問題だらけの依頼
『難民村』。
治安の良くなさそうなその言葉を聞いても、ユウトには具体的な光景が思い浮かばなかった。
そもそも、この世界に来てからまだ日が浅い。地理も歴史もよく知らない。彼が知っているのは商都周辺のごく一部だけだ。
「難民ってのは村を作れるくらい多いのか?」
ユウトの問いに、アルメリアは少し表情を引き締めた。
「王国の東にある『獣人国』をご存じですか」
「知らないな」
「でしょうね」
慣れた返事だった。ユウトの無知さをアルメリアも理解した。もういちいち驚かない。
「隣国にある獣人の国は、十年ほど前から内戦が続いています」
二人が話しているのは商人ギルドの二階にある、主に商会とギルド間の商談のために使用される個室だ。
アルメリアは周辺国家が描かれている地図を取り出し、大きなテーブルの上に広げる。
地図の中央に位置するのはユウトたちが今いる『ヴェルン王国』。別名『商人の国』。
北方には険しい山々が連なり。西方には砂漠や荒れ地が広がる。
そして、王国から森を隔てて東方に位置するのは獣人国家『ベスティオ連邦』。誇り高き『獣の国』。
「ベスティオ連邦は獣人部族が複数集まって共和制を敷いている連邦国家ですが、現在は共和国派と軍閥派に分かれて部族勢力が争っています」
「それが内戦ってことか。勝敗は?」
「決着はついていません。現在は小康状態ですが、争いは続いています」
国の主導権を巡る、牙と爪を持つ獣たちの争い。
多数の思想を受け入れる部族間の共和制に、武力を持つ者が全てを決めるべきだという軍閥の連合が異を唱え、牙を突き付けた。
どちらの主張が正しいかはさておき、どちらかの陣営が勝てば戦いは終わる。しかし、勢力は拮抗しており決着がつかず、ズルズルと十年もの間戦争が続いている。まだ勝者がいない泥沼の戦争。
「個人的にも国家的にも、他国の政治には語るべき舌を持ちません。しかし戦争になると……戦火を逃れ、土地を捨てて逃げ出す人が出ます」
苦い表情をしたアルメリアが地図の片隅、王国と連邦の国境を指さした。
「それが難民か」
「はい。故郷を捨てた獣人族の集団が国境を超えて王国側へ移動するケースは年々増えています」
地図を指す細い指先が、国境から王国側へ移動する。
「ヴェルン王国とベスティオ連邦は建国以来、長らく良好な関係を保ってきています。王国は商売の国で、多種多様な需要のある連邦はいい『お客様』ですからね。そして現在も、王国は難民の受け入れには比較的寛容です」
「へぇ。いい国じゃん」
「そうとも言えます、が……」
アルメリアは少しだけ言葉を選んだ。
「王国は来るものは拒みませんが、受け入れた後の面倒まで見てくれるわけではありません」
「なるほどな。来るのは自由だけど、ほったらかしなわけか」
「はい。王国に逃れてきて仕事を見つけた人もいます。友人などの伝手を使って住む場所を得られた人もいます。そして、見つけられなかった人もいます。結果として──こういった空白地帯には寄る辺の無い方々が集まります」
アルメリアは地図の片隅を指差す。そこは王国と連邦を繋ぐ大街道からはやや外れた地域。
山と森に囲まれてはいるが、ぽっかりと開けた土地だった。
「もとは草原から連なる森林の伐採場だったようです。街道が通っていないとはいえ、道はある程度開けてはいます。が、商人はほとんど行きません」
「行っても儲からないから?」
「おっしゃる通り。だから難しいんです」
儲からないから誰も行かない。即答だった。実に商人らしい理由である。
「難民村には金がない。生産物も少ない。人口も少ない。主要街道からは外れているのでついでに寄ることも労力がかかる。付近の森では魔物の出現もたびたび確認されていて、荷馬車の護衛費もかかります」
行かない理由は多々あれど、行く理由がない。挙げれば挙げるほど商売にならないことが新人商人のユウトでも理解できた。
「それじゃ誰も行かないな」
「はい。なので余裕のありそうな商会に指名依頼を出したのですが……」
「断られたんだな。だからおもしろそうだ」
「なぜそうなるんですか!」
とうとうアルメリアは声を荒げ、真顔で問い詰めた。
理解できない。本当に理解できない。
普通の商人なら、利益が望めない依頼書なんて見た瞬間に断る。
だがユウトは逆だった。利益が見えないから興味を持つ。変人である。
「誰も行ってないってことは、誰も物を売ってない。じゃあ行ったら買ってくれるだろ?」
さも当然のことのように言うユウトに対して、アルメリアは一瞬だけ黙った。
「俺たち商人は売って買う。需要のある所に欲しい物を届ける。だから儲かる」
商売の理屈としては間違っていない。むしろ正しい。
今回の件の問題は、商売を成立させたうえで利益を上げられる商人がいないということだ。
「難民にはお金が無いんです。売りに行っても買ってくれません」
「じゃあ買ってくれるような物を売ればいいだろ?」
「簡単に言いますね。あなたなら難民相手に商売ができると?難民村の情報も不足しています。品物を持って行っても商売として成功する保証はありませんよ」
「商売なんてそんなもんだろ。確実なことなんてない。ありえない。だからおもしろい」
ユウトはあっさり言い切った。新人とは思えない肝の座った返答だった。
「その依頼、『銀狼商会』が受ける」
即決。ユウトは数秒も悩まなかった。
アルメリアは肩の力を抜く。悔しいが、予想通りだった。話を盗み聞きされていた時点から、こうなるのかもしれないと思っていた。
「……分かりました。いいでしょう。受けていただけるのであればこちらも助かります」
ため息交じりにそう言いつつ、アルメリアは別の書類を取り出した。
「ただし。依頼には条件を付けさせていただきます」
「条件?」
「村へ行くには荷馬車を使ってください。徒歩や背負子では無謀です」
「馬車の準備はするつもりだぜ。ダイフクも買ったし、後は中古の馬車を見ないとな」
「その点はお手伝いできます。今回は私の権限でギルドの荷馬車を手配します。あなたの場合、出費は多少でも少ない方がいいでしょう」
「おっ。気前いいじゃん。じゃあ甘えちゃおうかな」
「それと、条件がもう一つ」
「なんだ?」
「護衛を雇ってください。これは商人ギルドからの指名依頼です。準備不足の商人に仕事を回し、怪我をされては困ります」
荷馬車の用意と、道中の護衛の手配。予想通りだった。
魔獣が出る土地を護衛なしで歩けると思っていたわけではない。
しかしユウトとして気になるのは……。
「護衛って、高い?」
「普通の護衛は高いです」
「だよなぁ。新人商会のお財布には厳しいな」
「ですので……」
アルメリアは一枚の紙を机に置いた。
「こちらも私が手配……というか、人材を紹介します」
「中古品の支給の次は人材派遣か?本当になんでもやってるな」
差し出された紙はいわゆる人物の履歴書やポートフォリオのようなものだった。
「紹介する方は冒険者ですが、今は商人ギルド預かりになっている人材です」
「へぇ。強い?」
「かなり」
「じゃあ人気あるんじゃないか?護衛とか用心棒とか、腕っぷしが必要な仕事も多いだろ」
事実ではあるが、アルメリアの表情が少し曇る。ということは、この冒険者にも何かしらの理由があるのだ。
「その……彼女には少し問題がありまして……」
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