④20歳の誕生日プレゼント
美月の誕生日が近づいていることに、神谷が気づいたのは、投稿サイトの作者プロフィールを何気なく開いたときだった。
プロフィールには、生年月日が記載されていた。
神谷は、その日付を見て、少し考えた。
二十歳の誕生日。
美月にとって、どんな一日になるのだろう。
これまでのやり取りから、彼女が自分の作品を大切にしていることは知っていた。新しい小説を書き上げるたびに、嬉しさと不安の入り交じった言葉を送ってくる。
しかし、誕生日については、一度も話題にしたことがなかった。
神谷は、彼女が誕生日を楽しみにしているのか、それとも、あまり意識していないのかさえ知らなかった。
それでも、ふと思った。
何か、小さな贈り物をしてあげたい。
本を買うための援助とは違う。
小説家になる夢を応援するためのものでもない。
ただ、一人の人間として、美月の誕生日を祝いたいと思ったのだ。
神谷は、自分の考えに少し戸惑った。
これまで美月にしてきたことは、すべて彼女の創作活動を応援するという理由で説明できた。
けれど、誕生日の贈り物となると、少し意味が違ってくる。
それでも、二十歳という節目を迎える彼女に、何か記念になるものを贈りたいという気持ちは消えなかった。
神谷は、しばらく考えたあと、ティファニーのアクセサリーを思い浮かべた。
華美すぎず、日常にも身につけられる、小さなネックレス。
若い女性が喜ぶものとして選ぶなら、自然な贈り物かもしれない。
しかし、価格のことだけでなく、美月がどう受け取るかも考えなければならなかった。
高価すぎるものは、かえって彼女を困らせてしまう。
自分の好意を押しつけるような贈り物にもしたくなかった。
神谷は、控えめなデザインのネックレスを選んだ。
そして、注文を済ませたあと、しばらく画面を見つめていた。
本当に、これでよかったのだろうか。
彼女が喜んでくれたら嬉しい。
けれど、もし戸惑わせてしまったら。
神谷は、贈り物をすることそのものよりも、それを受け取る美月の気持ちを想像していた。
誕生日の前日、美月からメッセージが届いた。
『明日、二十歳になります。
なんだか不思議な気持ちです。
大人になったら、もっとしっかりした人になれると思っていたのですが、実際は、まだわからないことばかりです』
神谷は、その文章を読んで微笑んだ。
二十歳になったからといって、突然何もかもが変わるわけではない。
大人になっても迷うことはあるし、自分のことがわからなくなる日もある。
彼は、返信した。
『二十歳のお誕生日、おめでとうございます。
大人になったからといって、すべてのことがわかるようになるわけではありませんよ。
迷うことも、悩むこともあるでしょう。
それでも、自分が何を大切にしたいのか、少しずつ見つけていけばいいのだと思います。
美月さんにとって、これからの一年が実りあるものになりますように』
送信してから、神谷は少し考えた。
贈り物のことを、どう伝えればよいだろう。
突然、何かを送りつけるようなことはしたくなかった。
美月が受け取るかどうか、自分で選べるようにしたい。
神谷は、もう一通メッセージを送った。
『実は、誕生日のお祝いに、小さな贈り物を用意しました。
もし差し支えなければ、お送りしてもいいでしょうか。
高価なものではありませんが、二十歳の記念になればと思っています。
もちろん、気を遣わせてしまうようなら、遠慮なく言ってくださいね』
美月は、そのメッセージを読んで、驚いた。
誕生日を覚えていてくれた。
しかも、自分のために贈り物まで用意してくれたという。
嬉しかった。
けれど、すぐに返事をすることができなかった。
Kには、すでに本を買うための援助をしてもらっている。
それだけでも、十分すぎるほどありがたいと思っていた。
これ以上、何かを受け取ってしまっていいのだろうか。
美月は、しばらく考えてから、返信した。
『ありがとうございます。
私の誕生日を覚えていてくださったこと、とても嬉しいです。
でも、いつもいろいろと助けていただいているのに、そんなにしていただいてもいいのでしょうか』
神谷は、その言葉を読んで、すぐに返信した。
『もちろん、無理に受け取っていただく必要はありません。
ただ、今回は小説のための援助とは別に、誕生日のお祝いとして贈りたいと思ったのです。
二十歳のお誕生日を迎える美月さんに、おめでとうという気持ちを伝えたかっただけですから。
お返しも必要ありません。
美月さんが負担に感じることなく、受け取れるのであれば、嬉しく思います』
美月は、画面を見つめた。
おめでとうという気持ちを伝えたかっただけ。
その言葉が、心に残った。
誰かから贈り物をもらうことには、いつも少し緊張してしまう。
相手が何を望んでいるのか、自分はどう振る舞えばいいのか、考えてしまうからだ。
けれど、Kは、受け取るかどうかまで自分に委ねてくれている。
美月は、ようやく返信した。
『ありがとうございます。
もしよろしければ、頂いてもよろしいでしょうか?
大切にさせていただきます』
神谷は、その返信を読んで、ほっとした。
『そう言っていただけて、よかったです。
お誕生日、素敵な一日になりますように』
誕生日当日の午後、美月のもとに、小さな荷物が届いた。
差出人の名前を見て、すぐにKからの贈り物だとわかった。
美月は、少し緊張しながら包みを開けた。
中には、小さな青い箱が入っていた。
ティファニーの箱だった。
美月は、思わず息をのんだ。
自分とは縁のないブランドだと思っていた。
お店のショーウィンドウに並ぶアクセサリーを見かけても、きれいだなと思うだけで、手に取ってみようと考えたことさえなかった。
箱を開けると、繊細なネックレスが収まっていた。
小さなモチーフが、光を受けてきらりと輝いている。
華やかすぎず、けれど、確かな美しさがあった。
美月は、しばらく何も言えなかった。
自分のために、こんなものを選んでくれた人がいる。
そう思うと、胸がいっぱいになった。
けれど、嬉しさと同時に、戸惑いも湧き上がってきた。
これは、どういう気持ちで贈ってくれたのだろう。
小説を応援してくれているから。
二十歳の誕生日だから。
それとも、自分のことを、ほかの読者とは違う存在として見てくれているのだろうか。
美月には、わからなかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
自分の誕生日を覚えていてくれたことが、嬉しかった。
美月は、ネックレスをそっと手のひらに載せた。
そして、Kにメッセージを送った。
『贈り物が届きました。
開けて、びっくりしました。
とてもきれいなネックレスですね。
こんな素敵なものをいただいて、本当にいいのでしょうか。
ありがとうございます。
二十歳の誕生日に、忘れられない贈り物をいただきました』
神谷は、メッセージを読んで、微笑んだ。
喜んでくれたのだろう。
そう思うと、嬉しかった。
けれど、彼は、贈り物に特別な意味を持たせすぎないように気をつけた。
『気に入っていただけたなら、よかったです。
二十歳の記念に、何か残るものを贈りたいと思いました。
特別な日に限らず、普段のお出かけにも使っていただけたら嬉しいです。
どうか、しまい込まずに身につけてくださいね』
美月は、その返信を読んで笑った。
「しまい込まずに、か……」
大切なものをもらうと、失くしたり傷つけたりするのが怖くなってしまう。
箱に入れたまま、いつまでも眺めていたくなることもある。
けれど、Kは、使ってほしいと言ってくれた。
美月は、鏡の前に立った。
ネックレスを首にかけると、小さなモチーフが鎖骨の近くで揺れた。
少しだけ、いつもと違う自分になったような気がした。
美月は、スマートフォンを手に取り、鏡に映った自分の姿を写真に撮った。
送ろうかどうか、迷った。
けれど、誕生日の記念に、喜んでいることを伝えたかった。
『さっそく、身につけてみました。
似合っているかどうかはわかりませんが、とても嬉しいです。
本当にありがとうございます』
写真を添えて送信したあと、美月は少し恥ずかしくなった。
自分の写真を送るなんて、今まで考えたこともなかった。
神谷は、その写真を開いた。
ネックレスを身につけた美月が、少し照れたように笑っていた。
彼は、しばらく画面を見つめた。
作品を通して知っていた美月が、初めて、具体的な姿を伴って目の前に現れたような気がした。
彼女は、こんなふうに笑うのか。
神谷は、自分の中に生まれた小さな感情に、まだ名前をつけなかった。
ただ、彼女が喜んでくれたことが嬉しかった。
そして、これからも、自分の作品を楽しんで書き続けてくれたらいいと思った。
神谷は返信した。
『よく似合っていますよ。
喜んでいただけて、私も嬉しいです。
改めて、お誕生日おめでとうございます。
美月さんにとって、これからの一年が、自分の好きなものを大切にできる一年になりますように』
美月は、その言葉を何度も読み返した。
自分の好きなものを大切にできる一年。
それは、小説を書くことだけではないのかもしれない。
好きな本を読むこと。
好きな服を着ること。
きれいだと思うものを、きれいだと感じること。
自分が何を望んでいるのか、少しずつ知っていくこと。
美月は、ネックレスにそっと触れた。
二十歳になったからといって、明日から突然、何もかもが変わるわけではない。
それでも、今年は、少しだけ自分を大切にしてみよう。
そんなことを思った。




