも、何の問題も無い」


吉田くんは、悪戯っぽく笑って、わたしから手を離した。


ああー! また、記憶を操作したのね!?


それにしても、スマホ越しに記憶の操作なんて……吉田くんの魔力が低いって、本当なのかなあ?

彼がこれで低いんだったら、シェニムさんやパパさんなんて、どれだけの力を持っているんだろう。


それに……祝福の女神だっていう、わたしの本当の力って、どれくらいなの?


何だか、それを知るのも怖いな。

わたしが、わたしで無くなってしまうような気もする。


わたしがまた、考え込みそうになってしまったら、吉田くんはわたしの手を取って立ち上がらせた。


「さて、折角休みを取ったんだから、ゆっくり寝て。それとも、いっそ遊びに出掛ける? 遊び疲れて、帰って来て寝るっていうのもいいかもな」


遊びに?

平日の、こんな早くから?


……いいかも。


わたしって、現金だなあ。そう思ったら、何だか急に元気になってきた。


「行きたい、行きたい! 映画? カラオケ? 遊園地もいいな」


わたしが頬をきっと紅潮させて、吉田くんを見上げると。

彼は、何とも言えない、優しい眼差しでわたしを見つめていた。


繊細な指先が、わたしの頬を撫でる。


吉田くんて……わたしの頬とか髪とか触れるの、好きだよね。


どうしてなのかな?


そして、その後、どうして唇にも触れるの?

指でなぞられるとね、何だか頭がぼーっとしてきて、考え事が消えていってしまうの。


「彩花の、お望みのところに。でも、少しだけ、俺に時間をくれる……?」


「少しだけ……?」


「ああ、今。彩花のここ、少しだけ……」


そう呟いた吉田くんの指先が触れているのは、唇。

段々、端正な顔が近づいてくる。


吉田くん……瞳、本当に綺麗ね……。


蒼いあなたの瞳も澄んでいて綺麗だったけど、今の漆黒の瞳も、好き。

それに、睫もすごく長い。羨ましいな。


ああ。もう駄目。目が、勝手に閉じてしまう。


そっと、壊れ物に触れるかのような口付け。


優しく、わたしを包み込むようなその唇が、惜しむように離れると、吉田くんは間近でわたしを見つめて囁いた。


「彩花、俺には気持ち、隠さないで。何でも、言って欲しいんだ」


「吉田くん……」


うん。

きっと、わたしの思いなんて、吉田くんには全部バレてた。

それでも、わたしから言うのを、待っていてくれたのね。


ありがとう、吉田くん。


「今日は、全部忘れて、思い切り遊んでこよう。悩むのを、先送りにしてもいいじゃないか」


吉田くんはくすりと笑って、わたしを強く抱き締めた。


そうだね、今晩から、悩むことにするよ。

一人でじゃなく、あなたと、二人で。


吉田くん、あなたが来てくれて……地球に来てくれて、本当に良かった。

あなたは、身体だけじゃない。わたしの心も護ろうとしてくれている。

それが何より心強く、嬉しかった。


レーリア、あなたが自分自身を護ってもらいたい人の選択、間違っていなかったよ。


正しかった。


わたし、きっと吉田くんと一緒なら、乗り越えていける。


乗り越えて、いくんだ。


頼もしい、あったかい胸の中で、わたしは少しずつ、勇気が沸いてきたような気がした。

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