04.国王が下した沙汰
(そんなささやかな配慮に意味なんてない。だって私は〝傷物〟なのだから)
図らずも父がリーウィアの内心に共感したようにぼやいた。
「どうせ梯子を外されるなら、お前との婚姻そのものを願ってくれたら良かったのだがな」
「……そうですね」
まったく父の言うとおりだと思う。
もし辺境伯がお膳立てを求めるのではなく婚姻そのものを願っていたなら、国王を始めとする関係者も、リーウィア自身も、もっと柔軟な対応ができたはずだ。
今のように事が拗れることはなかっただろう。
結局のところ、辺境伯の行いのなにが不味かったのかというと――、
「……この一件、貴族のあいだで美談になっているのでしょうか?」
「なっているとも」
「社交はこの話で持ちきりです」
父と王太子妃が答えをくれた。
そう。この問題の本質は『その場に居た貴族家がどう受け止めたのか』その一点に尽きる。
マイエル伯爵家令嬢リーウィアが大事故に遭ったことは周知の事実。
一時は命が危ぶまれるような重傷を負い、大きな傷痕が残る彼女はいまだ歩くことすらままならぬという。
おおよそこのさき良縁など恵まれるはずもない。
そもそも結婚そのものが叶うのか。良くて壮年の後妻に入るくらいが精々であろう。
そんな不運な令嬢を求める若き辺境伯。
さきの戦で功を挙げた彼は、武勲のすべてをかなぐり捨ててまで王室にリーウィアとの縁を取り持ってもらえるよう願った。
紛うことなき美談である。
「国王陛下は対応に苦慮されたでしょうね……」
「たまったものではないと。ねえ、御老? 陛下はそうおっしゃっていましたよね?」
「……ああ」
同意したルインヴェルクの顔はまさに苦汁を飲んだように渋い。
こんな美しき願いを、国王たる者が公の場で切って捨てることができるだろうか。
こんな美しき願いを、傷物のリーウィアが断ることができるだろうか。
こんな美しき願いを、不幸な娘を持つマイエル伯爵夫妻が突っぱねられようか。
どれもこれもできるわけがないのだ。
内々にならどうとでも処理できたことが、辺境伯が公式の場でやらかしたがために始末が負えない事態になってしまった。
この縁談を断ろうものなら、非難されるのはリーウィアとマイエル伯爵家になるだろう。
「このような有り難い縁談をどうして蹴るのか」「辺境伯に感謝して当然であろう」「辺境伯の献身をなんだと思っている」「国王陛下の慈悲に砂をかけるつもりか」「マイエル伯爵は恩に対して恥で応えるのか」――こんなところだろうか。
貴族はことさらに面子を気にする生き物だ。他者を貶めることに心血を注ぐ。
笑顔で握手を交わしながら空いた手に持つナイフで刺すなんてことも日常茶飯事。醜聞なんて大好物だ。
容易に想像がつく。マイエル家は悪役まっしぐらだ。
アンネリーエが忌々しげに吐き捨てた。
「あの男の小賢しいやり口も憎らしいですが、わたくしたちはそもそもの話、リーウィアの身柄を褒美のごとく扱った行為そのものに憤っているのです。
国家の大事はわかります。リーウィアでなければ務まらぬことも理解しましょう。
しかし、功を挙げさえすれば好きに女を求めても良い、このような悪しき前例を作ってはいけません」
なるほど、そういう解釈もあるかと、リーウィアは納得する一方で、
(国家の大事というのが引っかかるけど……これはどうなのかしら?)
リーウィアとしては現状の追認にしかならないと思うのだ。
だって王侯貴族は家門の相互利益を求めて縁を結ぶのだから。
(そんなことアンネリーエ様がわかっていらっしゃらないはずがない。……きっと私のために怒ってくださっているんだわ)
アンネリーエが辺境伯の行いを「小賢しい」と評したあたり、恐らく彼女は政治的な問題はそれとして、リーウィアが物扱いされたことが気に食わないのだろう。
そう思うと、リーウィアはどうしたって頬が緩んでしまう。
リーウィアは知っている。
アンネリーエは次期国母を担うに足る聡明な女性だ。
国家国民のために私を捨て公を追求できる心根の強い人だ。
大局のために小事を犠牲にすることを厭わない一面も備えている。
けれど非情なだけの者におおよそ国母が務まろうはずがない。
人を慈しめる優しい人なのだ。このひとは。
「その点については何度も弁明させていただいているとおりで愚息にそのような意図はまったく無く……」
「意図があろうと無かろうと、周囲からそう解釈し得る状況そのものを問題視――……なんですか、その顔は?」
淡々とルーカスを責め立てていたアンネリーエが眉をひそめた。
「なんだと言われましても。アンネリーエ様が私のために怒ってくださっていることが嬉しくてならないのです」
「なにを呑気なことを……」
呆れたのか、怒る気が失せたのか、アンネリーエは深々とため息をついた。
「貴女の一生に関わることなのですよ? 危機感を持ちなさい」
「それでも嬉しいものは嬉しいのです。お慕いしています。アンネリーエ様」
「そうですか。ありがとう、わたくしも大好きですよ」
「なんだか投げやりですね」
ふいっと顔を背けたアンネリーエはなんとも可愛らしく。
リーウィアは目尻を下げたまま父フーゴに水を向けた。
「それで、国王陛下は具体的にどのような沙汰を下されたのですか?」
「それについては――」
・論功行賞の場を乱したこと、事前の許可なく国王に直訴したことについては報奨の〝無期限の凍結〟を以って相殺とする。
・凍結した報奨はこのさきの働き次第で改めて与えることを検討する。
・マイエル伯爵家リーウィアとの縁談は王室が〝仲介〟する。
「ただし、縁談を申し入れるにあたって『リーウィアに異細の無い了解を得ること』、『リーウィアと伯爵家に対し、無理強いと受け取られる行いは厳として慎むこと』を沙汰された」
「なるほど」
国王の苦慮が透けて見える妥当な沙汰だと思う。
思うところは色々あるが、
(辺境伯閣下を無碍に出来ないなかで、陛下は不快感をお示しになり、また、当家へ心をお寄せくださっていることを示された。有り難いことだわ)
ともあれ、この縁談が持ち込まれることになった背景は理解できた。
いよいよ縁談をどうするのかという話題に移るのかとリーウィアが思ったそのとき、
「ところでお前はいまだに名を尋ねぬのだな」
父フーゴの指摘にリーウィアはこてんと首を傾げた。




