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傷物才媛リーウィア、断れない政略結婚の裏をすべて見抜く  作者: 黒依クロ
第一章 断れない縁談

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07.踊ったようで踊らされた伯爵令嬢

 リーウィアが辞したマイエル伯爵邸応接室。

 残された五人のなかで最初に口を開いたのは屋敷の主――マイエル伯爵フーゴであった。


「なにが疲れただ。疲れたのはこっちだというのに……」

「ふふ、お疲れ様でした。お茶を淹れ直しましょう」


 そう夫の労をねぎらいながら伯爵夫人カイサが席を立った。

 続けてアンネリーエが頬を緩ませながら声を掛けた。


「随分と言葉を選んでいたように見えましたけど」

「まあ、ご存知のとおり勘の鋭い子ですから。私としては説明の役回りを妃殿下にお任せしたかったのですが」

「イヤですよ、どうしてわたくしが」

「ご公務でしょうに。リーウィアの友人でもありましょう?」

「娘のために汗を掻くことは父親の務めでは?」

「そこを突かれるとぐうの音も出ませんな」


 カップを取り替えるカイサに礼を述べつつ、ルインヴェルクが会話に混ざった。


「伯爵は良き娘を持たれた」

「有難いことに随分とお気に召していただけたようで」

「うむ。儂は今日初めて会うたが見目は愛らしく気立ても良い。人に心を配れもすれば、なんとも言えぬ人懐っこさがある娘だ。なによりも、あのような体になりながら心暗さを一切感じさせぬところが素晴らしい」


 ルーカスが笑いながら合いの手を入れた。


「ヨラン殿に対して『お祖父様も同罪ですよ』というのはなかなかに痛快でした」

「ふふ、確かに」


 アンネリーエはくすくすと笑うが、親であるフーゴとカイサは笑うに笑えない。


「口さがなく物申してもまったく不快に思わせないのは生来の気質かの? 伯爵」

「私にどう言えと……」


 褒められていることはわかるが、同時に「お前の娘は無礼だ」と言われているようなものだ。


「生まれ持ったものでしょうね。ユークリウス様も御老と似たようなことをおっしゃっていますもの」


 とそこで、夫の茶を注いでいたカイサが「あっ」と声を上げた。


 ちなみに室内は依然として五人のままだ。

 話の内容が内容だけに、カイサは使用人を部屋に入れず手ずから給仕していた。


「そういえば旦那様、リーウィアにあれを渡しそびれているんじゃないですか?」

「うん? ああ、そうだった、あいつが飽きたなどと言い出したせいで……」

「あれとは?」


 アンネリーエに問われ、フーゴは一瞬迷いを見せたものの懐から紙を取り出した。


「レウリアーダ家から頂戴した釣書です。二年前のものは見せましたが、リーウィアが話の腰を折ったせいでイェルド殿から頂戴したものを渡しそびれました」

「今回の釣書ですか。良ければ見せていただいても?」

「儂も興味がある、見せてくれ」


 フーゴが問うような目をルーカスに向けた。

 しかし当のルーカスはなんでもないように肩をすくめてみせ、


「私は隠居した身だ」

「こちらで決めて良いと?」

「それはまあ、すでに貴家に渡ったものだからな。公表されてはさすがに困るがこの面子だ、漏らすお二人ではないだろう。ちなみに私は内容こそ知っているが、その取りまとめには一切関わっていない。現当主の仕事ゆえな」


 そういうことならと、フーゴの手からアンネリーエに釣書が渡る。

 ざっと内容を確かめたアンネリーエは大いに顔をしかめ、ルインヴェルクに釣書を回した。


「正気の沙汰ではありません」

「そうでございましょう? 私たちもイェルド様のご提案には困惑しているのです」


 カイサが頬に手を当てて本当に困ったとばかりに息を吐いた。

 それでもやはりルーカスは軽い調子で、


「私も常軌を逸しているとは思うのだが、なにぶん前科があるからなあ」

「とおっしゃいますと?」

「夫人は二年前に私がご提案した内容を見てどう思われたかな?」

「破格かと」


 リーウィアは「かなりの好条件」と評価したが、そのあたりはやはり経験の浅い十九歳だ。

 カイサに言わせれば二年前に示された条件でさえ相場感を逸脱したものだった。


 ルーカスとカイサの会話が続く。


「当時、貴家と縁を結ぶことで当家が得られるものはほぼなかった。この点は理解してもらえると思う」

「はい、距離の兼ね合いから経済的な利益は望めませんし、私どもは下位の伯爵家です。当時は中央でのお付き合いも薄うございました。だからこそ何故これほどの条件をと驚いたものです」

「今だから言えるが――まあ、具体的な数字を口にするのはやめよう。じつのところ当初私はあの半分くらいで申し込むつもりだったのだ」

「そうなのですか……?」

「そうなのだ」


 カイサは困惑を隠さず言う。


「たとえ半分だったとしても……」

「充分すぎる条件だったと、私は思うのだがね」

「私もそう思います」

「だろう?」


 カイサの評価では「破格」がリーウィアが言うところの「かなりの好条件」になった感覚だったろう。

 たとえ半分であっても相場感から大きく外れていることは変わらない。


「だというのに内容を見て愚息はなんと言ったと思う? 『ケチ臭いにもほどがある、ふざけるな、断られたらどうしてくれる、出せるものをすべて出せ』ってまあ、剣まで抜く始末だ」

「まあ……」

「夫人も知ってのとおりレウリアーダは武系の家門だ。揉めたら力で解決しようといった少々野蛮な風潮がある。だからというわけではないが――」

「どうせルーカス殿も頭にきて剣を抜いたのでしょう?」


 そう突っ込んだのはアンネリーエだ。


「ま、決闘になりましたが」

「あなたも野蛮人ではないですか」

「私は紳士ですよ?」


 カイサが苦笑い気味に尋ねた。


「それで、どちらがお勝ちになったのですか?」

「無論、私が勝ったとも。ただ私もオーガではない。息子の熱意を汲んで内容を倍増したわけだ」


 そこで外野然としていたルインヴェルクがぼそりと言った。


せがれに勝ったことを誇るな、みっともない」

「当時のあれは二十二ですよ? 四十四の私が勝ったのですから誇って良いでしょう」

「魔法抜きの勝負であろうが。有りならそなたが勝てる道理がないわ」

「そうですが? 少し煽られたくらいで魔法禁止の条件を呑んでしまったあやつの失策でしょう」

「まあ、それはそうだ。青いの」

「それが若さというものです」

「儂に言わせればそなたも小僧なんだがな」

「お言葉を返しますが老いを誇るのはおやめになっては? 煙たがられますよ?」


 ルインヴェルクは「ふんっ」と鼻を鳴らして釣書をフーゴに返した。


「それにしても凄まじい条件だな。これはさすがに伯爵も持て余そう」

「ええ。これほどになるともはや規模感が読めませんで、金銭に落とし込んで試算してみたのですが……」

「いくらになった?」

「具体的な金額はお許しを。でもそうですね、伯爵領の年間予算の八%ほどでしょうか」


 アンネリーエが今日一番の深いため息をついた。


「それをリーウィアが亡くなるまで伯爵家に支払い続けると……?」

「そう書いてありますな。はたして三十年か、四十年か、合算すると途方もない金額になります」

「あの男は乱心しているのかしら……」

「じっさい乱心しておるのだ。だが責める気にはなれぬ。儂にはイェルドの気持ちが痛いほどわかるゆえな」


 言って、ルインヴェルクはルーカスに目を向けた。


「払えるのか?」

「当然です。確かに大金ではありますが、この程度のことでレウリアーダが揺らぐことはあり得ません」

「羽振りが良いの。港を持つ家は言うことが違うわ」

「どの口がおっしゃるのか。このくらいヨラン殿にとっては小金でしょうに」

「で、あるならだ。なあ、伯爵よ」

「なんでしょう」

「レウリアーダの倍額を差し上げる。その代わりにリーウィアを儂にくれ」


 部屋の空気が凍りついた。

 誰もが直感したのだ、魔導卿は本気で言っていると。


 ルインヴェルクは畳み掛けるように続ける。


「念のために言っておくが誤解してくれるなよ? 儂は七十を超えたジジイだ。まさか嫁にくれなどと思っておらぬ。

 知っているかもしれぬが去年に連れ合いを亡くしてな。独り身が寂しいのだ。

 儂もすぐに迎えが来ようて、ほんの数年だけ御息女に話し相手になってもらいたいだけなのだ。

 なんだったら養子に迎えてもよい。魔導卿の娘となれば多少なりとも箔が付こう。

 まだあるぞ。あいにく儂にも親族がおるゆえすべてはやれぬが、財産の三分の一ほどリーウィアに残そう。貴重な時間を貰う代わりに良き結婚相手も見繕う。どうだ?」


 誰も彼もが呆然となるなか、最も早く我に返ったのはアンネリーエだった。


「それほどですか」

「それほどだ」


 ルインヴェルクが伯爵家を訪れた目的はこの会談を見届けることではない。

 リーウィアをその目で見て彼女が持つ性質の裏付けを取ること、またリーウィアの診察と治療を行うためだ。


「御老の見立てを詳しく教えてください」

「それなんだが……伯爵夫妻に――特にカイサ殿に聞かせるには少々憚られる」

「どのようなお言葉であっても受け止めます。何卒お聞かせください。私はあの子の母親なのです」

「わかった。ただなあ、そなたらには分からぬ感覚ゆえ、どう伝えればいいか……」


 ルインヴェルクはウンウンと唸り、暫しの黙考を経たうえで、


「ひとまず結論から話そう。リーウィアは、昨年亡くなった我が妻テレシアと同様の存在と思ってもらってよい」

「間違いありませんか?」


 そう確認したアンネリーエの目は鋭い。


「あるもないも間違えようがない。あの子をひと目見た瞬間、儂がかつてテレシアと出会ったときと同じ……いいや、違うな。比較にならないほど強い衝撃を受けた。

 ただそれはリーウィアがテレシアに勝るという話ではない。

 身内贔屓で言っておるのではないぞ? 二人の魔力の質がまったく違うのだ」


 それを受け、四人の顔に不理解の色が浮かんだ。


「儂が前もって話したことを覚えておるか?」

「もちろんです。魔力量が極めて多い者は魔力そのものに魅せられるようになると」


 カイサの答えにルインヴェルクが頷いた。


 この世界の人々は、その大小はともかくとして、ほとんどの人が魔力という力を持っている。

 それを原資に発現する人為的奇跡を魔法と呼ぶのだが、今重要なことは誰もが魔力を持っていて、ルインヴェルクのような稀有な存在は魔力そのものに魅了されるようになるという点だ。


「例えるならそなたらが持たない別の美的感覚を持っている言えば理解しやすかの。

 男も女も見目が良い者に魅力を感じるであろう? 

 他だと人によって好みが分かれるだろうが、背が高い低い、痩せている太っている、髪色や髪型もそうであるし、男であれば女の胸や尻に性的魅力を感じたりもする。

 それらと同じなのだ。リーウィアもテレシアも〝魔力的魅力に溢れる極めて良い女〟という意味で共通している。こんな言葉は世に存在せぬが、魔力美人と言い換えてもよい」


 アンネリーエが渋い顔をして手を持ち上げた。


「ひとつ質問を」

「なんだ」

「今の説明を受けて遅ればせながら気づいたのですが、御老はさきほどリーウィアが手に入るならレウリアーダ家が示した倍額を支払っても構わないとおっしゃいましたよね?」

「言ったな。だから申したであろう? そなたの『それほどか』という問いに『それほどだ』と」


 沈黙するアンネリーエ。その表情には再び不理解が浮いていた。

 アンネリーエが持つ〝良い女〟の価値と、ルインヴェルクが示した対価がどうしても釣り合わないのだ。

 どれほどの美人であろうと、現実にそれほど途方もない金を支払う男が世に存在するはずがないと思わずにいられない。

 もちろんアンネリーエも理屈の上では理解できている。

 しかしどうあっても共感も納得もできない。自分が持ってもいなければ体験することもできない感覚だからだ。


「困惑しておろう? 信じられぬだろう? 故にそなたらには分からぬ感覚だと言うのだ」


 ルインヴェルクはリーウィアと対面したときに覚えた衝撃のほどを並べ立てた。


 現世に降臨した女神か、女神が遣わせた使徒かと思った。

 年甲斐もなく心臓が高鳴った。

 立ち上がり、駆け寄って、間近でこの美しさを堪能したいという衝動を抑え込むのに苦労した。

 傾国の美女とはこういう女性をして呼ぶのかもしれないと感じた。

 ありきたりな表現だが、リーウィアは絶世の美女だ。


「まあ、恥を負ってまで吐露したわけだが、ここまではテレシアにも言えることだ。

 妻はそれらに加えて、日向のような温かで優しい魔力を持っておった。

 テレシアに出会ったとき真っ先に思ったことは『この女性がただ傍にいてくれるだけで私は生涯心の安寧を得ることができるだろう』というものであった。

 かたやリーウィアにはそうした魔力の性質は感じぬ。だがその代わりに――」


 ルインヴェルクは躊躇うような素振りを見せ、それから小さな声で囁くように、


「……あの子の魔力はとてつもなく煽情的なのだ」


 ま、儂のしなびた〝ナニ〟はピクリともせなんだがな! とわっはっはと笑うルインヴェルク。

 全員が唖然とするなか、ルーカスが絞り出すような声で言った。


「ヨラン殿……その、煽情的というのは……?」

「淫神か淫魔かと見紛うほどの、それはもう凄まじいドスケベな魔力だと言うておる。訊き返すではないわ、馬鹿者め」


 即座に切り替えされて、二の句が継げないルーカスだ。


「真面目な話をするとだな。あの蠱惑的な魔力はどうあっても抗えん。若いイェルドはイチコロだったろうよ。

 儂だってもし三十ほど若ければ絶対に放っておかん。

 三十若くとも儂は四十過ぎだぞ? リーウィアは二十以上も年下の娘だ。それでも全力で手に入れようとしただろうな。

 女神かと疑うほど美しいだけでも堪らぬのに、そのうえ脳が灼けるような情欲まで掻き立てられるのだ。

 このような女を目の当たりにして惚れぬはずがない。

 それ故に二年前にリーウィアを見初めたとき、イェルドは悩みに悩み抜いて、縁談を断れたのを最後に血を吐くような思いで身を引くことにしたのだろう。きっと自分ではリーウィアを幸せにしてやれぬとな。

 儂がそのとき相談に乗ってやれていれば『死んでも諦めるな、拐って手籠めにしてでもモノにしろ』と言ってやれたろうに。可哀想なことをした」


 アンネリーエが大いに顔をしかめて言った。


「そんな酷いことを伯爵とカイサ様の前で堂々と言える御老の気がしれません」

「だから取り分け夫人に告げるのは憚られると申したのだ」


 ルーカスが悔恨が滲む深い息を吐いた。


「私はなにもわかってやれていなかったのですね」

「そうではない、そなたでは理解できぬ感覚なのだと言うておろう?」

「だとしても、もっと根気よくあれの話を聞いてやるべきでした」

「儂にも責がある。もっと言えば巡り合わせも悪かった。

 その頃の儂はテレシアの看病につきっきりで、縁談自体しらなんだし、イェルドを気に掛ける余裕がなかった。

 あやつもそれが分かっていたからこそ儂に相談しなかったのだろう。言えば良かったのにの」


 そこでルインヴェルクは複雑な顔をしている伯爵夫婦に目を向けた。


「伯爵、カイサ殿、これから告げることは助言として受け取ってほしい。決して脅しなどではないことを明言しておく」

「……お聞きします」


「なんの因果かイェルドは完全に失ったはずの機会を拾った。

 こうなったからにはあやつは絶対に諦めん。

 何故ならこの二年のあいだ、幾千回数『どうしてあのとき身を引いてしまったのだ』と後悔し続けたからだ。

 リーウィアを得るためならイェルドはなんだってするだろう。邪魔立てする者がいようものならそれが誰であろうと全力で排除しにかかる。

 それほどまでにご息女は唯一無二の存在なのだ。魂が震えるほどに蠱惑が過ぎる。

 故にマイエル伯爵家においては、この縁談を滞りなく進めるよう助言する。

 イェルドを暴発させてはならぬ。あれは単独で幾千の人を灼く力を持っておるのだ。

 二人の懸念は理解している。親としてこのような恐ろしき男に娘を嫁がせるなど気が気ではないだろう。

 だがそこは儂を信じてもらいたい。

 イェルドがリーウィアを傷つけることは決してない。粗略に扱うこともないだろう。むしろおのれの持つもののすべてを捧げ、どろどろに甘やかし、ご息女の寵愛を得ようと努力するはずだ。

 かつての儂がテレシアにそうしたように。イェルドもきっとそうする。

 ひるがえって、あやつはリーウィアを護るためなら国に反逆することすら辞さぬであろう」


 ルインヴェルクは横目にアンネリーエを見た。

 彼女の表情は険しい。魔導卿に反逆を口にされたのだ、敏感にもなる。


「大げさに言っておるのではないぞ?

 確信がある。リーウィアと肌を重ねた瞬間イェルドは間違いなく溺れる。生涯を通じて決して手放せない存在になるはずだ。

 だからこそアンネリーエよ、王室は全面的にこの縁談を後押しすべきなのだ。

 リーウィアの資質が明らかになった一事を以ってイェルドのやらかし云々は些事となった。王室の体面なんぞどうだってよい。優先すべきは二人を紐付けることだ」


 アンネリーエは淡々と応じた。


「次代の魔導卿になり得るイェルド・レウリアーダにリーウィアという首輪を嵌めるべきであると」

「そのとおりだ。王国はリーウィアを通じてイェルドを制御すればよい。国がさきに裏切らぬ限りリーウィアがみずから背を向けることはないはずだ。あの子の国への忠誠心は本物だと儂は見る」

「であるとして。しかし荷が勝ち過ぎませんか? 聡い子ですけれど、いまだ十九の娘に過ぎません」

「そなたとて二十一であろう? まだほんの半年ほどだが王太子妃としてよくやっていると思うぞ。これは世辞ではない」

「ありがとうございます」

「どのみち王国としては人間兵器に近づきつつあるイェルドを放置できまい」

「そうですね。御老がご健在なうちは心配していませんけれど」

「あまり当てにされても困る。今回のことで久し振りにイェルドに会うたが明らかに魔力が増しておったぞ」

「……まことですか?」


「儂は衰えるばかりでイェルドはいまだ成長の途中だ。いつまで抑え込めるか儂にもわからん。そもそも儂はこのさき十年と経たずに天に召されよう。死後を考えねばならぬ。

 グランフェルトを取り巻く国際環境も依然として予断を許さぬ状況だ。叶うなら次代の重しを」


「無論、御老が十全に動けるこの数年のうちに道筋をつけるつもりでいます。

 じっさい国王陛下は随分と前から、魔導卿が亡きあとの世を見据えて様々な手当をなさってこられました。

 ともあれ御老とイェルド殿、そしてリーウィアが同じ時代に居てくれたことを国は僥倖と思うべきでしょう。ひとり欠けていたと思うと身がすくむ思いです」


「そんなことはないと思うがな。現国王陛下は英邁でおられる。居なければ居ないで然るべき手当をしただろう。いよいよ手立てが無いとなればイェルドを始末すればよい」

「始末など。王室はそのようなことを考えていません」

「馬鹿を言うな。王室の一員であるそなたが最悪を想定しないでどうする。いくら化け物じみていようが所詮は人間だ、メシを食わねばならぬし、眠らねば生きていけぬ。仕留める手段は用意しておけ。簡単ではないがな」

「想定はしていますとも。あらゆる方面で不利益が大きすぎると判断しているまでです」

「まあ、毒はほぼ無効化されるし、暗殺のたぐいは探知される。初撃で仕留めねば反撃を受けて王国は半壊しかねん。そうなれば王朝としては実質終わりであろうな」

「あまり不吉なことをおっしゃらないでくださいな」

「話を戻すと、幸いなことにそなたとリーウィアには親交がある。これからもよく気にかけ、より厚く関係を育むといい。そなたらの友誼は間違いなく国益に資する。儂からも国王・王妃両陛下とユークリウスに篤と言上しておこう」


 アンネリーエが短く息を吐いた。


「御老の意向は承知しましたが、わたくしたちがここでどうこう言ったところで結局はリーウィア次第なのですけれど」

「確かにな。イェルドによくよく言い含めておかねばならん」

「リーウィアを前にしてまともに話ができるのですか? 不安です」

「まあ、ガチガチになるか、魔力に魅せられて腑抜けになるか、はたまた欲情して襲いかかるのかはしらんが、あまり期待はできぬだろうな」

「駄目ではないですか」

「最悪は地べたに這いつくばって嫁になってくれるよう懇願せよと言っておく」

「それ以前に襲わぬよう厳命してください」

「そうなったらそうなったでアリだと思うのだが?」

「無いです。明日は万一に備えて、いつでもあの男を掣肘せいちゅうできるよう御老が傍に控えてくださいますように」

「わかった。そのくらいはしよう」


 呆れ顔のアンネリーエが伯爵夫婦に目を向けた。


「――ということになりましたが、マイエル伯爵家に異論はありますか?」

「ございません。王室のご意向に従います」

「主人と同じく」


 フーゴとカイサが了解したことで話は一応の決着を見た。

 が、ルーカスだけが依然として渋い顔を浮かせていた。


「しかしそうこちらの思惑どおりに事が運びますかな。リーウィア嬢はかなりの部分を察していたように見えましたが」

「ああ、それは儂も思ったわ。というより伯爵はなぜイェルドの醜聞を持ち出したのだ。そのような予定、儂は聞いておらんぞ?」

「私も聞いていませんでした。しょうじき焦ったぞ。妃殿下も無駄に掘り下げようとなさるし」


 責められたフーゴは向けられている視線を渡すように、アンネリーエに首を巡らせた。


「わたくしを見られても。カイサ様の指示ですよ?」

「んん?」

「そうなのか?」

「まあっ、私に丸投げなさって。妃殿下と私で相談したのではないですかっ」


 アンネリーエは「ごめんなさい」と笑いながらカイサに詫びて、それからルーカスに言った。


「確かにルーカス殿の見立てどおり、リーウィアは色々と察していたと思いますよ?

 洞察力があってよく回る頭も持っている子ですから。伊達に学年首席を張っていたわけではありません。

 ですけど――」


 アンネリーエはカップを口に運び、それからニッコリと微笑んだ。


「心配は無用です。すべて予定どおりに進んでいます」


 首をひねるルーカスとルインヴェルク。


「イェルド殿の醜聞を持ち出した理由わけをお教えしましょう」


 アンネリーエは促すような視線をカイサに向けた。

 それを受け、カイサは苦笑を浮かせて夫フーゴに尋ねた。


「旦那様はあの子の秘密の趣味をご存知ですか?」

「秘密の趣味……? いいや、しらん。そんなものがあるのか?」

「それがあるのです。ねえ? アンネリーエ様?」


 アンネリーエは悪い顔をしてひそひそと明かした。


「ここだけの話にしてくださいね? リーウィアの趣味は――艶本です」

「えんぽ……」


 清純な娘だと思い込んでいたのか、エロ本を読み漁ることが趣味と知らされ驚愕するお父様。

 最後はカイサとアンネリーエが締め括った。


「ああ見えて、リーウィアはとてもムッツリなのです」

みだらな殿方だと教えてあげたほうが興味がけるでしょう? だってムッツリですもの、ふふっ」

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