表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と獣と行商人 見捨てられた男の転生成り上がり商売録  作者: 虎猫大牙/シン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/6

白い倍馬

 商都名物の『ゴミ市』で投げ売りされていた白い倍馬(ばいば)の値段は20万セル(銀貨二十枚)だった。

 倍馬としては安い。安すぎると言ってもいい。

 健康で状態が良好な倍馬なら、その3倍や4倍の値段でも買い手がつく。

 だからこそ、この一頭はゴミ市にいた。

 誰にも見向きもされず、誰にも期待されず、広場の隅で格安の値札をぶら下げていた。


「まいどあり」


 店番の騎獣ギルド職員は驚くほどあっさりと倍馬を売った。彼も、まさか売れると思っていなかったのだろう。銀貨を受け取るとすぐに譲渡契約書へのサインを促した。


「うちのギルドで預かって世話はしておくから、そういうのも含めて同意する契約書ね。よければサインを」

「ふんふん……」

「それと、返品は受け付けないからね」

「もう俺の馬だ。するわけねぇだろ」

「だったら嬉しい……よろしくね」


 サインを確認した騎獣ギルド職員は、手続きをすると言って店の奥に引っ込んだ。最後の言葉は彼らなりの本音だろう。気持ちのいい取引だとユウトは思った。

 商人が納得したうえで自分の馬を買った。商売は成立した。それだけだった。

 だが、隣で見ていたアルメリアは納得していない様子だった。


「この子、本当に買うんですか」

「もう買ったよ。契約書にサインしたの見たろ」

「なぜですか?」

「馬がいるだろ。商人にはさ」

「それはこの馬を買う理由になっていません」


 食い下がるアルメリアに対し、ユウトは首を傾げた。逆に何が分からないのだろうという不思議な顔だった。


「ギルドちゃん知ってる?商人ってのは荷物を運ぶんだぜ?」

「もちろん知っています!ですが──」

「俺も商人になるんだ。だから馬がいる」

「もっと良い馬がいます。商人ギルドだって保有している倍馬を紹介できます」

「一回見せてもらったことあるけど、すげぇ高かった」

「それはそうですが……だからってこんな安い馬を……!」


 アルメリアは思わず額を押さえた。

 この男はこれから商人になるというのに、損得の計算がなっていない。雑である。

 いや──雑というよりも、何か違う基準で動いている。そんな印象を受ける。


「よろしくな、お馬ちゃん」

「ブルル」


 自分の持ち主が変わったことを分かっているのかいないのか。白い痩せた倍馬は首を撫でられて心地よさそうに鳴いた。元野良馬とは思えないほど人に慣れており、従順だった。

 思惑はどうあれ、本人たちがいいなら良い。ギルド職員が他人の商売に口出しする義理も関係もない。そう自分を納得させたアルメリアは頭を切り替えた。


「それで、この子の名前はどうしますか」

「名前?いるの?」

「商会登録の際に保有騎獣の提出が必要です。商人にとって騎獣は相棒ですからね。個体識別のための名前とタグをつけてください」

「ふーん。飼い主登録みたいなもんね。しっかりしてるなぁ」

「そんなことも知らなくて商人になろうとしてるんですか?」

「そういうことを教えてくれるためにギルドちゃんがいるんだろ?」

「どうして自慢げに胸を張れるんですか……」


 開き直って無知を認めるユウトに対して、アルメリアは本日何度目か分からないため息をつき、こめかみを押さえた。まだ午前中だというのに頭が重い。


「とにかく、考えておいてください。この後は商会登録に行くんですからね」

「あいよ。名前、馬の名前かぁ……」


 馬の白い毛並みを撫でながら眺め、少し考えて……ユウトは倍馬の身体をポンと叩いた。


「ダイフク」

「……ブルル」

「うん。よし。お前はダイフクだな」

「由来は?」

「白いし。よく飯を食べるって言ってたからな。丸くなるとかわいいだろ」


 基準も由来も意味不明だ。アルメリアは聞かなければよかったと思った。

 しかし『ダイフク』と名付けられた倍馬は、なぜか得意げに鼻を鳴らしている。

 案外気に入ったのかもしれない。動物の考えることは分からない。

 考えていることが分からないのは、このおかしな商人も大差ないが。


 取引を終えて広場から離れ、人が行き交う街中を歩きながら、アルメリアは改めてユウトを観察した。

 年齢はまだ若い、自分の商会を立ち上げる商人としてなら若すぎるくらい。服装も平凡。特別裕福そうにも見えない。

 それなのに、この男はなぜ商会を立ち上げようとしているのか。

 普通の商人志望なら、まずはどこかの商会に所属し、経験を積む、個人の信用を得る。それから独立して自分の商会を持つ。それが王道だ。

 しかしこの男はいきなり商会登録に来た。商売の常識をほとんど知りもしないのに。

 はっきり言って無謀である。


「……ユウトさんは、なぜ商会を作るんですか」


 問われたユウトは少しだけ視線を上げ、空を見た。清々しい青空だった。風に乗って小さな白い雲が空を流れている。


「……見たいから」

「何をですか」

「世界」


 アルメリアは瞬きをした。予想外の答えだった。


「世界、ですか?」

「そう。知らない町とか。知らない国とか。知らない飯とか。そういうの見てみたいんだよ」


 子供みたいな答えだった。そこそこの年齢の青年が言うレベルの願望ではない。

 しかしユウトは笑って言った。無邪気に、そして楽しそうに。このおかしな青年の眼は……妙に輝いていた。


「世界を見て回ったりするのは、冒険者としてではなく?」

「俺、強くはないんだよね」

「たしかに強そうには見えませんが……」

「だろ?」

「だからどうして自信満々なんですか……!」


 面と向かって『強そうに見えない』というのは失礼な返答だったが、ユウトは気にしなかった。彼にはメンツやプライドよりも大事な夢がある。


「商人なら行けるだろ。町から町へ。国から国へ。知らない場所へ。俺はいろんな場所へ行ってみたいんだ。だから商会を作る」


 そう言ってダイフクの首を叩くユウトの瞳には、確かな決意があった。

 予想外の返答に、アルメリアは黙り込んで考える。

 金儲けのため。名誉のため。家名のため。己の欲を満たすため。自分の実力を試すため。

 人は様々な理由で商人になる。商会を立ち上げる。自分の手腕で商売を繰り広げる。

 しかし……『世界を見たいから、いろいろなところへ行くために商会を作る』。

 そんな理由で商売を始める商人は聞いたことがなかった。


「変わっていますね」

「たまに言われる」


 どうやら変人の類だということは本人も自覚しているらしい。困ったものだった。

 アルメリアが『変人ならそんな理由で商売することもあるか』と納得し。その心を知ってかすらずかユウトが自信満々で胸を張る──その時だった。


 商都の大通りを、一台の豪華な荷馬車が通りかかる。

 先導する護衛たちが大声を上げて呼びかけ、行き交う人々が道を開ける。大柄な倍馬が二頭で曳く、護衛付きの大型馬車。商会旗に掲げられるのは、牙を剥く赤い獅子のマーク。


「『赤獅子(あかじし)商会』ですね」

「有名なのか」

「二つ星の大商会です。王国内でも有力な商会の一つですよ」

「へぇ……」


 商人なら誰もが目指すべき姿。多数の従業員を抱え様々なビジネスを手掛ける、栄光と実績を兼ね備えた大商会だというのに、ユウトの反応は薄い。


「興味ないんですか」

「あるぞ」

「どのあたりに?」

「すげぇ儲けてそう。何で稼いでるんだろうな?」


 気になる点は、やはりそこだった。やはり男は商人だった。少し変だが。


「ユウトさんも、いつかあれくらいになるつもりですか?」

「んー。どうだろうな」

「なりたいわけではない?」

「商会は大きくしたいけど、大きくするのが目的じゃない。世界を見るのが目的だ」

「また……世界ですか」


 ついにアルメリアは理解を諦めた。この話になるとユウトは変人度が上がることが分かったからだ。そして、キラキラとした目の輝きも増す。やはり、だいぶ変な男だった。

 しかし、不思議と嫌な気はしない。

 むしろ……少しだけおもしろい。

 そんなことを思った瞬間、アルメリアは自分のことながら驚いた。

 商人を平等に手続きし、補助する商人ギルドの職員としては失格かもしれない。

 だが、長らく多くの商売人を見てきた職員としての勘が告げていた。

『この男は何かやらかす。いつか絶対に』

 それが良い意味か、悪い意味かは分からない。

 ただ一つ確かなのは──平凡な商人にはならないだろうということだった。


「さて……と」


 赤獅子商会の馬車を見送ったユウトが伸びをする。やる気に満ちあふれたおかしな若者がついに動き出す。


「ギルドちゃん」

「アルメリアです」

「仕事くれ」

「まだ商会登録も終わっていません」

「先に仕事を探そうぜ」

「物事には順番というものがあります。登録も立派な契約ですからね」

「そう言われるとサボりにくいな」

「サボりにくい、ではなくサボれません」


 アルメリアはため息をついた。そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 たぶんこれから忙しくなる。そんな予感がしていた。

 なぜなら──アルメリアの予感はよく当たるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ