第4話 跪く騎士、忠誠という名の代償
黄色い魔女の胸倉を掴んだラディは、ニヤニヤと笑う他の二人の魔女に目を向けた。
わたしが見ても、ラディは凄い迫力で。
いつもわたしに向けてくれる、あの暖かい雰囲気は一切ない。
だけど、魔女達は臆することなんか全然なくて、薄っぺらい笑みを止めようとしなかった。
「面白い男だねえ」
「本当に。人にものを頼む態度と思えないねえ」
赤い魔女と青い魔女が、顔を見合わせて口々に言う。
黄色い魔女は、自分の胸倉に掛かっているラディの手を軽く叩いた。
「お離し、おいしそうな男。望み通り私達の棲家へ案内してあげよう」
「そうだね、立ち話も疲れるしねえ」
「ほら、ほかの者が興味津々だよ」
魔女の言葉に、わたしがはっと振り返ると、数々の家から、女性ばかりが顔を覗かせている。
何人いるんだろう。数十人はいるだろうか?
目の前のど派手な髪の魔女達と違って、彼女達は茶色とか黒に近い色とか、割と地味な髪だった。
でも、彼女達はわたしが振り返ったに気付くと、一斉に顔を引っ込めて家に隠れてしまった。
うーん、恥ずかしがりやの一族なのかな……?
「じゃあ、レーリア様、こちらにおいで」
「おいで、そこの不細工な使い魔も」
「来ないと仲間外れになっちゃうよ」
「ぶぶぶ不細工ですってぇー!?」
ポワンがキー!! と怒り出しそうになったので、わたしは慌ててポワンを抱きかかえて魔女達に駆け寄った。
キューちゃんは、まだポワンが召還していない。いなくて、良かったかも。
わたし、あんなに可愛いキューちゃんのことまで悪口言われたら、神経持たない。
ラディがぱっと黄色い魔女の胸倉から手を離し、わたしの横に立った。
そしてその手が、わたしの腰をぐっと引き寄せる。
「え、あの、ラディ?」
「俺から離れないでください、レーリア様」
さっきから、ラディが凄く他人行儀。
この集落のような場所に来てからは、わたしを見て笑みを浮かべることもなくなった。
緊張しているのが、伝わってくる。
わたしが不安そうにラディを見上げたのに気付き、彼は視線をわたしに向けてくれた。
少し厳しい表情のまま。
ずきん。
心が、ちょこっとだけ痛い。
こんな顔をさせているのは、わたしのせいだ。
他の人には無愛想だけど、わたしにはにっこりと柔らかい笑みを浮かべていてくれていたのに。
ラディがそれだけ警戒しているということは、やっぱりこの魔女達の魔力って凄いのかな……。
それとも、他に何かあるのかな……。
わたしは、ポワンを抱いていた手に力が入ってしまった。
ポワンも、心配そうにわたしとラディを見比べている。
ラディは、わたしの顔を見つめたまま、顔をわたしに寄せ、声を低くして囁いた。
「必ず、きみは俺が護るから。無事に、地球へ戻すから。だから、俺を信じて、俺に任せて」
……うん。ラディ、あなたを信じる。
きっと、二人で……ううん。ポワンと、三人で地球に帰ろう。
魔女達は、わたしとラディに目を向けると、青い魔女がわたし達を包むように円を地面に描き始めた。
そしてぐるりと取り囲むと、中に複雑な紋様を描いていく。
あ……これ、アステリア城へワープするときに、シェニムさんが描いた魔法陣みたいだ。
「あの……家に帰るたびに、こうやって魔法陣を描くんですか?」
思わず魔女達に聞いたわたし。
だって、面倒じゃないの。その度にこうして、魔法陣を描いていくなんて。
そしたら、黄色い魔女が呆れたようにわたしを眺めて言った。
「レーリア様、おつむが成長されなかったようだねえ」
「本当だねえ、自分の家に帰るたびに魔法陣を描いていたら、疲れ果ててしまうのが分からないのかねえ。レーリア様とおいしそうな男のためだって分からないのかねえ」
赤い魔女も、まるで同情したかのような眼差しでわたしを見てる。
やだー! その目線、凄い嫌だー!
ただ、聞いてみただけなのに!
「もう、無闇に話し掛けるのは止めておいた方がいいですわ、レーリア様」
あの弾丸トークのポワンにまでそう言われてしまった。
うう……確かにそうかもね。
青い魔女が魔法陣を描き終わると、わたし達と一緒に円に入り、そしてとん、と振り上げた足を下ろすと。
空間が歪み、そして軽い眩暈のような感覚が過ぎ去った。
そして次の瞬間には、目の前は一変し、黒を基調とした、石造りのロビーのような場所だった。
「あれ? ええ? あれ?」
ワープしたのは、あの高床式住居みたいな建物のはず。
葦を編んで作ったような建物の内部が、どうしてこんな立派な黒曜石のような作りになっているの?
驚いてきょろきょろしていたわたしの腰に手を当てたラディは、スタスタと前を歩く魔女達について行った。
魔女が案内してくれたのは、ロビーの奥にある一つの部屋だった。
大きな円卓と、それを取り囲んで10個ほどの椅子が並んでいる。
「どこでも座っていいよ」
「お茶を出そうか、酒を出そうか」
「そうだねえ、まだ明るいけど酒がいいかねえ。つまみはないけど」
「ないねえ、料理できる者がいないから」
「ええと、お構いなく……」
思わずわたしがそう言うと、ラディは椅子を一つ引き、わたしをそこに座らせて、彼自身はその隣に腰掛けた。
そしてむげに手を振って足を組んだ。
「酒も茶もいらん。話をしたい」
「おやおや、せっかちな男だねえ」
黄色い魔女は、薄ら笑いを浮かべたまま他の魔女に合図をした。
手招いている。
その手招き方が、ゆらゆらと。何だか不気味……。
「せっかちな男は、嫌われるよ」
「女を攻めるなら、じっくりといかないといけないよねえ」
くすくすと笑いながら、青い魔女と赤い魔女も円卓へついた。
始まる。
わたしにとって、本当に大事な瞬間だ。
どうにかして、わたしの漏れ出した魔力を、もう一度封印してもらわないといけない。
でも、それには報酬が伴う。
現金や貴金属の類は受け取らないらしい。
望むものにとって、一番大切なもの。
わたしは、何を要求されるんだろうか……。
「もう気付いているだろうが、レーリア様がご自身で掛けられた封印の力が、弱まっている」
ラディはそう、低い声で切り出した。
目の前に座る魔女達は、髪の色こそ違うけど、おんなじ顔で薄ら笑いを浮かべている。
不気味なこと、この上ない。
「レーリア様の魔力を、再び封印して欲しい。ただし、来年の今頃まで持てばいい。最悪、半年でも構わない」
「半年、と言われてもねえ」
「レーリア様の魔力に、我らが勝るわけでもなし」
「魔力の強いものへの魔法は、掛けられないのを知らないのかねえ」
ああ……
そうだった。
魔法は、自分よりも魔力が強いものへは掛けられないって、ラディが言ってた。
わたしは心配で、ラディと魔女達交互に目を向けたけど……ラディは険しい顔のまま、顎で外を示した。
「他の魔女の力を集めればいい。今現在のレーリア様の魔力になら、お前達の力を結集すれば何とかなるだろう」
ラディの言葉に、青い魔女は可笑しそうに口元に手を当てた。
「おやおや、作戦まで練ってきているよ」
「本当だねえ、『魔女の館』総出で手伝えと言っているよ」
「さて、どんな報酬を頂けるのかねえ」
きた。
報酬……わたしは背筋を伸ばして、腕の中のポワンをぎゅっと抱きしめた。
何を言われても、とにかく今は地球に帰ることだけを考えなくちゃ。
シェニムさん、言ってたもの。
いずれ、わたしのレーリアの記憶が戻るまでのことだって。
藤森彩花としての、全ての記憶が消えることまではきっとないはず。
だって、あのパパさん……性欲を要求されたんでしょ?
だったら、わたしにもピンポイントで何か要求が来るはずよ。……と、信じたい……。
「あの、わたし、何をお支払いすればいいでしょうか?」
上ずった声で、わたしが会話に割り込むと、ラディはふとわたしの前に手を差し出した。
口元に、指が置かれる。
うわっ、急にされると、どきどきが止まらなくなるよ!
だけど……これって、わたしに黙っていろってこと?
ラディは手を下ろし、その手をそのままテーブルの上で組んだ。
長い指が、端正な顔の下で交差している。
その表情は、今まで見たことも無いような、不遜な笑みを浮かべていた。
まるで、ラディじゃないみたい……
それとも、これが本当のラディなの?
「では、レーリア様の魔力を封印することは、可能なのだな?」
原色のど派手な魔女達は、お互いの顔を見やって、そして一斉に頷いた。
「あんたの言うように、『魔女の館』の者全員で掛かればね」
「だけど、それなりの報酬を頂くよ」
「レーリア様からだって、報酬は頂くよ」
……そうだよね、祝福の女神からだって、すべき仕事の報酬はとるのは当たり前。
ごくりとわたしが息を飲むと、ラディはふいに立ち上がった。
そして、ばん! とテーブルに手を叩くように置き、身体をずいと目の前の魔女達に寄せた。
ラディは、何だか……何ていうか。
すんごい色っぽい表情を浮かべてる。
目を細めて、口元に薄い笑みを浮かべてて。
見てしまったわたしは、やばい、心臓がどきどきどき……止まらない。
「お前達、俺を見て、おいしそうだと言ったな?」
「ああ、おいしそう」
「本当、おいしそうないい男」
「滅多に見れない、おいしそうな男」
口々に言う魔女達に、ラディは満足そうに頷いた。
「いいだろう。レーリア様の望みは、俺の望みだ。報酬は、俺がくれてやる」
え……?
ちょっと待って、ラディ。
何を言っているの?
一瞬の空白の後、わたしは慌てて立ち上がり、ラディの腕に取りすがった。
「待って、どうして!? やめて!」
「……申し訳ございません、レーリア様」
ラディはわたしの腕をそっと外すと、その場に跪いた。
わたしは何が起きているのか、さっぱり分からなくて。
ポワンを見下ろしたけど、彼女は黙ったまま、わたしとラディを見比べている。
ラディは、わたしの手を取ると、その甲に唇を落とした。
ななな……何を……!
ゆっくりと唇を離したラディは、あの汚れない海の色の瞳で、わたしを見上げて。
そして、ふわりと微笑んだ。
「俺の最後のあなたへの忠義を、お受け取りください。どうか、この先もご無事で」
呆然としているわたしにそう言ったラディは、立ち上がり、魔女達にもう一度向き直った。
それから、彼はもう、わたしを見ない。
見て、くれなかった。
「お前達に、俺のレーリア様に対する忠誠心。これをくれてやろう」
ちゅう……せいしん……。
何でだろう。
パニックになると、どうしてわたしって、言葉が頭に入ってこなくなるんだろう。
ラディ、何を言っているの?
忠誠心って、どういう意味なの?
わたし、よく分からないよ。
約束したから、護りに来てくれたんじゃないの?
来てくれたのは、わたしが祝福の女神だからなの?
レーリアとしてじゃなく、祝福の女神として、わたしを護っていてくれたの……?
脳内が、ざわめいている。
何か、言葉が出来上がりそうなのに。
それを止めている何かがある。
わたしは……
何を望むの……
ラディ、あなたのこの先の未来に、わたしは存在しなくなっちゃうの……?
何を求め、何を受け入れたいのか。
真っ白になってしまったわたしには、全てが分からなくなってしまっていた。




