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アステリア ―蒼い約束―  作者: 沙莉
里帰りの小夜曲(セレナーデ)

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第5話 星降る夜の、約束と涙

それからわたしたちは、皇帝陛下……じゃなく、パパさんの私室に隣接している、小さな会議室に場所を移した。


「もうすぐ、総軍事会議が行われる。それまでに、レーリアをどうにかせねばならんな」


「ええ。各国から特使や軍部代表が来ますからね。もしレーリアの存在に気付かれたら、ただじゃ済みません」


「とにかく、レーリアの魔力をあと一年だけでも抑えるよう、再封印を掛けられる方法を考えねば……」


そうテーブルを挟んで話し合うのは、パパさんとシェニム……兄さん。

ああ、まだ呼び名に慣れない……。


心の中はきっとバレないだろうから、こっそりと「シェニムさん」と呼ぼう。


イスランさんは、ポワンを目の前まで抱き上げ、乱暴に揺すってる。


「なんだぁ? お前、ポワンか。随分と可愛くなっちまったなあ」


「ギャー! お放しをっ! 全くこの兄弟は何て乱暴なんでしょっ!! レーリア様、見てないでお助けくださいましっ」


「イスラン兄さんも、その会議に出るの?」


そう言いながら、さりげなくポワンを救出。イスランさんから、ひょいとポワンを取り上げた。

わたしの腕の中で、ほっとした彼女の毛を撫でていると、イスランさんは見るからに面倒臭そうに肩を竦めた。


「ああ、一応司令官だしな」


「……誰が、何の?」


失礼な質問だったかしら。


背後で、無感情な声が聞こえてくる。


「アステリア軍の、司令官なんですよ、兄上は。ちなみに私は、参謀です」


ああ……それは何か、納得する。


シェニムさん、頭が切れそうし。沈着冷静って言葉がよく似合う。


シェニムさんの眼差しが、わたしからイスランさんに移り、彼はそのまま口の片方を上げた。

……笑っているとは、ちょっと見えにくい笑みだな……。


「筋肉バカの暴走を止めるのが、私の役割ですよ。参謀といっても、常識的な発言しかしませんしね。兄に、それを望むのは不可能ですから」


「……さりげなく、言ってくれるじゃねえか」


「おや、ご自分で筋肉バカだと認識しているんですね。これは褒めてあげるべきですかね」


あああ、また喧嘩染みた会話になってるー!


どうも、シェニムさんが喧嘩を売っている……というか。

からかってるんだな、絶対。


わたしが二人を止めようとした、その時。

一人、扉に寄りかかって少し離れた場所にいたラディが、身体を起こしてわたしの隣にやって来た。


「『魔女の館』に、依頼してはいかがでしょう」


澄んだ海の色の瞳は、パパさんに注がれている。


『魔女の館』……?


「何!? よりによって、『魔女の館』だと!? 勘弁してくれ!!」


パパさんは、その言葉を聞いたとたん、カフェオレ色の髪を掻きむしった。

ああ、ヘアースタイルが。ばっちり決まっていたのに、乱れまくっている。


それに、さっきのあの会議室での、威厳あるパパさんはどこへ行ってしまったのだろう。

全く、別人みたい。


そんなパパさんを見て、イスランさんも、何だかうそ寒そうな表情を浮かべているが、シェニムさんは得心したように、頷いた。


「そうですね。レーリアの魔力に敵うものは、この世界、アステリアには存在しません。ですが、『魔女の館』の者の力を合わせれば、あるいは封印を掛けることが出来るかもしれませんね」


「ねえ、『魔女の館』って何?」


わたしがラディを見上げて聞くと、彼は首を傾げ、腕を軽く組んだ。


「蒼の一族とは別の、ある一族が住んでいる一帯をそう呼んでいるんだ。女子が生まれにくい皇帝陛下の血筋と逆に、男子が生まれにくい一族でね。女性ばかりで、しかも皆魔力が相当強い」


「へえ……」


「そして、あまり人と関わるのを好まないから、その一帯に一族が固まって生活をしている」


魔力が強いから、迫害されて……という訳でもなさそうだ。

事情はよく分からないけど、皆魔力が強い人たちなら、助けてもらえるのかな?


だけど、パパさんは断固反対の様子だった。


「あいつらに頼むのだけは、止めておくれ! 知っているか、ラディ。あいつらは、この私ですら報酬を取るのだぞ!」


「まあ、健全な民主主義を貫いているのであれば、仕方ないでしょうね」


そう応えた皮肉屋は、もちろんラディじゃない。

彼は苦笑したまま、押し黙っている。


シェニムさんは、『魔女の館』へお願いするのに賛成みたいだ。


「元からあそこは、わが国においても治外法権のようなところがあるじゃないですか。何を今更。父上らしくもない」


「シェニムは、私が何を要求されたか知らんから、そう呑気に言えるのだ!」


「何を要求されたんですか?」


皇帝陛下でも、魔女に頼みたいことがあるんだぁ、と思ったんだけど、そこはそんなに深く考えずに。

そう、思わず聞いてしまったわたしに、パパさんは、はっとわたしを見て、そして口ごもってしまった。


あれ、お金とかじゃないのかな?


不思議に思うわたしの耳に、ラディがこっそりと囁いた。


「彼女達は、望みを叶える代わりに報酬を要求する。現金、宝石などの財宝じゃないらしいんだ。何でも、客の一番大切なものを望むそうだよ」


「……よく、だ……」


小さな小さな声で、パパさんが答えてくれたんだけど。

あんまりにも小さな声だったので、わたしは聞き逃してしまって。

もちろん、その場にいた全員、聞き取れなかったに違いない。


「え、ごめんなさい、パパさん。もう一度、お願いします」


そう言ったわたしに、パパさんは真っ赤な顔で、それはもう大きな声で。


「性欲、だ!」


…………。


イスランさんは、それはもう可哀想なくらい、顔を真っ赤にして。

シェニムさんは、深い深い溜息をついて。

ラディは「ぶっ!!」と噴出したまま、背中を向けて肩を震わせている。


そしてわたしは。


「レーリア、ああ、もちろんお前が生まれてきた後のことだよ。本当によかった、お前を作る前に魔女に関わらずにいて!!」


そう涙混じりにわたしに縋るパパさんを、少しだけ引いた目で見てしまっていた。


まだ魔女に依頼する決意が出来ないパパさんに(それはそうだろうな……)、シェニムさんは冷たく言い放った。


「記憶を無くしている今、レーリアの大切なものの一つが無くなったくらい、どうということはないでしょう。来年になれば……いや、あと半年もすれば、きっとレーリアの記憶は戻ります。それまでの間のことです。それよりも、肝心なのは、間近に迫った総軍事会議をどう乗り切るかなのですから」


……シェニムさん、冷たいな。

今のわたしの記憶、最悪無くなってもいいと思っているのかな。


何だかわたし、寂しくなってしまった。

今のわたし、この世界にはやっぱり必要ないのかな。


レーリアとしてしか、存在価値がないのかな……。


「それはそうかもしれんが、レーリアをどうやって『魔女の館』まで連れて行くのだ。いくら国内とは言え……」


「じゃあ、オレが護衛に着いて行こうか?」


「だからあなたは筋肉バカだと言うのです。総軍事会議にもし間に合わず、あなたが欠席という事態にでもなったら、それこそ他国は疑って掛かるでしょう。ただでさえ、レーリアの安否は他国の注目の的なのですから」


わたしの話のはずだけど、何だかわたし、いたたまれなくて。

ポワンを抱っこしたまま、わたしはその場をそっと抜け出した。


といっても、遠くに行ける訳もなく。

部屋の窓を開けたら、そこは大きなベランダだった。


少し、外の空気を吸いたい。

そして、頭の中を、整理したいよ。


ベランダに備え付けられていたのは、小さなカフェテーブルセットのようなものだった。

白い可愛いその椅子に腰掛けると、高い欄干のお陰で、外からきっと、わたしの姿は見えない。

すぐ隣には、わたしのアステリアでの家族もいる。


……家族、か。


わたしは溜息をついて、空を見上げた。


もう、すっかり夜になってる。

星が瞬き、三日月が出ていた。


「ここでも、月、あるんだね……」


ぽつりと呟いたわたしを、ポワンがじっと見つめているのを感じた。


「レーリア様……」


そう言ったきり。


わたしとポワンは、ただ黙って、二人で星空を見上げた。


どれくらい、そうしていただろう。

ふと横を見ると、もう一つの椅子に腰掛けたラディがいた。


「……全然、気付かなかった」


びっくりして、わたしが目を見開くと、ラディもわたし達と同じように、空を見上げていた。


「きっと、地球でも晴れて、同じような星空が見えるだろうな」


……そうだね、今日、とてもいいお天気だったから。


昼間、わたしとラディ……その時は、吉田くんの格好だったけど。


二人で、営業回りして。


何事も無く安心してたら、牛鳥が出てきて。


由利ちゃんが、ティリシアの王女様だってことが分かって。


……由利ちゃんは、レーリアのわたしを利用していようとしてて……


ラディが、由利ちゃんからわたしを助けてくれて。


ここまで思い出していたら、また鼻の奥が、ツンと痛くなった。

でも、……泣いちゃ、駄目だ。


あの時、いっぱい泣かせてもらったもの。

もう少し、わたし、しっかりしなきゃ。

だから、もう少し、思い出して整理しよう。


そして、わたしのお兄さんだという、シェニムさんが来た。


シェニムさんは、黒い竜にわたしとラディを載せて、ここ、アステリアまで連れてきてくれた。

漏れ出した、魔力を他の国に気付かれないよう、何とかするために。


わたしの、成人の25歳まで、わたしをちゃんと匿ってくれるために。


きっと、25歳の前には、もともと掛けたわたしの封印は解かれるだろう。

それから、誕生日を迎える間までに、わたしはこの先どうするかを、考えなくちゃいけない。

だから、他の国の人たちは、わたしに近づこうとするんだ。


祝福の女神、レーリアの力を得るために。


一通りあった出来事を思い出して、わたしは小さく溜息をついた。

ラディは、ずっと見上げていた星空から、わたしに視線を落とした。


黙って、傍にいてくれる。

柔らかい微笑を浮かべて。


それが、今のわたしに、どれだけ安心感を与えてくれるか分からない。

本当に、有難かった。


「……今日一日、たくさん凄いことがあったね」


わたしがあれだけ考えて、出した結論。

ううん、結論なんて、そんな重いものじゃない。わたしの、希望。


「ラディ、わたし、地球に帰りたい」


そう言ったわたしに、ラディは優しく微笑んで、そしてわたしの頬をそっと撫でた。


「そうだね。一緒に帰ろう、地球に」


来るべき、その日まで。


ごめんね、ラディ。

あなたは、自分の世界のアステリアにいたいだろうけど。

でも、わたしは今すぐにでも、地球に帰りたい。


お父さんとお母さんに、会いたい。


でも、さすがにそれを言うのは恥ずかしかったから。


「月曜日の、営業会議に間に合うかな……」


わたしの照れ隠し、バレちゃったかな。

ラディは笑み深めて、わたしを覗き込むように頷いた。


「きっと、大丈夫。大学の購買に、彩花と俺の力で、うちの文房具を取り入れてもらうように頑張ろう」


うちの、だって。

まだ、会社に潜んでから日にち経ってないくせに。

わたしは可笑しくなって、ラディの腕を軽く叩いた。


「よろしくね、新しい営業トップ!」


そう言って、わたしはもう一度空を見上げた。


零れてしまった。

たった一滴。


でも、もうこれからは、泣かないようにするから。

わたしの涙を、見ない振りをしてくれたラディの気持ちが、何だか暖かくて。


一緒に、帰ろう。


そう言ってくれて、ありがとう。

「星空の下で誓った、地球への帰還。賑やかで温かい家族に囲まれても、わたしの心は、あのお父さんとお母さんのいる日常を求めていた。

わたしのわがままを『いいよ』って笑ってくれたラディ。そんな彼の優しさに涙して、よし、頑張ろう!って決意した……はずだったのに。


感動の涙も引っ込む、命がけの強制イベント発生!


次回、新章『波乱の行進曲マーチ』開幕。


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