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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
恋人への練習曲(エチュード)

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第4話 蒼の疾風と王子の再会、そして歪む日常

「いやあ、大変だったんだよー。アヤカっちの気配をアステリアから辿れなくなっちゃうしさあ。そしたら、何? 封印し直したの、魔力。すげえな、それじゃあ分かんねえよなー。ってかさ、それでもアヤカっちを見つけた俺って凄くねえ? 凄いよな!」



わたしの横に、当然のように腰掛けるソルトは、赤茶の瞳をきらきらと輝かせてわたしを覗き込んで、それはもう……ポワンを思わせるようなトークっぷり。


驚いてしまって、身体を固めてしまったわたしの逆隣では、吉田くんが絵に描いたようなぶすっつらで、注文したカシスオレンジを傾けている。


「俺、地球来んの初めてなんだよね。もう見るもの全部面白くてさ。3日もうろうろしちゃったよ」


「えっ、ソルト、地球にもう3日もいるの!?」


わたしが目を見開くと、ソルトはうんうんと頷いて、そして自分の着ている服の袖をつまんだ。


今、ソルトが着ているのは、アステリアで会った時のような中世っぽい服じゃない。

ジャケットの下には、地球ではごく一般的な、Tシャツを重ね着にした上着に少し色あせたジーンズ姿。


どこをどうみても……そこらへんにいる大学生みたい。


「この服も、最初は何だこりゃって思ったけど、着ると案外着心地いーんだよね。アヤカっちさあ、前会った時と全然雰囲気違う服着てるじゃん、それも可愛いな」


かっ……可愛いって!

簡単に言わないでー!!


わたしはきっと、顔を真っ赤にしてしまったに違いない。


隣の吉田くんが、面白くなさそうな顔で、ぐいとわたしを自分の方へと引っ張った。


「無闇に、彩花に近づくな」


短くそう言った吉田くんは、わたし越しにソルトに目を眇めて睨みつけている。


吉田くんは、初対面の時から、ソルトが気に食わないらしくて。

態度が凄くきつくて……ちょっと怖いくらい。


でも、そんな眼差しを向けられたソルトは、けろりとしたもので。


「おねーさーん、俺も酒くんねーかな。ああ、アヤカっちが飲んでるのと同じでいいや。これ、持って来てよ」


なんて店の人に注文してるし……。

どういう神経しているんだろうな、ソルトって。


真ん中に挟まれたわたしは、心臓が痛いくらいにバクバクして仕方ないっていうのに……。


ソルトが注文した、ジンライムはすぐに届けられて。


「はいはい、乾杯ー」


何て言って、勝手にわたし達のグラスに重ね合わせているし。


ぐびっと一口お酒を飲んだソルトは、吉田くんに目を向けて、軽く肩を竦めた。


「何だよ、怖えなあ。いい男台無しだぜ、そんなぎゅーって眉寄せちゃってさ。見てみなよ、可哀想に、アヤカっちが震えちゃってんじゃん」


「震えてなんか、いません!!」


思わずわたしが叫ぶように声を上げると、ソルトは可笑しそうに笑いながら、わたし達の頼んだつまみに手を伸ばしてる。


本当に……本当にこの人って分かんない。


吉田くんは半分諦めたかのような、深い溜息を一つつき、首を軽く振って、改めてソルトに向き直った。


「お前、ミネリアの嫡男だと言っていたな。ソヴァーディガルド王子か」


ソヴァーディガルド……これまた言いづらい名前だな……。


でも、ソヴァーディガルドを略してソルト。うん、考えられる。

てっきり、偽名を使ったと思ってたのに。


「ソルトって、本名だったのね」


素直な気持ちで思わず言うと、ソルトは意味深な笑みを浮かべてる。

うう、何だろ、ころころと表情を変えられると、感情がついていかずに戸惑うばかりなんだけどなぁ。


「ソルトっていうのは、俺の近しい人だけが呼ぶ呼び名なんだ。アヤカっちにだったら、呼んでもらいたいと思ってさ。だから、そう教えたんだ。何? 偽名とか思ってたわけ?」


「え、あ、えーと……」


わたしが困ってしまうと、ソルトはにやにやと笑って吉田くんに顔ごと向けて覗き込んだ。


「でもやっぱ、俺の名前バレてたか。そりゃそうだよな、だってあんた、『蒼の疾風』の隊長だろ?」


え? 蒼の疾風?


わたしがきょとんとしていると、吉田くんが眼差しを和らげて教えてくれた。


イスランさん率いる、国家としてのアステリア軍にある、いくつかの特殊部隊の一つが、今教えてくれた『蒼の疾風』だそうだ。


そして、その役割とは、有事のときの先鋒部隊。


精鋭ばかりを集め、相手の動きよりも早く戦局を優位にするために先駆けとして戦うんだそうだ。


……何だか、すごく怖くなってきた。


だって、戦争なんて、わたしTVの中でしか知らない。


それでも、痛ましい場面が出ると、目を逸らしてしまう。


そんな状況で、一番先に戦いに出て行かなくちゃいけないなんて。


怖い。

怖い。


わたしは自分で気付かないうちに、身体が震えてきてしまい、自分で自分を抱き締めていた。


そんな世界で今なお生きている吉田くんやソルトを見れない。

どう、声を掛けていいのか分からない。


「……やか、彩花」


わたしの背中を、そっと撫でる手。


びくりと身体を震わせ、意識を戻すと、吉田くんが漆黒の瞳に心配気な色を浮かべていた。


「彩花、心配しないで。大丈夫、訓練はしているけれど、俺が今まで戦場に出たことはないよ。ここ百年以上、アステリアでは戦争は起きていない」


「ああ、起きていない。今まではな」


応えたソルトの声が少しだけ、低くなった。


何? やだ、なに、その反応。


ソルトは、わたしの肩に手を置いて、赤茶の瞳でまっすぐわたしを見つめた。


「アヤカっち、地球にいて、幸せなんだな?」


「え……うん……」


急に聞かれて、わたしは戸惑いながらも頷いた。


幸せ……。


うん、幸せだよ。


今まで、全然気付かなかったけど。


でも、普通に会社に行って、仕事を頑張って。

お客様に喜んで頂けたりするのって、嬉しいし、友達関係も悪くない。


家族もとても暖かいし、今は何より吉田くんがいる。


「うん、幸せだよ」


わたしはもう一度、確信を持って頷いた。


吉田くんを、見上げながら。


吉田くんは、わたしとソルトを見比べながらも、わたしには嬉しそうに目を細めてくれた。


するとソルトは、大きく頷いてわたしの肩をもう一度軽く叩いた。

次に浮かべた彼の笑みは、今までと同じ。


明るくて、軽くて。

だから、彼の言葉の重みが伝わらなかった。


「そっか。その思いを忘れなきゃ大丈夫だろ。色男もついてることだしな」


「ソルト、それってどういう……」


「俺のオヤジもそうだけど、各国がアヤカっちを狙ってる。皆さあ、下克上を狙ってるわけよ。嫌だねー、そんな汚い大人にはなりたくないよな」


「ソルト、ねえ……」


「アヤカっち、いいか。自分を見失うなよ。びくびくしながらも、前を向いてるあんただから、俺は興味を持ったんだ。そんなあんたに協力したいと思ってる。俺の出来ることっていったら、たかが知れてるけど」


ソルト、あなたの言いたいことが、よく分からない。


わたしは困ったように、吉田くんを見上げた。


その瞬間、痛いほどの緊張感が走る。


何!?


ぱっと立ち上がった吉田くんとソルト。

ほぼ、同時だった。


「来る……」


吉田くんが呟いた直後に、バーの入り口近くの空間がみるみる歪んでいく。


ああ、見たことある。この歪み方。


やめて、まさか……またなの!?


「わりぃ、もう少し時間掛かると思ってたから、後回しにしたんだが……」


ソルトは、身構え、その空間を見据えながら言葉を続けた。


「ティリシアの末娘が、国内でクーデターを起こした」


「……早く言え!」


大きく舌打ちした吉田くんの手が、天井に向けられた。


キィィィイイイン、という耳鳴りのような音。


その直前、店内から大きなざわめきが聞こえる。


歪んだ空間から出てきたのは、顔が牛、身体が人間で背中に鳥の羽が生えている……ティリシアの使い魔。


バーにいた人々の悲鳴は、吉田くんの結界が作られるにつれて消えていった。


この場所には、わたしと吉田くん、ソルト、そして牛鳥。

その牛鳥も、一体じゃない。続々と五体も出てきた。


ティリシアの末娘……きっと、由利ちゃんだ。


生きていた。


クーデター……? どうして……諦めていなかったの?


あんなに苦しそうで、辛そうだった……なのに。



わたし、あの時から、一日たりとも忘れたことないよ、由利ちゃん。


ほっとした気持ちと、やるせない気持ちが交差する。



「レーリア様……」


「我が主の下へ……」


あの時と、一緒。


無機質な声が、わたしを取り囲むかのように響き渡る。


わたしの前では、腰を落とした素手のソルト、そして右手に空間から出した剣を握った吉田くんがいる。



幸せになる方法。



それを求めるために、わたしはきっと記憶と力を封印した。


だけど、誰かを不幸にしてまで、追い求めてもいいのかな?

由利ちゃんは、きっとわたしに助けを求めてる。

それに応えられる自信なんて、ない。


だけど、だけど……。


由利ちゃんの、元気なわたしを呼ぶ声が聞こえたような気がした。

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