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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
恋人への練習曲(エチュード)

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第2話 公開告白は、盾か矛か

会社へ着いて、わたしと吉田くんは慌しくPCを叩き続けた。


今日は、営業会議。

ここで、あの大学の購買部に売り込みをかける、わたしと吉田くんのプロジェクトを発表する。


プレゼンターは、もちろん吉田くん。

だって、わたし、恥ずかしいけどあんまりプレゼン得意じゃない。


「俺に、任せて」


そう頼もしいことを言ってくれる彼に、おんぶに抱っこ状態は情け無いけれど。

でも、せめて資料だけは前もって、たくさん集めておいた。


それをパワーポイントに起こして。わたしはこういう裏方の方が好き。

本当は、土日の間に二人でやっちゃおうって相談していたんだけど、急にアステリアに行くことになってしまったから。


うちのPCから吸い取ったデータを会社のパソコンに移して、仕上げにチェックしたら、わたしの準備は完了。


隣の席の吉田くんも、今終わったみたい。

たん! と小気味いい音で、エンターキーを押してから、わたしに微笑を向けてくれた。


「藤森さん、そろそろ行こうか」


「うん、頑張ろうね!」


わたしと吉田くんがUSBメモリを持って立ち上がると、吉田くんの周りにいた女の子達が、彼の一挙一動に黄色い声を上げている。


ああ……相変わらずモテモテの吉田くん。


そして彼女達の嫉妬、羨望の眼差しは、悪意となってわたしに向けられる。


「頑張ろうね、だって。ほとんど吉田くん一人で出来ちゃう仕事なのにね」


「本当よね、おまけじゃない、藤森さんなんて。運良く吉田くんとチーム組んで、成績上がったからっていい気になっちゃってさ」


黄色い声の合間に、そんな聞こえよがしの悪口も聞こえる。


……うう、分かってるわよ。

わたし一人で、今みたいな成績取れるはずなんて無い。


吉田くんが来る前は、由利ちゃんに引っ張られてた。

結局、わたしの力なんてたかが知れてる。


知ってるもん。分かってるもん。


わたしが俯いてしまったら、吉田くんは間違いなく一箇所に目を向けた。

そして、二人の女の子の前に立つ。

その子達は、特に吉田くんに執着している子達だ。いつも取り巻いているから知ってた。


吉田くんは笑み一つ浮かべず、彼を目の前にして真っ赤に頬を染めた女の子達に言った。


「何か言いたいことがあるなら、今ここでどうぞ?」


言葉は柔らかいけれど、否定を許さない口調。


女の子達の恥らった表情が固まった。


ま、まずい!!


吉田くんがモテるのもわたし知ってるし、非難を浴びるのも段々慣れてきた。

それに、仕方ないって思うもの。

こんなカッコいい人を、わたしが独り占めしちゃ駄目だなって思うもの。


「待って、吉田くん…………」


「一つはっきりと言っておくけど、俺一人の力じゃ何も出来ない。藤森さんがいてくれるから、俺は全力を出し切れる……いや。違うな。実力以上のものを発揮できるんだ」


吉田くん……。


わたしは、胸に手を当てたまま硬直してしまった。

だって、だって。


そんなこと、言ってもらえるなんて思っていなくて。


吉田くんは、しん、と静まり返った中、わたしに向かって、打って変わって柔らかな微笑を浮かべた。


「藤森さんの資料は、的確で適正だから、俺の意見も通るんだ。俺が言いたいのは、ただそれだけ。じゃあ、行こうか、藤森さん」


吉田くんは、わたしの腰をさりげなくリードして、さっさと歩き始める。

静まり返ったギャラリーは、放置。


「あの、あの、吉田くん?」


会議室まで歩きながら、わたしは戸惑って吉田くんを見上げた。

彼はわたしを見下ろすと、小さな溜息をついた。


「困ったものだな。どうしたらいいかな。俺に興味を持たせないようにするには、どうすればいいんだろう」


「うーん……」


見た目で目立つし、低い心地いい声も目立つし、頭も切れるし。

わたしもどうすればいいのか、分からない。


二人で困ってしまっていると、廊下で一人の男性が立っていた。

彼は……営業二課の、名前何だっけ?


「藤森さん、ちょっといい?」


あれ、彼はわたしの名前を知ってる。


営業二課の人が、わたしに用事? あり得ない。


もしかして…………アステリアの?


わたしはこっそりと吉田くんに目配せすると、彼はじっとわたしに声を掛けた男の人を見つめ、そして小さく首を振った。


「違うな。彼は地球人だ」


そっか、よかった。


でも、今はその人と話している暇なんかない。


「ごめんなさい、これから営業会議なので」


そう断ろうとしたら、意外にも食い下がってきた。


「じゃあ、会議が終わったら、屋上で待ってる」


そう言って、吉田くんをちらちらと見ながら行ってしまった。


何だろう。屋上……?


わたしが首を傾げると、吉田くんはしばらく無言だったけど、気を取り直すかのようにわたしの髪をそっと撫でた。


「行こう。二人で、頑張ろうな」


「……うん!」


結局やっぱり、わたしはスライドをPCで操作したりとか、資料の補足説明をしたりとか。

そんなことしかしなかったけれど、営業会議でのプレゼンは、上々の出来栄えだった。


さすが、吉田くん。

あの説得力のあるトーク、わたしも少しは見習わないと……。


そんなことを思いながらも、吉田くんが部長と課長に呼ばれた間に、あの男の人に言われた屋上に行くと。


わたし人生初の出来事が待っていた。


「藤森さん、ずっと気になってた。吉田がいつも傍にいるから、話しかけられなかったけど、もっとおれを知ってもらいたいんだ。友達からでいいから。たまに食事したりとか、二人で遊びに行ったりとか」


モテ期!? まさか、わたしに? あり得ない。


言われたわたしは、バカみたいにぽかーんとした顔のまま立ち尽くしていた。


そんなわたしに、営業二課の男の人は、一歩ずつ近づいてくる。

そのたびに、わたしは一歩ずつ下がって逃げる。


だって、怖い……!


「急に驚いただろうけど、でも、おれは本気なんだ!」


「いや、やだ……」


わたしの怯えを勘違いしたのか、男の人はにこりと笑ってわたしの腕に軽く触れた。


「ウブなんだね、そんなところも可愛い」


わたしに触れている男の人の腕が熱い。

ジンジンして、痛いくらい。


怖い、怖い!!


胸が苦しい。息が出来ない。


前から、男の人って苦手だけど。

でも、こんなにパニックになるのは初めてで。


自分で自分を抑えられない。身体が震えて、止まらない。


「やだ、離して、やだぁー!!」


「彩花!」


わたしのつんざくようなうるさい悲鳴に被せて、吉田くんが声を上げて走ってくる。


涙が浮かんだわたしを抱き締めて、そしてわたしの背中を撫でてくれた。


あったかい、大きな手のひら。

それに、わたしを包む胸元から、吉田くんの心臓の音が聞こえる。


とくん、とくん、とくん……。


段々、気持ちが落ち着いてくるのが分かる。


「よ、吉田、おれはそんなつもりじゃ……」


「失せろ」


言い訳すらさせず、吉田くんは短く吐き捨てた。


低い声が、更に低く。

ぞっとするほど、冷たさが篭ってる。


「な……なんだよ……」


そう言いながらも、わたし達の横を駆け抜けて、ああ、最後まで名前を思い出せなかった。

あの男の人が去っていった。


「……大丈夫か、彩花?」


吉田くんは、僅かにわたしを離して、そしてわたしを覗き込んだ。


黒い瞳は、心配気に揺れていて。

その瞳の中に、嫉妬の色はない。


だって、知ってるものね。わたしが男の人がダメだってこと。

だから、純粋に心配してくれているのが分かる。


わたしは小さく深呼吸をして、そして笑顔を頑張って作った。

これ以上、吉田くんに心配掛けさせたくない。


「ありがとう、大丈夫。ただ、びっくりしちゃったの」


「そうか。だけど、彩花に言い寄る男の対策を考えなくちゃな……」


「滅多にないよ。ていうか、人生初だし。もうないから大丈夫だよ」


地味キャラなわたしが、こんな場面に遭遇するなんて。

きっと想像もしていなかったから、パニックになってしまったんだろう。


そう思ったんだけど、吉田くんはひどく深刻そうな顔でしばらく無言で、そして眉を小さく寄せて、もう一度わたしを抱き締めた。


「あまりこういうことはしたくなかったんだけど……彩花、俺の作戦に乗ってくれる?」


え? 作戦?


わたしは不思議に思いながらも、吉田くんの真剣な眼差しに頷いた。


居室に戻ったわたしと吉田くんの周りに、人垣が出来る……というか、吉田くんの周りに。


「すげーな、吉田! 部長褒めてたぜ!」


「ああ、そう、どうも」


「さすがね、吉田くん! 絶対購買落とせるわ、頑張ってね!!」


「はあ、どうも」


……一時期は、周りに溶け込もうと努力を見せていた吉田くんも、やっぱり無駄だと思ってしまったのか。

元の無愛想に戻ってしまった。


わたしはそんな彼を苦笑して見ながら、自分の席へと座ろうとした……んだけど。


がしっ! と腕を掴まれた。


あれ? 何?


振り返ると、人垣からにょきっと手が伸びて、わたしを捉えてる。


怖いから!


「待って、藤森さん。俺の話を聞いて」


座れぬまま、わたしが立ち尽くしていると、吉田くんが人垣を掻き分けてわたしの目の前へ立つ。


その眼差しは、優しげで暖かで。

わたしに伸ばした手は、頬をゆっくりと撫でていく。


ああ、吉田くん。


周りで悲鳴が聞こえるよ……?


だけど彼は、まっすぐにわたしを見つめたまま、目を細めて微笑んだ。


「ずっと、きみのことだけを考えてきた。これからも、そうでありたい。きみの一番近くにいるものとして、俺を受け入れて欲しいんだ」


え? 何? 何が始まったの?


「マジかよ、吉田!!」


「きゃー、やめてー!! 吉田くんー!!」


「うそー!? ここでぇ!?」


何が? 何が起きてるの?


わたしは訳が分からなくて。きょとんとしたままでいたら、吉田くんは……わたしをみんなの前で抱き締めた。


悲鳴と冷やかしの口笛と。

何だか分からない怒号みたいな声と。


ぼんやりとしたわたしの耳に、色んな言葉が流れてくるけど。


でも、その中でも一番大きく聞こえた言葉。


「藤森さん、俺と、付き合ってくれる?」


付き合う……アステリアまで?


違う?


え……


「えーーーーーー!?」


わたしがびっくりしてしまって、大きな声を上げてしまうと、同期の男の子が近くで爆笑している。


「藤森ぃ、えー!? はねえだろ、えー!? は! 返事はイエスかノーだよ!」


「そうだぞ、男を見せろ、吉田!! もう一押しだ!」


男の子達は大はしゃぎ。そして女の子達は……ああ、泣いてる子までいるし。


吉田くんは、こっそりとわたしに低く小さく囁いた。


「彩花、ごめんな。でも、ここで俺たちが付き合うってことになれば、周りも静かになるだろうから」


ああ……そういうことなのね。


でもでも、恥ずかしい!


こんなみんなの前で、告白なんかされちゃって。

顔が真っ赤になってしまって、熱くて仕方が無い。


だけど、渾身の吉田くんの演技だもの。


わたしは頑張って、小さく頷いた。


その途端、男の子からは大喝采が。

女の子からは号泣の声が……。


何だかなあ……。


またしても、人生初。

最近、人生初ばっかり。


「付き合ってください」


その言葉を、初めて言ってくれたのが、吉田くん。

何だか、嬉しい。


その後、吉田くんの態度は全く変化なかった。


相変わらず、他の人には関心を示さず、わたしには優しげな微笑を絶やさず。


だけど、時折強調する、


「俺はいつも彩花には、本気の言葉しか言わないよ」


っていうのが、何だか意味ありげなような気がするけど……意味が分からないから、そのままの状態。



というか。


会社内のことで頭を悩ませるどころじゃない出来事が起きてしまう。


またしても、わたしはやっぱりレーリアなんだと思い知らされる出来事が、わたし達を待っていた。

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