商人ギルド
ユウトとアルメリアの目的地、商人ギルドは商都の中央区にあった。
庁舎は石造りの三階建て。周囲の建物と比べても一回り大きい。
掲げられた旗には商人ギルドを象徴する『天秤と鍵』のマークが描かれている。
豪華さはないが質実剛健。堅牢で無駄がなく、長い年月を経てきた風格があるギルドには、商人たちが絶えず出入りしていた。
大きな荷物鞄を抱えた者。箱一杯の帳簿を持った者。護衛を連れた大商会の代表。新人らしい若者。行き交う人々は多種多様だが、誰もが忙しそうだった。
「やっぱりここはいいな。ギラギラしてる奴らが多いし、活気があっていい」
「あたりまえです。ギルドは商人にとっての心臓。王国の根幹ですから」
「根幹?ギルドが?」
「商人が安心して商売できるのは、商人ギルドがあるからです。ここは『信用』を管理する場所なんですよ」
「ふーん」
「わかっているようでわかってませんね?いいですか。ギルドでは単なる商売や取引だけでなく、手形の発行、借金の契約、契約の仲介、商会の格付け、商路の管理、周辺地域の情報共有、納税の確認、不正取引の監査など、商売に関わるありとあらゆる事柄が処理されます」
「思ったより何でもやってるな」
「何でもやっています。だから商売の根幹なんです。あなた方商人が国を駆け巡る血液なら、商人ギルドはそれを支えて送り出す心臓です。どちらも必要不可欠で、どちらも素晴らしいです」
そう言って胸を張るアルメリアは誇らしげで、自分の仕事場に自信を持っているようだった。
実際、それだけの価値と歴史がある組織なのだろう。ユウトにもそれは何となく分かった。
たしかにどんな世界でも信用は重要だった。商売ならなおさらだ。金より重い場合すらある。
ギルドの建物へ入ると、一階の広間には多くの受付窓口が並んでおり、商人たちが列を作っていた。
あちこちの壁には掲示板が備え付けられており、そこにも商人が集まっている。
貼られているのは依頼書、周辺の地図に細かく書き込まれた主要行路、商品の相場表。
商人たちの会話で飛び交うのは商況報告や村々の需要予想、そして己のビジネスに相手を引き込む軽快なセールストーク。
商人ギルドで最も人が集まる一階広間は、まるで情報の海だった。活気と喧騒を全身で受け止めたユウトは楽しくなってきた。
「いいな、ここの空気は。前に来たときより人が多いし、楽しいぜ」
「その変な感想は本日二回目です。新人商人なら圧倒されるところですよ」
「むしろ感動してるよ」
「はぁ……感覚が違うんですよね。商会登録用の窓口へどうぞ」
ため息をついたアルメリアは慣れた様子で人込みをかき分け、職員側のカウンターから奥へ歩みを進める。
カウンターの内側にいた職員たちは、帰ってきた彼女を見ると軽く会釈した。どうやら職場の信頼は厚いらしい。今までの態度がハッタリでなければ、彼女は仕事ができるのだろう。
「こちらへ。中で承ります」
キリリとした表情のアルメリアに案内されたのは、受付窓口の端に備えられた壁付きの小さな個室だった。個室の中には机と椅子に、小さな書類棚。最低限の調度品しかない。
しかし入ってきた扉を閉めれば、広間の喧騒は遮断されてやや静かになった。たしかにあの喧騒の中で窓口業務は難しいだろう。歴史を積み重ねたうえでの合理性にユウトは感心した。
「ではまず登録の前に、『呼び札』の返却をお願いします」
「『呼び札』って、これか」
ユウトは懐から、大人の手のひらサイズの黄色い札を取り出した。昨日商人ギルドへ登録に出向いた際に渡された、順番待ちの札だ。
「回収します。……はい。たしかに」
札を受け取ったアルメリアは自らも鞄から同じ札を取り出し、2枚重ねて何かを確認すると、軽く頷いた。
「その札ってなんだ?昨日ギルドに来たらそれ渡されて追い返されたけど」
「二つ揃いで、互いのおおまかな居場所を把握するための待ち合わせ道具ですよ。珍しいですか?」
「知らねぇんだよなぁ。あぁやだやだ。そうやって世間知らずだって顔で見られると傷つくぜ」
「す、すみません。そんなつもりはないですが……庁舎ではよく使われている物なので……」
商人ギルド職員のアルメリアとしては普段の業務でよく使う道具だったが、『呼び札』は一般にはあまり普及していない魔術道具であった。ゴミ市で待ち合わせ場所にいないユウトをアルメリアが見つけられたのは、黒髪黒目という珍しい容姿を聞いていたからではあるが、片割れの札が近づくとほんのりと熱を帯びるという、大雑把だが位置を知らせてくれる『呼び札』の功績も大きい。
「これ、備品だから無くしたら罰金って脅されて渡されたんだぜ?ギルドの窓口に来たら書類だけ書かされて追い返されて、後日待ち合わせて窓口に来るって非効率的じゃねぇか?そのへんどうなの?ちゃんと仕事になるの?」
「あなたがギルド窓口が休みの日に来て、『商人として翌日のゴミ市が見たい、案内役を寄こしてくれ』と駄々をこねた、と聞いていますが?それに、太陽の日(日曜日)は窓口業務が閉まっています。しっかり覚えておいてください」
「案内は助かったぜ。じゃあ、これからギルドちゃんに会いに来るのは平日にするかな」
「それでは改めまして。ユウト・クラマさんの商会登録を行います」
「すっごいナチュラルに無視して話を進めるねキミ」
意外にもツッコミ役に回ったユウトを見て、アルメリアは小さく笑った。今まで振り回されてきたことのお返しとでも言わんばかりの、イタズラが成功したような笑みだった。
「『商人にとっての時間は金よりも重い』とよく言いますので、サクサクいきましょう。事前に届け出をした商会名の変更はありませんか?」
「ない」
「承知しました。『銀狼商会』ですね」
「ふふん。かっこいいだろ?」
「そういう返答に困ることを聞かないでくださいね」
「……かっこいいと思うんだが」
「続けますね」
調子を取り戻してきたアルメリアはご機嫌でペンを走らせる。書類仕事は彼女のフィールド。ここは商人ギルドのテリトリーだ。新人商人如きに翻弄されては受付嬢の名が廃る。
「あなたの商会の構成人数は?」
「一人と一頭」
「商会設立時の信用担保金はいくらお預けいただけますか?このお金は手形や債券発行時の判断基準になります」
「担保金は、まぁまぁそれなりに」
「……具体的には?」
「聞いたら驚くぜ」
「申告は具体的にお願いします」
問われたユウトはニヤリと笑い、片手で『1』、もう片方の手で『0』の丸を作り、数字の『10』を示した。
あまりに自信満々なその様子に、今度はアルメリアが感心したように眼を丸くする。
「やりますね。金貨10枚(1,000万セル)ですか?」
「うんにゃ……」
ユウトはチッチッチ、と指を振り、事務椅子にどっかりと背を預けてふんぞり返った。
「銀狼商会の担保金は、10万セルだ」
「……10万セルは商会登録時の最低必要金額ですが」
「そうそう。よく知ってるだろ?」
「自慢するところではありません。あぁもう……どうして自信満々にそんなことが言えるんですか……!」
茶番を終えたアルメリアは疲労感から肘をつき、また額を押さえた。この変人の相手をするのは疲れる。頭が痛い。本日何度目か分からない感想だった。
しかし、さすがにからかいすぎたと反省したのか、その後ユウトはすらすらと受け答えし、商会登録自体は問題なく進んだ。
この男は相手をよく見て遊んでいる。からかっているが馬鹿にしてはいない。アルメリアはユウトの態度からそう判断した。
からかわれているのはおもしろくはないが、商人というのは会話や茶番を好む。人付き合いを重ねたうえで相手との折り合いを見つけるプロなのだ。そういう意味では、この男は商売人の適性があるのかもしれない。
数多の新人商人の登録を担当し、その後の躍進と失敗を見てきた受付嬢は冷静にユウトを分析する。
世間知らずな一面はあるが、商人ギルドが提示する商会設立時の最低金額を狙うあたり、まったくの無知ではない。
それに、担保金が少ない商会は珍しくもない。最初は少ない資本で商売を始めなければならないため、商品の仕入れなどに金を回すというのはよくある話だ。
アルメリアが思うに、商会、そして商人にとって本当に重要なものは金ではなく『信用』だ。
信用が無くても金は稼げるが、信用は金では買えない。
商才があれば金が積み上がり、人格が良ければ信用が積み上がる。
そのどちらをも兼ね備えた者が手にする栄光が、大商会という『星』なのである。
登録の事務手続きを終えたアルメリアは、やがて一枚の証書をユウトの前に差し出した。
「おめでとうございます。あなたの『銀狼商会』の登録が完了しました。これで正式に『一つ星』の商会です」
ユウトは背筋を正し、差し出された証書を受け取った。
紙そのものに価値はない。だが、妙に重く感じる。
「格付け。一つ星か」
「新人商会ですからね」
「上は星いくつまであるんだ?」
「三つ星です」
「意外と少ないな」
「簡単に星は取れませんからね。ほとんどの商会は一つ星ですよ」
はいどうぞ、と追加で差し出された手のひらサイズの金属質のカード──商人ギルド証には銀狼商会の情報と共に、輝く星の図柄が一つ描かれていた。
「一つ星は個人商から小規模商会。二つ星は広域商会。三つ星は大陸有数の大商会。そういった認識で問題ありません。ちなみに大通りで見た『赤獅子商会』は『二つ星』。国内外で商売を行う有力商会です」
「なるほど」
「そして三つ星は──あなたでも聞いたことがあるかもしれません。心当たりはありますか?」
「……」
「金冠商会」
ユウトは首を傾げた。
「灰鹿商会。竜鱗商会。翡翠樹商会。天馬商会はさすがに知っていますか?」
「知らん」
「でしょうね」
またもや自信満々に言い切るユウトを見て、アルメリアは微笑んだ。
商人を目指す商売人のはずなのに、誰もが知るような有名商会の名前を聞いても一切態度が変わらない。
この男が商売の先に見ているのは大金や大商会の地位ではなく、本当に知らない世界の景色なのかもしれない。つくづく変な男である。そう思うと笑えてしまった。
「笑うなよ。俺だっていつかは三つ星商会になってやるさ。そしたらギルドちゃんを専門受付嬢として商会で雇うからな?」
「期待せずに待っています。そういった野望は、まずは立派な商会旗でも作ってから言ってくださいね」
「デザイン料が高かったんだよな。まぁ、まずは旗なしで始めるさ」
「はい。余計な背伸びをしたり、見栄を張らないのはいいことです」
登録の後は、ギルド規約などの説明が待っている。普通の新人商人であれば情報量に圧倒されるはずだったが、ユウトは意外にもおとなしく聴いていた。
その時だった。部屋の扉が叩かれ、年配の職員が顔を出した。
「アルメリア君。ちょっといいか」
「はい。ユウトさん。すみませんが少し席を外します。この間に商会規約などに目を通していただけますか」
「あいよ。ごゆっくり」
◆◆◆◆◆
「すみません。窓口で人を待たせているので手短にお願いします」
「情報伝達だけだ。例の依頼だが、『赤獅子』は断ったぞ」
「あぁ、だから大通りで……困りましたね」
年配の職員から差し出された書類を受け取り、アルメリアは素早く目を通した。
書面では丁寧に依頼を断る文章がつづられ、赤い獅子の紋章の印まで押してある。
先程大通りを通った『赤獅子商会』の馬車は、商人ギルドに出向いてこの書類を渡していったのだろう。
「ギルドからの指名依頼をきっぱり断るとはな。赤獅子の坊主も偉くなったもんだ」
「そういう言い方はよくありません。あくまで利益がないと判断しただけです。難しい商売ですから……」
「難しいどころか、利益が無さすぎて誰も受けん」
「でしょうね。何か他に手がないか……」
「適当な商会にでも回せ。我々も努力したという体裁を整えて時間を稼ごう」
「回せたらいいですが、誰でも嫌がります」
「だろうな。さて、どうしたもんか……また後で考えるぞ」
年配の職員は顎を擦りながら唸り、問題を先送りにして去っていく。
「(また後で……か。それほど時間が残っているようにも思えませんが……)」
「なぁ」
「(赤獅子ですら断った依頼……受けるような商会なんて……)」
「なぁってば。ギルドちゃん?」
「──へっ?」
書類を握りながら思考の海に潜っていたアルメリアは、不意に声を掛けられて意識が引き戻される。
「どしたん?暗い顔して。話聞こうか?」
「ユウトさんこそどうしたんですか!いつからカウンター内に?」
個室で待っているはずのユウトがいつの間にかアルメリアの背後に立っていた。ここはカウンターの内側、商人ギルドのテリトリーのはずなのに、この変人は何とも思わず境界を超えていた。
「乗り越えて来ちゃった。会いたかったぜギルドちゃん?」
「ふざけないでください。ほら、個室へ戻って。こちらは職員しか入っちゃダメなんですから。それくらい常識ですよね!?」
「知ってるけど、なんか困ってそうだったから、ついな」
「困っては、いますが……」
考えるかのように視線を巡らすアルメリア。その様子に、ユウトの興味が少し強くなる。
「それ、何かの依頼?まだ誰も受けてない仕事だよな?もしかして俺向きのおもしろそうなやつ?」
「むしろあなたには関係がない話です」
「そんな冷たいことは言いっこなし子ちゃん。俺だって今やいっぱしの『一つ星商会』だぜ?ほら、ギルド証もある」
「今さっきできたばかりの新星ですよね?どうして自信満々なんですか?」
「商売人の勘だ。俺には分かる。その仕事、俺向き」
「あぁもう……どうしてあなたはそうやって馬鹿なことばかり……!」
頭痛が今日一番の痛みを発したアルメリアは、思わず唸りながら目を閉じた。
深呼吸の後、思考を整理してから口を開く。この情報を聴いた男は、はたしてどう出てくるか。
「……王国の東側。街道から外れた場所に村があります」
「ふむ。その村やばいの?」
「ええ。『難民村』です」
『難民』。その言葉を聞き、ユウトは神妙な面持ちで黙った。
アルメリアは真面目な顔で話を続ける。
「内戦地域から流れてきた難民たちが作った集落ですが、そこに行ってくれる行商人を探しています」
「誰も行かないのか?」
「行きません」
「儲からないから?」
「その通り。村の方は貧しいから物が買えません。村から買う物もありません。売れない、買えない土地には行く理由がないんです」
儲からない話。しかも距離が遠く、道中の危険もある。商人としては最悪の条件だった。
だから誰も受けず、依頼書が余る。有力商会に人道的支援の意味を含めた依頼を出しても、確実に赤字になる話に乗ってくるような奇特な商売人はいない。
しかし──ユウトは少しだけ笑っていた。情報を咀嚼し、何かを考えている顔。
嫌な予感がした。短い付き合いだがアルメリアは知っている。この男がそういう顔をするとろくなことにならない。
「ギルドちゃん」
「アルメリアです」
「その村、おもしろそうだな」
やっぱり。と、彼女は思った。やはりこの男は普通の感覚をしていない。
そしておそらく、この男の思い付きのせいで自分も巻き込まれる。
そんな未来が少しだけ見えた気がした。
アルメリアの予感は、よく当たるのだ。
毎日18時に更新します。
ブックマーク、評価、よろしくお願いします。




