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傷物才媛リーウィア、断れない政略結婚の裏をすべて見抜く  作者: 黒依クロ
第一章 断れない縁談

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03.やらかした若き辺境伯

「お前に縁談が来ている。お相手は現レウリアーダ辺境伯閣下その人だ」

「…………」


 父フーゴの言葉に、リーウィアはどう反応すれば良いのか苦慮し、結果、その事実を噛み締めるかのように無言で瞼を閉じるだけで済ませた。

 リーウィアの反応が困惑であれ、嫌悪であれ、失望であれ、あるいは好意的な驚きであろうと、誰かの不興を買うかもしれないと思うと迂闊うかつなことはできなかった。


 アンネリーエに「面倒なことになった」とささやかれているのだから尚さらだ。


(事情がまったくわからないし、誰がどういう立ち位置にいるのかもわからない)


 それでも信じられることがひとつだけあった。

 死線をさまようような大怪我を負い、寝たきり生活を脱したばかりの娘に、両親が縁談を持ってくるはずがなく、また持ってこられたとしても受けるはずがない。


 だが現実に父は「縁談が来ている」と告げてきた。

 少なくともリーウィアに話を通さざるを得ないなんらかの事情があるということだ。


(そんななかで下手なことを口にすると、お父様にご迷惑をかけるかもしれない)


 あけすけに言えばリーウィアは困惑以上に失望している。

 しかしそれを表に出すわけにはいかなかった。状況が読めない今はまだ。


(……なに、この反応は)


 少しの空白を挟み瞼を開いてみると、五人の誰もがじっとリーウィアの様子を伺っていた。

 それも一様に痛ましいものを見るような眼差しでだ。


「辺境伯も、満足に傷も癒えていない娘を相手に無体なことをするものです。そう思いませんか?」


 そうこぼしたのはアンネリーエだ。

 彼女に問いかけられた前辺境伯ルーカスは、口こそ開かなかったものの罪悪感を覚えたように顔を歪めた。


「リーウィア、あなたはとても敏い子よ。でも嫌なら嫌と言っても良いのです。それを咎める者はこの場にいません」

「まずはお話を伺いたく存じます」


 リーウィアは薄く微笑みかけて答えをはぐらかした。


 アンネリーエが良いと言ったところで、果たしてどこまで信じて良いものか。

 仮にマイエルとレウリアーダで確執が生まれてしまったとき、彼女が実際的にどれほど盾になってくれるかわからない。


 領地貴族家はそれぞれが独立国家のようなものなのだ。

 レウリアーダのような大家を相手に確執を生む余地があること自体が、マイエル家には不利益になる。

 魔導卿の立ち位置も見えない今は聞き手に徹するべきだろう。


 そんなリーウィアの内心を知ってか知らずか――恐らく気取っているであろうアンネリーエが楽しげに口元を緩めた。


「このような縁談、嫌なら断ってしまいなさい。わたくしはあなたを王太子妃付きの侍女に召し上げたいと思っています」

「え……?」


 アンネリーエの出し抜けな提案に、リーウィアを含めた全員が目を見張った。

 数瞬の空白を経たのち、魔導卿ルインヴェルクが呆れの息を吐いて話に割って入った。


「待たぬか、アンネリーエ……。よもやそなた、国王陛下の命を違えるつもりか?」

「この件は、その国王・王妃、両陛下より内諾を得ています」

「……なんだと?」

「辺境伯の事情は察するに余りありますが、国王陛下は『無理強いと受け取られる行いは厳として慎むよう』下命されました」

「それがどうした。心配せずとも無理強いなどせぬ」

「であればこそです、御老。別の道も歩めるのだと、リーウィアに示しておかねばなりません」

「それはそうかもしれぬが……さきに話を通すべきはレウリアーダであろう」

「とにかく、これはわたくしの一存ではないということを、両人はお含みおきくださいますように」

「よろしゅうございますか?」


 静かな、しかし鋭い声を発したのは、ここまで沈黙を貫いていた母カイサだった。


「娘もこう申しておりますので、ひとまず事情の説明はこちらにお任せいただけないでしょうか」


 前辺境伯と魔導卿が互いを見やり頷き合った。


「もちろんです。此度のことはすべて愚息のやらかしによるものです。親としてお詫びを」

「儂も異論はないが、右に倣ってともに詫びよう。これでも一応あの馬鹿者の師であるゆえ責任を感じておる」


 カイサは苦笑いを添えて「無礼を承知のうえで申し上げますが」と前置きしたうえで、


「正直なところ、今回の辺境伯閣下のなさりようは、当家としてもひとりの母親としても到底承服できかねるものです。

 ですがそれはそれとして、ご事情については十分に理解しているつもりです。

 娘にはありのままの事実を伝えるつもりです。もし誤りがあるようでしたら、のちほど娘に直接お話しください」


 二人が頷いたのを受け、カイサは、


「旦那様もそれでよろしゅうございますか?」

「ああ」


 そうして本筋となる話が再開された。


「まずはこの場が設けられた理由から話そう。すでに察しているかもしれないが、相応の事情があってのことだ」

「はい、なにやら複雑な事情がおありのようですが」

「まあ、さして複雑ではないのだが困った事情はある」


 レウリアーダ辺境伯家は武系貴族家の名門であり、その当主たる者は国のなかでも指折りの大身となる。

 その辺境伯本人が縁談を申し込んで来たというのだから、本来リーウィアの立場では――歓迎できるかはさておくとして――最低でも驚きをもって受け止めるべきことだ。


 しかしリーウィアは素直に驚けなかった。


(縁談を申し込むにしても、時期と状況があまりに悪い)


 リーウィア自身が傷物であることに加え、その傷にしても十分に癒えたとは言えない状態だ。

 まともな良識常識を持つ者ならば、今のリーウィアに、正確にはマイエル家に縁談を申し入れたりしないだろう。


「ここにいる全員がその事情に巻き込まれた被害者だ。

 そしてさいたる被害を被ることになってしまったお前を不憫に思ってくださっている。

 皆様はお前の味方だ。そこを踏まえたうえで聞いてほしい」


「かしこまりました」


 父フーゴはひとつ頷き、唐突に話を変えた。


「最近の世情についてどのていど把握している?」

「世情ですか? どうでしょう……。あまり把握できていないかもしれません」


 マイエル伯爵領は比較的王都に近い場所に位置するが、それでも馬車で三日を要する距離がある。

 無論、情報が伝わるまでに日を要するし、そうでなくともリーウィアは半年ものあいだベッドに寝たきり状態だった。

 現に今回の件にしても結構な大事だったようだがリーウィアはまったく把握していなかった。


「イグサーマクと戦端が開かれたことは?」

「承知しています」


 隣国のひとつ、イグサーマク王国とは長年に渡って緊張状態が続いていた。

 かの国はグランフェルト王国にとって仇敵と言える存在で、それは向こうも同じであろう。

 両国間は常時いざこざが絶えず、小競り合いがしばしば発生していた――のだが、今から四ヶ月ほど前だろうか。大規模な戦闘が始まったという話は聞いていた。


「終戦の講和が成った」

「そうなのですか……?」

「ああ、ほんの半月ほど前のことだから、お前が知らないのも無理ないだろう」

「勝敗は?」

「我が国は賠償金を貰う側だな」


 つまりグランフェルトが勝ったということだ。


「それでだ。戦が終われば当然論功行賞が行われる。そしてその謁見の場において事件が起こった。さきに言っておくと、戦勲第一等はお前の眼の前におられる前辺境伯閣下の御子息――現辺境伯閣下だ」


 続く説明に拠ると現辺境伯の活躍は目覚ましく、戦の趨勢を決する会戦において敵主力部隊に突貫。みごと敵の主将を討ち取ったという。

 余談だが、今回戦ったイグサーマク王国は、レウリアーダ辺境伯家が国境を接する隣国とは別の国である。

 レウリアーダ辺境伯家としては本来守護すべき国境線をおざなりにできないわけで、結果、寡兵での援軍となったわけだがその働きのほどは誰もが目を見張るものであったという。


「あの……」


 リーウィアがおっかなびっくりに声を掛けたのは前辺境伯ルーカスだ。


「なにかな?」

「他家の事情を探るようで憚られるのですが……私に関係することのようなので可能ならお答えいただきたく」

「遠慮は要らない。なんでも訊いてくれ」

「閣下は父とそう変わらないお年のように見えるのですけど――」

「おお、そうか、伯はおいくつだったかな?」

「四十一です」

「私は四十六だが……はて? 私が若く見えるのか、それとも伯が老けて見えるのか」

「私は年相応ですよ。閣下は武人ですからな、体はたくましく肌艶も良い。若々しく見えるのでしょう」


 仲良さけに雑談に興じるオジサンふたり。

 リーウィアは預かり知らぬところだが、この分だと彼らは以前からある程度の親交があったのかもしれない。


「よろしいでしょうか?」

「ああ、話の腰を折ってすまない、続きをどうぞ」

「閣下のご年齢であればまだまだ現役のはず。お体も健勝とお見受けします。早くに家督を譲られたことに特別なご事情があるのでしょうか?」

「なるほど、疑問はもっともだ」


 うんうんと頷き、ルーカスは黒い手袋に包まれた右手の甲を指で弾いた。

 そこから硬質なコツコツとした音が聞こえ、


「……義手なのですか?」

「いいや、手首から先はちゃんとある。ただ今回の戦闘で中指と薬指のあいだから手の半分をごっそり斬り落とされてしまってね。人が見て気持ちの良いものではないだろうからこういう形にしているわけだ」


 ということは、失った部分を木製の義手で補い、その上から手袋をしているということなのだろう。


「確かに隠居するには少々早いが、利き手がこんな始末では剣はおろかペンを握ることすらままならない。これも良い機会と思い息子に家督を譲って補佐に回ることにした次第だ」

「そういうご事情でしたか……」


 リーウィアは深々と頭を下げた。


「国のため、民のために戦ってくださったことに心よりの感謝を。王国民のひとりとして閣下を始め、戦場に立たれたすべての方に最大限の敬意を表します」

「ありがとう。君のその優しい想いがたおれていった者たちの手向たむけになると私は信じる。ただまあ、そうは言っても――」


 力なく呟きながら、ルーカスが苦り切った顔を父フーゴに向けた。


「うちの馬鹿息子が、この美しき心根を持つ淑女に迷惑をかけているというのだから、親としては立つ瀬がないよ」

「それで? 私になんと言えと?」

「恨んでくれ」

「結構です。すでにお恨み申し上げているので」

「本当にすまない……」


 父フーゴが深々とため息をついてリーウィアに目を向けた。


「事件について話を戻そう」


 当たり前の話だが、論功行賞とは、国王が功を讃える謁見の場面を迎えるまでに事前に内容が決まっているものだ。

「これを与える」「これが欲しい」「それなら良い」「これは駄目だ」なんてことを、一国の王がみずから交渉するはずがなく、ましてそれを論功行賞の場で行うことなど絶対にない。


「こんなことはわざわざ説明するまでもないことだが、無論、戦勲第一等である現辺境伯閣下の報奨についても事前の取り決めがあった。ところがだ――」


 現辺境伯は事前の取り決めを無視して別の報奨を欲した。

 国王を始め、多くの貴族が集まっている論功行賞の現場でだ。


「〝王室に〟マイエル伯爵家令嬢リーウィアとの縁談を〝取り持って〟いただきたい。自分が望むものはただそれ一つだけであり、叶えてくださるのであれば此度の戦における報奨をすべて辞退するとおっしゃった」

「それはまた……」


 辺境伯が依頼先を王室と指定したのは、リーウィアとマイエル伯爵家に対する配慮だったのだと思う。

 リーウィアが断れる余地を残してくれたのだから。


 しかし、


(そんなささやかな配慮に意味なんてない。だって私は〝傷物〟なのだから……)

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