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傷物才媛リーウィア、断れない政略結婚の裏をすべて見抜く  作者: 黒依クロ
第一章 断れない縁談

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06.縁談の内側に潜む真意

(……見えてきたかも)


 そもリーウィアは父フーゴが説明を始めたそのときからこの会談に違和感を覚えていた。

 父は最初にこう言った。


『お前に縁談が来ている。お相手は現レウリアーダ辺境伯閣下その人だ』

『はい、なにやら複雑な事情がおありのようですが』

『さして複雑ではないのだが困った事情はある』


 このあと父は事情の説明を始めたわけだが、この時点でリーウィアはかすかな違和感を覚えていた。

「あれ、閣下ご本人の話を後回しにするの?」と。

 リーウィアはてっきり釣書――縁談の打診書類を見せられるか、お相手となるイェルド自身の説明をされるものだと思い込んでいたのだ。


 何故ならこの会談の主題が縁談だからだ。

 そこに至るまでの経緯が無価値とは言わないが、重視すべきは〝縁談が来ている事実〟であって〝縁談が来た経緯〟になんて大した価値はない。


 リーウィアはよほどのことがない限り父に「嫁げ」と言われたら「はい」と頷くだろう。

 頷くことが貴種の娘が果たすべき義務だからだ。

 王侯貴族の婚姻は政治活動である。リーウィアは伯爵家の娘として然るべきときに義務を果たすからこそ領民から徴収した税を使って人より豊かに暮らすことが許されている。


 だから縁談が来た経緯に価値はない。価値があるのは嫁ぐか否かだ。

 話が来たからにはその内容を把握し、提示された条件を吟味して、嫁ぐ当事者として決裁権者の父に具申することが娘のすべきことである。


 一方で、この価値観が絶対ではないことをリーウィアはわきまえている。

 どの家門もその娘も似た考え方が主流であろうが、家や人によって細部は異なるものだ。

 縁談の進め方だって様々だろう。数は少ないが恋愛結婚だってあるし、家が決めた相手がどうしても嫌で出奔したとか、平民と駆け落ちなんて話も無いではないのだから。

 なのでリーウィアは少しばかりの違和感を覚えつつも黙って話を聞くことにした。


 しかし、だ。

 最初はかすかだった違和感が話が進んでいくにつれて霞むどころか大きくなっていく。


『戦が終われば当然論功行賞が行われる。そしてその謁見の場において事件が起こった』


 縁談相手の不始末を聞かされた。

 なるほど、父はつまり「この縁談は断れない」ことをリーウィアに理解させたかったのだろう。


『どうせ梯子はしごを外されるなら、お前との婚姻そのものを願ってくれたら良かったのだがな』


 それなら断ることもできたのに――とでも言いたげだ。父の内なる葛藤が見て取れた。

 一言「嫁げ」と言えば済む話なのにちゃんと言葉を尽くしてくれている。

 いまだ事故の後遺症に苦しんでいる娘に有無を言わせず嫁げとは言えなかったのかもしれない。

 我が父親ながら誠実で愛情深い人だと思った。


『この一件、貴族のあいだで美談になっているのでしょうか?』

『なっているとも』

『社交はこの話で持ちきりです』


 やはり断れそうにない。

 理屈の上では断れるかもしれないが、じっさいにそうしたとき家門が大きな不利益を被る可能性がある。


 だがすぐに風向きが変わる。


『ところでお前はいまだに名を尋ねぬのだな』

『どうしてお前がそれほど閣下のことを知っている』

『閣下について他に知っていることは?』


 どうしてリーウィアが持つイェルドの情報を探る。

 リーウィアがイェルドのことをどう思っていようと、この縁談を断る選択肢は無いに等しいのに。


『どういった噂を聞いたの?』


 アンネリーエはどうしてこちらが敢えて流した話題を掘り下げるのか。

 彼女は当然イェルドの醜聞の内容を把握していただろう。

 それを詳らかにして幸福になる者などこの場にひとりとして居ない。


 ルーカスはどうしてアンネリーエの行動を看過しているのか。

 爵位的に、あるいは続柄的に、ルーカスが消極的になることは理解できる。

 しかし北方の雄たるレウリアーダの家門は――敢えて偽悪的に表現すれば――王太子妃になって一年に満たない小娘にやり込められるほど安くはない。

 国王に直言できる大家なのだ。


 ルインヴェルクはなぜアンネリーエを咎めないのか。

 魔導卿という唯一無二の位階を持つ彼は王太子妃に対して上から物を言っても許される。それほどまでに魔導卿の地位は重い。

 たとえルーカスが沈黙しようと、ルインヴェルクが唇を結ぶ道理はないのだ。


 この二人は一貫して縁談に前向きな姿勢を示している。

 だったらどうして咎めない、なぜ息子・弟子の醜聞をリーウィアに聞かせるに任せている。弁明くらいしてもいいだろうに。


 そもそもからして彼らは口数が少ないのだ。

 どうでも良い話題だと合いの手を入れてくるのにイェルドを持ち上げるような発言はいまだにゼロ。

 主体性に欠けている。積極性が見られない。なのに縁談に前向きな姿勢だけは伝わってくる。

 どうにも不可解だ。

 彼らはなにがしたくてここに来たのか。これほど動かないなら居ても居なくとも大勢に影響はないだろうに。


 そうしてたった今――、


『その晩餐会とやらでイェルド殿はお前を見かけた。

 偶然チラリと目に映った程度だったらしいが衝撃を受けたそうだ。

 これほど麗しい女性がこの世にいるのかと、心臓が潰れるかと思うほど高鳴ったとおっしゃっていた』


 こんな話を聞かされて喜ぶ貴族令嬢が果たしてどれだけいるだろうか。


 剣と魔法の腕が立つことは素晴らしいことだ。見目が麗しいことも、辺境伯家当主という身分だって申し分ない。

 しかしだ。こんな歯の浮くセリフを吐いているその人は酷く好色で娼館に入り浸るような男である。

 ただの噂だと言うかもしれないが、あいにくのところ王太子妃の信用保証がついている。


 もっと言うなら、少し顔を見ただけの女にここまで執着するなんて普通に気味が悪い。まともな感性を持つご令嬢なら一様に共感してくれるだろう。


 これらすべてを加味したうえでリーウィアが思ったことは――。


(最初からこの会談の着地は決められてある。着地を〝談合した〟この五人はたぶん……私をそこへ誘導するためにそれぞれが役割を演じているのでしょうね)


 何故なら一貫して着地が霞んで見えるからだ。


 リーウィアはいまだ彼らがどうしたいのかが解らない。

 当然だ。彼らが協調して理解を妨害しているのだ。

 リーウィアを囲む五人は本来おのがすべきことを意図的にサボっている。


 この縁談はもはや断れないと思わせながら、しかしリーウィアを後ろ向きな気持ちにさせるような情報を投入していることがその証拠だ。

 さっきの例えじゃないが、これは死体蹴り同然の行為だ。

 断れないと言い含めながら、お前の結婚相手はクソ野郎だと言ってくる。まさに死体蹴りであろう。


 説明者を父に指名したのは母だ。

 普通はしないか後回しにするはずの経緯を語り始めたのは父であり、縁談を断れないとリーウィアに思わせたのも父だ。

 イェルドの醜聞の話題を引き出したのは父だが、掘り下げてきたのはアンネリーエである。

 そしてルーカスとルインヴェルクはアンネリーエの行いを看過した。


 アンネリーエはこの縁談を壊したいのだろうか。リーウィアをおのが侍女にしたいがために。


 それは無い。


 アンネリーエは話が始まった直後にリーウィアを侍女に召し上げると言った。

 これは本気だと思う。彼女はその手の冗談を言わない人だから。


 ただしその道はアンネリーエが〝次善〟として用意したものだとリーウィアは読む。

 王太子妃付きの侍女職は外戚が就くのが慣例だ。そこにマイエル家の娘が割り込めば摩擦が生じることは想像に難くない。


 これらのことをアンネリーエが承知していないはずがないのだ。

 故に友人が用意してくれた道は〝次善〟なのだとリーウィアは推察する。


 確かなことはひとつ。

 アンネリーエはリーウィアの将来のために戦う意思を持ってくれている。

 だがそれは、他の道が閉ざされたときに備えた救済手段だということだ。


(それでいい、それだけで十分だ。アンネリーエのお気持ちに触れて、私はこんなにも救われた気持ちになっているのだから……)


 ひるがえってアンネリーエはこの縁談を壊したいのか。


 十中八九、彼女はそんなことを考えていない。むしろこの縁談を積極的に整えたいと思っているはずだ。

 この縁談は王室に益がある。

 整えれば王の権威が守られる。大家であるレウリアーダ辺境伯家に恩を売れる。報奨にしたってゼロにはできないかもしれないが安く済ませられるだろう。

 これらを追求しないでなにが王太子妃か。

 アンネリーエはすでに公爵令嬢ではない。リーウィアの友人ではいられない。王家の血族なのだ。


 ではなぜアンネリーエは率先してイェルドを貶めようとするのか。

 リーウィアは結論した。


(逆算すると、イェルド様の評価を下げることが〝私を談合した着地へ誘導する〟のに資するから。そうとしか思えない)


 肝心要の着地はいまだ紐解けていない。

 否、それがイェルドとリーウィアの婚姻を整えることだということは判っている。

 だから正確を期すなら、彼らはどうして『こんな簡単なこと』を『これほど無駄に遠回りして』実現しようとしているのかと表現すべきだ。

 ただ、


(……手がかりはある)


 アンネリーエが言った。


『辺境伯の事情は察するに余りありますが――』

『国家の大事はわかります。リーウィアでなければ務まらぬことも理解しましょう』


 また母カイサも口にした。


『ご事情については十分に理解しているつもりです』


 二人が言う事情とは、その文脈からイェルドの仕出かしを指したものではないはずだ。

 イェルドが抱える個人的かつ特別な事情があるのだと推察できる。

 そしてどういうわけか、彼の事情を解決解消することは国益に資するという。


(私でなければ務まらない)


 だったらイェルドは本当にリーウィアに一目惚れしたのだろうか。

 イェルドがこれほどまでにリーウィアに執着する理由は恋愛感情なんて情念的なものではなく、もっと切迫したやむにやまれぬ何かではないのか。


(これ以上はこの場で考えても無駄ね)


 リーウィアは考察を完全に打ち切ることにした。


 恐らくここに居る五人はその特別な事情とやらを明かす気がない。リーウィアでなければならぬ理由も。

 だから一目惚れだなんだと胡散臭いことをのたまっているのだ。


(きっとイェルド様にお会いすればわかる。だから今はいい。……なんだか楽しくなってきた)


 どんな事情が隠されているのだろうか。

 もしかしたらイェルドは悩んでいたり苦しんでいたりするかもしれないが、興味が先行してしまうのは許してもらいたい。

 だってリーウィアの認識だと、彼は娼館に入り浸るようなだらしない男でしかないのだから。


 ところでなんの話をしていたのだったが。


(ああ、そうでした。イェルド様がとても気持ち悪いという――じゃなくて、彼が私を見初めたのが二年も前という話でした)

「リーウィア……?」


 と、父が心配げに顔を覗き込んできた。


「申し訳ありません。すぐに言葉が出てきそうにないです……」

「混乱するのも無理ない。……そうだな、少し込み入った事情があるから時系列に沿って説明しよう」


 父フーゴが懐から一枚の紙を取り出し、リーウィアに差し出した。


「これは?」

「見ればわかる」


 リーウィアは怪訝な顔を浮かせて内容に目を通していく。

 かたやフーゴは、


「イェルド殿はお前を求めるがあまり国王陛下に直訴までされるような方だ。そんな方が二年も前にお前を見初めていたというのに行動を起こさずにいられたと思うか?」

「思いません」


 渡された紙には様々な情報が記されていた。


 イェルド・レウリアーダの身上、経歴に職歴、家族構成や趣味など、人柄も詳しく書かれてあり、婚姻に伴う条件も記されていた。

 差出人はルーカス・レウリアーダ。いま目の前にいる前辺境伯だ。

 紙には辺境伯の肩書きでサインされてある。日付は約二年ほど前のものだ。


 この紙はいわゆる釣書――縁談を申し込む文書だ。


「二年前の時点ですでに申し入れがあったのですね」

「そういうことだ」


 だがリーウィアは今この瞬間までこの話を聞かされていなかった。

 つまりフーゴはリーウィアに知らせぬままレウリアーダ家からの申し入れを断っていたということになる。


 その事について思うことはなにもない。

 貴族子女の婚姻は家長が整えるものなのだ。


 これは家長の考え次第だが、他家から縁談が来るたびにいちいち子へ知らせるような家は少数だろう。もちろんこちらが申し入れる側の場合は別だが。

 本人に知らせる前に選定し、家長の眼鏡に適う縁談があったときに初めて「どう思う」と問われるのがほとんどだと思う。

 そうでないと人によってはキリがなくなるし、話の進みが遅くなる。


「そこに書かれてある条件をお前はどう見る」

「それは……」


 リーウィアは一瞬顔をしかめて前辺境伯ルーカスに目配せ。

 二年も前の話とはいえ、当時のルーカスが示した条件を評価するのはなかなかに勇気が必要な行動だ。

 なにせこちらはこの内容を蹴っているのだ。バツが悪いったらない。


 しかし当のルーカスが軽い口調で言った。


「私も興味がある。忖度なしで評価してくれ」

「かなりの好条件だと思います。お父様がどうしてお断りになったのか疑問を覚えるほど良い内容かと」

「そうか、今さらながら安心したよ」


 ここで言う条件とは夫婦となる二人のことを指しているのではない。

 婚姻を結ぶにあたって家と家、あるいは領と領が交わす契約内容を指している。

 それは直接的な金銭の授受、交易、人的交流・交換、技術提供などの経済的利益、他には政治的利益や安全保障にまつわる条件など、婚姻を通じてマイエル伯爵家が得る利益の話だ。


 フーゴの答えは、


「レウリアーダ家からの申し入れがあった当時、すでにオルソン家と話を進めていた」

「ああ、そういう……」


 リーウィアは事故に遭った半年前、二つ隣りの隣領オルソン伯爵家の嫡男ロビンと婚約していた。

 そしてあの事故さえなければ、リーウィアは丁度今くらいの時期にオルソン家へ嫁いでいたはずだった。


 婚約は事故を契機に今はもう解消している。

 だが別にマイエル家ないしリーウィアはオルソン家に不義理をされたわけではない。

 双方が真摯に話し合い、納得したうえでの解消であったし、さきに婚約の解消を申し入れたのもマイエル家である。


「早合点するな、そういうことじゃない」


 父が言うには、レウリアーダ家からの申し入れがあった段階ですでにオルソン家と話は進めていたものの、それはまだ内々にといった進捗でしかなく、レウリアーダ家に乗り換えてもなんら問題ない状況だった。


「ただオルソン家とは元より深い交流があって関係も良好だ。縁戚となることは間違いなく有益だが、どうしてもというほどではなかった。

 そんななかで降って湧いたようなレウリアーダ家からの申し入れだ。

 閣下の前でこう言ってはなんだが――」


 当時のレウリアーダ家はマイエル家と縁が遠かった。

 領地もはるか北であり、リーウィアを嫁がせたところで経済的な利益はほとんど見込めない御家だったという。


「だが家柄は文句無しの名門で爵位も侯爵位と同列の辺境伯、しかもお相手はご嫡男だ。さらには提示してくれた条件面も思わず二度見するほど良いときている」


 武門の大家と縁続きであることは、ただそれだけで大きな政治的利益が見込めた。


「伯爵家長女という身分から評価すれば、これほど恵まれたご縁はそういただけるものではないだろう。

 だから当時の私はかなり迷った――が、最終的にお断りすることにした」


 そこでリーウィアは一服の清涼剤として軽口を放った。


「イェルド様の下半身がだらしなかったからですか?」

「ブっ」


 吹き出す一同。アンネリーエなんて顔をうつむかせてペシペシとソファを叩いて笑っている。

 かたやリーウィアは思う。


(もういいかな)


 このまま話を続けても興味深い情報を得られそうにない。

 どのみち着地は決まっているのだし、父たちは意図的に遠回りしている。

 ならばこの辺りで打ち切ってもいいだろう。


「まあ、なんだ、それもないではなかったが……。お断りした理由は――」

「お待ちください、お父様」


 ここに集まってくれている方々はそれぞれ重責を担っている人ばかりだ。

 こんな些事に時間を浪費しないで国や領地のことに時間を使ってもらいたい――というのは建前だけど。


「大切なお話を遮ってしまってごめんなさい。久しぶりに人と長く話したせいか少し疲れてしまって……」

「ああ、確かに」


 真っ先に反応したのは眉をハの字にしたルーカスだ。


「さきにこちらから申し出るべきだった。気づいてやれずにすまない」

「その体ではただ座っているだけでも疲れよう」


 続けてルインヴェルクが相槌を打った。


「別に急ぐ話でもなし、続きはリーウィアの体調が良いときに改めて話せばよかろう? だいたいからして此度のことはイェルドのやらかしが発端なのだ。あのような馬鹿者はいくらでも待たせておけばよい。

 アンネリーエも伯爵もそれで構わぬな?」


 そんな魔導卿の提案を受け、しかしアンネリーエと伯爵夫婦は首を縦に振らなかった。


「あなた……さては飽きてきましたね?」

「そのようで」

「申し訳ありません」


 突っ込む王太子妃。

 共感する父。

 娘の無礼を詫びる母ときて、


「ひどいです、アンネリーエ様。私はほんの少し前までひとりで歩くことすらできなかったのですよ……? 本当に体がつらいのに、それをお話に飽きただなんて……」


 口元に手を当てて、さも傷ついたかのように振る舞うリーウィア。

 そんなか弱き淑女を目の当たりにしても王太子妃は小揺るぎもしなかった。


「嘘おっしゃい。あなたさっき、御老が『続きは改めて』っておっしゃったとき、一瞬『げっ』とでも言いたげなお顔をしたでしょう?」

「していましたな」

「本当に申し訳ありません」


 追及の手を緩めない王太子妃。

 やはり共感する父。

 娘の無礼を再び詫びる母ときて、


「話に飽きたのか……」

「面白き娘よのぅ」


 今度はルーカスもルインヴェルクも騙されなかった。


「そういうアンネリーエ様だって飽きていましたよね?」

「ええ、伯爵が説明を始めたあたりで飽きていました」

「やっぱり……というかそれって、ほとんど最初からじゃないですか」

「わたくしのことはいいのです。あなたの将来に関わる話なのですから、ちゃんと最後まで聞かないと」

「余計な情報が多過ぎるんです。大事なお話なのはわかりますけど、もう少しこう……キュッとまとめていただきたいです」


 キュッとかあ……とルーカスがぽつりと呟いた。

 それがまたツボに入ったのかルインヴェルクが膝を叩いて笑った。


「もう私の主導で話を進めてもいいですか?」

「くくっ、そなたらの話が回りくどいゆえ、リーウィアが代わってキュッとまとめてくれるそうだぞ? 任せてみようではないか」

「ヨランお祖父様も同罪ですよ」

「おお、そうであったか。すまぬっ」


 リーウィアは長々と続いた話を終わらせるべく結論から入った。


「レウリアーダ閣下」

「なんだい?」

「明日にでもイェルド様をこちらへお連れください。お会いします」

「…………」

「頂戴した縁談については御子息様とお会いし、父と相談したのちに回答させていただきます。醜聞についての説明は必要ありません。御本人にお訊きします」


 ルインヴェルクがニタリと笑い「一言で話が終わってしもうたわ」と独りごちた。


「息子は王都で待たせている。さすがに一日では連れてこれない」


「ですから遠回りはおやめください。

 ここまでのお話でイェルド様のご気性は少なからず把握できました。国王陛下に直訴してまで私を求められているお方が、この会談の結果を遠く離れた王都で待ち焦がれているはずがありません。

 すぐ近くでお待ちになっているはずです。だって焦がれていらっしゃるのですから。ですよね、閣下?」


 ルーカスは降参だと言わんばかりに両手を持ち上げた。


「イェルドは御領内の宿に滞在している。明日連れてこよう」

「お目にかかれるのを楽しみにしていると、そう、お伝えください」

「必ず伝える」


 リーウィアはぐるりと首を巡らせた。


「他に現時点で私に伝えておくべき重要なお話はございますか?」

「二年前にお断りした理由を聞かずとも良いのか?」

「お父様が聞けとおっしゃるならお聞きしますけれど、イェルド様とお会いするという結論は変わりません」

「であれば聞く意味がないか」

「かと」

「わたくしからもひとつだけ」

「お聞きします」

「わたくしは本気であなたを侍女に召し上げたいと思っています」

「とても、本当にとても、この上なく光栄に存じますが、社交もままならないこの身ではお役に立てると思えません」

「些末なことです。あなたの価値はそのようなことで霞みもしません」

「たとえご自身がそう思っていらっしゃっても、妃殿下の周囲――特にご実家は私の存在を快く思われないでしょう」

「そんなことはあなたに言われるまでもありません。国益を損する者は誰であってもわたくしが排除します。その力を得るためにもあなたが必要なのです」

「かしこまりました。お言葉を深く胸に刻み、真摯に検討させていただきます」

「そうしてください。ただ誤解しないでほしいのは、わたくしが一番に願うのはリーウィアの幸せだということです」

「お慕いしています」

「ふふ、わたくしもよ。だからリーウィア。忘れないでください。あなたには選択肢がある。結婚にせよ、侍女にせよ、あなたは断ることができるのです。あなたを想う者はあなたが想像しているよりもたくさんいるということを覚えておいて」

「本当に大好きです。どうしましょう」

「どうもしなくて結構よ」


 頬を緩ませつつリーウィアは再度首を巡らせてみたが、他に口を開く者はいなかった。


「では私から最後にひとつだけ。ヨランお祖父様」

「ん?」

「握手していただけませんか」

「握手ぅ……?」

「私が生まれる前から大陸に名を轟かせておられた国家の大英雄様ですもの。駄目ですか?」

「駄目なわけがなかろう」


 ルインヴェルクは相好を崩してリーウィアに手を差し出した。

 そのシワが刻まれた手をリーウィアはそっと包み込むように両手で掴んだ。


「魔導師閣下の多大なる献身に敬意を表するとともに、私リーウィア・マイエルは、グランフェルト王国民を代表して閣下のお働きに感謝を伝えたく存じます。ありがとうございます、ヨランお祖父様」

「のう、リーウィア。そなた、イェルドと見合いなんぞせずに儂の養女にならぬか?」

「ふふ」


 リーウィアは答えを口にせず、綺麗な微笑だけを返した。


「それでは私は休ませていただきます。アンネリーエ様、両閣下、御前を失礼させていただきます」


 リーウィアは丁寧に頭を下げたあと応接室を辞した。


「お疲れ様でした」


 部屋の前にはお付きの侍女――マヤが応接室に入ったままの立ち姿で待ってくれていた。

 決して短い時間ではなかったのに、彼女は微笑して車椅子の後ろに回った。


「ねえ、マヤ」

「はい」

「私ね……もう結婚はしたくないって思っていたの。だって幸せになれる想像がつかないもの」


 マヤはなにも言ってくれない。

 当然だ。彼女は応接室での話を把握していないのだから。

 なのに――、


「ようございましたね」


 それは応接室に向かう途中でマヤがくれたのと同じ言葉だった。

 リーウィアは目を見張り、思わず後ろを振り返る。


「……なにが良かったの?」

「話の内容は存じませんけど、お戻りになられてからもお嬢様が変わらず楽しそうにしていらっしゃったので。おかしかったですか?」

「ふ……ふふっ……」


 リーウィアはこみ上げるおかしさに堪らず喉を鳴らした。


「そう、私は楽しそうにしているのね」

「そう見えます」

「明日ね、お見合いすることになったの」

「まあ……」


 リーウィアは口のなかでだけ唱えた。


「イェルド・レウリアーダ様」


 もう最悪な男だとは思えなかった。

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