第5話 重なる唇、そして決意の告白
目の前で、吉田くんとソルトが牛鳥と戦っている。
歪んだ空間から現れた、5匹の牛鳥。
そして、彼らに召還された、同じ数だけのゾンビもどき。
吉田くんは剣を縦横無尽に、わたし達以外の人間がいなくなった、この結界の中で、華麗に舞うように剣を振るっている。
ゾンビもどきには目をくれない、吉田くん。
もう二度、由利ちゃんの使い魔と戦っているから、その心得は出来ているようで。
とにかく、牛鳥をターゲットに絞って確実にダメージを与えていっていた。
だけど応戦する牛鳥も、涎を垂らしながらも斧を振りかざし、猛然と吉田くんに襲いかかっている。
それを軽やかに、まるで猫のような動きでかわす吉田くん。
少し長めの黒髪が、時折斧に切り裂かれて舞い散っている。
そしてソルトは、この間と同じように、武器を持っていない。
「うぇ、気持ち悪! 何だこいつら。ティリシアの下級使い魔って、こんなヤバ目だったか?」
そんな減らず口を叩きながらも、ぴょんぴょんと飛び跳ねて、牛鳥の頭部に回し蹴りを食らわせ、もんどり打って倒れた牛鳥の上に、天井にあったシャンデリアに一度掴まると、膝を曲げて飛び降りた。
うわ、あの高さからのニードルキック。
食らった牛鳥は、口から黄色い泡のようなものと……うう、後は見たくない。
凄まじいものを吐き出して、姿を砂に変えていった。
見たくない。
でも、見ていなくちゃ。
吉田くんもソルトも、わたしを護るために戦ってくれている。
わたしが、目を逸らしちゃだめだ。
最低限、足手まといにならない死角に隠れながら、わたしは必死で心の中で二人を応援していた。
応援することしか出来ないなんて、情け無い。
でも、……この牛鳥に着いて行って、今、由利ちゃんに会う勇気がない。
生きていた、由利ちゃん。
それは、純粋に嬉しいよ。
だけど……クーデターって、何?
ティリシアの第三王女だって言ってた。
王位が欲しいけど、今のままだと回って来ないとも言ってた。
だから、わたしの力が欲しいって。
そのためなの?
ティリシアを、手に入れるためなの?
駄目だよ、由利ちゃん。
わたしの中では、まだあの頃の……わたしのパートナーだった由利ちゃんしかいない。
だから、今会うのは辛すぎる。
最後の二匹になり、吉田くんの剣が血と脂で使い物にならなくなってしまったようだ。
彼は低く舌打ちし、襲い掛かる牛鳥の斧をその剣で受け止めた。
牛鳥の斧が、剣を滑って吉田くんの肩に落ちそうになった!
「危ない、吉田くん!!」
思わずわたしが叫んだ瞬間、ソルトの長い脚が、牛鳥の斧の柄を蹴り飛ばした。
その手は、もう一匹の牛鳥の顔面を強打している。
そしてその隙に、吉田くんの手のひらが、ソルトの相手の牛鳥に向けられた。
浮かび上がる、ほのかに輝く光の玉。
小さなそれが、牛鳥の腹部に目掛けて放たれた。
まっすぐに、牛鳥の腹部を狙い突き抜け、のけぞった牛鳥は倒れながら砂に変わっていった。
自分の敵を倒してもらったソルトは、吉田くんの横に飛び跳ねるように降り立ち、軽く肩を竦めた。
「何だよ、やっぱ魔法使えると便利だなぁ」
「ミネリア王族には、魔力は無いと聞いているが、本当なんだな」
「ああ、残念ながら、魔力ゼロ。だから使い魔もいないんだよ、ミネリアにはな!」
ソルトはそう言いながら、腰を低く落として、手のひらに気合を込めている。
吉田くんも、使い物にならなくなってしまった剣を投げ捨て、両手を最後の牛鳥に向けた。
「やぁーーーーー!!」
「はぁーーーーー!!」
二人の気合の声と共に、ソルトは手のひらを強く牛鳥の顔面に叩きつけ、吉田くんから放たれた光の玉が、牛鳥の下腹部を突き抜けた。
「レー……リア……様……どうか……」
呟くような、だけど無機質な声を上げ、牛鳥の眼差しが虚無に変わり、そしてそのまま砂と化していく。
倒しちゃった。
あんなに強そうな、牛鳥を二人で、こんな短時間で。
凄すぎる!
「彩花、大丈夫か!」
駆け寄ってくれた吉田くんは、わたしの肩を掴んでわたしを覗き込む。
大丈夫だよ。だって、全然今回はわたしのところへゾンビもどきも来る暇がない。
気持ち悪がっていた、ソルトが巧みに自分へ注意を向けてくれていた。
「うん、大丈夫! ありがとう、吉田くん、それにソルト。凄い二人とも強くて、びっくりしちゃった」
わたしが胸に手を当てて言うと、両手を頭の上で組んだソルトが、軽い足取りでこちらに歩いてくる。
今まで、あれだけハードな動きをしていた人と思えない。
吉田くんもそうだけど、二人とも息切れ一つしていない。
何もしていないわたしが、一番疲れている様子ってどうなのよ……。
もっと、わたし、しっかりしなくちゃなあ。
「アヤカっちに褒めて貰っちゃったよー。魔力ない男なんて、サイテー! とか言われたらどうしようかって思ってたんだけどな」
「そんなあ、言うわけないよ」
わたしが慌てて手を振ると、途端に吉田くん少し眉を寄せたけれど。
でも、言葉では何も言わなかった。
吉田くんも、ソルトのペースに慣れたのかな?
それとも、一言言えば、逆にペースに巻き込まれると思っているのかも。
「とにかく、二人ともありがとう。でも……由利ちゃん、心配だな……」
「彩花……」
「だって、聞いて、吉田くん。由利ちゃん、何か理由があって王様になりたいって思ってると思うの。それに、今まで全然普通にわたしの先輩だった由利ちゃんが、急に態度を変えてしまったのには、理由があると思うの。何よりね、ただわたしの力が欲しいだけで、わたしに近づいたんじゃないって、そう思いたいの」
少なくとも、由利ちゃんといた2年間は、わたしにとってはかけがえのない時間だった。
それは、嘘じゃない。
わたしにとっては、無くしてはならない、大切な日々だったことには、今も変わり無いんだもん。
由利ちゃんと、向き合ってちゃんと話したい。
でも、怖い。本当の気持ちを知りたいのに、知るのが怖い。
臆病で、何も出来ない、情け無いわたし。
何だか、泣けてくる。
俯いたまま、言葉を止めてしまったわたしを、吉田くんは黙って見つめ、そしてふいにぎゅっと抱き締めてくれた。
暖かい、胸の中。
涙が、また零れてしまう。
ごめんね、どうしていいか分からない自分が、本当に嫌になる。
「アヤカっちさあ……」
突然、わたし達を見ていたソルトが口を開いた。
ぎくり。
身体が急に強張る。
わたし、まだまだソルトが怖い。
男の人だと、認識してしまっている。
それに、何を考えているのか分からないのが、一番怖い。
助けてもらって、こんな感情を抱くのは、本当に失礼なのは分かってる。
だけど、心の底にある感情ってコントロールするのが難しい。
「地球名で、フジモリ・アヤカって言うんだよな?」
はい?
何を、突然。
ああ、そう言えば、前回に会った時に、自己紹介したけど、でも何で今それを……。
「で、『蒼の疾風』の隊長、名前さあ、ラナディート・エルハラードだよな。それが地球では、ヨシダくんっていうんだー」
軽い、本当に今まで何事も無かったかのような、ソルトの口調。
「ずるくねえ? いいよなー、地球名。俺にも付けてよ、地球っぽい名前」
え? 何? ソルトの言っている意味がよく分からない。
わたしはきょとんとしてしまい、悪戯っぽいソルトの顔を眺めてしまった。
「俺の名前さ、ソヴァーディガルド・レンタス・ミリフォード・ガーディッド・ミネリアっていうの。カッコいい地球名付けてよ、アヤカっち」
な……ながっ!!
どうしてアステリアの人々って、こんなに長い名前なの!
とてもじゃないけど、一度で覚えられないよ。
でもね、気付いてしまった。
ソルトは、ソルトなりに気を遣ってくれている。
わたしが落ち込んでいる理由は分からないくせに、わたしの気を紛らわそうとしてくれてる。
ほんとに……ヘンな人。
だけど、ありがとう。
わたしは吉田くんの胸の中で、くすくすと笑ってしまった。
だって、ソルトに浮かんだ地球名、あまりにバカらしくて。
「じゃあね、ソルトの地球名は、塩田くん」
他に思いつかなかったんだもの。最初に会った時も、「塩のくせにー!」って思ったくらい。
わたしの言葉を聞いて、吉田くんは、思わずぶはっ! と噴出した。
あはは、可笑しいよね。わたしも笑いが止まらない。
ソルトはそんなわたしと吉田くんを見て、微妙な表情で、
「シオタくんって、カッコいいのか?」
なんて言ってる。
カッコいいか分からないけど、ソルトに良く合うと思うけどな。
結界の中で、わたし達が何となく和やかになりつつあると、先ほど牛鳥が出てきた空間が、また歪み始めた。
それに気付いたわたしは、思わずぎゅっと吉田くんにしがみついてしまった。
また!? またティリシア!?
だけどその空間から、にゅっと顔を突き出したのは……海の色の瞳の美人さんだった。
「アヤカ、無事でしたか。なら手早く報告だけします。お聞きなさい」
そう挨拶もなしに話し始めた美人さんは、わたしの下のお兄さんだという、シェニムさんだった。
空間から、上半身だけを出して……怖い。
ていうか……アヤカ? 初めてそう呼ばれた。
「ティリシアのユリシーダ王女がクーデターを起こしました」
「うん、聞いた……」
「そうですか、なら話は早い。ユリシーダ王女は、自分に賛同する貴族を集め、膨大な量の使い魔を国内に放ち、暴動を起こしています。その使い魔の一部を、地球に送り込むという情報を耳にしました。アステリア皇帝陛下は、一時アステリアと地球との空間を閉鎖することを決定しました。分かりましたか?」
……分かったよ。
由利ちゃんが地球へ使い魔を送り込むのは、わたしを狙うためだからだよね。
だから、パパさんはアステリアと地球を切り離す作戦に出たんだ。
「それも、アステリア軍部の体制を立て直すまでの間です。一切、その間はアステリアと交信できません。アステリア軍は、ティリシアと一番近いミネリアに集結させていますが、残念ながらまだ完璧な包囲網を作れてはいません。いいですね、ラナディート。分かっていますね?」
シェニムさんの言葉の最後が、何だか脅しのような響きに聞こえるのは、気のせいかな?
言われた吉田くんは、軽く頷いて、わたしを抱いた手に力を込めた。
きみを、護る。
そう言ってくれた、吉田くんの傍にいれば、わたしは絶対に安全。
信じてる。
だけど、それだけじゃ嫌なの。
わたしも、わたしが出来ることはしていきたいな……何が出来るのか、分からないけど。
「ラナディート、『蒼の疾風』に最低限の指示を出しておきたいのではありませんか?」
「ああ、だが……」
吉田くんは、わたしとシェニムさんを困ったように見比べた。
吉田くんは、その『蒼の疾風』の隊長さんだっていってた。
由利ちゃんのクーデターを鎮圧すると、シェニムさんは言っているんだろう。
それに、吉田くんの率いる隊が出るんだろうな……。
戦争になるのは辛くて悲しいけど、でもそれは今は後回しにしなくちゃ。
少なくとも、吉田くんの足手まといになりたくない。
わたしは吉田くんを見上げて、出来るだけ明るく笑えるように表情を作った。
「大丈夫だよ、今はシェニム兄さんも、ソルトもいるから」
吉田くんは、わたしをじっと見つめ、そしてソルトを見ず、シェニムさんに振り返った。
ううーん、徹底してソルトを嫌ってる……。
「シェニム、彩花から絶対目を離すなよ」
「分かっています。とっととおいでなさい」
僅かにシェニムさんが体をずらした隙間に、吉田くんは「すぐに戻るから」と言いながら、空間の歪みに消えていった。
「何を心配してるんだかなあ。俺がいるのにさあ、ねー、アヤカっち?」
そう軽く言ったソルトが、へらへらと笑っていると、シェニムさんは軽く咳払いをして、もう一度体をずらした。
「ソヴァーディガルド王子、あなたと話したいと仰る方がおられます」
そうシェニムさんが言った次の瞬間、のっそりと大きな身体の、顔中に髭を生やしたおじさんが顔を突き出した。
「ゴラァ! ソルト!!」
「げっ、オヤジ!!」
ソルトは、顔を引きつらせて、でもわたしの前に立ってうろたえた。
「ままま待て、オヤジ、これには色々事情が……」
「何で貴様、地球になんぞいる! ていうか、その可愛い娘ちゃんはどこの誰だ!」
可愛い娘ちゃんて……わたし?
びっくりしてしまって、固まっているわたし。だって、ソルトのお父さんって、ミネリアの国王様でしょ?
ゴラァ! って言ったよ……。
ソルトが言い訳をしてくれようとしたのを、さっと鮮やかにシェニムさんが受け取った。
「ああ、彼女は我が国のラナディートの知人です。ソヴァーディガルド王子は、ラナディートと偶然友人になり、彼の知人を見たさで地球へと行ってしまったのでしょう」
すんごい! 説得力のある嘘。
すました顔のシェニムさんに、ソルトのお父さんはあっさりと騙され、そしてそれからわたしに興味を示さなくなってくれた。
はあ……よかった。これでここで、祝福の女神とかバレたら、また大変なことになっちゃう。
「いいから、戻って来い! 空間を閉鎖したら、しばらく戻って来れないぞ!」
「へいへい、うっせえなあ。分かったよ。じゃあな、アヤカっち。また会おうな」
ソルトもほっとしたようで、わたしに軽くウインクをしながら、顔を近づけた。
怖いっ!!
思わず身体を引いてしまったわたしの耳元で、ソルトが囁く。
「ミネリアが俺の時代になるまで、まだ時間がかかる。影で手助けすることしか出来ねえのが情け無いけど、でも、出来る限りはする。アヤカっちは自分の思う道を行けよ。いいな」
「うん。ありがとう、ソルト」
ソルトは、自分の境遇をもしかしたら嫌がっているのかな。
嫡男という立場が、重荷になっているのかな。だから、わたしに協力してくれる気になってくれているのかな……?
想像の域を超えないけど、でもソルトのその気持ちが何だか嬉しかった。
わたしが微笑して頷くと、ソルトはにやりと笑って、わたしの頭をぽんぽんと撫でて、ソルトのお父さんに引っ張られて空間の向こうへ消えてしまった。
そして、入れ違いに吉田くんが戻ってくる。
「え、もう? ちゃんと皆とお話したの?」
驚くわたしに、吉田くんは苦笑を浮かべた。
「ああ、副隊長に一任した。全てを怠るなと、それだけを言って来た」
全てを怠るな、か……わたしは、全て怠ってばっかだ。
恥ずかしいな。
厳しい隊長さんなんだろうな、吉田くん。ううん、その時はラディか。
そんなことをわたしが思っていると、シェニムさんが呆れたように溜息交じりの声を放った。
「大変お邪魔なようで、申し訳ないのですがね。……もういいでしょうか、レーリア」
ああ。シェニムさん、ソルトのお父さんがいたから、気を遣ってくれたのね。
みんなに気を遣わせてしまっているわたし、もっと、しっかりしなくちゃ。
改めて、身が引き締まる。
「一週間。その間に、アステリア軍は包囲網を固めることが可能です。その後、恐らくユリシーダ王女は、あなたとの対面を望むでしょう。その時にどうしたいのか、よく考えておくのです。あなたが、一番彼女に伝えたいことをね」
「わたしが……由利ちゃんに……」
「あなたが思った、あなたの言葉でいいのです。では、ラナディート、後は頼みましたよ」
シェニムさんが、とっても難しい宿題をわたしに託し、そして姿を消した後。
わたしと吉田くん、二人だけが結界の中に残った。
立ち尽くしたまま、言葉もないわたしに、吉田くんはソファへ座ることを進めてくれたけど。
でも、わたしは首を振って、そして吉田くんを見上げた。
ああ、頬が熱い。
だけど、言わなきゃ。
今、言わなきゃ、いつ言うの。
「あのね、あのね、吉田くん……」
わたしは、首を傾げる吉田くんの袖を掴んで、そして。
「護ってくれて、ありがとう。いつも、ありがとう。それでね……」
「彩花……?」
「わたしね、由利ちゃんに会ったら、言おうと思っていることがあるの。わたしね、わたしはね。あのね」
ああ、恥ずかしい。限りなく恥ずかしい。
どうしよう、どこかに消えてなくなりそうなくらい。
だけど、頑張れ、彩花。
わたしはぎゅっと吉田くんの袖を強く握り、真っ直ぐに彼の漆黒の瞳を見つめた。
優しい、柔らかな眼差し。
この瞳に、いつも、いつまでも見つめてもらいたい。
「わたし、吉田くんの傍にいたい。地球で、吉田くんと二人で仕事をして頑張っていきたい。これが、今のわたしの望みなの」
吉田くんの切れ長の目が、大きく見開かれた。
「彩花……!」
「吉田くん、今のあなたも、ラディの姿のあなたも。どっちも、わたしには大切で、かけがえの無い存在なの。……好きなの。大好きなの」
ああ!!!
とうとう言ってしまった。
恥ずかしい。
本当に恥ずかしい。
どうしようもないくらい、恥ずかしい!
思わず俯いてしまったわたしの体を、吉田くんはぎゅっと強く抱き締めてくれた。
吉田くんの身体って、本当にあったかいね。
魔力少ないなんて、嘘でしょ?
だって、こんなに今は、わたしを包み込んでくれているよ。
どんな困難からも、障害からも護ってくれるような気がするよ。
これって、魔力じゃないの?
「彩花、ありがとう。愛してる、彩花、愛してる……」
吉田くんは、わたしの髪に顔を埋めて、何度も何度も呟いた。
うん。嬉しい。恥ずかしいけど、すごく嬉しい。
吉田くんは、そっとわたしを離すと、わたしの頬を何度も撫でて、端正な顔に優しげな微笑を浮かべた。
伝わる。わたしを大切に想ってくれる気持ち。
それが、わたしを前に進ませてくれる。
吉田くんの顔が近づき、わたしは目を閉じた。
すぐに触れる、柔らかな感触。
何度も何度も、角度を変えて、わたしの唇を啄ばむようにくれた優しい口付けは、やがて深く熱くなった。
わたしの髪を掻き抱き、ぎゅっとわたしを望む吉田くんに応えているのが精一杯。
やがて唇を離した吉田くんは、間近でふわりと微笑んだ。
それに、わたしはどんな顔で応えているのかな。
ぽわーっとしてしまって、何も考えられない。
「彩花は、俺が命に代えても護り通す。だから、これからも彩花らしくいて。それが、俺の望みだから」
命に代えてもなんて、縁起でもない。
そう言おうと思ったのに、再び吉田くんに唇を重ねられて。
わたし達は、ずっと長い間、ぬくもりを求めるかのように、互いを求め合った。
幸せな時間。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
アステリアの騎士としてではなく、一人の男として。
「吉田くん」が差し出したのは、偽りのない真っ直ぐな告白だった。
かつて手鏡越しに見守り続けた、遠い初恋。
長い年月を経て、その想いはようやく彩花の心へと届き、重なり合う。
「好きなの。大好きなの」
臆病だった彼女が、自らの意志で選んだ隣にいるための言葉。
束の間の平穏の中で確かめ合った温もりは、やがて来る嵐への、何より強い絆となる。
「恋人への練習曲エチュード」編、完結。
次回、新章「反乱の狂詩曲ラプソディー」開幕。
突きつけられた由利の裏切り。
加速する運命に、二人は抗い続ける――。




