問題だらけの剣士
商人ギルドで『銀狼商会』の登録を終えてから数日後。
アルメリアとユウトは連れ立って、商都の西区にある酒場を訪ねていた。
今回の待ち合わせ場所は、『冒険者』と呼ばれる者たちが集まる酒場。
「へぇ。昼間もやってるんだな。酒場は夜だけかと思ったぜ」
「この区画は冒険者ギルドが近いですから、一日中開いてます。奥へ行きましょう」
酒場の中は昼間だというのに人が溢れ、騒がしかった。
店内にはいかにも腕っぷしが強そうな男たちや、獣の特徴を持った獣人族や、妖しげな衣装の集団が陣取り、酒盛りや食事に興じていた。
充満するのは酒の匂い。肉を焼く匂い。笑い声に怒鳴り声。
商人ギルドとはまた空気の違う荒っぽい喧騒に、ユウトは心を躍らせていた。
その酒場の二階席。主に食事ではなく商談や会議を行うためのテーブル席には、一人の女性が座っていた。
赤髪を頭の後ろで結んだポニーテール。長身。鍛え上げられたと一目でわかる身体つき。
凛とした顔だちと佇まいは、まるで一本の剣のように洗練されている。
年季の入った革鎧に身を包み、傍らには鞘に納めた長剣。いかにも冒険者という出で立ちだった。
しかし肝心の女性はというと……。
「むぅ……」
テーブルの上に数枚の紙を広げ、腕を組んで唸っていた。
親の仇でも見るかのような形相で眉間にシワを寄せ、羊皮紙を睨んでいる。
「む……アルメリアか」
待ち合わせ相手の冒険者──クリスは待ち人に気が付き、顔を上げた。
「助かった」
そして、アルメリアに助けを求めるかのように真剣な顔で告げる。
「この契約書が敵だ」
「いえ。敵ではありませんから」
「強敵なんだ」
……敵らしい。
明らかな変人との出会いに、ユウトの心はまた少し踊った。
これだから、世界というのはおもしろい。
◆◆◆◆◆
『クリス・フラン』
20歳。女性。冒険者ギルド所属のB級冒険者。剣士。
現在は商人ギルド預かり。護衛業務可能。
……ただし、雇用にあたっての告知事項有り。
「こちらがクリスさん。私が紹介できるなかで最も強い護衛剣士です」
「『銀狼商会』のユウトだ。よろしく」
「うむ。いい名だな。これからよろしく頼む」
「結論が早いですクリスさん。まずはお話ですからね」
互いに軽い自己紹介を済ませた後、アルメリアは単刀直入に告げた。
「クリスさんを雇うにあたり、告知事項がございます。ユウトさんは聞いたうえで了承できるかの判断をお願いします」
「いいよ。どんとこい」
笑うユウトはいつもの調子だった。いや、むしろどんな内容なのか知りたくてたまらないといった興味津々な様子だった。
「クリスさんは商人ギルドからの依頼を受けた際、複数名を相手にした刀傷沙汰を起こしています。世間的には、傷害未遂事件を起こした危険人物です」
「わぁお。いきなりヘビーだね。誰か斬ったの?」
「斬ってはいない。剣を抜いただけだ」
「それでも立派な事件です。ですが理由が複雑でして……」
アルメリアの説明によれば、クリスが抱える事情はこうだ。
B級冒険者のクリス・フランは冒険者ギルド所属の剣士。
主に護衛依頼や街道付近の魔獣の討伐依頼を受けて生計を立てている者だ。
そして自前で戦力を持たない商会は、冒険者ギルドを通じて倉庫の警備や隊商の護衛といった仕事の依頼を出す。
問題が起きたのは、商人ギルドからとある商会に指名依頼をした案件。
その商会からさらに冒険者ギルドへ人材募集の依頼があり、クリスが受けたらしい。
「単純な依頼だった。荷馬車を護衛して、魔獣や盗賊が出たら斬る。十日ほどの旅程で、護衛の出番が無くても報酬は支払われる。だが……」
「条件が悪質でした。『旅程中に荷物の破損や損失が生じた場合、すべて護衛が弁償する』という特約が仕込まれていたんです。『弁償を拒否する場合は多額の違約金を取る』とも」
「うわ。ちなみにその時の荷物は?」
「瓶詰のワインや酒樽だ。酒の交易商のようだったな」
積み荷を聞き、ユウトはなるほどと納得した。
どんなに街道が綺麗に整えられていても、荷馬車は揺れる。揺れによってワインの瓶は割れ、酒樽は中身が漏れる可能性がある。割れたり飲めなくなった酒類は商品価値がなくなる。その損失を、全て旅程中の護衛による不備だ、ということにして押し付けようというのだ。
「契約の条件は最初に聞かなかったのか?」
「私は文字が読めない。口頭説明では変な条件は言われなかった」
「あぁ……そうなの」
そこまで聴けば、ユウトにも全容が見えてきた。
つまりクリスは悪質な商人から詐欺まがいの依頼を受けたのだ。
「クリスさんが護衛した旅程中に破損したのは、商隊全体でワイン14本。酒樽2つ。まとめて120万セルの弁償を求められていました」
「たっけぇ……」
「もちろん私にそんな持ち合わせはない。しかし『払えない分は剣や身体を売ってでも払ってもらう』と言われ、剣を取り上げようとしたから……」
「抜いたのか」
「傷つけようとしたわけではない。だが、とっさに剣を掴もうとしたら抜けてしまった。私の不手際だ」
「ですが口論の末に剣が抜かれたのは事実です。商会側の言い分が通り、クリスさんは危険行為および契約違反、そして傷害意図のある危険人物として……仕立て上げられました」
アルメリアは言葉を選び、仕立て上げられた、と表現した。
つまり個人的には納得がいっていかない結論なのだろう。
「冒険者ギルド規約では依頼主との契約反故はペナルティ対象。格下げや謹慎処分、最悪の場合は資格剥奪となります」
「きついねぇ。それで今回の処分は?」
「罰金40万セルと3か月間の謹慎処分。私は今、冒険者ギルドでは仕事を受けられない状態だ」
「商人ギルド側としては双方の言い分から偏った過失は無い、と異を唱えましたが、状況的にはこちらが守るのは商会の方でした……。我々にも悪質な商会に指名依頼を出してしまい、さらに雇用契約を見抜けなかった責任があるのに……」
今回の案件を例えるならば、『下請けいじめ』である。しかも文字が読めない他ギルドの構成員を相手に不利な条件を告知せず雇った、商会としては信用に関わる問題であった。
商人ギルドが最も重視するのは金ではなく『信用』である。悪質な依頼主を放置することは短期的には小さな問題でも、長期的に見て大きな問題の種に成り得る。だからこそ、アルメリアはクリスと交渉し、しばらくの間は商人ギルドで面倒を見ることにしていた。公正で健全な取引を守ることも、商人ギルドの仕事なのだ。
「金が無いのに罰金を払わされて、正直なところ干上がりそうでな。アルメリアには助けられている」
「だってさギルドちゃん。偉いね。見直したぜ」
「私は当然のことをしているだけですよ。クリスさんの処分は不当です。悪質な契約の横行を認めるのは商人ギルドの誇りが許しません。……とはいえ、簡単な警備依頼や荷運び仕事しか回せていないのですが……」
アルメリアは仕事のうちだと謙遜しているが、少しだけ照れ臭そうだった。クリスの言葉に嘘はなく、ユウトもただの真面目なギルド受付嬢ではなく、矜持と誇りを持ったプロだと認識を改めた。
そして、クリスが今回の護衛役として紹介された意味も理解した。
危険人物や問題児扱いされたクリスを、実績や信用のある商会が雇うことは難しい。しかしできたばかりの新参商会ならば、条件さえ折り合えば実現可能性がある。クリスは強くて、今なら安い。つまりユウトにとっては『お買い得』な人材だった。
「話はわかった。クリスちゃん。いくつか教えてくれ」
「クリスでいい。むず痒い呼び方は好きじゃない」
「わかった。それじゃ、キミの得意なことは?」
「剣が使える」
「どれくらい戦える?」
「中型魔獣の熊なら単独で討伐した。群れならば相手によるが、小型魔獣10匹程度なら撃退できるだろう。盗賊を7人斬ったこともある」
「じゃあ苦手なことは?」
「……文字が苦手だ。契約書もな」
「苦手っていうのは、具体的に?」
「数字が分かる。他は読めん。自分の名前は書ける」
「それ苦手ってレベルか?よく今までお仕事できてたね」
「私が聴いた限り、クリスさんは騙されることの方が多かったそうです」
「うむ。よく騙されるぞ。熊の魔獣と戦った時も単独で突撃させられたんだ。勝ったけどな」
ふふん、とクリスは自慢げに腕を組み微笑んだ。
文字が苦手で騙されやすいという自覚はあるが、本人は気にしていない。これはどうにも深刻そうだった。
「私に剣を教えてくれた師匠が言っていた。『世の中には悪人がいるから気を付けろ』とな」
「いっぱいいるね。キミの場合は悪人の方から寄ってきそうだ」
「それは私も思う。だから聞くぞ」
クリスは姿勢を正し、ユウトの眼をまっすぐに見つめた。
「ユウト。お前は私を騙そうとしているか?」
「……いいや。これっぽっちも考えてない」
「うむ。ならばいい。ではこれからよろしく頼む!」
「クリスさん結論が早いです……!今回雇うかどうかを決めるのはユウトさんですから」
「なんと!そうだったのか。契約というのは難しいな」
本気で驚いた様子のクリス。頭を抱えるアルメリアの方は動悸までしてきたのか、胸を押さえて深呼吸を繰り返している。
その二人の様子を見ながら、ユウトは黙って思考を巡らせていた。
クリス・フラン。
愚直でまっすぐで、騙されやすい剣士。
剣は強いらしい。しかし文字が読めない。おそらく商売や交渉もできない。
普通なら雇わない。普通の商人なら。
しかし、いや、だからこそ。
「……おもしろいじゃねぇか」
ユウトは笑った。笑いながらクリスへ手を差し出した。
「クリス・フラン。『銀狼商会』はキミを雇いたい。乗るか?」
「──もちろんだ!」
間髪入れずにクリスは応え、差し出された手を力強く握り返した。
契約書も交わしていない。まだろくに仕事の内容も説明していない。しかし両者は握手を交わした。
古来より続く最も原始的な合意形成。アルメリアが口をはさむ余地もない、即決だった。
アルメリアには見えた。手を差し出したユウトが、ゴミ市で売れ残り倍馬のダイフクを拾った時と同じ顔をしていることが。
──誰も買わなかった倍馬。
──誰も雇いたがらない剣士。
この男はまた、見捨てられたものを拾っている。
そんな気がした。
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