表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
恋人への練習曲(エチュード)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/89

第5話 重なる唇、そして決意の告白

目の前で、吉田くんとソルトが牛鳥と戦っている。


歪んだ空間から現れた、5匹の牛鳥。

そして、彼らに召還された、同じ数だけのゾンビもどき。


吉田くんは剣を縦横無尽に、わたし達以外の人間がいなくなった、この結界の中で、華麗に舞うように剣を振るっている。


ゾンビもどきには目をくれない、吉田くん。

もう二度、由利ちゃんの使い魔と戦っているから、その心得は出来ているようで。

とにかく、牛鳥をターゲットに絞って確実にダメージを与えていっていた。


だけど応戦する牛鳥も、涎を垂らしながらも斧を振りかざし、猛然と吉田くんに襲いかかっている。

それを軽やかに、まるで猫のような動きでかわす吉田くん。

少し長めの黒髪が、時折斧に切り裂かれて舞い散っている。


そしてソルトは、この間と同じように、武器を持っていない。


「うぇ、気持ち悪! 何だこいつら。ティリシアの下級使い魔って、こんなヤバ目だったか?」


そんな減らず口を叩きながらも、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、牛鳥の頭部に回し蹴りを食らわせ、もんどり打って倒れた牛鳥の上に、天井にあったシャンデリアに一度掴まると、膝を曲げて飛び降りた。


うわ、あの高さからのニードルキック。

食らった牛鳥は、口から黄色い泡のようなものと……うう、後は見たくない。


凄まじいものを吐き出して、姿を砂に変えていった。



見たくない。

でも、見ていなくちゃ。


吉田くんもソルトも、わたしを護るために戦ってくれている。


わたしが、目を逸らしちゃだめだ。


最低限、足手まといにならない死角に隠れながら、わたしは必死で心の中で二人を応援していた。

応援することしか出来ないなんて、情け無い。


でも、……この牛鳥に着いて行って、今、由利ちゃんに会う勇気がない。


生きていた、由利ちゃん。

それは、純粋に嬉しいよ。


だけど……クーデターって、何?

ティリシアの第三王女だって言ってた。

王位が欲しいけど、今のままだと回って来ないとも言ってた。

だから、わたしの力が欲しいって。


そのためなの?

ティリシアを、手に入れるためなの?


駄目だよ、由利ちゃん。

わたしの中では、まだあの頃の……わたしのパートナーだった由利ちゃんしかいない。


だから、今会うのは辛すぎる。



最後の二匹になり、吉田くんの剣が血と脂で使い物にならなくなってしまったようだ。

彼は低く舌打ちし、襲い掛かる牛鳥の斧をその剣で受け止めた。


牛鳥の斧が、剣を滑って吉田くんの肩に落ちそうになった!


「危ない、吉田くん!!」


思わずわたしが叫んだ瞬間、ソルトの長い脚が、牛鳥の斧の柄を蹴り飛ばした。

その手は、もう一匹の牛鳥の顔面を強打している。


そしてその隙に、吉田くんの手のひらが、ソルトの相手の牛鳥に向けられた。


浮かび上がる、ほのかに輝く光の玉。


小さなそれが、牛鳥の腹部に目掛けて放たれた。

まっすぐに、牛鳥の腹部を狙い突き抜け、のけぞった牛鳥は倒れながら砂に変わっていった。


自分の敵を倒してもらったソルトは、吉田くんの横に飛び跳ねるように降り立ち、軽く肩を竦めた。


「何だよ、やっぱ魔法使えると便利だなぁ」


「ミネリア王族には、魔力は無いと聞いているが、本当なんだな」


「ああ、残念ながら、魔力ゼロ。だから使い魔もいないんだよ、ミネリアにはな!」


ソルトはそう言いながら、腰を低く落として、手のひらに気合を込めている。

吉田くんも、使い物にならなくなってしまった剣を投げ捨て、両手を最後の牛鳥に向けた。


「やぁーーーーー!!」


「はぁーーーーー!!」


二人の気合の声と共に、ソルトは手のひらを強く牛鳥の顔面に叩きつけ、吉田くんから放たれた光の玉が、牛鳥の下腹部を突き抜けた。


「レー……リア……様……どうか……」


呟くような、だけど無機質な声を上げ、牛鳥の眼差しが虚無に変わり、そしてそのまま砂と化していく。


倒しちゃった。

あんなに強そうな、牛鳥を二人で、こんな短時間で。

凄すぎる!


「彩花、大丈夫か!」


駆け寄ってくれた吉田くんは、わたしの肩を掴んでわたしを覗き込む。

大丈夫だよ。だって、全然今回はわたしのところへゾンビもどきも来る暇がない。

気持ち悪がっていた、ソルトが巧みに自分へ注意を向けてくれていた。


「うん、大丈夫! ありがとう、吉田くん、それにソルト。凄い二人とも強くて、びっくりしちゃった」


わたしが胸に手を当てて言うと、両手を頭の上で組んだソルトが、軽い足取りでこちらに歩いてくる。

今まで、あれだけハードな動きをしていた人と思えない。

吉田くんもそうだけど、二人とも息切れ一つしていない。


何もしていないわたしが、一番疲れている様子ってどうなのよ……。

もっと、わたし、しっかりしなくちゃなあ。


「アヤカっちに褒めて貰っちゃったよー。魔力ない男なんて、サイテー! とか言われたらどうしようかって思ってたんだけどな」


「そんなあ、言うわけないよ」


わたしが慌てて手を振ると、途端に吉田くん少し眉を寄せたけれど。

でも、言葉では何も言わなかった。

吉田くんも、ソルトのペースに慣れたのかな?

それとも、一言言えば、逆にペースに巻き込まれると思っているのかも。


「とにかく、二人ともありがとう。でも……由利ちゃん、心配だな……」


「彩花……」


「だって、聞いて、吉田くん。由利ちゃん、何か理由があって王様になりたいって思ってると思うの。それに、今まで全然普通にわたしの先輩だった由利ちゃんが、急に態度を変えてしまったのには、理由があると思うの。何よりね、ただわたしの力が欲しいだけで、わたしに近づいたんじゃないって、そう思いたいの」


少なくとも、由利ちゃんといた2年間は、わたしにとってはかけがえのない時間だった。


それは、嘘じゃない。


わたしにとっては、無くしてはならない、大切な日々だったことには、今も変わり無いんだもん。


由利ちゃんと、向き合ってちゃんと話したい。

でも、怖い。本当の気持ちを知りたいのに、知るのが怖い。


臆病で、何も出来ない、情け無いわたし。

何だか、泣けてくる。


俯いたまま、言葉を止めてしまったわたしを、吉田くんは黙って見つめ、そしてふいにぎゅっと抱き締めてくれた。

暖かい、胸の中。

涙が、また零れてしまう。


ごめんね、どうしていいか分からない自分が、本当に嫌になる。


「アヤカっちさあ……」


突然、わたし達を見ていたソルトが口を開いた。


ぎくり。

身体が急に強張る。


わたし、まだまだソルトが怖い。

男の人だと、認識してしまっている。


それに、何を考えているのか分からないのが、一番怖い。

助けてもらって、こんな感情を抱くのは、本当に失礼なのは分かってる。

だけど、心の底にある感情ってコントロールするのが難しい。


「地球名で、フジモリ・アヤカって言うんだよな?」


はい?

何を、突然。


ああ、そう言えば、前回に会った時に、自己紹介したけど、でも何で今それを……。


「で、『蒼の疾風』の隊長、名前さあ、ラナディート・エルハラードだよな。それが地球では、ヨシダくんっていうんだー」


軽い、本当に今まで何事も無かったかのような、ソルトの口調。


「ずるくねえ? いいよなー、地球名。俺にも付けてよ、地球っぽい名前」


え? 何? ソルトの言っている意味がよく分からない。


わたしはきょとんとしてしまい、悪戯っぽいソルトの顔を眺めてしまった。


「俺の名前さ、ソヴァーディガルド・レンタス・ミリフォード・ガーディッド・ミネリアっていうの。カッコいい地球名付けてよ、アヤカっち」


な……ながっ!!


どうしてアステリアの人々って、こんなに長い名前なの!

とてもじゃないけど、一度で覚えられないよ。


でもね、気付いてしまった。


ソルトは、ソルトなりに気を遣ってくれている。


わたしが落ち込んでいる理由は分からないくせに、わたしの気を紛らわそうとしてくれてる。


ほんとに……ヘンな人。

だけど、ありがとう。


わたしは吉田くんの胸の中で、くすくすと笑ってしまった。

だって、ソルトに浮かんだ地球名、あまりにバカらしくて。


「じゃあね、ソルトの地球名は、塩田くん」


他に思いつかなかったんだもの。最初に会った時も、「塩のくせにー!」って思ったくらい。


わたしの言葉を聞いて、吉田くんは、思わずぶはっ! と噴出した。

あはは、可笑しいよね。わたしも笑いが止まらない。


ソルトはそんなわたしと吉田くんを見て、微妙な表情で、


「シオタくんって、カッコいいのか?」


なんて言ってる。

カッコいいか分からないけど、ソルトに良く合うと思うけどな。


結界の中で、わたし達が何となく和やかになりつつあると、先ほど牛鳥が出てきた空間が、また歪み始めた。

それに気付いたわたしは、思わずぎゅっと吉田くんにしがみついてしまった。


また!? またティリシア!?


だけどその空間から、にゅっと顔を突き出したのは……海の色の瞳の美人さんだった。


「アヤカ、無事でしたか。なら手早く報告だけします。お聞きなさい」


そう挨拶もなしに話し始めた美人さんは、わたしの下のお兄さんだという、シェニムさんだった。

空間から、上半身だけを出して……怖い。


ていうか……アヤカ? 初めてそう呼ばれた。


「ティリシアのユリシーダ王女がクーデターを起こしました」


「うん、聞いた……」


「そうですか、なら話は早い。ユリシーダ王女は、自分に賛同する貴族を集め、膨大な量の使い魔を国内に放ち、暴動を起こしています。その使い魔の一部を、地球に送り込むという情報を耳にしました。アステリア皇帝陛下は、一時アステリアと地球との空間を閉鎖することを決定しました。分かりましたか?」


……分かったよ。


由利ちゃんが地球へ使い魔を送り込むのは、わたしを狙うためだからだよね。

だから、パパさんはアステリアと地球を切り離す作戦に出たんだ。


「それも、アステリア軍部の体制を立て直すまでの間です。一切、その間はアステリアと交信できません。アステリア軍は、ティリシアと一番近いミネリアに集結させていますが、残念ながらまだ完璧な包囲網を作れてはいません。いいですね、ラナディート。分かっていますね?」


シェニムさんの言葉の最後が、何だか脅しのような響きに聞こえるのは、気のせいかな?


言われた吉田くんは、軽く頷いて、わたしを抱いた手に力を込めた。


きみを、護る。


そう言ってくれた、吉田くんの傍にいれば、わたしは絶対に安全。

信じてる。

だけど、それだけじゃ嫌なの。

わたしも、わたしが出来ることはしていきたいな……何が出来るのか、分からないけど。


「ラナディート、『蒼の疾風』に最低限の指示を出しておきたいのではありませんか?」


「ああ、だが……」


吉田くんは、わたしとシェニムさんを困ったように見比べた。


吉田くんは、その『蒼の疾風』の隊長さんだっていってた。


由利ちゃんのクーデターを鎮圧すると、シェニムさんは言っているんだろう。


それに、吉田くんの率いる隊が出るんだろうな……。


戦争になるのは辛くて悲しいけど、でもそれは今は後回しにしなくちゃ。

少なくとも、吉田くんの足手まといになりたくない。


わたしは吉田くんを見上げて、出来るだけ明るく笑えるように表情を作った。


「大丈夫だよ、今はシェニム兄さんも、ソルトもいるから」


吉田くんは、わたしをじっと見つめ、そしてソルトを見ず、シェニムさんに振り返った。

ううーん、徹底してソルトを嫌ってる……。


「シェニム、彩花から絶対目を離すなよ」


「分かっています。とっととおいでなさい」


僅かにシェニムさんが体をずらした隙間に、吉田くんは「すぐに戻るから」と言いながら、空間の歪みに消えていった。


「何を心配してるんだかなあ。俺がいるのにさあ、ねー、アヤカっち?」


そう軽く言ったソルトが、へらへらと笑っていると、シェニムさんは軽く咳払いをして、もう一度体をずらした。


「ソヴァーディガルド王子、あなたと話したいと仰る方がおられます」


そうシェニムさんが言った次の瞬間、のっそりと大きな身体の、顔中に髭を生やしたおじさんが顔を突き出した。


「ゴラァ! ソルト!!」


「げっ、オヤジ!!」


ソルトは、顔を引きつらせて、でもわたしの前に立ってうろたえた。


「ままま待て、オヤジ、これには色々事情が……」


「何で貴様、地球になんぞいる! ていうか、その可愛い娘ちゃんはどこの誰だ!」


可愛い娘ちゃんて……わたし?


びっくりしてしまって、固まっているわたし。だって、ソルトのお父さんって、ミネリアの国王様でしょ?

ゴラァ! って言ったよ……。


ソルトが言い訳をしてくれようとしたのを、さっと鮮やかにシェニムさんが受け取った。


「ああ、彼女は我が国のラナディートの知人です。ソヴァーディガルド王子は、ラナディートと偶然友人になり、彼の知人を見たさで地球へと行ってしまったのでしょう」


すんごい! 説得力のある嘘。


すました顔のシェニムさんに、ソルトのお父さんはあっさりと騙され、そしてそれからわたしに興味を示さなくなってくれた。

はあ……よかった。これでここで、祝福の女神とかバレたら、また大変なことになっちゃう。


「いいから、戻って来い! 空間を閉鎖したら、しばらく戻って来れないぞ!」


「へいへい、うっせえなあ。分かったよ。じゃあな、アヤカっち。また会おうな」


ソルトもほっとしたようで、わたしに軽くウインクをしながら、顔を近づけた。


怖いっ!!


思わず身体を引いてしまったわたしの耳元で、ソルトが囁く。


「ミネリアが俺の時代になるまで、まだ時間がかかる。影で手助けすることしか出来ねえのが情け無いけど、でも、出来る限りはする。アヤカっちは自分の思う道を行けよ。いいな」


「うん。ありがとう、ソルト」


ソルトは、自分の境遇をもしかしたら嫌がっているのかな。


嫡男という立場が、重荷になっているのかな。だから、わたしに協力してくれる気になってくれているのかな……?


想像の域を超えないけど、でもソルトのその気持ちが何だか嬉しかった。


わたしが微笑して頷くと、ソルトはにやりと笑って、わたしの頭をぽんぽんと撫でて、ソルトのお父さんに引っ張られて空間の向こうへ消えてしまった。


そして、入れ違いに吉田くんが戻ってくる。


「え、もう? ちゃんと皆とお話したの?」


驚くわたしに、吉田くんは苦笑を浮かべた。


「ああ、副隊長に一任した。全てを怠るなと、それだけを言って来た」


全てを怠るな、か……わたしは、全て怠ってばっかだ。

恥ずかしいな。


厳しい隊長さんなんだろうな、吉田くん。ううん、その時はラディか。


そんなことをわたしが思っていると、シェニムさんが呆れたように溜息交じりの声を放った。


「大変お邪魔なようで、申し訳ないのですがね。……もういいでしょうか、レーリア」


ああ。シェニムさん、ソルトのお父さんがいたから、気を遣ってくれたのね。


みんなに気を遣わせてしまっているわたし、もっと、しっかりしなくちゃ。

改めて、身が引き締まる。


「一週間。その間に、アステリア軍は包囲網を固めることが可能です。その後、恐らくユリシーダ王女は、あなたとの対面を望むでしょう。その時にどうしたいのか、よく考えておくのです。あなたが、一番彼女に伝えたいことをね」


「わたしが……由利ちゃんに……」


「あなたが思った、あなたの言葉でいいのです。では、ラナディート、後は頼みましたよ」


シェニムさんが、とっても難しい宿題をわたしに託し、そして姿を消した後。


わたしと吉田くん、二人だけが結界の中に残った。


立ち尽くしたまま、言葉もないわたしに、吉田くんはソファへ座ることを進めてくれたけど。

でも、わたしは首を振って、そして吉田くんを見上げた。


ああ、頬が熱い。

だけど、言わなきゃ。

今、言わなきゃ、いつ言うの。


「あのね、あのね、吉田くん……」


わたしは、首を傾げる吉田くんの袖を掴んで、そして。


「護ってくれて、ありがとう。いつも、ありがとう。それでね……」


「彩花……?」


「わたしね、由利ちゃんに会ったら、言おうと思っていることがあるの。わたしね、わたしはね。あのね」


ああ、恥ずかしい。限りなく恥ずかしい。

どうしよう、どこかに消えてなくなりそうなくらい。


だけど、頑張れ、彩花。


わたしはぎゅっと吉田くんの袖を強く握り、真っ直ぐに彼の漆黒の瞳を見つめた。


優しい、柔らかな眼差し。

この瞳に、いつも、いつまでも見つめてもらいたい。


「わたし、吉田くんの傍にいたい。地球で、吉田くんと二人で仕事をして頑張っていきたい。これが、今のわたしの望みなの」


吉田くんの切れ長の目が、大きく見開かれた。


「彩花……!」


「吉田くん、今のあなたも、ラディの姿のあなたも。どっちも、わたしには大切で、かけがえの無い存在なの。……好きなの。大好きなの」


ああ!!!


とうとう言ってしまった。

恥ずかしい。

本当に恥ずかしい。


どうしようもないくらい、恥ずかしい!


思わず俯いてしまったわたしの体を、吉田くんはぎゅっと強く抱き締めてくれた。


吉田くんの身体って、本当にあったかいね。

魔力少ないなんて、嘘でしょ?

だって、こんなに今は、わたしを包み込んでくれているよ。

どんな困難からも、障害からも護ってくれるような気がするよ。


これって、魔力じゃないの?


「彩花、ありがとう。愛してる、彩花、愛してる……」


吉田くんは、わたしの髪に顔を埋めて、何度も何度も呟いた。

うん。嬉しい。恥ずかしいけど、すごく嬉しい。


吉田くんは、そっとわたしを離すと、わたしの頬を何度も撫でて、端正な顔に優しげな微笑を浮かべた。

伝わる。わたしを大切に想ってくれる気持ち。


それが、わたしを前に進ませてくれる。


吉田くんの顔が近づき、わたしは目を閉じた。

すぐに触れる、柔らかな感触。


何度も何度も、角度を変えて、わたしの唇を啄ばむようにくれた優しい口付けは、やがて深く熱くなった。

わたしの髪を掻き抱き、ぎゅっとわたしを望む吉田くんに応えているのが精一杯。


やがて唇を離した吉田くんは、間近でふわりと微笑んだ。


それに、わたしはどんな顔で応えているのかな。

ぽわーっとしてしまって、何も考えられない。


「彩花は、俺が命に代えても護り通す。だから、これからも彩花らしくいて。それが、俺の望みだから」


命に代えてもなんて、縁起でもない。


そう言おうと思ったのに、再び吉田くんに唇を重ねられて。


わたし達は、ずっと長い間、ぬくもりを求めるかのように、互いを求め合った。


幸せな時間。


こんな時間が、ずっと続けばいいのに。

 

アステリアの騎士としてではなく、一人の男として。

「吉田くん」が差し出したのは、偽りのない真っ直ぐな告白だった。


かつて手鏡越しに見守り続けた、遠い初恋。

長い年月を経て、その想いはようやく彩花の心へと届き、重なり合う。


「好きなの。大好きなの」


臆病だった彼女が、自らの意志で選んだ隣にいるための言葉。

束の間の平穏の中で確かめ合った温もりは、やがて来る嵐への、何より強い絆となる。


「恋人への練習曲エチュード」編、完結。

次回、新章「反乱の狂詩曲ラプソディー」開幕。


突きつけられた由利の裏切り。

加速する運命に、二人は抗い続ける――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ