43.善良なる魔王と血塗れの勇者
――王太子妃アンネリーエ倒れる。
突如としてもたらされたその凶報を受け、リーウィアは心配のあまり地に足がつかないような覚束ない足取りで王宮へ上がった。
王太子妃の私室に通され、そこで目の当たりにしたのはベッドに横たわるアンネリーエだ。
カーテンが引かれ、薄暗い部屋に重苦しい空気が漂っていた。
リーウィアは居ても立ってもいられずベッドに駆け寄ると、かけがえのない友人にして主君でもあるアンネリーエの白い手をそっと握った。
「リーウィア……」
「はい……」
弱々しくも嬉しそうに淡く微笑みかけてくれるアンネリーエ。
リーウィアは安堵やら悲しみやらで心が掻き乱され、ひとりでに目からぽろりと雫をこぼした。
「お召によりリーウィアが参りましたよ」
「ええ……よく、来てくれました……」
「ですからあれだけお体を厭ってくださいと申し上げましたのに。どうしてこのようなことに……」
それでも最悪の事態にならなくて本当によかった。リーウィアがそう胸をなでおろしかけた――その刹那である。
「アンネリーエ様……?」
アンネリーエの手が、にわかに鉄の万力のような力強さでリーウィアの手首を掴み返してきた。
戸惑うリーウィアの眼前で、アンネリーエの口元がにちゃりと歪む。
「……本当によく来てくれました。よくもまあ、そのような殊勝な顔をしてわたくしの前に来られたものです」
「え」
瞬間、部屋の四隅に配されていた王宮使用人たちが一斉にカーテンを引いた。
薄暗かった室内がまるで王太子妃の大復活を祝うかのごとく一気に明るくなった。
「うっ……」
日光に目を灼かれ、リーウィアが細めた目をしっかりと開いた頃には、さっきまで虫の息だったはずのアンネリーエが寝巻き姿でベッドの上で仁王立ちしていた。
「迂闊にもわたくしの部屋を訪れてしまったのが最後です! 今回ばかりは許しませんからねっ!」
「…………」
こちらを見下ろしズビシと指さすアンネリーエを見て、リーウィアはわけがわからないまでも、ひとまず胸中で「アンネリーエ様、とっても楽しそう。可愛い人だなあ」とほっこりした。
「仮病でしたか」
「ええ」
じと目を送ってもなんのその。アンネリーエはぴょんとベッドから飛び降りると、何事もなかったかのようにすたすたと歩き、部屋の中央に置かれた円卓のテーブルについた。
それから、まだベッドの横で跪いたままのリーウィアに向けて、座れと顎で促す。
「……いくらなんでも悪質ではありませんか? 本当に心配したのですよ」
「このくらいは当然の措置です」
ふん、と鼻を鳴らすアンネリーエの態度に、リーウィアはわけがわからないまま立ち上がり、対面の席に腰を下ろした。
なにがあったのかは知らないが王太子妃はすこぶる不機嫌であり、リーウィアは頭のなかに大量の疑問符を浮かべるばかりだ。
アンネリーエとのあいだで認識がまったく噛み合っていないことだけは理解できる。
だがそれだけだ。
「今回のやらかしの規模からして、あなたがレウリアーダ領に逃亡を図る恐れがありました」
「逃亡って……」
「わたくしはあなたがどれだけ小心者であるかをよく承知しています。悪意なきこととはいえ、これほどまでの大惨事に発展しているのです。怖くなって逃亡を図ったとしてもわたくしは驚きません。それゆえの騙し討ちでした。非難される謂れはありません」
「さきほどから、いったいなんのお話をされているのです」
「この期に及んで白を切ろうというのですか? あなたの保身癖もいよいよ極まってきましたね」
二人の視線が空中で交錯する。
ただ王宮使用人たちは慣れたもので、睨み合う二人を日常風景のように捉えて淡々とお茶の用意を進めていった。
「それはそれとして久しぶりですね」
「はい、ご無沙汰しております」
「結婚後も息災に暮らせていますか」
「おかげさまで――」
ここまでは良かった。
なんだかんだ言っても二人は仲良しだ。たとえ公人として思うところがあろうと、私人としての情が曇ることはない。
「幸せな毎日を過ごさせていただいています」
「おのれ……」
アンネリーエの喉から怨嗟の音が奏でられた。
リーウィアもまた事情がまったくわからないまでも、断片情報をもとにこの局面で口にすべき言葉をすでに用意していた。
「よろしゅうございますか、アンネリーエ様。まず最初にハッキリと申し上げておきます」
「なんです」
「私は悪くありません」
「こ、このっ……」
「私は親兄弟、家族に親戚、先祖、友人、世間様に至るまで。誰に対しても恥じるような生き方をしておりません。たとえ世界が滅ぶような大厄災が降り注ごうとも、それは私のせいではありません。私は潔白なのです」
保身癖とまで言われたのだ。
であるならリーウィアはそれを逆手に取って、難攻不落の要塞のごとく堅牢な予防線を張るまでだ。
突破できるものなら突破してみせろと。なにせ今回ばかりはリーウィアに疚しいことは何ひとつない。保身を図る必要性すら感じていないのだ。
だがアンネリーエは即座に冷静さを取り戻した。
顎に手を添えて、リーウィアをじっと見つめながら黙考する。
「あなたまさか……。自分がなにをやらかしたのか本当に理解していないのですか?」
「え……」
揺れる。難攻不落を誇ったはずのリーウィア大要塞が、ただの一言でぐらぐらと地響きを立てて揺れ始めた。
なぜなら要塞を預かる司令官はとてつもないビビリだからだ。
「国王陛下も深く憂慮される事態になっているのですよ……? あなたのやらかしで」
「そ、そんなわけ……」
「今回ばかりはわたくしでも庇いきれないかもしれません。ともすれば、偉い人たちに取り囲まれて朝から晩まで大叱責されるやもしれませんね。可哀想なリーウィア……」
「そ、そんなのやです……。助けてくださいアンネリーエ様……」
確かにリーウィアに疚しいところがないのは事実だ。
しかし小太陽事件を始めとするアンネリーエチャレンジはいずれも、リーウィアは問題を認識していたか、問題になる可能性をあらかじめ予見できていた事柄ばかりであった。
だが今回は毛色が違う。
リーウィアは自身のやらかしについて完膚無きまでに未知であった。
「もういいですから教えてください。私はなにをしちゃったのですか……?」
人は未知を恐れる。小心者のリーウィアなら尚さらだった。
そしてこの過去と異なる展開を受け、アンネリーエも困っていた。
(こんなに怯えて……なんて可愛いの……。どうしましょう、今回ばかりは泣くまで叱ってあげようと思っていたのに可哀想になってきてしまったわ)
なんだかここ数ヶ月はリーウィアがやらかしては保身に走って、それをアンネリーエがキレ散らかすという展開ばかりだった。
だが本来の二人の関係は、いつだってアンネリーエのお役に立ちたいリーウィアと、そんな可愛い後輩をどこまでも甘やかしたいアンネリーエというものだったのだ。
「リーウィア」
「はい……」
アンネリーエはべそをかいて頼ってくるリーウィアが可愛くて仕方なかった。
「ここは一つわたくしたちが手を取り合って、この難局を乗り越えることにいたしましょう」
「……叱りませんか?」
「わたくしはね」
「国王陛下は?」
「事の次第によっては叱責されるかもしれません。そのときはきっとわたくしも管理責任を問われることになるでしょう。だってわたくしは『リーウィア担当』ですもの」
「そんな……」
「ですから、そうならないよう協力するのです。わたくしのためだと思って知恵を貸してください」
しょぼくれていたリーウィアはみるみると意気をみなぎらせた。
「お任せくださいっ。きっとアンネリーエ様のお役に立ってみせますっ」
「頼りにしています。念のために確認しますが、本当にあなたは自分のやらかしも、そのせいで今この国でなにが起こっているのかについてもまったく理解していないのですね?」
「していませんね」
「結構。ではまず問題を正しく認識してもらうことから始めましょう。いずれの問題も中心にいるのはリーウィア、あなたです」
「そんなはずがありません。私は無実です」
「そんなはずがあるのですっ!」
隙あらば責任を回避しようとするリーウィアを叱りつけつつ、アンネリーエは具体的な話に入った。
問題は複数発生しており、またそれらが複合することによって別の問題までもが発生している。
その点を前置きしたうえでアンネリーエがまず取り上げた問題は、
「小魔導卿、エリアス・シュミット卿が我がグランフェルトに移民申請を提出してきました」
「…………」
リーウィアにとっては結構な衝撃の事実である。
だが驚きを引きずることもなく、リーウィアはすぐさま持ち前の優秀な頭脳を回転させ始めた。
「それはよろしくありませんね。ノルデンガル王国から抗議は来ていますか?」
「駐在大使を通じて来ています。グランフェルトが引き抜きを画策しているのではないかと疑っているようです」
「道理かと。シュミット卿が結婚式以来、当家に滞在していることはご存じでしょうか」
「滞在している事実と、滞在の理由についても大使経由ではありますが把握しています」
「大使はなんと? 引き抜きを疑う以上は、それなりの根拠を持ち出してきているはずです」
「シュミット卿が『運命の人を見つけた』と申していると」
「把握できました。シュミット卿が当家に滞在することになった経緯、また、卿が移民を申請するに至った理由について、私が推察したところをご説明します」
この件で語るべきことはそう多くない。
エリアスがサシャに惚れている。それゆえに彼はレウリアーダ邸に居着いている。
少なくともサシャの認識では、エリアスとの関係に区切りを付け終えている。だが、エリアスが移民の申請を出してきたことから、彼のなかでは恐らくまだなにも終わってなどいないのだろう。
「グランフェルト王国としては、シュミット卿にサシャのことを諦めてもらい移民申請を取り下げていただく。それが最善であると推察するところですが、いかがでございましょう」
厳密に言えば、サシャにエリアスとの婚姻を命じてノルデンガルに嫁がせるという手も取れる。
それを強いる権力をリーウィアとアンネリーエは持っていて、彼女たちはそうしたことが当然にまかり通る世に生きていた。
騎士爵家であろうと、伯爵家であろうと、公爵家であろうと同じことだ。貴族の娘として生を受けた以上、政略による結婚は義務である。
だが敢えてリーウィアはその点に触れなかった。
そしてアンネリーエもまた、リーウィアの胸中を推し量って触れようとしなかった。
「そうなれば最良ですが、シュミット卿は本当に諦めてくれるのですか? あなたの話を聞く限り、相当な入れ込みように聞こえますけれど」
「意外と簡単に諦めてくれるかもしれませんし、逆に執着が過ぎて問題が深刻化する可能性も否定できません。人の心、それも恋情のことでございますから理屈で測れないところがあります」
アンネリーエが不意に吹き出した。
「あなたの口から恋が語られる日が来るなんてね。艶本ばかり熱心に読んでいた、あのむっつりな女の子はもういないのかしら」
「ちょっと、アンネリーエ様! お側付きの方々がいらっしゃるのですよっ! 時と場をわきまえてください!」
「うふふっ、そんなに慌てずとも彼女たちは後宮付きの使用人ですよ? 王太子妃の私室での会話を外部に漏らすはずがないではありませんか」
「人に知られることそのものが問題なのですっ! あの……皆様? 今のは違いますからね? 妃殿下の戯言でございますから真に受けないでくださいませ」
「あら、わたくしが嘘をついていると言うのですか? 不敬な子ね」
「もうっ、やめてください! この話はおしまいですっ!」
アンネリーエはくすくすと笑い、ひとしきりリーウィアを愛で終えると表情を改めた。
「さて、どうします? あなたかイェルド殿、御老でも良いかもしれません。シュミット卿を説得してみますか?」
「正道な解決策だと存じます。ですが、さきほど申し上げたとおり問題を深刻化する懸念があることを踏まえると、然るべき方々のご裁可を得るべきと考えます。少なくともそれは私が決めることではありません」
「そう」
アンネリーエも今のリーウィアの発言を保身などと言うつもりはなかった。
彼女の言うとおり然るべき者が決を下すべき事案だ。
国王か、王太子か、それとも大臣による合議かは別として決を下すことすらしないのであれば、それは職務怠慢であろう。
「ただ、私に腹案がございます。さきのご裁可はそれとして、別の選択肢を持っておくことは無駄ではありません。お求めであれば進言させていただきます」
「それでこそわたくしのリーウィアです」
アンネリーエはニンマリと口の端を持ち上げた。
頼りになる臣下にして友人だ。
「聞かせてください」
「では」
リーウィアはたった今練った別案を披露した。
それを受け、アンネリーエは少なくない時間を黙考に費やしたうえで、
「……悪くないわね。いいえ、むしろかなり良い手だと思うわ」
もっともそれは、現時点でアンネリーエが見えている範囲での印象だ。
仮にリーウィアの腹案を具体化しようと動いたとき、今気付けていない不足がきっと出てくる。しかしそこは外務卿や軍務卿などの専門家が必要に応じて手当すれば良いことだ。
「であれば良うございましたけれど。私には実現性を担保することができかねることですので」
「そこは当然でしょう。あなたは辺境伯夫人なのです。自領のことならともかく、国家の安全保障政策を差配する立場にありません」
「そこです」
「どこです」
「国家の安全保障政策なんてだいそれたことに私を巻き込まないでください。私は十九の小娘なのですよ?」
「その小娘が王太子妃を虐めまくっているではないですか」
「ですからそれは結果――」
「言わないで!」
「失礼しました」
アンネリーエが王宮使用人の一人に命じた。
「外務、軍務、法務、典礼、それぞれの大臣をこれへ。特に外務卿には最優先だと伝えるように」
「アンネリーエ様、ここは後宮です」
「そうでした」
「あと寝間着のままです」
「そうでした!」
自分のうっかり具合に衝撃を受けた様子の寝間着姿な王太子妃。
基本キリリとしている人だけに、リーウィアはまたもやほっこりさせられた。
何気ないことだが、アンネリーエが寝間着姿で私室に招くのは家族を除けばリーウィアくらいのものだろう。それがわかるからこそ、なんだかくすぐったい気持ちになってしまう。
「着替えを終えたらわたくしの執務室に参りますよ。あなたもいらっしゃい」
「えぇ……」
一瞬のうちにくすぐったくなくなってしまった。
「えぇではありません。あなたの進言ではないですか」
「あまり偉い方々と絡みたくないのですけど……」
「知らないようなので教えてあげます。わたくしの方が大臣より偉いのですよ」
「そうでした」
「あなたはもう少しわたくしのことを敬ったらどうなのです」
「アンネリーエ様はお慕い枠でございますので」
「なんですそれは」
「大好きだということです」
「またそんなことを言って誤魔化すのですから。でも許します」
「畏れ入ります」
いちゃいちゃする二人を眺めている使用人たちは「この二人、本当に仲いいな」なんて、そんな益体のないことを考えていたのだった。
◆◇◆
場所を王太子妃の執務室へと移して暫く。
リーウィアはじとっとした目を四人の初老の大臣たちに向けていた。
「畏れながら大臣様方にお尋ねします。なにゆえ皆様は私の姿を認めた瞬間『魔王』などと口にされたのでしょうか」
詰問された大臣たちが互いの顔を見合わせた。
「そのようなことを私は言っていないぞ?」
「うむ、聞き間違いではないか?」
「私もまったく記憶にないが……」
とぼける軍務卿、法務卿、典礼卿の三大臣。
だが一人だけ違った。
「誤解だ、夫人」
罪を認めた外務卿を、三大臣が「おまえか!」と厳しい眼差しで睨みつけた。
そこへリーウィアと同じく、じと目のアンネリーエが呆れ気味に言った。
「確かに外務卿以外は明確に口にしませんでした。ですが一様にギョッとしたお顔をされて『まお……』『ま……』『まおウンンっ』とおっしゃいましたよね?」
「アンネリーエ様のおっしゃるとおりです。典礼卿閣下などは、誤魔化そうとされたがゆえに図らずもほぼ魔王と口にされておいででしたよね?」
「事故とはいえ、典礼卿の『魔王ンンっ』は傑作でした。わたくしにお腹を抱えさせるとはやりますね」
「畏れ入ります」
「褒めてっ、いませんっ……」
「ほらっ、アンネリーエ様が思い出し笑いをされているではありませんかっ。御三方とも他人事のように振る舞うのはおやめになったらどうですか?」
露骨に目を逸らす往生際の悪い三大臣。
かたや唯一罪を認めた外務卿が白状した。
「じつのところ夫人は政府のなかで『善良なる魔王』と呼ばれているのだ」
「まあっ」
リーウィアは大いに立腹してアンネリーエを見た。「ひどい中傷です、どうか叱ってやってください」という思いを込めて。
「…………」
だがアンネリーエまでもが目を逸らした。
どうやら彼女も知っていたらしい。裏切られた気分である。
「……由来をお聞きしても?」
「夫人はじつに聡明な女性であり、性格についても善良と聞く。国家への忠節も厚い。そんな夫人だが、持ち前の高き知性と良心に従って正しく行動しているはずが、結果として『なぜか厄災を招いてしまう』であろう? なので善良だが、厄災をもたらす魔王というわけだ」
「上手いことを言うと思わない?」
幾度も尻拭いをさせてしまっているアンネリーエにそう言われてしまうと、リーウィアは遺憾ながら「ぐぬぬ」するしかない。
しかしそこに軍務卿がさらなる燃料を投下してきた。
「近頃は妃殿下についても『血塗れの勇者』と呼ばれております。命名されたのは他でもない王太子殿下です」
「な……」
夫に背を斬られたアンネリーエが目を剥いた。
そこへさらに法務卿が続く。
「ちなみにだが、夫人は他にも『主君を刺す懐刀』とも呼ばれておるのだぞ?」
「ひ、ひどいっ……」
トリとばかりに典礼卿が締めに入った。
「妃殿下、魔王に立ち向かうは勇者と相場が決まっております。ただし勇者アンネリーエが血塗れなのは魔王との戦いによるものだけではないのです。勇者が握る聖剣があんまりにも持ち主を刺してくるものゆえ、勇者は血まみれにされてしまっているのです」
「殿下のあれはちょっとした小説並に凝っておったな」
「うむ、魔王と聖剣が同一存在であったという伏線を回収し、敵味方の両方から刺されているとした点に唸らされたわ」
「最近は設定を練り込まねば駄目出しを食らうゆえな。殿下も知恵を絞られたのであろうよ」
罪を認めなかった三大臣があれこれ言って「がはは」と笑う。
そんな悪びれない大臣たちにアンネリーエが低い声で告げた。
「よくわかりました。それだけ楽しげに笑えるのですから、きっとあなた方は我が国の置かれている状況をそれほど深刻には受け止めていないのでしょう。リーウィアもそう思いませんか?」
「はい、せっかく妃殿下がお認めくださった良策をお持ちしましたのに、どうやら皆様には必要なさそうです」
「ノルデンガルとのあいだに燻る問題を沈静化できそうな良案でしたのに……。ごめんなさいね、リーウィア。あなたの智謀を無駄なことに使わせて」
「いいえ、私はアンネリーエ様が佩く〝忠実な聖剣〟でございますから」
「待たれよ!」
必死の形相を貼り付けて手を突き出してきたのは外務卿だ。
「私は素直に罪を認めたではないか。危機感に欠けるこやつらと一緒にしないでくれ。此度の件では外務局が主戦場なのだ」
「戦禍をもたらしたのは他ならぬ魔王殿であるが」
「黙れ! 軍務卿っ! だからこのとおりだ、是非とも夫人の知恵を貸してもらいたい」
「そう申されましても、私はアンネリーエ様の御意に従うまでです」
「どうしましょうか。小魔導卿という戦略級魔導師を角を立てずに我が国へ取り込めるかもしれない方策なのですけどね……」
「なんですと!?」
もったいつけるアンネリーエに、外務卿をからかっていた軍務卿が俄然前のめりになった。
「さて、戯れはこのくらいにいたしましょう。よろしくて?」
それを契機に四大臣が別人かのようにまとう空気を変えた。
リーウィアは彼らと初対面であった。
だがこうして予定調和のように気配を一変させたところからして、手前での戯れなどは、アンネリーエや彼らにとってはそう珍しいことではないのかもしれない。
彼らは大国グランフェルトの中枢を担う政治家たちだ。
国王に任じられた彼らは位人臣を極めた、言わば貴族として一つの到達点に至った人物たちだ。
どれだけふざけていようと中身が無能なはずがない。
「リーウィア」
「まずはエリアス・シュミット卿が当家に滞在している事情からお話します」
リーウィアは大臣たちにサシャのことを説明しながらふと思った。
(もしあのときアンネリーエ様のお誘いを受けていたなら……)
縁談が持ち込まれたあの日、アンネリーエはリーウィアを侍女に召し上げると言ってくれた。
もしリーウィアがその道を選択していたなら、きっとこんな風にアンネリーエのお側に仕えて政務の補佐をしていたのだろう。
(これはこれでとても楽しいけれど……うん、やっぱり私はイェルド様のお側にいる方がずっと幸せだわ)
今なら胸を張って言える。
ひたすら甘き夫。多くの非常識人が集う魔窟のようなレウリアーダ辺境伯家。
うるさいくらいに賑やかで、ビックリさせられて、心穏やかでいられないことが頻繁に起こる、あのおかしな家こそがリーウィアの心の在り処だ。
やがて背景説明を終えたリーウィアは、エリアス問題を解決する一手を大臣たちに披露した。
「ノルデンガル王国に対し『国家戦略級魔導師の相互派遣協定』を提案します」




