第5話 再封印の雷鳴、そして重なる想い
「本当に、面白い男だねえ」
「普通は、こちらから報酬を要求するのにねえ」
「自分から言い出すなんて、本当に面白いねえ」
三人のど派手な魔女達は、口々に言いながらも目線はラディに釘付けになっている。
わたしの手の甲に唇を落とした後、立ち上がったラディは腕を組んで魔女達を眺めていた。
浮かべる笑みは、妖艶と言ってもいい。
こんなぞくりとする笑みを浮かべる男の人なんか、わたし初めて見た。
しかも……わたしには、あんなに暖かい微笑を向けていてくれた人なのに。
全然、別人みたいだ。
何だか驚いて、圧倒されてしまって。
わたしは、立ち尽くして呆然としてしまっていた。
「不満か? ならば、別のものを差し出そうか」
ラディの言葉に、黄色い魔女はゆっくりと首を振った。
「いいや、アステリアに生を受けたものとして、レーリア様への忠誠心は確かに大きく大事なものだろう。我らには、関係のないことだけど」
「そうだねえ、別に祝福を受けなくてもねえ」
「充分、今、幸せだしねえ」
……そうよね、幸せそうよね。
でも、わたしが口を出したら混乱しそうで。
今、自分が何を言い出すか分からない。
でも、けど。
何でラディが、わたしのために……ていうか、忠誠心て、何よそれ。
もう、意味が分からない!
「ラディ、考え直して? わたしはいいから、何を取られても、取り合えずは生きていけるだろうから、だから……」
わたしは必死になってラディに言ったけど、でも彼はわたしには一切目を向けない。
あのぞくぞくするような笑みを浮かべたまま、黄色い魔女に焦点を当てた。
「では、契約は成立だな。時間が惜しい。とっとと済ませてもらいたいものだな」
「ああ、全くせっかちな男だねえ」
「本当に。ゆっくりと味わうのがいいのにねえ」
「けど折角のお申し出だし、いただこうかねえ」
魔女達はそう言いながらも、わらわらとラディの傍に集まってきた。
「レーリア様、離れてくださいませ」
ポワンが声を低くして囁く。
でも、だって……。
ラディ一人を、わたしの為に犠牲にさせるわけにはいかない!
わたしは首を振り、目の前の赤い魔女の肩に手を掛けた。
「待って!! お願いをしたいのは、わたしなの! だからラディには……」
言い掛けたわたしの言葉が、止まってしまった。
赤い魔女越しに、ラディが見える。
彼は、さっきまで浮かべていたのとは違う笑みを浮かべていた。
あの、優しげな、わたしを包み込むような微笑だった。
そして、ゆっくりと首を振る。
口元が、小さく動いた。
「大丈夫だよ」
そう、動いたような気がした。
「やだ、やだー!! どうして! やだよ、なんでラディが!! わたし、何でもするから! わたしのことなんだから、わたしが報酬を払うよ! やめてよ、やだよ!!」
わたしはきっとパニックにまた陥ってしまったんだろう。
必死になって、赤い魔女の肩を揺らした。
だって、凄くおかしいよ。
何でラディがわたしのために、魔女に囲まれているの?
忠誠心なんて、どうでもいいよ。
そんなの、わたし、ラディに求めてない。
ただ、あなたが傍にいてくれるだけで。それだけでいいのに。
もし、これでラディが一緒に地球に来てくれないんだったら。
もう、魔力なんて漏れたままでいい。
どうでもいい。
だけど赤い魔女は、あのニヤニヤと薄笑いを浮かべたまま、少しだけ声を上げた。
「邪魔をしないでもらいたいねえ。お前達、レーリア様を祭壇へお連れするんだ」
「はいぃー」
「はいぃー」
抑揚の無い声がしたと思ったら、茶色や黒い髪の女性達が、どこからか現れてきた。
かなりの人数。
きっと、わたし達の様子を、どこからか見ていたに違いない。
「レーリア様ぁー」
「失礼しますぅー」
そう言うや、わたしは数人の女性の手によって、まるで担がれるかのように持ち上げられた。
「いやだ! 離して、やだ、ラディー!!」
手足を思い切りばたつかせたのに、全然身動き取れない。
「離して!! 下ろしてぇ!!」
「レーリア様ぁー」
「失礼しますぅー」
再び同じ言葉が繰り返されると、わたしの口元に布が当てられた。
やだやだ、何!? 何かツンとした匂いがする……!
段々、目の前が曇りがかってくる。
そんなわたしの前で、魔女に囲まれたラディが眦を上げているのが見える。
だけど、ラディに手を翳した三人の魔女から、卵色のような光が放たれると、ラディは体を強張らせて、そして小さく痙攣して。
ああ、ラディ。
ごめんね、ごめんなさい。
わたしのために、本当にごめんなさい。
ラディの上げた顔から、その口元から。
小さな白濁した丸いものが吐き出された。
……なあに、それ。
嬉しそうに、魔女達が手を伸ばしてる。
これが、報酬なの?
もう、わたし、ラディと一緒にいられないのね……
やだよ……
ラディが、……吉田くん、一緒に営業に回りたいよ……
まだ、教えていない、面白いお客様もいるんだよ。
それに、数年かかっても誰も落とせない会社もある。
二人で、色んなところを回りたい……。
わたしの意識は、そこからぷっつりと消え、次に気付いた時には、わたしは木の幹に縛られていた。
パチパチと、木の爆ぜる音が聞こえる。
夕べは、この音が暖かい音色に聞こえたのに。何だか背筋がぞっとして目が覚めた。
わたしは、集落の下の木に、立ったまま縛られていた。
「え……? ちょっと……」
どうして? 封印をしなおしてくれるんじゃないの?
もがくと、腕にくくり付けられた縄が更に食い込んで、思わず顔をゆがめてしまう。
「レーリア様ぁー」
「封印を、掛けなおしのぉー」
「儀式を、執り行いまするぅー」
抑揚のない声を上げながら、数十人の女性がわたしの周りを回っている。
どん、どんと太鼓のような音も聞こえる。
何!?
何がこれから起きるの!?
怯えているわたしの前に、あのど派手な三人の魔女が現れた。
表情は、先ほどと同じ、ニヤニヤ笑いのままだけど。でも、ちょっと雰囲気が違う……?
「報酬は、頂いたのだけどねえ」
「うん、おいしかったけどねえ」
「何だか、思ったよりもいまいちだったねえ」
頂いた……おいしかった!?
魔女達の言葉に、わたしは目を見開いて、ついでに口も開いて声を上げた。
「食べたの!? ラディの気持ち!!」
「気持ち……? レーリア様、やっぱりおつむが……」
「うるさい!!」
ぶちっとこめかみが切れる音がしたような気がする。
ラディの思いを……大切な思いを食べちゃうなんて。
しかも、いまいちだったなんて!
何て人たちなの!?
血も肉も通っていないみたい。信じられない、許せない!
「ラディはどこ!? わたしを解放して!」
「それはできないねえ」
「そうだねえ、報酬を頂いてしまったから」
「いまいちだけど、報酬は報酬だからねえ」
魔女達はそう言いながら、今度はわたしを取り囲んだ。
「魔女の館の掟は、約束を違うべからず」
「受け取った報酬には、それ相応の見返りを」
「望みを叶えるべくは、レーリア様の再封印」
ぐるぐるとわたしの周りを回りながら、魔女達のおんなじ声が響き渡る。
黄、赤、青の魔女が、わたしのすぐ傍を。
そして、それを取り囲むかのように、数十人の地味な髪の色の魔女がゆっくり、ゆっくりと回っていく。
「やだ……やだ……」
わたしは歯の根が段々合わなくなり、ガチガチと歯を鳴らしながらその光景から目を背けた。
だって、本当に怖い!!
無表情で手を繋いで円になり、ところどころ焚き火のある広場を回る魔女達。
そして間近には、あの薄ら笑いを浮かべている原色魔女。
「レーリア様のぉー」
「魔力をぉー」
「抑えたまえぇー」
茶色や黒い髪の魔女達は、そう唱えるやいなや、ぴたりと動きを止めて、両手を天に翳した。
ごごご……と、大地が響くような音がする。
ま……マジで怖いっ!!
「力を集めよ」
「我らに与えよ」
「封印の力を」
今までと打って変わったような、短く切れのある言葉を吐いた原色魔女のそれぞれの片手が、わたしに触れる。
最初、ぴりっと痺れた。静電気かな? と思うくらい。
だけど、それから凄い勢いで、電流がわたしの中を駆け抜ける。
「い……きゃあああーーーー!!」
痛い!! 痛いっていうもんじゃない!
人生初の、痛みによる絶叫を上げてしまうくらい痛い!!
「もう少し、もう少し」
「ほらほら、薄汚い髪の色も、少しましになった」
「間抜けづらは、変わらないけどね」
最後は……余計だっていうの!
頭のてっぺんから、足の付け根まで迸る電流が流れきったと感じた瞬間。
わたしの身体から全ての力が抜けきってしまった。
「あ……ああ……」
情け無いけど、言葉が出ない。
青い魔女が、わたしの体を支えると、赤い魔女がわたしを縛っていたロープを外してくれた。
だめだ、自分の力で立つことなんか出来ない……。
「完全には無理だけどねえ」
「そうだねえ、でもまあこんなもんかねえ」
「かろうじて、魔力は感じられないからねえ」
原色の魔女達は口々に言うと、ぐったりとしたわたしに鏡を差し出した。
そこに映るわたしは、……ああ、あのヤンキーカラーの髪の色じゃない。
真っ黒ではないけれど、少し明るめの茶色の髪。
瞳の色も、焦げ茶に戻っていた。
とりあえずは……再封印、成功なのかな……?
呆然とした意識が戻らないでいると、わたしの腕をぐっと凄い力で引かれた。
「いたっ……!」
驚いて顔を上げると、そこにいたのは。
端正な顔で、綺麗な弧を描いた眉をきゅっと寄せて。わたしを見つめるのは、汚れない海の色のような瞳。
「彩花、笛を!」
ふえ……?
驚いてしまって、固まってしまったわたしの胸元へ、ポワンが顔を突っ込んだ。
「あったわ、ラディ!!」
「よし、彩花、吹くんだ!」
え、え、何か、何が起きたの!?
わたしはとにかく言われるがまま、ポワンから渡されたあの笛……シェニムさんからもらった笛を口にした。
思い切り息を吐くと、かろうじて聞き取れるかというようなか細い音が鳴る。
瞬間、凄まじい風が森全体を吹き抜けた。
「何!? 何なの!?」
身体が吹き飛ばされそうになるほどの、突風。
さすがの魔女達も、ざわめき驚いているのが分かる。
わたしはぎゅっと目を閉じたまま、思わずうずくまってしまったんだけど。
でも、そのわたしの体をふわりと何かが包み込んだ。
そして、わたしの身体が持ち上がったのを感じた。
暖かい……。
顔に、風が当たる。
怖くて、目を開けられない。
でも、わたしを包む、この暖かさで安心するの……。
「あの報酬は、あんたの『一番』じゃなかったんだね!」
「ずるい、ずるいよ!」
「『魔女の館』を騙したね!」
耳元でかすかに、あの原色の魔女の声がする。
騙した……? 誰が?
「彩花、もう大丈夫。目を開けていいよ」
ああ、ラディだ。ラディの声だ。
ゆっくりと目を開けると、目の前に心配気な端正な顔があった。
切れ長な目は、わたしの瞳をまっすぐに見つめて。
眉は、先ほどまでの機嫌の悪さとは別な意味で寄せられている。
「彩花、どこか痛い? 大丈夫か?」
ラディの声は、優しくて。わたしの頭部から頬へかけて撫でる手は、暖かくて。
「ラディ……どうして……」
もっと、ラディを見ていたいのに。
視界が歪んで、よく見えない。
「泣かないで、ごめん、心配掛けてごめんな……」
ラディはわたしをぎゅっと抱きしめて、耳元で囁き続けた。
あの、低い、心地いい声で。
「ごめん、魔女達の意識を、『レーリア』に向けるには、ああするしかなかった。本当にごめんな……」
「……ふぇ……ふっ、え……」
わたしはまたしても、子供のように泣きじゃくってしまった。
だって……
ずっと、わたしを他人行儀に、レーリア様って呼んだ。
それから、わたしに、「どうかご無事で」って。
ラディ、そう言ったのよ。
わたし、どんなに寂しくて不安で怖くて。
あなたがいなくなってしまうと思っただけで、こんなに混乱してしまうなんて……。
ラディは、わたしを抱きしめたまま、軽く体をあやすように揺すった。
「魔女への報酬を、俺の一番大切なものにさせないための作戦だったんだ。きみが『レーリア』だけど、『彩花』だと、魔女は知らないからね。それに……」
「それに……?」
ラディ、あなたの言いたいこと、まだ良く分からない。
わたしはしゃくりあげながらも、顔を上げた。
ラディはわたしの頬に手を当て、そして目を細めて微笑んだ。
「俺は、アステリアに生きるものとして失格だ。レーリアへの忠誠心よりも、きみへの想いの方が、ずっと強かった。だから、彩花。今までと、俺の気持ちは全く変わらないよ。今でも、きみを愛してる」
忠誠心よりも、愛…………。
ラディ、あなたって人は……。
わたしはせっかく引っ込み始めた涙を、再び流す羽目になってしまった。
だって、だって。
こんなに深い愛情を示してくれる人を、わたしは他に知らない。
「愛してる、彩花。これからもずっと、俺が護るから……」
ラディは再びわたしに囁いて、そしてわたしの頬に唇を落とした。
揺れる、わたしを支えて。
閉じた瞳を僅かに開くと、わたしが座り込んだのはあの黒い竜の背だった。
笛……そうか。
戻れるのね。地球に。
わたしの膝の上にあるぬくもりは、きっとポワンね。
よかった、本当によかった。
「ラディ、ありがとう。あのね、あの……」
わたしは間近で揺れる瞳を見つめながら、ああ、きっと頬が真っ赤になっているはず。
でもね。でも、今言わなきゃ。
「私も……す、す…………きゃああー!?」
急に黒竜が大バウンドを始めた。
あああああ、そういえば、アステリアに来る途中にシェニムさんが言ってたっけ。
『さあ、空間の歪みに入ります。揺れますから、掴まっていてください』
まさに、まさに今!?
一番大切なところでー!?
わたしが落ちないように、ぎゅっと抱きしめてくれたラディの心臓の音が、凄く早い。
僅かに顔を上げると、少しだけ顔を赤くしたラディが微笑んだ。
きっと、わたしの想い、気付いてくれた。
ちゃんと、今度また言うから。
言うね、あなたのこと。わたし、凄く鈍くて鈍臭いけど。
でも、あなたなら受け止めてくれるよね、わたしの全てを。
地球の、日本の。
わたしの家はもう少し。
まだまだ波乱に満ちた生活が待っているだろうけど。
でも、ラディが傍にいてくれるから。
ずっと、わたしの傍にいてね。
わたしを抱きしめながら、わたしの腕をふと捉え。
そして、囁かれた一瞬の言葉。
「誕生日おめでとう、彩花」
え……?
ちらりと腕時計を見ると、日付が変わってる。
わたしの、誕生日。
このために、月曜日にこだわってくれたのね。
ありがとう、優しいラディ……
大好きよ……。
そう心の中で呟いて、地球につくまで、ラディの暖かい胸に体を預けた。
魔女の館の掟は、果たされた。
ラディの差し出した「忠誠心」という偽りの報酬と、引き換えに得た再封印の静寂。
真っ黒ではないけれど、少し明るめの茶色の髪。
鏡の中に、かつての自分に近い姿を取り戻した彩花は、大切な人の温もりに包まれながら、懐かしい世界へと帰還する。
「誕生日おめでとう、彩花」
その言葉を胸に、彼女は瞳を閉じた。
揺れる黒竜の背の上で、二人の物語は、新たな旋律を刻み始める。
「揺れる奇想曲」編、完結。
次回、新章「恋人への練習曲」開幕。
舞台はアステリアから地球へ―――
二人の想いが、加速する。




